14.八千代、村に帰る
12月に入ってしばらくしたある日、八千代が深刻な面持ちで孝太郎の部屋にやってきた。
「じいさま、お願いがあるのですが」
「なんじゃ八千代、改まって」
「明後日、一度村に帰っていいでしょうか」
「そりゃ構わんが、どうしてじゃ」
「明後日は辰の日になるので、ばあさまのお墓に辰巳のお参りをしたいのです」
「辰巳のお参り?」
孝太郎は一瞬とまどったが、妻だった菊の出里では、年末の辰の日の夜にその年に亡くなった人のお墓参りをする習慣があり、菊はそれを忠実に守っていたことを思い出した。
「そうか、そうしてやると菊も喜ぶじゃろう。
そうだ、わしも一緒に行っても構わんか?」
「もちろん構いませんが、山道を3時間ぐらい歩くことになりますよ」
「わしもそのぐらいの体力はある。
菊の墓参りぐらいはしてやりたいからの」
という話となり、翌々日にはお供として若い衆のトモを連れて、一宇村に行くこととなった。
トモが運転する車で県道を西に走り、以前八千代がバスに乗った停留所近くの空き地に車を停めて、3人は山道を登っていった。
村を出た時と違って、荷物がお参り用の道具だけなので、八千代は軽々とした足取りで歩いていたが、半分も歩かないうちにトモがバテてしまった。
ほとんど人の通らない獣道を、草をかき分けながら急斜面を登っていくので、無理もない。
トモが持っていた数少ない荷物は八千代が全部引き受け、トモはじいさまに叱咤されながらなんとかついてくるようなありさまだった。
村に着いた時には、トモはぜーぜーとへたり込んでいた。
じいさまは若いころ鍛えていただけあって、さすがにしんどそうにはしていたものの、まだ多少の余裕を残しているようだった。
村を見た八千代は驚いた。
たった2か月ちょっと空けていただけで、雑草に埋もれ、廃墟の様相を呈していた。
人がしばらく住んでいないと、こんなにも荒れてしまうものなのか。
とにかく、へたりこんでいるトモを残して、二人はお墓に行ってみたが、そこも雑草だらけで、お墓参りどころではなかった。
「これが菊の墓か」
大きな石をいくつか重ねただけのお墓を見て、孝太郎はつぶやいた。
「はい、ばあさまが亡くなるときに、私にすぐ村を出るように言ったので、四十九日を待たずにすぐに納骨したのです。
だから、あまり石を選ぶ余裕もなく、少し不格好なお墓になってしまったのですが」
孝太郎はそれを聞いて初めて、八千代が傷心の中一人で全てを執り行ったことに気づいた。
「お前、一人で火葬して、墓を作って、納骨したのか」
「そうです、村にはもう私しかいませんでしたから」
見れば、墓石は大きな石である。
どこから持ってきたかは分からないが、女の細腕でここに据えるのは大変な作業であっただろう。
孝太郎は最初に墓を見たとき、もっと立派な墓に作り直すことを提案しようかと考えていたのだが、八千代の心がこもったこのお墓以上に立派な墓はないと思い、ここままが良いのだと思いなおした。
「じいさま、私、一旦家に戻って鎌とか道具を取ってきます。
お墓周りをきれいにしないといけませんから」
そう言うと、八千代はじいさまを残して、家まで走って戻った。
家の中はホコリと蜘蛛の巣だらけになっていたが、それほど痛んではいなかった。
家に入ると、鎌やらタワシやら、いろいろな道具を集め始めた。
意外なようだが、八千代は案外物持ちである。
村では老人が亡くなると、その所有物だったものは残された者のものとなる。
つまり、最後に残った八千代は、村の全てのものを引き継ぐことになったわけである。
だから、鎌なんかは10本以上持っていた。
とはいっても、どれも古くてぼろぼろのものばかりであったが。
ついでに、今夜三人が泊まるための布団を引っ張り出して、外の物干し竿に干しておくことも忘れなかった。
布団を干す前に竿を雑巾がけすると、驚くほど雑巾は真っ黒になっていた。
ばたばたと用事を済ませて墓に戻った八千代は、じいさまと一緒に墓周りをきれいにしはじめた。
少し時間はかかったものの、暗くなる前にはきれいになり、持ってきた花を供えると、それなりに様になっていた。
きれいになったお墓の前に線香を立て、孝太郎と八千代はお参りした。
八千代はばあさまの位牌を自分で作って、今の自分の部屋に置いてあり、朝夕に手を合わせてはいるものの、やはり実際のお墓に手を合わせると、よりばあさまが身近に感じられて涙が出た。
その後、面識のあった村の老人たちの墓も次々と参っていった。
じいさまも、ほとんどの村の女性たちを知っているようだった。
再び家に戻った八千代は、さっと室内の掃除を行い、トモにも手伝ってもらって布団を取り込んだ。
家に入ったトモは、部屋に飾られている昭和天皇皇后両陛下の御影を見て、「だれ?」などと不敬なことを言っていた。
囲炉裏に火をくべ、八千代が夕食の雑炊を作っていた時、トモが叫び声を上げた。
「わっ、でたっ!」
八千代がトモの視線をたどると、トモのすぐ横の壁にゴキブリが這っていた。
逃げようとしたトモがどたどたと地響きを立てたため、驚いたゴキブリは羽根を広げ、トモの方に飛び立った。
パニックに陥ったトモの顔にゴキブリが着地するかに見えたその瞬間、八千代が両手でゴキブリをパチンとたたき、地に落ちたゴキブリを躊躇なく摘まんで囲炉裏の火に放り込んだ。
あっけとられているトモをよそに、八千代は全く何事もなかったかのように食事の用意を続けていた。
「あっ・・あねさん・・素手でゴキブリを」
トモの問いかけに、八千代は何を問われているのか理解できなかった。
「えっ、何ですか?」
「あっ、いえ、あの・・平気なんですか?」
「ああ、今のゴキブリのことですか?
もちろん、退治はしておかないと」
「いや、素手で気色悪くないですか。
もし潰れたりしたら・・」
身震いしながら話すトモに、八千代はにっこりと答えた。
「大丈夫ですよ、いつもちゃんと加減して、失神だけするように叩いてますから」
トモは、『いつも・・いや、そうじゃなくて』と心の中でつぶいたものの、口にはださなかった。
これまで八千代を畏敬のまなざしで見ていたトモだが、これ以降畏怖のまなざしで見るようなった。
雑炊ができたので三人で夕食を囲んだ。
粗末な夕食だったが、師走の寒い掘立小屋では、熱々の雑炊は何にも増してありがたかった。
疲れ切っていたトモは食後すぐにさっさと眠ってしまったため、八千代はじいさまと二人で囲炉裏を囲むことなった。
家にはばあさまの遺品が残されており、いくつかはじいさまも見覚えのあるものもあったため、自然とじいさまの昔話になっていた。
囲炉裏の火を見つめながら、じいさまは遠い過去を思い起こしていた。
「もともとの一宇村は、今日車を停めた辺りにあって、ワシはそこで生まれ育ったんじゃ。」
「えっ、そうだったのですか」
「じゃが、当時から一宇村は山間部の貧しい村だったんで、ワシは尋常高等小学校を出てすぐ、香川県の豊浜にある綿業の工場に働きに出た。
そこで、同じく工員として働いている菊と出会ったんじゃ。
ワシはずっと剣道をしておって、菊は合気道をしていたから、武道のことで話が合ったんじゃな」
「ばあさまは、とても強かったです」
「そうじゃの。
菊の実家は合気道の道場をしていて、菊は幼いころから合気道を仕込まれておったからな。
15歳のときから3年連続で全国大会で優勝しておったぞ」
「わあ、そんなにすごかったんですね」
「じゃが、ワシが18歳のとき、ワシの父親が徴兵されることになったとの連絡を受けたんで、農業を継ぐために村に帰ることにした。
その時、菊を嫁として村に連れ帰ったんじゃ」
「そっか、ばあさまは元々西香川の出身だったのですね。
それで雲辺寺周辺の薬草の場所に詳しかったわけね」
「そうじゃな。
それで、当時すでに戦争は激化しており、ワシが村に戻った時には、村の男は皆、兵隊にとられて出征しており、すでに戦死したものも多かった。
一方、女たちは街から疎開して里に戻っていたのもおり、村は女と年寄りだけになっておった。
ワシも、村に戻ってすぐ陸軍に招集され、九州で少し訓練を受けた後、満州に派兵となった。
菊との新婚生活は、結局1か月もなかったことになる。
それなのに、赴任地に向かう途中の列車内で終戦を知らされ、そのままソ連の捕虜となり、シベリアに抑留されることとなった。
このため、菊とは一切連絡がつかず、5年後にシベリア抑留から解放された後も行方が分からないままとなってしまったんじゃ。
村がその後どうなったのか、八千代は聞いておらんかの?」
「はい、私がばあさまから聞いた話では、終戦後に米軍が進駐してくることになった時、女たちは米軍に暴行されるという噂が流れていたため、ばあさまたちのような一宇村の若い女性たち52人は山に逃れ、ここに村を作ったということです。
最初は必要最小限のものだけを持ち出してきて、ここに粗末な小屋を建てて生活を始めたそうですが、女手だけだったので、生活はとても苦しかったそうです。
何度か元の村と往復して、必要なものを運んできたらしいのですが、ある日、道で米軍の乗った車を見かけ、とうとうここまで進駐軍がやってきたのかと、その日からは元の村にも行かなくなり、この村からは一切出なくなったと聞きました。
村では桔梗先生が指導者となり、村づくりやら畑づくりやらを行う一方、進駐軍の襲来に備えて軍事訓練も行うようになったとのことです。
ただ、十年以上経ったとき、塩などの自作できないものがどうしても必要となったため、買い出し部隊がこっそりとふもとに下り、物々交換で必需品を手に入れるようになりました。
その時点で、年寄りばかり残っていた元の村は、もう無人になっていたそうです。」
「そうか、みんな苦労したんじゃの。
それで、八千代、お前はどうしてこの村に来たんじゃ」
「ばあさまの話では、ふもとへの買い出しの際に、道端で生まれたばかりの私が入ったカゴを見つけたそうです。
私、捨て子だったんです。
そのままにしてもおけないと、ばあさまは私を連れて村に帰り、皆で育てることにしたそうです。
その時点で皆さん喜寿を越えていたので、一番歳の若かったばあさまが親代わりになりました。
ただ、その歳で母親というのも無理があるので、ばあさまということにしたそうです。
とはいっても、ほとんど全員が親代わりでした。
みんなは、とても優しく、いろいろと教えてくれて、私を大切にしてくれましたよ」
「そうか、それはよかったのぉ」
「村では、家を作るのが大変だったので、だいたい3~4人ぐらいで1軒の家に住んでいたんです。
私が村に来た時、私を育てるために最もよい組み合わせとして、私の家には、ばあさまと、桔梗先生と、桃代さんで住むことにしたそうです」
「ふむ、桃代は貞光の病院で看護婦をしておったからの、赤子を育てるには心強いのぉ。
それに、桔梗は教師の免状を持っておったから、教育には向いておるわけか。
桔梗はワシのまたいとこなんじゃよ。
あいつは広島の師範学校を出て大阪の高等学校で教師を始めた途端、空襲で学校が焼け、ワシが出征する前に、村に疎開してきていたんじゃ。」
「そうなのですね。
桔梗先生はいろいろなことを教えてくれました。
毎日、日が落ちた後、授業をしてくれましたが、学問以外にも外の生活についてもいろいろと教えてくれました。
勉強はとてもきびしかったけど、本当に優しかったです」
「そうか。
お前は桔梗に学問を学んでいたんじゃな」
「はい、でも他の皆さんは、学問以外のいろいろなことを教えてくれました。
特に武道は、皆さんそれぞれ得意種目があったので、得意な武道を教えてくれました」
「そうじゃの、元々一宇村は平家の落ち武者の隠れ里じゃったから、伝統的に武道は大切にしてきたからのぉ。
女たちもそれぞれがかなりの達人じゃった。
たしか、鈴蘭はナギナタが得意で、マツは槍、笹子は柔道、葛葉は空手、・・あと、たしか牡丹は古武道の骨法をやっておったな」
「そうです、皆さんそれぞれが訓練をしてくれました」
「それは大変じゃったじゃろう」
「そうですね。
いついかなるときでも敵襲に備える必要があるということでしたので、訓練の時以外の日常生活でも油断していると急に打ち込まれていました。
最初は打ち込まれて、泣いてばかりでしたが、そのうちいつでもかわせるようになってきましたけど」
「そうか、つらかったのぉ」
「でも皆さん本質はとても優しかったので、つらくはなかったです。
空手を教えてくれた葛葉さんも、練習の時はとてもきびしくて、私、何度も失神しましたが、訓練の後はいつも優しく抱きしめてくれました」
「葛葉はワシのいとこじゃった。あいつは徳島市内に嫁に出ていたものの、空襲で夫と娘を失っており、村に帰ってきておったんじゃ。
お前を亡くなった娘のカズラと重ねておったのかもしれんの」
「はい、葛葉さんは私に娘さんの形見のぬいぐるみをくれましたから。
あっそうだ、葛葉さんは生け花も教えてくれました」
「そうか、そういえばあいつは生け花もやっておったのぉ」
「あと、茶道は百合絵さん、琴はもみじさんに教わりました」
「お前、それじゃ遊んでいる間なんかなかったじゃろ」
「そうですね。
特にある程度大きくなってからは、農作業と家事と訓練と勉強以外をする時間はなかったですね。
でもそれが普通でしたから、平気でした。
この前修学旅行で、遊ぶことを目的に時間を過ごしたのにはすごく驚きました」
「大変じゃったの。
自給自足の生活では、生きていくためのことだけでも大仕事じゃろうからな。
そうじゃ、食料の事情はどうじゃったんじゃ」
「そうですね、割といつもお腹を空かせてました。
米軍に空から見つけられるといけないということで、畑をあまり広げられませんでしたから。
畑も、面積当たりの収穫量が多い芋やカボチャが中心でしたね」
「米は食えたのか」
「田んぼもありましたけど、やっぱりあまり広くできなかったので、お米はとても貴重品でしたね。
めったに食べられませんでした」
「家畜なんかは飼わなかったのか」
「桔梗先生によると、家畜から得られる栄養は餌に消費する栄養に比べるとずっと少ないから、効率がよくないということで、ニワトリやウサギぐらいしか飼ってなかったです。
でも、イノシシやシカは罠で捕まえていました。
私、結構得意だったんですよ。
後になると、罠の設置から獲物の解体まで、ほとんど私の仕事になってました」
八千代はそれについて詳しく説明し、孝太郎は驚きながら聞いていた。
「でも、食べ物なんかは少なくて貧しい暮らしでしたけど、私はとても幸せでしたよ。
そもそも今の暮らしをするまで、当時は自分の暮らしが貧しいなんて思いもしなかったです」
「そうか、それならよかったのぉ」
孝太郎は少し間を置き、八千代に向かって真剣なまなざしでおもむろに尋ねた。
「なあ八千代や、菊のことついてもっと教えてくれんかのぉ」
「ばあさまついてですか。
そうですね、ばあさまは実質私のお母さん代わりだっので、ずっと一緒でした。
基本的に優しかったですが、とても厳しかったです。
とくに礼儀作法ついてはものすごく厳格にしつけられました」
「ああ、あいつはそういうのにうるさかったなぁ」
「常々私に、大和ナデシコとして恥ずかしくない女になれと言っていましたから、言葉遣いや姿勢、立ち振る舞いなどは常々注意を受けました。
私、村を出るまでは、正座以外で座ったことはなかったです。
だから今でも、事務所や学校で椅子に座って食事するのに違和感がありますよ」
「ほう、そうなのか」
「はい、ちょっとでも足を崩したらすごく叱られましたし、食事の際に姿勢がすこし前かがみになったりしたら、その後は食事抜きになってしまいましたから。」
「ほほー、そりゃまたきびしいのぉ」
「でも、私をきちんとしつけるためにあえて厳しくしてくれていたんです。
そういえば、一度ばあさまが本音を語ってくれたことがありました」
---八千代の回想---
それは八千代が12歳の時、村の裏山で薪を拾っていた際に起こった。
夢中で薪を集めていて、ふと物音に気付くと、そこには猪の子である小さなウリ坊がいた。
この大きさのまだ乳離れしていないウリ坊の近くには、必ず母親の猪がいる。
野生の動物は通常、無駄な戦闘を避けるよう行動するため、人を見ると逃げていくが、子連れの場合はそうではない。
子供を守るために、問答無用で襲い掛かってくる。
それを知っていた八千代は、急いでウリ坊から離れようとしたが、遅かった。
八千代の目前に興奮した大きな猪が立ちはだかった。
一般に猪の攻撃と言うと、猪突猛進の突撃を思い浮かべるが、実際には噛みつく場合が多い。
間合いがあまりにも近かったため、八千代は避ける暇もなく、顔を守るべく覆っていた左手首にかみつかれた。
八千代はとっさに猪の背中にまたがり、噛まれていない方の手で猪の首を締めあげた。
猪は猛然と走りだしたが、苦しみのあまり噛んでいた手首を離したため、八千代はバランスを崩して猪から転げ落ちた。
猪はそのまますぐ先の窪地に落ち込み、首を折って絶命した。
八千代も直前に猪から落ちなければ、危ない所だったのだ。
あっちこっちの打ち身と手首は痛かったが、そんなに深手ではなかった。
むしろ猪肉が手に入ったことで、上気していた。
気づくと、死んだ猪を4匹のウリ坊が遠巻きにして見つめていた。
かわいいウリ坊だったが、このままでは飢え死にするだけだ。
これらを無駄にしないために、八千代は石つぶてを投げてしとめていった。
いや、そもそもウリ坊を肉としてしか見ていなかったのだが。
残念ながら、3匹を倒したところで、1匹はどこかへ逃げていった。
猪は八千代には運べない重さだったので、手助けを頼むために一旦村に戻った。
傷だらけの八千代を見て、村のみんなは驚いた。
「八千代、そのケガどうしたの」
笹子の問いに、八千代が事情を説明すると、猪が手に入ったこということで、みんな大喜びし、回収に向かった。
八千代も一緒に山に戻るつもりだったが、ばあさまが八千代に声をかけた。
「八千代はここに残りな。
あと、桃代さんもちょっと来てくれんかね」
みんなの喜びに反して、ばあさまは怒っていた。
ばあさまは八千代に状況を詳しく説明させると、山で周囲の注意を怠ったことと、あぶないことをしたことを叱りながら、八千代を素っ裸にして、看護婦の桃代と一緒になって体中を調べだした。
「野生の猪にはよくマダニがついているからのぉ。
猪に抱きついたんなら、それが移っとらんか調べにゃならん」
マダニの危険性については八千代もよく知っていた。
マダニはウィルスを宿していることがあり、刺された場合には日本紅斑熱などの致命的な感染症になる可能性があるのだ。
「よし、体にダニはついてないようじゃの、ほんによかったわい。
桃代さん、あと手首の傷なんかを手当てしてもらえんかの。
ワシは八千代の服を煮沸しておくでの」
「ああ、傷はそんなに大したことはないようじゃが、きれいに洗って消毒しとくよ」
桃代はそう言って処置をし、手首に包帯を巻いてくれた。
ちょうど処置が終わった時、家の外で歓声があがったので、八千代と桃代が外に出ると、何人かが猪をかついで帰ってきた。
「あれを八千代が獲ったのか」
驚く桃代に八千代は赤面しながら答えた。
「いえ、運よく窪地に落ちてくれたのです」
ばあさまは横で小声で言っていた。
「ほんまに運がよかったわい。
運が無かったことを想像すると寿命が縮むわい」
ばあさまに再度謝ろうとした八千代だったが、獲物のウリ坊が4匹いるのに気付いた。
「あら笹子さん、4匹目も捕まえたんですね」
「ああ八千代、ワシらが行った時、こいつが母親の乳に吸い付いていたから、後ろから棒でぶったたいてきたわい、あははは」
村の衆はたくましい。
その夜、村は宴会となった。
久しぶりに肉にありつき、村のみんなは上気していた。
功労者の八千代は村のみんなからほめたたえられ、とてもうれしくなっていた。
ようやくばあさまも機嫌を直し、八千代を誇らしそうに見つめていた。
それからは普段の生活に戻ったが、4日後に八千代に異変が生じた。
大したことのなかった手首の傷がうずき、ひどい発汗が起こったのだ。
八千代の異常に気づいたばあさまが、あわてて桃代に相談した。
「桃代さん、八千代の様子が変じゃ。
まさかやっぱりマダニにやられておったんじゃろうか」
しばらく八千代の様子を見ていた桃代は答えた。
「違うな、これは破傷風の症状じゃがね」
破傷風は土中等にいる破傷風菌が傷口から入って生じる感染症である。
ワクチンのある現代では恐ろしい病気ではないが、この村にはそんなものはない。
ダニによる日本紅斑熱ほどではないが、それでも破傷風は致死率は50%を越える恐ろしい病気である。
桃代は部屋を暗くし、八千代に安静に寝ておくよう指示し、抗菌作用のある薬草を飲ませた。
しかし、翌日以降症状はひどくなり、喉の痛みと咳が激しくなり、薬も喉を通らなくなってきた。
さらに、高熱が続くようになり、時々けいれんまで起こすようになった。
ばあさまはおろおろし、八千代の手を握って念仏を唱えていた。
村のみんなも心配して入れ代わり立ち代わり様子を見に来たが、静かにするように桃代から注意されていた。
村の誰かが、猪の祟りかもしれないと言い出したため、皆で食べた猪の骨を集め、巫女だったもみじが塚を作って祀り、皆で祈った。
「そんなことして、どうなるんじゃ」
ばあさまはそうつぶやいていたが、みんな何かをせずにはいられなかったのだろう。
高熱にもかかわらず、案外意識がはっきりしていた八千代は、病気の苦しみよりも、ばあさまやみんなに心配かけて申し訳ないという気持ちの方が耐え難かった。
症状は2週間程度続いたが、その後徐々に回復してきた。
まだ左腕は硬直していたが、けいれんはなくなり、熱も下がっていた。
看病で疲れて朦朧としていたのか、ばあさまはいつになく感傷的になって八千代に話しかけてきた。
「八千代や少し良くなってきたようだが、気分はどうじゃ」
「はいばあさま、ずいぶん楽になってきました」
「そうか・・よかった、ほんとによかった。
ヌシに万一のことがあったらと、ワシは生きた心地がせんかった。
ほんとによかった」
「ばあさま、心配をかけて申し訳ありません」
「いいんじゃ。
ヌシはワシにとって命よりも大切じゃからの」
「ばあさま・・」
「ワシの夫の孝太郎は、結婚してすぐに兵隊に行ってしもうた。
ワシは孝太郎の子供は産めんかったんじゃ。
八千代や、お前が来た時、神様がワシと孝太郎の孫を遣わしてくれたように思ったんじゃ。
今でも、ヌシはワシの本当の孫だと思うとるんじゃよ」
ばあさまは八千代の手を握って涙を流し、そのまま寝込んでしまった。
翌朝ばあさまが起きたとき、ばあさまは照れ臭そうにしており、その話をすることは二度となかった。
---八千代回想終わり---
話を聞いたじいさまも涙を流していた。
「おお八千代や、やっぱり本当にお前はワシと菊の孫だったんじゃの」
「はい、じいさま。
ばあさまははっきりそう言っていました」
「そうじゃ、そうじゃ」
孝太郎はつぶやくように繰り返し、再び八千代に話しかけた。
「それじゃ、村のみんなは本当にお前を大事にしてくれていたんじゃのぉ」
「はい、そうですね。
でも、ただ残念なことは、みなさんお歳を召してらしたので、親しい人が次々と無くなるのに立ち会わないといけなかったことです。
お別れが寂しいのはもちろんですが、どんどん人が少なくなって、私一人が取り残されていくのが恐怖でした。
ばあさまが亡くなった時は、世界で自分が一人になった気がしましたから」
「そうか、つらい思いをしたんじゃな」
「でも今は、じいさまや事務所のみなさんと一緒でとても幸せです」
「わしもお前に会えて本当によかったよ」
実際のところ、作者のご都合主義により、八千代はたまたまじいさまの事務所に行くことになったが、もしじいさまとの再会が無ければ、八千代の運命は悲惨なものだっただろう。
身寄りもなく、戸籍もなく、学校にも行っていない八千代が生きていくには、現代社会は厳しいのである。
タイガーマスクのエンディングの3番にも『みなしごの正しく生きるきびしさを』というフレーズがあるのだ。
話し込んでいるうちに夜は更け、深夜となった。
辰巳参りは、辰の日から巳の日に変わる深夜に行うものなのだ。
「そろそろ行くか」
というじいさまの声で二人は立ち上がった。
八千代は、自分で言い出した辰巳参りだったが、実はかなり怯えていた。
深夜にお墓に行くわけであり、八千代が怖がらないわけがない。
ここ数年は、毎年村の誰かが亡くなっていたため、毎年辰巳参りをしていた。
八千代はいつもそれが怖くて仕方なかったが、ばあさまにすがりついていって、何とかお参りをしていた。
しかし、今年はばあさまをちゃんとお参りしないといけないという使命感が、恐怖を上回り、お参りすることを決めたのだ。
今回はじいさまの二の腕を両手で握りしめて、お墓まで歩いていった。
じいさまは、八千代にくっつかれてうれしそうだった。
二人はばあさまのお墓にロウソクを灯し、線香を立て、八千代がお経をあげてお参りした。
暗い中にポツンと浮かぶロウソクは、誰もいない村で寂しく眠るばあさまのようであり、八千代は途中でお経が涙声になり、ついには続けられなくなって、じいさまにすがりついて改めて大泣きした。
じいさまは八千代を抱きしめてくれたが、じいさまも肩が震えていた。
お参りを終えた二人は、家に戻って眠りについた。
硬いせんべい布団に入った孝太郎は、
『そうじゃ、昔はこんな布団で寝とったんじゃ。
菊は今の柔らかい布団を知らずに、ずっとこんなので寝とったんじゃのぅ。
ついこの前まで生きておったんなら、もっといい生活をさせてやりたかった』
と思いつつ、菊の面影を思い浮かべていた。
もちろん、孝太郎の持つ菊の面影は、70年後のそれとは異なっているため、最近の姿を知るとびっくりするに違いない。
いやそれは、菊が今の孝太郎を見ても驚くであろうから、お互い若いイメージのままでよかったのかもしれないのだが。
翌日孝太郎が目覚めたとき、八千代は既に起きて食事の用意をしていた。
うっすらと汗をかいていたので、いつもの訓練とやらもすませていたのだろう。
トモはまだ寝ていた。
食事を終えてもう一度墓参りをした二人は、足の筋肉痛に不平を言いながら歩くトモを連れて帰路についた。
今回はコメディーらしからぬ話になってしまい、反省。
次回からはちゃんとまじめに、もっと不真面目なストーリーにします。




