第五話 新居と隣人
結婚式とグランとの諸々を無事に終えた私は、その数日後に彼やシャローテ、フィーリ、フェイラスと共に新居となる家を見にミルスマギナの街へ来ていた。
たくさんのひとが行き交っており、中には獣人やエルフなどの姿が見られる。そして魔法学園の制服である白いローブを身に纏った生徒たちの割合もそれなりに多い。
「さあ、着きましたわよ。ここがミーフェさんとグランさんの住む家です」
目が覚めてから初めて見る街を眺めながらシャローテの後ろを歩いていると、彼女から声が掛かる。視線を向ければ、以前見せてくれた絵と同じ家が建っていた。絵とそこまで差異がないということは、建って間もないということだろうか。
「家具の類も私の方で用意致しました。ひとまず中もご覧になってはいかがでしょうか」
「うん、そうだね」
シャローテの持っている鍵で扉を開け、家の中に入る。
入ってすぐは少し広い空間になっていて、奥には石畳と調合に使うための釜が置かれていた。これもシャローテが用意したものなのだろう。
「ここが広いのはお店のため?」
「はい。調合師として活動するのならば、奥の調合場所には色々と物が増えて行きますから広いほうが良いかと」
「あー、確かに。私は全部しようと思ってるからこのくらい広いほうがいいかも」
調合師は主に二分野を仕事にすることが多いが、全部やってはいけないわけではない。なので、私は全ての分野を仕事として受けることにした。やってみないとどうなるかはわからないけれど、見合った金額で商売をすれば大丈夫だろう。
一階はこれで終わりにして、次は二階だ。私たちが生活をする場所である。
「二階は居間と部屋が三つありますわ。一つは寝室として、残り二つはお二方の私室として、色々と揃えさせて頂きました。何かご要望があればどうぞ遠慮なく」
「こんなに用意してくれてるのに、要望なんてないよ。ありがとうシャローテ」
「ふふふ……恐悦至極にございます。まあそれはそれとして、お部屋の確認をお願いしますわ」
にこにこと笑うシャローテに促されて、私とグランはそれぞれの部屋を確認し、寝室の扉を開ける。
どどーんととても大きな寝台が置かれていた。私とグランが横になってもまだ広さがあるけど、こんなに大きな寝台いるかなぁ。
「シャローテ、これ……もう少し小さいほうがいいかも」
「ですわね……。手配しておきますわ」
彼女自身も大きすぎると感じたのか、納得するように頷いている。要望なんてないとさっき言ったばかりだけれど、大きすぎる寝台では眠りにくいから仕方ない。
一階も二階も確認し終え、寝台以外は問題なさそうということで、今日の目的は達成された。
「さて、私たちは少し手続きがありますので残りますが、お二人はどうなさいますか?大神殿へお戻りになられても、手続きが終わるまで街を見ていても良いのですが……」
「えっと、どうしようか?」
「ふむ。ミーフェが疲れていないのなら、街を見て回りたいな。色々と知っておいたほうがいいこともあるだろうしな」
「じゃあ、終わるまで街を見て回ろっか」
「ではそのように。終わりましたらここに戻ってきますわ」
そう言ってシャローテはフェイラスとフィーリを連れて通りの向こうへ消えて行く。手続きってなんだろうか、と疑問に思うけれど、ここはシャローテに任せたほうがいいだろう。疎いどころではなく全く分からないのだから。
「さてミーフェ、街を見て回るという名目の、デートに行こうか」
「うん。えへへ、グランと街をデートするの久しぶりだから嬉しい」
「ああ、私も嬉しいよ」
私はグランの腕に自分の腕を絡ませて、上機嫌で彼と共に街を歩き出す。
しかし、最初のほうは気にならなかった視線が、次第に気になってくる。グランに向けられる女性の視線が。
グランは端整な顔立ちをしているし、涼やかな目元も風になびく髪も、凛として神聖な雰囲気をまとう空気も、何もかもが目を惹いてしまう。グランは格好良いのだから、仕方ないけれども。
「……ミーフェ。私には君だけだよ。君だけを愛している」
「う、ん……。嬉しい、けど……街中で言われるのはちょっと恥ずかしい」
「恥ずかしがる君も可愛い」
「もう……っ」
私がむくれているのに気付いて、私が欲しい言葉をくれるグラン。彼が私以外を愛さないと言ってくれるのはとても嬉しいが、やっぱり恥ずかしい。からかう彼を突いて、私たちは街をゆっくりと歩いて行った。
*
さて、無事に私とグランの新居にお引越しする日になった。今まで世話になったシャローテにお礼を言って、フェイラスやフィーリとも別れを告げて、私たちは少ない荷物を持ってミルスマギナの家にやって来た。
美しい細工の施された鍵を使って扉を開ければ、あの時と変わらない部屋が広がって……は、いなかった。奥の調合部屋?になる場所へ山ほど箱が置いてある。
「シャローテが祝いの品が届いてるって言ってたけど、これかな」
「そのようだな。半分は食料、もう半分は君の仕事の材料となるものだろう」
「わっ、鉱石に色んな植物の種子だ。乾燥した花もあるけど……うーん、ちょっとみんな張り切りすぎかな?」
食料には芋や小麦粉などが置かれていて、おそらく人間世界の食事情を調べた上で用意したのだろうなというのは分かる。少量だが神界や竜界特有のものが置いてあるのも、まあいいんだけど。
鉱石やら植物やらは、このミルスマギナではほぼ見ない希少なものだ。市場に出回っているとしても高値で取引されるだろうものが、たくさん置かれている。
う、うーん、調合師という仕事のことも調べてくれただろうけど……うん。ちょっとまずそうなものは倉庫を作ってその中に入れておこう。
「ここに置きっぱなしだと困るから、倉庫の空間でも作って入れておこうか」
「そうだな。ひとまずここを片付けたら、隣の家に挨拶に行こうか」
「うん」
というわけで、食料の大半を作った倉庫空間に入れ、必要な量だけ二階へ運ぶ。私の調合材料は、一つの箱の中を別の倉庫空間へと作り、その中へ仕舞う。
作業は一時間ほどで終わり、もとのすっきりとした調合部屋に戻っていた。
「よし。じゃあ隣のおうちに挨拶に行こう。良い人だといいね」
「ふふ、そうだな」
グランと並んで家を出て、少し歩いたところにある隣の家にやって来た。白い壁に青い屋根の、私たちの家と同じくらいの大きさだ。
扉を叩くと、中で人の気配が動く。少し緊張しながら扉が開くのを待ち、やがて開いたその先にいたのは。
「―お、ミーフェ様だ。家の中は片付いたのか?」
「え、えっ?!フェイラス?!な、なんで……」
「あれ?グラン様から聞いてないのか?」
扉の先に居たのは、大神殿で別れたはずのフェイラスだ。グランに聞いていないのか、ってことは、彼は知っていたのか。
むう、と頬を膨らませて彼に聞こうと思えば、更に声が聞こえてきた。
「あ、ミーフェ様」
「あら、もう片付けて仕舞いましたか。ふふ、さっき振りですわね、ミーフェ様」
「フィーリにシャローテも?!えっ、あの、どういうこと……?」
「私とフェイラスとフィーリは、ミーフェ様のお隣ということですわ。これからよろしくお願いしますね」
にっこりと笑うシャローテが可愛いなぁ、と思っている場合じゃない。私たちのお隣になるということは、彼女たちはここに住むということだろうか。ええ、どういうこと?
「お隣って、シャローテ、大神殿は大丈夫なの?」
「ふふ、詳しいことは家の中でお話しましょう。玄関先では誰が聞いているか分かりませんから」
シャローテに促されて家の中に入り、居間へと通される。用意されている椅子に座り、フィーリの淹れてくれたお茶を飲んで一息。
「グランは三人が隣に住むこと、知ってたの?」
「私が知っていたのはフェイラスとフィーリだけだ。シャローテがいるのは知らなかった」
「ええ。最初は二人だけでしたが、どうせなら私も、と思いまして。こちらで暮らすことにしたのです」
シャローテって大神殿では重要な位置にいると思うんだけど、そのあたりは大丈夫なんだろうか。彼女一人で全てを決めたわけではないだろうけど……うーん。
「ふふ、大丈夫ですわミーフェ様。大神殿は私の後継者が良くやってくれていますし、きちんと断ってから来ました。それに、女神教を布教するには外に出なければなりませんし。ちょうど良かったのです」
「んー……シャローテがそういうなら良いけど……もし何かあったらちゃんと言ってね?」
「ええ、もちろんです」
にこりと笑うシャローテに暗い影はない。なら追い出されたということもないだろし、とりあえずは安心かな。
フェイラスとフィーリは……適当に旅をするとか言っていたような気がするけど。
「フェイラスとフィーリは、どうしてここに?」
「ミーフェ様とグラン様がここで暮らすから。ほら、何か役に立てればなぁって思って」
「はい。お二人が何か困ったときに助けになれればと……あと羽休めのような感じです」
二人の言葉に嘘はない。純粋に私たちの助けになれれば、と思ってここで暮らすことを決めたのだろう。フィーリの言う羽休めも私たちに気を遣わせないための言葉ではなく、本当のことのようだ。
「ん、そっか。うん、友人がすぐ傍にいるのは安心できるし……よろしくね」
「はい、ミーフェ様」
「あ、その様付けはやめてくれると嬉しいな。普通に、ミーフェって呼んで」
お隣さんになるのなら、様付けはおかしいと思って進言したらフィーリに微妙な顔をされた。シャローテとフェイラスは頷いてくれたのに。
「んー、それはさすがに……ミーフェさん、なら……」
「それでもいいよ。シャローテとフェイラスは呼んでくれる?」
「はい。私はミーフェ、と」
「俺もミーフェって呼ぶな!」
グラン以外に呼び捨てにされるのは新鮮だ。なんだかちょっと距離が近くなった気がして嬉しい。
女神という立ち位置的にどうしても畏まる子たちが多いのは仕方ない。けれども私は、こういう普通の関係を望んでいる。これが私の気質なのか、元がおそらく人間だっただろうからかはわからないけれど。
「それなら、私もグランと呼んでくれ。冒険者で様付けはさすがにな」
「分かりましたわ」
ひとまず三人がどうしてここにいるのかの理由はだいたい分かったし、呼び名も変えたし。少し話をしてから私たちは自宅へと戻る。
とりあえず、明日から売るための薬や魔法薬を調合しようかな。
「私はちょっと調合してみるけど、グランはどうする?」
「そうだな……少し迷宮を見に行ってくるよ。どの位なら力を出してもいいか、確認も兼ねてな」
「そっか。グランなら大丈夫だろうけど、日が落ちる前には帰ってきてね」
「ああ。行ってくる」
私の額に軽く口付けてから出て行くグランを見送り、なんだか新婚みたいだと思う。新婚ではあるのだけれど、恋人として永く一緒に居るから、ちょっと新鮮と言うかなんというか。
「…よし、がんばるぞー」
にやけてしまう顔を引き締め、気合を入れて調合に取り掛かることにする。
一般的な治癒薬、毒や麻痺などの状態異常回復薬、精神を落ち着かせる香、などなど冒険者に必要そうなものを作っていくことにした。ちょっと私の力を付与して効果を高めておこう。
すぐにすぐ店を訪れる人も居ないだろうし、のんびりゆっくりこの世界で暮らしていければいいなぁ。