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【甲板07/猟兵たちの仕事】


 テンヌは竜の首側面へと蛮刀を深く刺しいれた。血抜きである。銀色の海流へと、暗い赤の帯が伝い、まぎれ、流れゆく。


 テンヌは竜の腹からひと飛びで無道丸の船縁を掴み、甲板へ上がってくると、周りの者たちに声をかけた。

「それ、投網部隊。出番であるぞ!」


 一声で我に返ったものたちが、竜の身に網を投げかけた。銛でつないだ縄があるとはいえ長く安定させられるものではない。数人の船員が海へ飛び込み、網で首長竜の巨体を囲い込んで保持させた。


 そうして竜の肉体を曳航して、銀海流の影響が弱まる海域まで向かうようテンヌは指揮した。

 南寄りの進路をとり、海流の勢いをいなしながら、船はゆったりと進む。

 船と比肩するほどに巨大な物体を曳航しながらの運航であるため、舵取りは慎重である。


 副長は甲板と船内と操舵手との間を行き来して、適宜指示を出していた。


 その間、危機を抜けた脱力感もあり、船員たちの間にどこか和やかな空気が流れていた。


 頭領であるテンヌはもとより、竜の頭を押さえていた人員も竜狩りの立役者として誇らしげである。

「とんだ乱入者だったが、倒しちまえば向こうからやってきた武功だったなァ」

「ちょっとした記念だぜ」

「おカシラがいてくれるんよ。あたりまえさ」


「わしの銛打ちひとつでなく、操船も含めたこの無道丸で成し遂げたことだと忘れるな? 甲板にいたおぬしたちもだが……船内の守りを担った者たちも同じであるのだぞ」

 釘を刺し、戒めるテンヌの言葉は重みがあった。


 周囲の船員たちもどこか神妙に頷いている。


 シズハはその様子が、なんとなく不思議だった。

 ずいぶんと自重的だ。曲がりなりにも海賊を名乗る集団なのだから、もっと調子づくものかと思っていたが。


 しかし同時に、テンヌが頭領としてまっとうな姿勢を見せていると感心していた。

(表に出なかった人員のことも考えてるのか……案外、ちゃんとした親分じゃん)


 と、その時シズハの目の前にテンヌがきた。

 何かと身構えたが、肩のあたりとちょいちょいと指さされて気づく。羽織を預かっていたのだと。彼が丁寧な手つきで脱ぎ、形を整えて差し出すと、テンヌは満足げに受け取った。


 シズハのほぼ全身を包むようだったそれは、テンヌの肩にかかるとちょうど腰のあたりまでを覆う、適正な大きさなのだった。


 テンヌは収まりがいいように襟を整えていたが、ふいに首周りに鼻を近づけた。そしてシズハの顔と見比べた。


「なに?」

「ふふ……」


 テンヌは口元を緩ませ、船内へと降りていった。

 副長に「すこし自室へ」と言い置いて。


「なんだよ……もう」

 シズハは、自分も匂いを感じ取っていたので咎められる立場でもなく。悶々とした気持ちでその背を見送った。


 無道丸は海流の穏やかな海域にたどり着くと、錨を下ろして停泊した。

 その頃にはもう夕陽の時間だ。


 狩りに長けた船員たちが総出で、首長竜の解体作業にかかった。

 頭領も副長も。野暮用の男も。忙しく動き回る。


 シズハはそれをタルに座って観察していた。


 大きなノコギリが持ちだされ、まずは凍り付いた頭部が切り落とされた。氷室へと巨漢のダカツが担いでいく。

 ヒレひとつを落とすのでも、山の獣の体長ほどに刃を入れる必要がある。かなりの重労働である。


 だがこれこそが稼業だとばかりに、船員たちはこぞって解体に臨んだ。


 腹が裂かれ、皮をはがれ、関節ごとに肉を切り分けられ。ひとつの命が食物となっていく。


 生き物の解体をこうして真剣に見るのは、シズハは初めてだった。


 アウレーの地では、獣どころか鶏の解体さえもめったに見たことがなかった。

 日々の糧は、穀物や野菜を中心にすることが、教会の敬虔な姿勢であるからだ。


 シズハは無意識のうちに、右手の拳を左手で包み、握っていた。



 一通りの作業が終わり、肉の品質を確かめているところで、船員たちの間でひと騒ぎが起きた。


 肉質がなにやら見たことのないものなのである。光の当たり方によって、銀色に光るのだ。

 魚肉は獣肉とくらべて光沢を放つことがあるが、そういった類ではない。


 まさに銀海流のような輝きだ。異常といってもいい。


「竜の肉ってこうなのか?」

「いや、銀海流のなかの魚はちょっと味が違うだろ。あれと同じじゃねえのか?」

「食えるのかよオイ」


 テンヌも判断しかねていた。

「ふむ……わかるか?」

 それとなく副長に振るが、彼は僅かに首を横に振る。知見を持たぬ、ということだ。


 船一番の知恵ものでさえ解らないとくれば、あとは……


 その中で、ひとりの船員が挙手した。

「一番のり、いったろうじゃん」


 ひっつめ髪の女だ。シズハが港で最初に遭遇した、片割れである。

『エイラ』と周囲のものたちに呼ばれていた。

 元来武闘派で猟が得意であるらしく、解体作業の間も特に盛んに動き回っていた。


「さすがに火は通した方がいいぜ」

 と、ロウギが野営用の焜炉こんろを持ち出してきた。


「なんだ、及び腰だね」

 軽口をたたきつつも、エイラはあばらの骨からこそぎ取った肉をいくつか串にさし、炙った。


 炭火を浴び、表面で脂が盛んに跳ねる。匂いは魚肉とも獣肉ともつかないが、銀色の外見から警戒された、不快臭の類はない。

 むしろ空腹を誘うものであった。


「それじゃさっそく!」

 エイラは大きな塊を一口でほおばった。まわりがすこしざわめく。

 しばらく、思案するように眉を上げたりどこへともなく視線を巡らせたりとしていたが、やがて飲み込んだ。


 そして低調な声で言う。

「こいつは……肉が固いなァ~~! そんで、雑味と臭みがひどいね。普通の魚肉の方がずっといい!」


「うーむ、でかい獲物が味がいいとは限らないことだが……」

 落胆の空気が流れ、船員たちは口々にいう。


「量があるのをいいことに安値で売るか?」

「いや、駄目だ。まずいもんを売りつけたとあったら、次がなくなるが」

 猫背気味で少し小柄な男が反論する。


「塩漬けにでもして、味を誤魔化ごまかす?」

「この量を? たいへんすぎる。船ひとつでやれるもんじゃないよ」

「積みっぱなしも無駄になるな」

「ただ単に、珍味の竜肉だとかで売れないか? 物好きを相手にしてよ」

「物珍しさで売値をつけるか……」


 議論のなか、エイラは口を開く。

「だからこいつは……」

 と、なにかを言いかける。


 それを見ながら、シズハは疑問を募らせていた。

 竜肉という物珍しさを差し引いても、匂いも見た目も、そそられて仕方がないのだ。


 彼はつい、身を乗り出していた。

「ほんとに? こんなにおいしそうなのに」


「あっ、ちょっ、お前っ! 横入りだぞっ!」

 慌てるエイラをよそに、シズハは串からひと塊つまんで食べた。


「えっ!!」

 シズハは思わず、口元を両手で押さえた。


 テンヌが一際慌てる。

「ひどいのなら吐き出せ、すぐ! こやつの舌だからあの程度ですんだのやも知れぬ!」


 首を横に振り、肉の塊をよく噛んでから呑み込んで、シズハはやっとのことで口を開いた。


「違う。これ……あぶらの味がすごくいい!」

「なにっ?」

 テンヌはあっけにとられた。


「塩も振ってないのにおいしい! 確かに歯ごたえは固くて筋っぽいんだけど、噛むと蓄えられた脂肪がとろっと出てきて、舌に触れると、それだけでうまみがあるんだ! でもそれがしつっこくない! おいしいよこのお肉!」


 シズハは思わず串をとって、テンヌに勧めた。すると彼女はシズハの握っていた串に直接顔を近づけ、串の横から器用に肉へ嚙みついた。


「餌付けか」

 仕草が犬のようで、シズハは思わず突っ込む。


 テンヌは心地よさそうに肉を噛みながら、仕草で周りに示した。食べてみろ、と。


 船員たちは焜炉に群がり、各々が肉を焼いて口にした。上がったのは喜びの声だ。

「うまいじゃねえか!」

「シズハが言うの、大げさでもないじゃん」


「エイラ! なにが雑味と臭みだこのヤロウ!」

 言われた本人はまるで悪びれていない。

「ちぇっ、アタシがせしめてたらふく食べてやろうと思ったのに」


「意地汚な」

「雑な嘘だな……」

「どっちにしたって無理があるが」

「この肉ばかりを何日食い続けるつもりだ」

「欲の皮を突っ張らせるにもやり方があらァ」

「へたくそね」

 やいやいと言われても、エイラは悪童わるがきのように笑っている。


「ふむ……今後しばらくこの肉を我らで食べることになるが……エイラには特別に、毎回氷室の魚をだしてやろうかのう」

「え!? ちょ、ちょっと待ちなよカシラ」

「普通の魚の方がよほどいいのであろう?」

「わーったよ! ふざけすぎた! アタシが悪かったって!」


 悪ふざけはさておき。

 大きな糧を得たことで無道丸はまた一際活気ある空気が占めていた。


 当座の作業の最後のひとつは、運搬だった。

 竜の肉をテンヌが氷漬けにしていき、船員たちがそれを氷室に運んでいくのだ。

 獲物を保存する珍しくもない作業の一環だが、今回ほどの規模はかつてなかった。


 それが終われば元の持ち場に戻るように通達されており、船員たちは今後の食事に期待を抱きながら肉を運んでいく。


 だが最後に、ふたつの塊肉が残った。テンヌを除くと、その場にいたのはこざこざとした保存作業を手伝っていたロウギと、見学していたシズハのみであった。


「おうシズハ、ひとつ持ってくれや。これで終わりだからよ」

「僕も?」

「こういうみんなでやることに、客分もなにもないんだよ。氷室に行くぞ」


 冷たい肉を抱えるのは、すこしばかりいやだったが、それ以上に興味を惹かれるものがあった。

(氷室! そういえば見たことなかったな……)


次回投稿:3/7

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