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第三幸その6「更に剥がされるマスク」

(腐乱夢)


「悪いことをしてはいけません。他人を傷付けるのは悪いことです。逆に良いことをしていれば、きっと幸せになれるのよ?」


「じゃあさ! 良い子にしてれば、勇者に会えるかな?」

「えぇ、貴方が困ったときに、きっと誰かが助けてくれるわ」


 そう言ってくれた母の声が聞こえなくなって数瞬、男の子は闇の中でじっと耐えた。


 彼は今、自宅の中のクローゼットに隠れている。少年の視界に光はなく、しゃがんで身を固くし、闇の外から聞こえる乱暴な台詞が止まるの、怯えながら待っていた。


 お母さんと朝までここに隠れると約束した。必死にこの夜の終わりを待っている。


「アニキ~、やっぱり有りましたぜ子供の服。旦那に逃げられたのは、子供が出来なかったからだって言うから手伝ってやったのに、やっぱ子持ちだったスよ」


「んだよババア、嘘付きやがって。嘘吐きだから泥棒が来ちゃうんだぜぇ? さてどこかな?」


 男の子は声を出しそうになるのを耐え、必死に身の安全を祈った。

(神様、勇者様助けて下さい! 僕はずっと良い子にしてきました! お母さんの言うことも聞いてきたし、誰とでも仲良くしてきました! だから助けて! 悪物からお母さんと僕を助)


「居るじゃん、ガキ」

 彼を守っていた闇に、蝋燭か何かの光が浸食し、浮かび上がる見知らぬ男と目が合った。


 悲鳴を無視した大人の手は、男の子を部屋に連れだして、床に転がす。

「あ……お母さん」

 倒れた先の床に母親が寝ている。彼女の目はうつろで、首には剣が刺さっていた。


 男の子は安堵した。

父親の顔を知らない彼にとって、母と離れるのは、とても怖いことだったからである。


(お母さんと一緒なら怖くないや)

「アニキ~、子供に優しくしないとダメっすよ。オイラに任せてくれっす。子供の扱いは得意なんっすよ」


「よーし坊や、お母さん助けたかったら、オジサン達の言うこと聞くんだぞー?」




 結局、男の子を発見したのは、見回りの騎士だった。


 その騎士は真面目な男で、早朝から街の治安の為と活動していると、ドアを破壊された家を見つけ、中で子供を発見したのだ。


 強盗達は子供好きらしく、その子を殺さず、徹底的に精神を破壊して放置したのである。


 男の子はその善良な騎士の養子となり、彼もまた騎士を目指し、その夢を叶えた。

 そして彼は養父と同じように、世の為人の為、尽力しているのだ。






(昨夜・アリギエ・とある宿屋)


「でも、どうしてあの場に勇者が現れなかったのか?」

 夜の闇の中、窓から差し込む月の輝きが、窓を開けたその部屋を照らす。


「養父はナイトであって、ブレイブではなかった。ならお母さんが、僕に嘘を吐いていた? それも有り得ない。

 母さんも僕も、誰も傷付けず、生きてきた筈だ。ならばあの場に、勇者が駆けつけなかった理由とは?」



闇の領域で月光を映す物が有った。それは剣の刀身だ。

「僕は確かめる必要が有る。彼が本物なのかどうか。どうして僕らを助けなかったのか? どうして……今頃僕の前に現れたのか」



 剣を掲げる者は、今度は刀身に己を映した。歓喜ゆえか口元は釣り上がり、声は高揚を伴う。


「勇者は僕の夢だった。正義の騎士に憧れるのは、僕の人生だった。つまり明日は……僕の運命の決着の日になる」



 あるいは剣に映し出すは、使い手が幼き頃から抱き続けた、夢の光。

 だがそれは……もはや叶えるべき期限を過ぎた、腐り堕ちた、夢なのかもしれない。




△△△





(現在・スキエル平原)



 泥だらけになった草地を、水溜りを避けながら進む人物有り。

 肩が膨らんだ黒いブラウスと動きやすい短めのスカート、紫の長い髪が彼女を構成する要素だ。


 片手には魔言杖を持ち、ある程度進んだ後、魔力を下に命じた。

「魔言『SHOT』+ 『FLOAT』」


 この『FLOAT』の技術は、浮遊付与。魔力で支配下に置いた物質を浮かし、手元に引き寄せる。


 魔力消費量は、物の重量に左右されるので、重い物を動かすことに向いていない。


 これを使った人の浮遊飛行は、魔力消費の面から不可能で、高所への移動は、脚力強化で代用されるのが一般的である。



 少女の手元に、落ちていた麻袋が飛来した。

 彼女がその袋の口を広げると、魔力広域化により支配下に置かれた、鉄くずのような物が集まってくる。


 それらは魔力により指定した金属で、部品や欠片が袋の中へ飛び込んでいく。

 集め終わり、その者は袋の口を閉め、再び泥の上を闊歩し……見つけた。



「見てましたよー? 遠くから魔言『SCOPE』で。あの人、見ていた範囲では対龍兵装も使ってなかったようですし、自分の力だけで相手してくれてたんですねー。

 それに負けちゃうなんて、ダメダメですね~エンディックん?」

「……シナリーかよ」


 エンディックは泥で汚れたまま、大の字に倒れていた。

 返事をする声にも、反らす視線にも力はなく、彼の消沈の度合いがうかがえる。



「ほらー、いつまでも寝てないで。お家に帰りますよ」

 シナリーは両手を膝に置き、少年を見下ろして言う。


 だが敗者として倒れる彼は、差し出された手に応えなかった。

「帰って……どうすんだよ」


「孤児院に帰って、皆を安心させましょう。そしてなるべく復讐とは無縁の生活を」


「そんなの俺じゃねぇよ!」

 エンディックの頬を濡らすのは、泥だけではない。堪えられない想いが滲んでいた。


「いつか母さんを殺した悪魔に復讐するのが、俺の夢だった! ライデッカーの仇を取ることが……俺の人生なんだよ。


 それがハゲに育てられ、アイツの頼みを無視し、何も得られなかった俺の……たった一つの価値なんだ! それさえ取り上げられたら……俺が今まで生きてきたのは、何だったんだよぉ……」



 少年は復讐と友を救うことに固執し、恩義ある養父の制止を無下にしてきた。


 そのくせ何の成果も得ずに、おめおめと家に帰ってきたら、恩を返す前にライデッカーは死んでいた。己が倒している筈の、強欲の勇者に殺されて。


 こんな無価値な命に許されることは、親達の仇と親友を救うこと、それだけだ。


 黄金騎士という、偽の英雄の存在理由なのだ。

 そして今日、その拠り所すら没取される。


 仇より弱敵とされる本物の勇者に、予行戦闘にて勝つ筈が、それにすら負けるという最悪さ。


 もはや自分に尊厳など許せなかった。

「ふーん、別に良いんじゃないですか?」


 そんな幼馴染みの感情は我関せずと、シナリーは寝ている友の脇の下へ手を差し込み、無理やり引き上げ、立たせようとする。



「緑昇さんが現れた以上、エンディックんが必ず戦う必要は無いんです。

 勇者が来てくれたんですから、貴方が無理しなくていいんですよ。貴方は英雄じゃなくてもいい。エンディックんがいくら亜人との混血で、変わった特技を持っていても、勇者じゃない。


 大きなことが出来なくても、情けなくても、普通に生きてて良いんですよ」



 シナリーは後ろから、エンディックの腹の辺りを両手で支えているので、不安定に抱き寄せる形となる。彼女の張り詰めた胸が少年の背に潰れるが、彼は意見する気力はなかった。



「エンディックんがどんなに自分を許せなくても、私が貴方を許します。

 エンディックんが何も出来なかったとしても、私が貴方を助けます。だってエンディックんは、私達の家族なんですから」


 シナリーは口から、もう一言漏れ出しそうになる。


 それは『だから己を殺してくれ』という文句。



 しかしそれすら、この二人にはもう無い。シナリーが緑昇に、命を売り払ったからだ。


 緑の勇者が押収した物には、少年の殺意と、少女の自殺願望も含まれているのだ。


「あれ? 本当の雨が降ってきそうですね」

 シナリーが見上げた先には、日の光隠す雲の群れ。次第にポツポツと降ってくる。


「そうですー。エンディックんは錬金術が使えるんですよね? なら簡単な傘でも作ってくれませんか?」


 幼馴染の思い付きに、エンディックはビクリと震える。

 しばらく迷った後、彼はシナリーから離れ、落ちていた鉄の棒を拾った。

「あ、あぁ、傘……な」


 金髪の少年は棒を地に突き刺し、機力を流す。

 支配下においた土を棒に吸着させ、勢い良く振り上げた。


 機力で強固に結び付いた素材は、硬質化及び変形していき、槍の形となる。

 それは黄金騎士が重宝する、いつもの形状だ。

「……く!」


 エンディックは循環する力の流れを変え、槍の先端に集めていく。

 槍の先に質量が集まり、膨らんで傘のような形を作っていくが……


破裂した。



「あ……」

 若い錬金術師の手元に残ったのは、先が壊れてるただの槍。そこに雨が降り出した。



 少年は項垂れて、雨に責められるように、それを言ってしまった。


「俺は……錬金術が……使えないんだ」



 雨はエンディックを糾弾するかの如く、その身を苛む。

 シナリーは少し考え、その告白に対する答えを言った。



「まだ聞いてませんでしたね。エンディックんが旅の三年間、どんなことが有ったのか……を」


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