第271撃:最後の召喚
またまた遅くなりました(`;ω;´)
晶とアリステリアは、地下へと続く通路を進む紫音たちの背を、
見えなくなるまで見守った。
どうか全員、無事に帰ってくるようにと願いを込めて。
僅かな間、その場に立ち尽くす晶。
そんな晶に、アリステリアがそっと声を掛ける。
「晶さん、我々もバルト陛下の元へ行きましょう」
晶は瞳を閉じて、深く深呼吸をする。
そして開かれた瞳の奥には、覚悟の火が灯っていた。
自分たちのエゴで、他者を巻き込む覚悟の。
「——行きましょう、アリステリアさん」
二人は並んで廊下を歩く。
謁見の間に近づくにつれて、心臓の音が大きくなっていく気がする。
謁見の間を守る兵が、アリステリアを見て一瞬驚きを見せる。
しかし、すぐにその驚きは消え去った。
アリステリアがこの城に来ていたのは、既に把握しているのだろう。
二人は兵の前に立つ。
アリステリアは喉を鳴らし、口を開こうとする。
しかし、兵のほうが先に声を掛けてきた。
「アリステリア様に、水無瀬晶さんですね。
話は聞いています。
どうぞお通りください。王が待っています」
そう言って、ドアの前から離れる城兵。
王が待っているという言葉を聞き、二人の緊張が更に高まる。
晶は日本の学生だったために、王族に対する正しい礼節など知識にない。
アリステリアもまた、魔王を継いで一年と少々であるために、この様な場に慣れていないのだ。
それでも意を決してドアを開け、中へと入る二人。
中の様子を見た二人は、予想外の光景に驚きを顕にする。
謁見の間には、王自身の他に数人の兵しかいなかったのだ。
あまりにも不用心なその光景に、二人はその場に固まる。
そんな二人を見たバルト王は、椅子から立ち上がるとこちらへと歩いてきた。
二人の前で立ち止まるバルト王。
ハッとして二人が何かを言おうとするが、先に口を開いたのはバルト王だった。
「アリステリア殿。水無瀬晶殿。良くぞ来てくれた。
この国を代表して、心から歓迎しよう」
再び驚きに固まる二人。
おおよそ二人のイメージする、大国の王との謁見とはかけ離れた光景。
しかしそれでも、驚いてばかりはいられない。
アリステリアは佇まいを正すと、バルト王の前に片膝を付き頭を垂れる。
そしてその状態で、バルト王に謝罪を告げた。
「バルト陛下……これまでの事を、心から謝罪します。
全ては魔王である、私の責任です。
私が不甲斐ないばかりに、貴国に多大な被害を……」
アリステリアは、どの様な責も受けるつもりだった。
実際にエルサリオンに害をなしたのは、グラウザーン率いる過激派の者たちだ。
だがそれは、あくまでも魔族の事情である。
過激派を抑え込めなかったのは、間違いなく自分の責任なのだ。
現在の魔王である、自分の責任。
被害者であるエルサリオンの者たちからすれば、さぞかし自分が憎かろう。
門兵と医者が例外だ。
アリステリアはそう思っていた。
だが、次の瞬間バルト王がとった行動は、そんな自分の考えからは想像がつかないものであった。
バルト王は片膝を床に付いて、アリステリアに視線を合わせる。
そしてアリステリアの肩に手を置いて、語りかけてきた。
「アリステリア殿……此度の件、心から残念だった」
アリステリアは一瞬、バルト王が何を言っているのか分からなかった。
なぜ魔王である自分に、これほどまでに自然に近づけるのか。
此度の件とは、一体何なのか。
しかしその答えは、すぐにバルト王の口から告げられる。
「貴殿の父、先代魔王のレイゼル殿のこと……残念でならぬ」
ドキリと跳ねる、アリステリアの胸。
まさかこの状況で、父の名が出てくるとは思わなかったのだ。
しかもそれは、父の死を悼む言葉。
混乱する頭で、短く呟くアリステリア。
「陛下……なぜ……」
バルトは悲しそうに笑うと、静かに話し始めた。
「レイゼル殿とは、何度も言葉を交わしたことがあるのだ。
直接会うことは、ついぞ叶わなんだが……」
その言葉で、アリステリアは失念していたことを思い出す。
父が人間との和平を目指して動いていたことを。
自分もその意思を継いだ筈だった。
それなのに、その事をつい今まで忘れていたのだ。
それだけ自分の心に、余裕がなかったということなのだろう。
——なぜ今その話を?
今度はそんな疑問が、頭を占める。
その疑問が顔に出ていたのか、バルト王は笑みを深めて言葉を続ける。
「……私に何かあった時は、娘の事を支えてやってほしい」
「……え?」
唐突に言われたバルト王の言葉に、アリステリアの口から声が漏れる。
バルト王は更に言葉を重ねた。
「貴殿の父、レイゼル=ゼラシア殿からの頼みだ」
短い説明。
だがそれだけで十分。
アリステリアの心に、言葉の意味が染み込んでくる。
「あ……お父様……」
父は最後まで自分を案じてくれていた。
アリステリアの瞳に、徐々に涙が浮かんでくる。
バルト王はその涙を指で拭い、アリステリアの頭を優しく撫でた。
その手から伝わってくる温もりは、幼き頃に父の手から伝わってきたものと良く似ている。
「アリステリア殿。貴殿は——そなたは悪くはない。
悪いのは余の方だ。
余が不甲斐ないからこそ、この国はセレフィーネの手に落ちたのだ。
そなたの責では断じてない。
むしろ許してほしい。友の遺言すら果たせなかった余の事を」
違う。嘘だ。
そんな訳はない。
エルサリオンは……バルト王は被害者だ。
そして自分は魔族の王。
魔族の責任を背負う義務がある。
止められなかった自分が悪い。
それどころか、ファレナ姫すら連れて行かれる始末。
自分が悪いのだ。
悪い——筈なのに。
アリステリアは、その事を口にすることは出来なかった。
あろうことか、バルト王の“優しい嘘”に甘えてしまった。
「う……うぁ……お父様ぁ……バルト様ぁ……」
嗚咽を漏らすアリステリア。
だがそれも、無理無き事なのかもしれない。
ヴァルドランが、日頃から思っていたこと。
『アリステリアは、魔王を継ぐには若すぎる』
本来ならアリステリアは、父レイゼルの下で様々な事を学ぶ必要があった。
しかし事態は、それを許さなかった。
彼女は魔王としての器を育てる前に、魔王の力を受け継ぐしか無かったのだ。
しかもそれは、アリステリアの身の安全を願った結果としての事でもある。
誰にも言えない恐怖。
誰も肩代わりしてやれない重圧。
アリステリアは壊れてしまわないように、魔王の仮面を被り続けるしかなかったのかもしれない。
——その仮面が、バルト王の手の温もりによって剥がされた。
泣き続けるアリステリアを撫でながら、バルトは晶へと視線を向けてくる。
「晶殿、そなたにも感謝と謝罪を」
それまで黙っていた晶は、いきなりの言葉に驚く。
「え!」
バルト王は、痛みを秘めた悲しい笑みを浮かべて続ける。
「そなたの事は聞いている。
そなたが、女神エルフェリーナの魂を宿していること。
その力で、オラクルたちを助けてくれたこと。
……そしてその代償も」
バルト王は、晶へ向けて頭を下げる。
王であるバルトがだ。
本来ならそれは、王として許されないことだろう。
だが不思議なことに、バルト王の威厳は些かも失われてはいなかった。
バルト王は更に続けた。
「他にも、そなたの友である勇者たち。その者たちの命を失ってしまった。
いくら詫びても足りぬだろう。……すまなかった。余の責任だ」
その言葉に、晶の胸は痛みを覚える。
簡単に割り切れるものではない。
だがそれでも。
「バルト陛下、頭を上げてください。ボクには偉そうな事は言えません。
だけど、バルト陛下が悪いとは思えないです」
晶の言葉を聞いたバルト王は、かつて紫音と柚葉にも同じ事を言ってもらえたことを思い出した。
「そなたたちは、本当に優しいのだな。
感謝を。……心よりの感謝を」
——ズキン。
バルトの優しいという言葉に、再び晶の心が軋みを上げた。
晶はその“感情”を慌てて振り払い、バルトに言葉を告げ始める。
この場に来た、本来の目的を。
「あ、あの……陛下」
◇
それから晶と落ち着きを取り戻したアリステリアは、バルト王へと説明を始めた。
二人の話を聞いたバルトは、最初は良い顔はしなかった。
バルトはもう二度と、召喚術は使わないつもりでいたのだそうだ。
いくら操られていたとは言え、今回の召喚勇者の一連の事態は、あまりにも心が痛んだ。
そもそも自分達は、召喚術に頼りすぎていたのかもしれないと。
だが晶たちの言葉を聞く内に、僅かながら考えが変わった。
なぜならば、この世界が救いを求めているという考えに、強い共感を覚えたからだ。
今回の勇者召喚は、何かが今までと違った。
草薙一真という男の召喚。
そしてこの数百年現れなかった、エルフェリーナの魂を宿すものの出現。
——何かがおかしい。
晶たちの話を聞いてから、強く感じるのだ。
今一度だけ、勇者を召喚するべきだと。
まるで何かが、“引き合おう”とでもしているかのような。
その様な強い予感がする。
バルト王は迷ったが、次の一度で最後という条件で、勇者召喚を使うことを受け入れたのだった。
◇
「アリステリア殿、晶殿、少し下がって欲しい。召喚を——行う」
そう言うとバルトは、兵に一本の杖を用意させた。
その杖に魔力を込めると、床の絨毯の上に魔法陣が浮かび上がってきた。
バルト王の額には、玉のような汗が浮かんでいる。
かなりの負担を強いられる術のようだ。
それでもバルト王は、その力を行使する。
「——世界よ、答えよ」
魔法陣から光が立ち上り始めた。
「幾千の時を越え、幾万の命の祈りを束ね——」
「今、この地に顕現せしは滅びの兆し」
「理を超えし災厄に対し、我らは力を持たぬ」
「——ならば、求めよう」
「この世界の外に在る者よ」
「運命に選ばれし者よ」
「抗う意志を持つ魂よ」
「我が名はバルト=エルサリオン。神の奇跡を授かりし者なり」
「世界の存続を賭け、汝らに世界を託す」
「応じよ、異界の勇者」
「この世界の叫びに——応えよ!」
魔法陣の光が、強く溢れ出す。
——この瞬間。
地球とエルフェリアを繋ぐ、奇跡の扉が開かれる。
「勇者召喚!!」
力ある言葉とともに、魔法陣から光が立ち上り——
一人の勇者がここに顕現した。
——そこに立っていたのは——
よろしければ、ブックマークや評価をお願いします。
感想もいただけますと、とても励みになります。




