第273撃:境章・第一の運命《中編》
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……前話で前後編だと言っていたミミズクは……嘘つき焼き鳥です!(`;ω;´)
もう一話続きます、ごめんなさい!
男は自らの名を、古賀源十郎と名乗った。
名乗りを終えた後、源十郎はまず、姫咲の家族を丁重に弔った。
墓を立て、残った遺体を埋葬する。
その間も、姫咲の瞳には光は戻らない。
無理もない話だ。
それだけの壮絶な体験をしてしまったのだから。
姫咲の家族を弔った後、源十郎は自らの隠れ家へと姫咲を連れて行くことにした。
聞く所によると、他に身寄りはいないということだったのだ。
源十郎は姫咲を抱えて、天駆空歩で空を駆けた。
当然その様な経験は、姫咲には一度もない。
にも関わらず、姫咲は一瞬驚きを見せただけで、それ以上は反応しない。
——心が死にかけている。
隠れ家についた二人。
源十郎はまず、姫咲に食事を取らせようとした。
しかし姫咲は、一切食べ物を口にしようとはしなかった。
ただ一言「食欲がない」とだけ……。
源十郎は僅かに悩む様子を見せる。
だがやがて大きく息を吐くと、何が起きたのかを説明し始めた。
姫咲の家族を襲ったのは、悪神と呼ばれる堕ちた神であるということ。
悪神とは世界中に存在していて、歴史の裏側で大きな被害を出してきた存在であること。
自分達は、そんな悪神を倒すために存在する仙人——闘仙であるということ。
そこまで聞いた姫咲は、初めて瞳が揺れた。
自分達がこの様な目にあったのは、ただの不運である。
そう気づいてしまったから。
悪神になど、襲われずに済む運命もあったはずだ。
だが現実は。
姫咲を残して、家族は全員死んでしまった。
そう実感が湧いてきた時、更に瞳が揺れ動く。
なぜなんだろう。
どうして自分達だったのか。
なんで自分だけは、生き残ってしまった?
——自分も……家族と共に逝ければ良かったのに。
僅か十二歳の子供が、その様な感情を抱いた。
瞬間的に、姫咲は源十郎に罵声を浴びせそうになる。
『何でもっと早く来てくれなかったの!』
『何で私を助けたの!』
でも……既のところで思い留まる。
それはただの八つ当たりだ。
自らを救ってくれた相手に、その様な事はできない。
姫咲はとても賢い子だった。
皮肉なことに、その賢さが姫咲の首を絞める。
いっそのこと喚き散らせたほうが、心の毒を吐き出せたかもしれないのに。
姫咲は喚く代わりに、源十郎へと問い掛けていた。
「私も……その闘仙になれますか?」
これには源十郎も、驚きを隠せなかった。
まさかこのような状態で、そんな事を言ってくるとは思ってもいなかったのだ。
源十郎は反対した。普通の道を生きろと。
彼は姫咲に語り聞かせた。
長きに渡る、封神拳の歴史。
封神の徒と悪神との、終わりなき戦いの歴史。
それが——どれほど凄惨な歴史であったのかを。
歴代の闘神童子で、寿命による死を迎えたものは一人もいない。
それもそうだろう。
封神拳を修めた者の肉体の老化は、それ以降はほぼ止まる。
実質不老のようなものなのだ。
封神拳の使い手は、自らの免疫すらも操作する。
故に病死もあり得ない。
彼らが死ぬ時は、惨たらしい戦いの果にと決まっていた。
歴代七代の闘神童子の中で、源十郎が最も長く生きているのだ。
長い時間をかけて話を聞く姫咲。
驚きに目を見開き、恐怖にその身を強張らせる。
——それでも。
「源十郎さん、私に封神拳を教えてください」
姫咲は震えながら、そう言った。
源十郎は、姫咲に問いを投げかけた。
復讐を望むのか……と。
しかし姫咲は、首を横に振った。
「もう誰にも……私のような思いをさせたくないの」
齢十二歳の女の子は、瞳を揺らしながらもそう言った。
源十郎はそれでも悩んだ。
封神拳を修めし者は、人の時から外れる。
常人と同じ時間は歩めなくなる。
心を許せる友を見つけようとも。
その身が千切れんばかりに、誰かを愛そうとも。
——その者たちは……先に逝くのだ。
絶対的な孤独。
源十郎も。その先代も。その前も。
みな孤独を抱え、悪神との戦いにその生命を散らした。
なんて寂しい存在なのだろうか。
彼らは世界を救ってきたが、世界は彼らを救えないのだ。
源十郎は目の前の少女に、そのようなものを背負わせたくなかった。
この子は、十分過ぎるくらいに痛みを背負った。
家族との明日を、永遠に奪われた。
そのうえこの子から、人としての時間を……
その先にある、小さな幸せまで奪いたくなかった。
封神拳を教えてほしい。
教える訳にはいかない。
その様な問答を数ヶ月続けた後——折れたのは源十郎だった。
分かってしまったのだ。
姫咲は絶対に諦めない。
数ヶ月の間、姫咲の目を見てきた。
その瞳に浮かぶ怯えの奥に、決して折れない覚悟の光を……源十郎は見た。
源十郎はため息を吐き、短く言葉を漏らした。
「……ふぅ。……分かった。教えよう」
その言葉を聞いた姫咲は、源十郎の前で初めて笑顔を見せたのだった。
◆ ◇ ◆
結論から先に述べるとしよう。
封神拳の修行は、姫咲の理解の外にあった。
本来なら鍛えることが出来ないとされる臓器にすら、その鍛錬は及んだのだ。
それはもはや、鍛えるというものではなかった。
一度完全に“壊して”、一から“作り直す”。
その常軌を逸した“作業”のことを、封神の徒は修行と呼んでいた。
幼い少女は、その身を毎日地獄に晒し続けた。
同年代の子供たちが、学業に遊びにと花を咲かせている時も。
同い年の女性たちが、恋に心を焦がしていた時も。
姫咲は恋すら知らずに、ひたすら自分を変え続けてきた。
十二歳から始まった姫咲の修行は、彼女が二十八歳の時に一つの節目を迎える。
姫咲の身体が——時の流れから“外れ”たのだ。
それが発覚した時、源十郎は瞳に痛みを宿し、“兄弟子”は表情に歓びを浮かべた。
——もう——後戻りはできない。
それから数十年は、源十郎は姫咲を連れて悪神やその眷属との戦いに明け暮れた。
姫咲もまた、脇目も振らずに戦いに没頭した。
そんなある日のこと。
姫咲が封神の道を歩み始めて以来、最大の脅威を誇る悪神との戦いが訪れた。
兄弟子は別の悪神の元へと赴いている。
今戦えるのは、源十郎と姫咲の二人のみ。
二人は協力して、悪神の封殺を行おうとする。
——しかし。
その悪神は強すぎた。
今代の闘神童子である源十郎に、今や立派な封神拳の使い手となった姫咲。
この二人がかりでも、その悪神を倒すことは叶わなかった。
万事休す。
このままでは、どれほどの被害が出るかわからない。
二人の決死の攻撃により、今は悪神は沈黙しているが、そう遠くない内に再生するだろう。
そんな時、源十郎が決意を込めた言葉を放った。
「姫咲、離れていろ。……人域外禁式法を使う」
その言葉を聞き、姫咲は驚きに目を見開く。
「人域外禁式法……。九竜を……撃つのですか?」
九竜鳳天滅神。
封神拳における、究極の一。
まさに人の領域の外の御業。
——神をも滅する——封神の一撃。
確かにその技なら、この悪神を倒せるかもしれない。
……外すこと無く発動できればだが。
九竜鳳天滅神は、そのあまりの威力や反動、扱いの難しさ故に、滅多な事では使わない技だ。
限界ギリギリまで高めて圧縮した仙気を、敵の内部に八つ仕込む。
そして最後に臥竜崩拳による一撃で、合計九つの仙気を連鎖相乗爆発させる秘奥。
源十郎や姫咲がよく決め手として使う臥竜崩拳だが、本来の用途は奥義の起爆技なのだ。
九竜鳳天滅神は、一撃でも外すと不発に終わる。
多くの仙気を無駄に消費して、逆に自らを危機へと追いやる諸刃の剣。
それを知っている姫咲は、胸の奥から湧き出る不安を振り払えなかった。
この悪神と戦い始めて、かなりの時間が経っている。
表には出さないが、源十郎の疲弊も相当なものだろう。
いくら師といえど、この状況で果たして成功させることが出来るのだろうか。
姫咲がその不安を源十郎にぶつけようとした時、彼のほうが先に口を開いた。
「……いや、使うのは九竜ではない」
「九竜じゃ……ない?」
源十郎の言葉に、意味がわからず姫咲が聞き返す。
彼は悪神から注意を逸らさず、姫咲へと言葉を返した。
「お前には教えていなかったが、人域外禁式法は二つ存在する」
突如告げられたその言葉に、姫咲は驚きを隠せなかった。
源十郎に弟子入りしてから数十年。一度とて、その様な技は聞かなかった。
封神の徒に伝わる文献にも、その様な記述は一切ない。
驚きに固まる姫咲に、源十郎は短く説明をする。
「我々が今使っている封神拳は——本来の姿ではない」
数度目の衝撃。
姫咲は、源十郎が何を言っているのか分からない。
そんな姫咲の心情を知ってか知らずか、彼の説明は続く。
「封神拳とは、かつて神が神を滅ぼすために作られた技を、我々人間にも使えるように“格”を落としたものなんだ」
「我々の使う今の封神拳は、本来の性能とは比べ物にならないほど“弱くされて”いる」
源十郎の言葉を聞いて、姫咲は無意識に言葉を溢す。
「よわ……い……?」
彼はたしかにそう言った。
この人智を凌駕するような仙術が弱いと。
源十郎は更に続ける。
「そうだ。弱い」
「これから使う技……神威闘装とは、封神拳を本来の“姿”にするための技だ」
——姫咲は理解が追いつかない。
これは現実の事なのか?
あまりの衝撃に、現実と妄想の境界線が曖昧になる。
そこで姫咲は引っ掛かりを覚える。
もしそんな技が実在するなら、なぜ今まで使わなかったのか。
人間にも使えるように格を落としたと言うが、本来の威力を取り戻す技が存在するというのなら、
人の身でそれを使えるということではないか。
なぜ今まで、師はその技を使ってこなかったのだ?
姫咲が放つ気配から、彼女の疑問を感じ取ったのか、源十郎はポツリと呟いた。
「神威闘装を使えたのは……初代と二代の二人だけなのだ。
そのあまりの危険性ゆえに、三代目以降は俺も含めて誰も使えなかった」
今度こそ絶句する姫咲。
姫咲は源十郎の強さをよく知っている。
自分も強くなれた自覚はあるが、今の自分より更に強い。
そんな源十郎でも、その技を使えないと言う。
——ならなぜ、今その技を使うと言ったのか。
そこから先の源十郎の話はこうだ。
初代と二代目は、封神拳を編み出した二柱の夫婦神、竜皇神と鳳華神から直接指導を受けた。
故にどうにか、その技の制御を物にできたのだという。
しかし三代目以降は、神からの直接的な指導を受けることは出来ていない。
悪神との戦いの激化により、その余裕が無くなってしまったのだ。
三代目はその事に悩み、そして憂いた。
そこで三代目は後世のために、苦労の末に神威闘装を三つの技に分けた。
その三つの技が、神甲天衣、修羅天躯、そして静神封界なのだ。
源十郎は今この瞬間に、その三つの技を融合して神威闘装を復元するという。
姫咲はその話を聞いて、最初は止めた。
あまりにも危険な懸けだ。
失敗すれば命を落とす。
それでも——源十郎は覚悟を曲げなかった。
この危機を脱するにはやるしかない。
結局姫咲は、源十郎を止められなかった。
二人同時の臥竜崩拳ですら、足止めにしかならなかったのだ。
姫咲は源十郎から離れ、祈りを込めて彼を見守る。
(先生……どうか……!)
——悪神が動き出す。
ダメージは既に回復している。
源十郎は、全身の仙気を爆発させる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
三つの技の並列発動。
「封神拳・神甲天衣!」
「封神拳・修羅天躯!」
「封神拳・静神……封界っ!」
『ズォォォォォォォッ!』
源十郎の身体から、濃灰銀色の仙気の奔流が立ち上る。
三つの技を——一つに束ねる。
次の瞬間。
源十郎の瞳と仙気の色が——金色へと変わる。
「おぁぁぁぁぁぁぁっ!!
人域外禁式法……神威——闘装っ!!!」
源十郎の“神気”が、天へと向かい立ち上る。
しかし。
『みちみち……パァァァァン!』
軋みを上げて、源十郎の左目と左腕が弾け飛んだ。
——制御失敗。
姫咲の悲鳴が、戦場に響き渡る。
「先生!」
しかし源十郎は動じない。
「来るな!姫咲!」
源十郎は、そのまま神気を高め続ける。
その圧力は、姫咲がこれまで感じてきたどんなものよりも、圧倒的だった。
大気が歪み、世界が軋む。
完全に復活した悪神が、忌々しげに“言葉”を発する。
『貴様……その目障りな力は!』
悪神は顔を歪め、形振り構わず源十郎に襲いかかってきた。
「憎き善神の下僕がぁぁぁぁ!死ねぇぇぇぇぇっ!!!」
漆黒の神気を纏った悪神の一撃が、源十郎を貫かんと迫る。
その悪神の拳に、源十郎は自らの拳をぶつける。
「はぁぁぁっ!封神拳!震岳拳!」
——ズドォォォォォォォン!!!——
神気と神気のぶつかり合い。
黒の神気と金の神気がせめぎ合う。
しかし、拮抗は一瞬。
次の瞬間には。
『な、なに!?ば、ばかなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『——————』
絶叫を残し——悪神は滅ぼされた。
源十郎が使った技は、震岳拳。
封神拳における、“基本”の打撃技。
神威を纏った源十郎の一撃は……ただそれだけで強大な悪神を滅ぼしたのだ。
訪れる静寂。
先程までの激戦が、まるで嘘のような静けさ。
『ドサッ』
その静けさを、源十郎が倒れた音が破り裂いた。
「先生!」
慌てて源十郎に駆け寄り、彼を抱き起こす姫咲。
「先生!しっかり!しっかりしてください!」
姫咲の必死な叫びを受けて、源十郎は残った右目を開く。
「……慌てるな。……ちゃんと生きている」
そうは言うが、満身創痍。
左の腕と目は失われ、体中のあちこちの骨が砕けて肉が裂けている。
鍛え抜かれた源十郎の肉体が、今や見る影もない。
これが——神威の制御に失敗した代償だった。
源十郎は痛みを遮断して、どうにか意識を失わずにすませている。
まだ意識を手放せない。
その前に……言うべきことがある。
「姫咲……よく聞け」
「先生!そんな状態で何を——」
「いいから聞くんだ!」
源十郎の怒声に、姫咲はたじろぐ。
そんな姫咲を見て、源十郎は血の滲んだ顔に笑みを浮かべた。
「姫咲、今日からお前が……闘神を継ぐんだ。
今この瞬間から……お前が八代目闘神童子だ……」
そう言って、源十郎は意識を失った。
残された姫咲は師を抱えながら、ポツリと一言呟いた。
「私が……闘神……童子……?」
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