誰かを送り出すために
ルイスの異動が正式に決まったのは、ある晴れた昼下がりだった。
「え、ほんと!? ブリッジフォード支部?」
リリアが目を丸くして驚く。支部内にもすぐに噂が広まり、ちょっとした話題になった。
「やっぱ、あいつ最近頑張ってたしな」
「地味だけど、真面目だったよな」
そんな声が、支部のあちこちで囁かれていた。
***
休憩明けの倉庫では、ふたりの職員が資料棚の前で何やら話していた。
「えっと……この備品、申請されてませんでしたっけ?」
「いや、自分、昨日ちゃんと提出しましたよ」
職員同士の小さな声が、資料棚の前で交錯する。
倉庫整理をしていたゴルザンは、そのやり取りに耳を傾けながら、別の棚から申請書のファイルを取り出した。
「——これだ。旧式の書式で出してるな。いまは新しい様式になってる。棚の右から二番目にあるぞ」
「……あっ、本当だ。すみません!」
「助かります」
ふたりがぺこりと頭を下げる。
「次からは、気づいたやつが声を出せ。黙ってると、ミスは繰り返すからな」
ゴルザンの言葉に、小さな「はいっ」という返事が返ってきた。
——そうして“言葉を使うこと”が、少しずつ自分のなかに根づいてきている。
(黙っているだけでは、誰のためにもならない)
そんなことを考えていると、
背後で軽い足音が止まり、ルイスが所在なげに立っていた。
「……あの、今まで、本当にありがとうございました!」
深く頭を下げる若者に、ゴルザンは一瞬だけ間を置いた。
——初めて任せた依頼報告で、緊張しすぎて噛み倒したこと。
——苦手な受付補助を地道にこなした日々。
——誰かに怒鳴られても言い訳せず、じっと話を聞いていた姿。
……頑張ってた、と思う。
「別に、俺は何もしてない」
いつもの調子でそう言ったあと、少しだけ言葉を足す。
「……だが、お前はちゃんと応えた。そこは誇っていいぞ」
ルイスは驚いたように顔を上げ、それからぱっと笑った。
***
その日の夕方。
ルイスは出発前の挨拶を兼ねて、《まるまる亭》に立ち寄っていた。
ちょうどテーブルの奥にいたゴルザンと目が合い、ぺこりと頭を下げる。
「最後に、もう一度お礼を言いたくて……」
ゴルザンは湯気の立つ茶碗に箸を置き、少しだけ目を細めた。
「誰かに伝えるってのは、簡単じゃねぇけど──やる価値はある。
……仕事はそれでだいぶ変わるもんだ。それができる奴は、どこに行っても通用する。」
「……がんばれよ」
その言葉に、ルイスは大きくうなずく。
「……はいっ!」
胸を張ったその背中に、マーサが声をかけた。
「ごはん、持ってきな。腹が減ってちゃいい仕事はできないよ」
ルイスは「ありがとうございます!」ともう一度頭を下げ、席につく。
その様子を見ながら、ゴルザンは少しだけ肩の力を抜いた。
見送る言葉は多くなかった。
けれど確かに、そこには“伝えた”という実感が残っていた。




