16.八千代、戦場に立つ
大晦日の朝、八千代が裏庭でいつもの訓練を終えて事務所に入ると、皆があわただしく走り回っていた。
その様子を、孝太郎が椅子に座って眺めていたので、八千代はその傍らに行って聞いてみた。
「じいさま、みなさん今日は朝からどうしたのですか」
「おお八千代か、今日は餅つきなんじゃ」
「えっ、お餅つきですか」
「そうじゃ、うちでは毎年、大晦日に餅つきをしておるんじゃ。
ご近所さんとの親交も兼ねて、餅つきをして、餅を配っておるんじゃよ」
八千代のいた一宇村でも、年末には正月用の餅をついていた。
正月に向けたわくわく感の中で行う餅つきは、八千代にとって数少ない楽しみであった。
「わー、すてきですね。
じいさま、私も参加していいですか」
「もちろんじゃよ、お前も楽しんでくれ」
「はい、ありがとうございます」
答えるや否や、八千代はいそいで表にとんでいった。
表ではすでに準備が進んでおり、薪をくべた簡易かまどに乗せたせいろでもち米を蒸している隣で、一臼目の餅がほぼつきあがっていた。
「おーい、上げるぞ」
ヒロの声に応え、ヤスたちが餅とり粉をひいた餅箱を臼の横に持っていき、臼から餅を上げた。
ヤスたちはそれを事務所の前に置いた縁台に置き、3人がかりで「熱い、熱い」と口々に叫びながら丸め始めた
楽しくそれを見つめていた八千代だったが、ヤスたちが無造作に餅をちぎっているのに気づいた。
できた餅をよく見ると、しわだらけで不格好な形となっている。
「あっ、あっ、そんなちぎり方をしては・・」
思わず悲鳴に近い声を上げてしまった八千代の方を見上げたヤスは不思議そうに答えた。
「えっ、姐さん。
どういうことですか」
「あの、ごめんなさいね。
お餅をきれいに丸めるためには、ちぎり方が大事なの」
「へぇ、そうなんっすか。
どうしたらいいんっすか」
「やってみるわね。
まず、左手の人差し指と親指で輪をつくり、そこに右手の親指でお餅を押し込むの」
そう説明しながら八千代が餅を押し込むと、左手の輪からきれいな形の餅が押し出されてきた。
「これを、少しねじりながらちぎると、水滴のような形の餅になるから、これを丸めるのよ。
そしてちぎった面が底面になるように形を整えるといいの」
たしかに八千代が作った餅は、売っている餅のようにきれいな形をしていた。
「ほー、なるほど。
よっしゃ、やってみるっす」
納得してやり始めたヤスだったが、すぐに音を上げることになった。
「姐さん、熱くてとてもできないっす」
「じゃあ私がちぎっていくから、みなさんで丸めていってもらえますか」
「へぇ、おねがいしやす」
八千代はひょいひょいと手際よく餅をちぎっていき、後の3人が丸めていったため、きれいな餅が量産されていった。
それしても、今日はウサギの戦闘服でよかった。
ペンギンやカエルの戦闘服では、手の部分まで布で覆われれているので、餅とりができないところだった。
ただ、餅をちぎりながらも八千代は、まだ餅に米粒が残っている部分があることに気づき、餅をついているヒロに声をかけた。
「ねえ、ヒロさん、お餅のつき方にムラがあるようですので、もう少ししっかりついてもらえませんか。
たぶん最初のこね方が足りないんじゃないでしょうか」
「そっ、そうなんすか。
いやー、これで2臼目なんで、息切れして・・」
「じゃあこっちが終わったので、私、代わりましょうか」
「姐さん、大丈夫っすか」
「はい、村では私一人で一俵ぐらいついていましたから」
などといわれても、どれぐらいか見当がつかないヒロだったが、とにかく手にマメができそうだったので、八千代に代わってもらうことにした。
杵を受け取った八千代は、餅をつかずに杵でこねはじめた。
餅つきと言うが、実際には最初にかなりしっかりこねて、米粒をくっつけて飛び散らないようにする必要がある。
ここにはかなりの力が必要であり、大変な作業なのだ。
「そろそろいいわね」
充分に餅をこねた八千代は、ようやく杵を振り上げて餅をつきはじめた。
パチイィィィン
みんなが振り返る大きな音がした。
さっきまでの、ヒロがついていたペタペタという音とは大違いだ。
返し手をしていたかなえも『そうよ、この音よ』とつぶやいていた。
餅つきは、もち米を臼と杵の間で叩き潰すものと思うかもしれないが、そうではない。
餅表面に当たった杵の衝撃波が餅全体に伝わり、はさまれていない部分の米粒も衝撃波により粉砕するものである。
つき手により、仕上がりはずいぶんと違ってしまうのだ。
八千代はしばらくいい音を立てて餅をついてから、ヤスに声をかけた。
「ヤスさん、そろそろ上げるのでお願いします」
「姐さん、上げるのはいいんっすが、ワシらではうまくちぎれんのですが」
「そうねぇ、じゃあ私がちぎりましょうか。
でもつく人もいるし・・」
「八千代ちゃん、私がちぎりましょうかね」
八千代に声がかかった。
近所のトミさんだった。
「まあ、トミさん」
「餅取りなら私もずいぶんやってきたからね、お手伝いするわよ」
「それは助かります」
こうして、うまく分業体制ができた。
さすがトミさんは手慣れたもので、八千代のついた滑らかな餅で、次々ときれいな餅ができていった。
また、餡餅などもきれいに作り、見に来ていた近所の人たちに配っていった。
一方、八千代は涼しい顔をして次々と餅をついていった。
その様子を、一臼ついて腕をさすっているヒロが驚異のまなざしで眺めていた。
用意していたもち米をつき終わり、ご近所さんにも充分におすそ分けして、餅つきは終了した。
「姐さん、おつかれさんでやした」
「ありがとうございます。
とっても楽しかったわ」
声をかけながら後片付けをしていると、もう夕方になっていた。
かなえが夕食代わりに用意してくれていた年越しそばをみんなで食べた後、八千代は自分の部屋に戻った。
この一年は八千代にとって大きな変化の年だった。
今、八千代は、去年の今頃は想像もしていなかった生活をしている。
八千代が今年を振り返って物思いにふけっていると、八千代のスマホが鳴った。
洋子からだった。
「やっほー、八千代」
「こんばんわ、洋子」
「うん、八千代、紅白見てる?」
「えっ、紅白ってなんのことですか?」
「ま・・まあいいや。
今、東京から帰ってきたとこなんだぁ」
「えっ、東京まで行ってたのですか」
「うん、コミケ、コミケ」
「えっ、こにけ?」
「コミケだよ。
ここんとこ大変だったんだよ。
26日23時59分という締め切りぎりぎりで原稿を入稿して、
そっから丸二日爆睡して、
29日に東京に飛んで、
昨日と今日はコミケに参加して、
今帰ってきたところなんだ」
「よくわかりませんが、おつかれさまでした」
「うん、そんでね、明日は一緒に初詣に行かないかな?」
「それはいいですね」
「じゃあ、明日の朝10時に、諏訪神社の前の橋んとこでね」
「わかりました。
楽しみにしてるわ」
「そんじゃね」
「はい、よいお年を」
電話を切った八千代は、はたと思い至った。
「そうだわ、初詣と言うと、晴れ着を用意しないと」
八千代には大切にしている晴れ着があった。
村の撫子が形見にくれた着物である。
戦後すぐ、一宇村の女性たちが山奥に避難する際には、必要最小限のものを持って山に入っていった。
しかしそこは若い女性たちのことである、ほとんどの女性たちがお気に入りの晴れ着を一着、荷物に忍ばせていた。
当然それは山での生活において役に立つものではなかったが、それでも正月と祭りには晴れ着を身にまとうことで、ささやかな幸せを感じることができたのである。
彼女たちはそれを大切に管理し、最期には形見として八千代に託していった。
最終的には、八千代は晴れ着をたくさん所有することになったのだ。
それらの管理は結構面倒だったが、八千代は過去老人たちとの思い出として、大切に保管していた。
ただ山を降りるとき、全部をもってくるわけにもいかなかったので、八千代お気に入りの一着のみを持ってきたのだ。
それがその撫子の着物である。
翌朝、2023年の元旦である。
八千代は撫子の着物を身にまとった。
着物の着付けは慣れたものであり、ぴしっと着こなしていた。
ただ、髪まで結っておらず、いつもの髪型のままである。
だいたい、アニメやマンガのキャラ区別は、髪型でほとんど決まってしまう。
松本零士や永井豪をはじめとする昭和の巨匠たちの女性キャラは、顔は全く同じで髪型が違うだけである。
顔の作りは全く同じで、髪型だけでキャラをかき分けているサザエさんを見れば、いかに髪型がキャラ付けに重要であるかが分かるだろう。
すなわち、八千代の髪型を変えてしまうと、筆者の残念な画力では誰だか分からなくなってしまうため、髪型を変えることができないのである。(涙)
だから、八千代は寝るときも髪を洗う時も、決して髪型は変えないのだっ。
7時から事務所内の新年の儀式があると聞いていたので、八千代は10分前に孝太郎の部屋にあいさつに行った。
「じいさま、新年あけましておめでとうございます」
「おおー、おめでとう八千代。
なんともあでやかじゃのぉ」
「撫子さんに頂いたものなんです」
「そうか、撫子は村長の一人娘じゃったからのぉ、着物もとびきりのものじゃろうな」
「そうなんですか。
私もこれがとても気に入ってるのです」
「そうかそうか。
まあそれじゃ、一緒に食堂に上がろうかのぉ」
二人が階段を上がり、食堂に入ると、中がどよめいた。
「姐さん、うつくしー」
「おお、女神降臨、ありがたやー」
「なんと尊いっ」
ざわつく食堂を孝太郎が一喝した。
「てめえら静かにしろっ、今から新年の儀式を始めるぞ」
しいんとなった食堂で、孝太郎は南に祀ってある神棚の前でお参りを行い、他のみんなもそれに倣った。
その後、みんなを前に孝太郎が新年の挨拶とこの一年の抱負を述べ、お屠蘇をまわして儀式は終了した。
もちろん八千代はお屠蘇だけは遠慮した。
そこからは雑煮ととおせちがふるまわれ、そのまま宴会に突入した。
しばらくはかなえさんを手伝って、料理だのビールだのを運んでいた八千代だったが、洋子との約束の時間が近づいたため、事情を話して出かけることにした。
10時少し前に神社に着いたが、洋子はもう来ていた。
「わー、八千代、とってもいいよ。
ものすっごくきれいだね」
「ありがとう洋子、そのコートも素敵じゃない」
「えへへ、これ私の一張羅なんだよ」
神社はかなりの人出で混んでおり、なかなか前に進まなかったが、二人はおしゃべりに夢中で、そんなことは気にならなかった。
しばらく人ごみにもまれてようやく賽銭箱の前にたどり着き、二人は揃ってお参りした。
『じいさまや事務所のみんな、ご近所さんや学校の友達が幸せでいられますように』
『ゆうむいのカップリングがもっとメジャーになり、売れ残った同人誌が売れますように』
念のため、八千代の願いは前者であるので誤解のないように。
祈り終えてふと気づくと、端の方で熱心に祈願している一女レディーズの和子がいた。
その熱心な様がふと気になり、八千代が声をかけてみた。
「和子さん、あけましておめでとうございます」
「あっ、國守の姐御、おめでとうございやす」
「なんだか深刻なご様子ですけど、大丈夫ですか」
「ちょっと八千代、ほっときなよ」
洋子が横槍を入れたが、八千代はそれをたしなめつつ、もういちど和子に聞いてみた。
「何かあったのでしょうか」
「実は・・。
一女レディーズがピンチなんでさぁ」
「どういうことですか」
「この前、姐御がセント・テレジア学園をぶっつぶしやしたよね」
「いえ、つぶしたわけじゃありませんが」
「そのことで、一女が徳島を牛耳ったという噂が広まりやしてね。
関西連合に目をつけられたんでさぁ」
「どういうことですか」
「つまり、一女レディーズの珠代姐さんが徳島の総番になったと誤解されてるってわけなんっす。
そんで、関西連合が走り初めで徳島まで来ていて、この後挨拶してやるって連絡があったんすよ」
「まあ、ご丁寧な礼儀正しい方たちですね」
「いや、挨拶って、ナシをつけるってことっすよ」
「ナシ?・・ああ、お話しをしにくるってことですね」
「・・まあ、そんでいいっすよ。
とにかく、珠代姐さんを始め、ウチらは7人しかいないのに、百人単位の関西連合に対抗のしようが無いんで、もう、神頼みしかないんっす」
「よくわかりませんが、困っていらっしゃるなら、私がなにかお役に立てませんか」
「八千代、関わっちゃだめだよ」
再び洋子が八千代を制止したが、八千代は洋子の手を握って答えた。
「洋子、これは私にも責任があることなの。
心配いらないから、先に帰ってもらえるかしら」
「もう・・、まあ八千代なら大丈夫だろうけど、気を付けるんだよ。
それじゃ私は、芸能人格付けチェックを見ないといけないから、帰るね」
どこまで真剣に心配しているのかよくわからないが、洋子はそう言って帰っていった。
「それじゃ、案内して」
「はい、場所はこの前とおなじ河川敷っす」
「そうですか」
そう言って二人が歩き出すと同時に、八千代のスマホが鳴ったため、八千代は歩きながら出た。
「もしもし」
「おっ、八千代か、あけおめ~」
「あっ、マリコさん。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」
「おう。
八千代、正月楽しんでっか?」
「はい、今からご挨拶に行くところです」
「なんだ、正月の挨拶まわりか」
「いえ、なんか関西連合って方たちがご挨拶にきてくださるそうなので・・」
「関西連合って、あの関西のアマゾネスと呼ばれている暴走族か」
「えっ、そうなんですか。
とにかく話をつける必要があるようなので」
「ふーん、それでどこでやるんだ?」
「この前の河川敷だそうです」
「そっか、じゃな」
突然電話が切れたが、なぜかマリコの最後の言葉はうれしそうだった。
「失礼しました、それじゃ急ぎましょう」
八千代は和子にそう言って、足を速めた。
和子は着物の八千代がなぜそんなに早く歩けるのかが不思議だったが、とにかくついていった。
河川敷にはすでに珠代たちが来ていた。
八千代が来たのを見た珠代は一瞬顔を輝かせたが、すぐに申し訳なさそうな顔になり、八千代に声をかけた。
「姐さん、来てくださったんすか」
「珠代さん、あけましておめでとうございます。
困っていたのなら、声をかけてくださればよかったですのに」
「そうしたかったのはやまやまなんっすが、この前セント・テレジアとの抗争に姐さんを呼んだことをシゲオにこっぴどく怒られやして。
姐さんを巻き込むなって」
「そうなんですか、遠慮なさらなくてもよろしいですのに。
それに今日は、関西の方が新年のご挨拶に来られるだけなんでしょ」
「えっ、いやその・・挨拶というのは・・」
珠代が言いよどんでいると、遠くから聞こえていた爆音がどんどん近づいてきた。
ざっと百数十台のバイクが、土手から河川敷に走り下りてきた。
どのバイクも、マフラーを高く持ち上げたり、座席に背もたれをつけたりと、派手な改造を施していた。
それらバイクは珠代の前に停まり、ひときわ目立つ派手なバイクにこれまた派手な衣装を着た大柄な女がまたがっていた。
リーダのスミ子である。
「徳島の新しい総番ってあんたか?」
「いや、そういうわけじゃねーんだけど」
「ああっ?あんた、徳島一女レディーズのヘッドちゃうんか」
「それはそうなんだが・・」
「やっぱりそうやんか。
なんや、お前らたった8人しかおらへんやんか、なめくさって。
おまけに着物の嬢ちゃんまでおるやんけ」
バイク軍団は一斉に笑い声をあげた。
「とにかく新顔があまりでかいツラをせんように、はるばる挨拶にきてやったんや」
スミ子が凄みを聞かせる中、八千代の凛とした声が響いた。
「そういうことでしたか」
八千代が一歩前に進み出たため、バイク軍団に緊張が走った。
このすさんだ空気の中、着物姿の八千代は異色の雰囲気をまとっており、皆は八千代に注目して静かになった。
八千代はバイク軍団をみまわし、優雅にお辞儀した。
「みなさま、あけましておめでとうございます。
遠い所、わざわざご丁寧にいらしてくださり、ありがとうございました」
しばらくあっけにとられていたバイク軍団だが、我に帰ったスミ子が八千代に問いかけた。
「あんた、だれや」
これには、八千代が答えるよりも早く珠代が答えた。
「この方こそ、セント・テレジアをぶっつぶした八千代姐さんだっ」
「なんやて。
そうか、こいつ、うちらをおちょくっとるんやな。
こらおもろい、ちょっと焼きいれたろか。
おい、末成、ちょっとおどかしたれや」
末成と呼ばれた少女はバイクを発進させ、八千代に向けて突進していった。
八千代はその行動の意味が分からず、バイクが至近距離となるまで立ち尽くしていたが、バイクが接触する直前に垂直に飛び上がり、末成の頭上を越えてバイクの通過後に着地した。
頭上すれすれに人をかすめた末成は焦り、バイクをひっくり返してしまってそのまま10mほど滑っていった。
その顛末を見ていたスミ子は、八千代を見つめて驚いた声をあげた。
「こらたまげたわ。
お前、なかなかやるやんけ。
そやけど、末成の仇をとらなあかんな」
理不尽な話であるが、スミ子はとにかくいちゃもんがつけられれば何でもいいのである。
「私、そんなつもりではないのです」
八千代は弁解したが、スミ子が聞き入れるはずはなかった。
「うるさいわい。
ぎたぎたにしたるから、覚悟せーよな」
「あの、私この着物も汚したくないし・・」
「なにゆーてんねん。
その着物もボロボロにしたるからな。
おい、お前ら、一斉にかかんぞ」
手下に指示するスミ子を見て、八千代は戦いが避けられないと覚悟を決めた。
だが、着物で格闘するのはきびしい。
こんなときは、ナギナタがあればいいと思い、周りを見回すと、ちょうどいいものがあった。
「ちょっとお借りします」
そういいながら、八千代は末成のバイクの槍のように突き出したマフラーをつかみ、引きはがすと、ちょうどいい長さの得物となった。
「やったれー」
スミ子の掛け声と同時に、次々にバイクが八千代に向かって突進していったが、八千代は左右に巧みによけながらマフラーナギナタをふるい、バイクからライダーを叩き落していった。
関西連合はたちまち十数人の人間とバイクの山を地面に築くこととなった一方、八千代はまるで舞を舞っているような優雅さであり、着物の乱れも少しもなかった。
八千代の強さを知っている珠代たちでさえ、あっけにとられる光景だった。
ましてや、スミ子達関西連合の面々は何が起こっているのか理解できず凍り付き、現場は急に静かになった。
ただ、八千代は焦っていた。
手にしているのはナギナタではなく、トタンを継ぎ合わせたマフラーなのだ。
慎重に使っているものの、人間を十数人バイクから叩き落すと、かなり亀裂が入ってきており、いつ根元から折れるか分からない状態になってきている。
こうして、誰も動けない状態になっていた。
しかし、その静寂は長く続かなかった。
遠くから轟音が聞こえ、やがてその轟音の主が土手の上に姿を現した。
それは、アメリカ陸軍のM1A2戦車エイブラムスであった。
そいつが3両、そしてそれだけではない。
M727ホークミサイル運搬車もいた。
それに、重武装した陸軍兵士の一箇中隊が随員している。
それまで河川敷にいた者たちは、唖然とし、固まっていた。
そこに、戦車のハッチが開き、マリコが顔をだした。
「おーい、八千代、加勢に来てやったぞ。
と思ったけど、なんか必要なかったみたいだな」
「あら、マリコさん、お気遣いおそれいります」
「おお、いいよ、いいよ。
やい、関西連合の奴ら、ボクの友達に手を出すと、うちの精鋭部隊が火を噴くぞ」
関西連合の面々は、いかつい兵器を目前にして凍り付いていた。
戦車はともかく、M727の対空ミサイルなんぞは敵機などの空中の敵を迎撃するものであるため、ここに持ってきても無意味だろう、などと突っ込むものは誰もいなかった。
そんなことを言い出すのは、マニアっくな読者ぐらいであろう。
いや、そういった読者は、そもそも米軍が戦車で街中に乗り付けるなどありえないと指摘するかもしれない。
しかし、その指摘は間違いである。
現に、うる星やつらでは、面堂終太郎戦車軍団のレパード戦車が町中を走り回り、パトレイバーなどでも自衛隊の戦車がしばしば市街に登場するのだ。
米軍が吉野川に戦車で乗り付けても、全然おかしくはない。
なんせ、本作品はコメディーなのである!
エイブラムス戦車が空に向けて一発空砲を撃つと、関西連合は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
筆者は蜘蛛の巣を破って、蜘蛛の子を散らしたことがあるので、この表現は自信をもって書くことができるのだ。
関西連合が去った河川敷で、マリコは戦車から飛び降り、八千代の横に駆けてきた。
「なんだ、あいつらふがいないな。
ビビって逃げてやんの」
いや、普通はそうである。
「マリコさん、なんかおおごとになりましたね」
「えっ、ははは。
パパに新年の抜き打ち訓練ということにして命令を出してもらって、連れてきたんだよ」
「そうなんですか」
八千代は納得していたが、他の一女レディーズの面々はあっけにとられていた。
そこへ戦車から降りてきたリベラ軍曹が近づいてきた。
軍曹は八千代に気づくと、にこやかに話しかけてきた。
" Hi, Yachiyo. Are you going to participate the new year's drill? "
( やあ、八千代。君も新年の訓練に参加するのかな )
八千代はなんとか"new year"のところだけ聞き取れたので、これは新年のあいさつだと思い、習いたての英語を使ってみた。
「あっ、はっぴぃにゅーいやぁぁ」
予想外の返答に、軍曹もあいさつで返すしかなかった。
" Oh, happy new year to you, too."
どう続けていいか困っている軍曹に、マリコが言った。
" My dad said, it was an emergency dispatch drill. So, it has been finished."
( これは緊急出動訓練ってパパが言ってたから、これでもう終わりよ。 )
うなずいた軍曹は、中隊に声をかけた。
" Okay, guy's. You are dismissed."
( よーし、野郎ども、解散だ )
「じゃあな、八千代。
ボクも帰って、芸能人格付けチェックを見ないといけないからな」
そう言い残して、マリコは戦車隊と共に引き返していった。
芸能人格付けチェックって何だろう、と思いながらも八千代は手を振ってマリコたちを見送った。
静かになった河川敷には、八千代と腰が抜けて座り込んでる一女レディーズだけが残されていた。
「珠代さん、新年の挨拶式典も終わったみたいですよ。
私たちも帰りましょうか」
珠代は、もう関西連合が来ることはないだろうという安堵と、八千代は一体何者なんだという恐怖がないまぜになっており、立つことができなかったが、和子たちが手を貸してなんとか立ち上がった。
「さあ、珠代姐さん、帰って芸能人格付けチェックでも見ましょうや」
「そうか、GACKTも復活するしな」
などと話しながら、とぼとぼと帰っていった。
彼女達を見送った八千代は、周りを眺め、初めて自分の置かれている立場に気づいた。
この時期の日暮れは早い。
薄暗くなった寂しい河川敷に、八千代は一人残されていたのだ。
風が吹いて、辺りの枯れ草がガサガサ音を立てている。
「ま・・まってええええ」
情けない声を上げながら、八千代はみんなを追いかけて走り出した。




