令和四年 八月十三日
二十五年も経つのに、本当に昨日のことのように覚えている。
彼女はあれから、きちんと成仏できたのだろうか。いや、成仏という言葉を使っては失礼な感じがする。僕個人としては、彼女を幽霊だと思っていなかったから。
僕は結局、故郷の沖縄に戻らなかった。
卒業してから一年後に、茨城県の教員採用試験を受けて合格。それからずっと、茨城県民として暮らしている。
最初は学生時代に住んでいたアパートで暮らしていたが、五年前にあの丘の土地を買い、そこに家を建て、今は穏やかに毎日暮らしている。
窓の外には、故郷の沖縄とはまた趣の違う、茨城の広い海が見える。独りで住むにはやや広すぎる家だが、なかなか快適。海風が入ると心地よく、夜は窓から月や星がよく見える。
かつて、彼女は僕に言っていた。「一度で良いから、沖縄の海にも入ってみたい」と。
水奈川海佳は、あれから無事に生まれ変われただろうか。魂の持つ記憶も全てリセットされて、今はどこかで別人となって暮らしているのだろうか。
今年もまた盆の季節が来た。
僕は毎年、家の庭で独り、迎え火を焚く。先祖の御霊を尊ぶためなどの意味があるのだろうが、何となく盆のルーティンとして行わないと、僕としては気持ちが悪いのだ。
「・・・・・・あ! いけない。火が点かないや」
今年に限って、うっかりしていた。
簡易ライターのガスが切れていて、おがらに火を点けられない。台所のガスコンロでも火を点けられるが、さすがにそれは憚られる。
仕方なく、一度家の中に戻って、マッチなどを僕は探した。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
インターホン画面には、麦藁帽子を被り、浅葱色のスカーフを首に巻き、紺色のワンピースに身を包んだ美しい女性が映っている。二十代半ばくらいだろうか。
「ん? ・・・・・・誰だっけ? ええと、どちら様でしょうか?」
僕は、突然尋ねてきた客に、問いかけた。
すると、その女性は、にっこり笑ってこう言った。
「・・・・・・くすくすっ。青太郎さん、だめですよ。ちゃんと予備も用意しなきゃ」
女性は、そう言った。そして、帽子を脱ぎ、さらに「変わりませんね、青太郎さん」と言った。
僕は、その女性が巻いているスカーフに、見覚えがあった。
「・・・・・・驚きました。まさか、こんなことがあるなんて。今度はもう、消えたりしませんよね?」
「もちろんです。・・・・・・また、この海に映る星がどうしても見たくて、帰ってきちゃいました」
「幻想的ですよね、海に映る星は。・・・・・・二十五年前に、教えてもらいましたからね」
僕は、笑顔で玄関のドアを開け、その女性に笑顔でこう告げた。「おかえりなさい」と。
水の青、海の青
完