芽吹き
昼下がりの《まるまる亭》。
静かな日差しのなか、数組の客がそれぞれの時間を過ごしていた。
ゴルザンはいつもの席に座り、黙々と定食に箸を進めていた。
無言だが、その表情は数週間前よりもいくぶん柔らかい。
入り口の戸が開き、ぱたぱたと小走りの足音が近づいてくる。
「マーサさーん、ちょっとだけ顔出しに来たー! ……あれっ、ゴルザンさん!?」
明るい声の主はリリアだった。
「……今日はお休みですか?」
「そうだ」
ゴルザンは淡々と答える。
リリアは驚いたように目を丸くしながら、エプロンを手に取って立ち止まった。
「へえ……なんか、ギルド以外で会うと、ちょっと不思議な感じしますね」
ゴルザンは、ほんのわずか口元を動かしたが、すぐにまた食事に戻った。
「ゴルザンさん、ここ常連だったんですね。気づきませんでした」
「……いつもは昼を、ずらしてるからな」
その言葉にリリアは納得したように頷いた。
「あ!前に会議で助けてくれたでしょ。あのとき、ルイスもすっごく喜んでて」
「……そうか」
「あれ以来、空気が変わった気がするんだ、この支部。なんていうか、ちょっとずつだけど、助け合いっていうか」
その言葉に、ゴルザンはふと窓の外に目をやる。
陽射しに照らされた道端に、小さな草の芽が顔を出していた。
「……新芽か」
「え?」
「いや、なんでもない」
そう言ってゴルザンはまた食事を再開した。
それを見ていたマーサが、にやりと笑ってリリアに耳打ちする。
「いいじゃないか。ちゃんと“おかえり”って顔になってきたよ、あの人」
「え、そうかな? わかるんだ、マーサさん」
「まあね。あたしは、人の顔で味が変わるタイプだからさ。
……最初はここに座ってても、どこか“居ない”みたいな顔だったんだよ。今はちゃんと“戻ってる”」
その言葉にリリアが笑い、店内にふわりと明るい空気が広がった。