閑話 さあ、ゆきましょうぞ!
カズサちゃんと演劇のお話。でも出てくるのは噂の演劇部部長と幼馴染(男)です。
演劇について作者はノー知識なので、おかしなところを目をつぶってやってください……。
「さあ、ゆきましょうぞ!」
小柄な彼女からは想像もつかないような凛と張り詰めた声だった。
それまで絶望の淵に沈む国王にばかり目がいっていたオレは、そこで騎士に視線を戻される。それまで国王が主人公だったはずの舞台上は、その一言だけで騎士の独壇場となる。
「貴方が望む限り永遠に! わたしは貴方の剣となり、盾となりましょう!」
劇は終盤に差し掛かっているようだった。もう終わるかと次の学校へと意識を移し始めていた審査員がハッとしたように舞台に視線を戻すのが見えた。眠たげに欠伸をしていた斜め前のおっさんが口を開けたまま舞台を見つめている。
会場全ての人の視線を一身に集め、小さな彼女は堂々と。
「全身全霊をかけて貴方を守ることを誓いましょう! 貴方のために命を捧げることを誓いましょう!」
晴れやかな声が会場内に響き渡った。
序盤から見ていてもこの学校で、……いやこのコンクール内において彼女の才能はピカイチだった。国王役の少女も上手いが彼女には敵わない。
ある小国の王と騎士の物語。平和な小国が大国に攻められ抵抗するも敗戦。捕虜となる国王に忠誠を誓う騎士。ありがちな台本だ。部員は女子しかいない上にまだ中学生である彼女たちが選ぶには役者的にも舞台装飾的にも無理があるように感じられた物語。けれど舞台装飾の安っぽさも着る衣装のクオリティーの低さも、全て彼女の演技がカバーした。彼女の演技がそれを感じさせなかった。
「さあ、ゆきましょうぞ! 地獄へゆくのではありませぬ! 我らは自由へ向かうのです! さあ、ゆきましょうぞ!何を恐れることがございましょう! 我らは未来へ向かうのです!」
鳴り響くファンファーレ。
敗者であるはずの騎士たちは、真の意味で勝者であるとそのとき観客全員が疑いもせず理解したに違いない。
高らかに宣言するそこにたしかに主を守ろうとする騎士の忠誠心と強さを見た気がしたのだ。
「……上手いだろう、和佐は」
次の学校が準備を始めても尚、呆然と意識を飛ばすオレに隣に座る男は言った。
幼馴染の出る中学生演劇コンクールを観るからとオレを引っ張って来たのはニつ年下のこの男だった。コイツとは何の因果か中学時代からの長い付き合いだ。中学が同じだったわけではなく、コイツの兄貴とオレが知り合いだったというだけなのだが、兄貴の方とはあまり仲良くなかったがなぜか弟とは気が合った。双葉高校演劇部部長を務めるオレにどうしても見せたい演技があるのだ、と連れてくる程度には仲もいいと思う。
「あの騎士を演じていたのが、カズサか」
「そうだ。上手いだろう、和佐は」
ヤツはもう一度繰り返した。
上手い。たしかに上手い。滅多に出会えない逸材だ。今の我が校の演劇部にもいない。残念ながらオレにもない才能だ。
「……欲しいな」
「は?」
思わずもれた声に訝しげに眉をひそめられる。けれどそんなことは気にならなかった。
「彼女、中三か?」
「あ、ああそうだが……」
「高校は? 決まっているのか」
「決まっていない、と思う。この前も進路希望の紙を睨みつけていた」
「そうか」
欲しい、と思った。
あの才能が欲しい。一瞬で全てを惹きつけられる、神から与えられたとしか思えないあの才能が欲しい。
舞台で目を惹けるかどうか。それはもう才能でしかないのだ。いかに役になりきり、演じるかではない。全ては、目を惹くかどうかだ。その場にいるだけで人の目を惹きつけ、たった一言の台詞だけで人の意識を捕らえる。その上で演技の上手さが際立つのだ。練習でどうこうなるものではない。すべて天性の才能だ。
彼女はそれを持っている。その場にいるだけで人の目を惹きつけ、ただ一言の台詞で観客全ての意識を捕らえる。ああ、こんなところにいたなんて。
埋もれさせるには惜しい。惜しすぎる人材だ。まだ彼女は伸びる。しっかりと磨いてやればもっともっと輝く。誰もが魅入る役者になれる。
「史也、折り入って頼みがあるんだが」
そうして春、桜が咲く頃に彼女、柏木和佐は蓮杖千草の執拗な誘いにより、双葉高校演劇部の扉を叩くことになるのだが、それはまた別のお話。




