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第三幸その5「偶像を押し付けあう男達」

「あの鏡の魔言か……」

 あの勇者は隠蔽行為に優れているらしい。こちらが油断すれば、どこからか腕の砲筒で狙い射抜かれる。どこに居るのか?



「上かよっ!」

 見上げた先は空。日の光と雄大な雲、青い天上が広がっている。

 何かが飛びかかってくる気配は無かった。


 エンディックは警戒し、ヴァユンⅢの速度を落とすことなく、大回りな旋回移動を繰り返すが……何も起きなかった。



(糞、俺が長く戦えないのを見越して、持久戦かよ。かといって焦って、走りを遅めれば、奴の攻めが飛んでくる)



 先程の大嵐の破壊が有ったとは思えない静けさに、エンディックの心に不安と焦燥が累積していく。聞こえるのはヴァユンⅢが蹴り散らす、泥水の音だけ。



緑昇はどこに隠れているのか? いつ奇襲が来るのか? そもそもまだここに居るのか? 離れた場所からまた強力な魔言で圧殺してくるのではないか?



「いや……あれは?」

 黄金騎士は視界の端をよぎった、色の確認の為に減速。緑昇が立っていた位置から遠くない所で、人の膝の高さの中空に……泥が『浮いて』いた。



(そうか……汚せば解るじゃねぇか!)

 村の戦いで緑昇が現れたとき、先の巨大な魔力円の出現も、鏡の魔言が使われていた。


 詳細な原理は解せないが、恐らく目の『見え方』に作用するものだろう。あの勇者は消えたのではなく、見えない鏡に隠れているのだ。


 ならばその鏡の表面を汚してしまえば!

(奴はあの汚れの奥に居る……よな!)


 エンディックは勝機と考え、右から回り込むように加速。泥が浮いている場所へ、槍を繰り出さんと構える。



 だが彼が目指した先に見えたのは、獣に乗って走る己の姿だった。

「鏡……が見える?」


 座標隠蔽を止めた鏡は、力を失い四方向に倒れていく。

 鏡が囲っていた中には……誰も居ない。


(不味い……この先は何か不味い!)

 エンディックはヴァユンⅢに急停止を掛けようと減速するも、獣の前脚を緑昇に掴まれ、乗り手は反動で前方の地面に投げ出されて行った。



「は……? がっ……!」

 体を強く打ちつけ、兜が外れ、うつ伏せになった少年は、横になった視界で見た。



 泥の中から手が生え、前のめりになったヴァユンⅢの前足を握り絞めている。

 そして地中から飛び上がった者は、黄金騎士に圧し掛かるように着地し、その首に手をかけた。



「貴様の宿敵からして……対空戦の心得は有ろうと、己より『低所』の戦闘経験は少ないと推測出来た……。

 まあ……『地中』の敵と戦う経験など稀有だがな」



 エンディックが見上げた影は、緑の勇者。彼は今しがた地面から飛び出したのに、不思議と土や泥が付着してない。


「魔言『SCREW』で潜っていた。俺は正直者だと自覚している。

 弱点を隠すより、敵に知られた方が、その欠点を突く前提の戦いに、『誘導』出来るのでな。


 貴様が鏡に気付いてくれるよう、初手に水を混ぜておいて正解だった」


『SCREW』は液状潜行力場を発生させる魔言。


 接触した水や地面を支配及び液状化させる力場を全身に帯び、自在に水中や地中を移動出来る、5の階級。


 緑昇は合成魔言を放った後、これで地面の中に潜っていたのだ。

 だがその詠唱内容はエンディックに聞かれていなかった。



(コイツ……! ならあの竜巻は地面に隠れる為だったってのか? 最初の攻撃の派手さも俺の目と耳を塞いで、土の下に逃げる……ただそれだけの為に!)



 緑昇が巨大気象兵器を物理的な独楽にして呼び出したのは、初手で敵へ威圧と、竜巻の質量に隠れたかったからに過ぎない。



 もし嵐が風と雨だけだったら、豪雨の中でも透けて目撃される可能性が有る。


(俺が独楽より速く緑昇の元に着いたとしても、隣の竜巻に巻き込まれちまう。

 あれだけ溜めた魔力だ……コイツを殺してすぐ消えるとは限らねぇ……。良いとこ取りの戦法かよ!)


「これも魔言戦闘の応用だ……。発声した内容で使用技術が聞かれるなら、敵の耳を塞げばいい。


 足の速い敵への必勝法は、『逃げ隠れる』ことだ。人には動体視力が有る……。速い動きを続ける間は、それだけ周りが見え辛くなるからな。


 俺を探すには減速するしかない。速い敵はな、『止まってもらうまで待つ』に限る」



エンディックは悔しさに堪えた。黄金騎士は戦士としても、魔言の使い方も、戦略家としても完全敗北した形になったからだ。



「ちくしょ……それだけの力が有りながら、どうして」

「あぁ、勇者の力が有れば多くの悪を駆逐し、より多くの善良な人を救える。


 だから救う側の俺が一切傷付くなど、死の危険に晒されるなど、許されない。……意外だなエンディック。


 君は勇者を嫌ってるようだが、他人には、英雄を名乗る者には、自己の偶像を押し付けるのか?」



 緑昇の言葉に少年は目を反らす。実在する勇者の言葉は、『二重の意味』で彼の心を抉るものだった。


 特にジャスティンを殺害したところを、見られている緑昇には。


「君は俺と似た『やり方』をしている。俺は肯定する。それは正しいとな。だから『あのとき』も……馬車が襲われるのを待っていたんだろう?」



「……どのときだ?」

「俺は馬車でアリギエに着く直前に、銀獣の会系列の盗賊に襲われ、そこに貴様が現れた。


 悪が有る所に正義有り……などと、都合がいいな? 他にも屋外での英雄の目撃例は、決まって『事件が起こり、しばらくして黄金騎士が助けに来た』だ。


 それは貴様が俺のように、事件が起こりそうな場所で張っていたからだな?」



 緑昇が街や村で集めた金色の英雄譚。その表の顔である少年のホームや、孤児院の子供達の供述。

 そしてエンディック=ゴールという、名前の騎士の真偽。



「まあ、な。こちとら事情が有るんだよ。ち……そうか、アンタもあの夜に。悪いな、盗賊の奴らをあのままにしちまって」


「俺は他人の獲物の処遇を、横取りはしない。一人を除き、騎士団に引き渡したぞ。一人は情報収集の為、拷問にかけたがな」



 だが結局緑昇は全員殺すことになった。

 彼がその後、アリギエ騎士団の牢獄施設を見張ると、その日の内に捕らえた盗賊達が出てきたのだ。そこには銀獣の会の幹部会員も居た。



 彼らを再び緑昇が拘束し尋問すると、最悪な町の実態を聞かされる。

 なんと犯罪ギルドとアリギエ公的機関が癒着しており、捕まっても金さえ有れば釈放されると言うのだ。


 更に彼らは馬車の乗客達を、事件を知る者を消しに行くつもりだったと。

 これが緑の勇者と、アリギエ騎士団の争いに繋がるのだが……。

「やはり許せぬか? 黄金の、正義の英雄殿?」


 緑昇がわざと煽るような言葉を選ぶのは、少年の本性を探る為だった。

 だから今、エンディックは怒りと敵意を取り戻し、彼を睨んでいた。


「緑昇、俺はアンタが好きになれねーな。いや、それよりも正義とはどういうこった?」


「英雄ではない、と言うか。貴様の過去からして、勇者嫌悪は理解可能だ。だが……だからこそ君は虚構のヒーローを、現実に求め、それを己に釘刺したのではないか?」



 それが緑の勇者が見出した、黄金騎士の在り方。

 この少年は勇者を嫌ってる。だがそれに比例して、親友を救う英雄を求めてる。


 目の前の不幸を解決してくれる、絵本のヒーローが現出しないとき、多くの少年は諦めるだろう。


 だがこの少年は諦めた上で、自らその虚像の仮面を被ったのだ。


「黄金騎士、俺も貴様に気に入らない所が有る。貴様は他人の願望を否定しておきながら、自分は悪党の命すら助ける。


 ライトヒーローを演じていることだ。その実、人々が窮地になるのを待っている……変態のくせにな。村の戦いで確信した。貴様……タイミングを計って出てきてるな?」



「……違う!」

 ここにきてエンディックは暴れ出した。緑昇は拘束を解き、起き上がった少年と向かい合う。


 黄金騎士は緑の勇者を睨みつけるも、その眼力が緑昇の冷めた眼差しに通じているか、疑問である。



「俺が……黄金騎士になるには……時間がかかるんだ。それで」

「だとしても、本来貴様の『脚』なら、俺が村で平原を歩き始める頃、貴様の友人が戦い始める前には駆け付けられたのではないか? 


 しかし俺との会話の後、貴様は俺より先に準備を始めた筈だが、魔物との戦いに現れたのは、貴様が『最後』……だったな?」


 エンディックの顔に汗と焦りが浮かぶのに応じて、彼の鎧が変色していく。

 日の光を反射して輝く金色ではなく、何の光も返さない、汚れた黄色へ。



「勇者、返却」

 緑昇が手甲を空に掲げると、彼の前後に再び黒点が生じ、それは黒い筒となり、勇者を覆う。



 黒い結界を左右に押し開き、現れたのは鎧を脱いだ緑昇。結界は外した鎧の情報と共に、空間に消失した。

「決着はついた……。エンディック、分を弁えないヒーローごっこはもう止めろ。

 君の黄金騎士の力は、負ける要素のない対人戦のみに、弱い相手だけに使用するべきだ。


 魔物や勇者などという事件に、君が関わるべきではない。君の敵討ちも、君の正義も、君の怒りも、君の願望も……大食の勇者が食らって代行する」



 緑昇は立ち尽くす少年に背を向け、アリギエへの帰路を歩き出した。

 エンディックは追いかけようとするが、心がついていかない。もう少年に出来るのは、情けなく声を絞り出すことだけだった。


「いやだ……あの悪魔は俺の得物なんだ……! 母さんの仇も、シナリーを助けるのも、俺がやるんだ! もし……それまで取られたら俺は……俺はぁ!」



「なら……これも言ってやろうか……」

 緑昇は肩越しに振り返り、メッキの禿げた英雄を語る少年に止めの言葉を出す。


「君と孤児院で別れた後、アリギエ騎士団に立ち寄った。そこでクスター地方で登録されている騎士の名簿を見たぞ。

 エンディック=ゴールという騎士は、載っていなかったのだが……」


物理的及び精神的にマスクを剥がされたエンディックは、吐ける声も持たず、ただ遠ざかる勇者の背を見ていた。


 いや兜だけではない。身に付けた防具から、塗料が落ちていく。彼を着飾っていた魔法が解け、砂や土に戻っていく。


 しばらくして、そこには黄金の鎧も、金の槍も、鉄の獣も従えていない、ちっぽけな『子供』が泣き崩れていたのであった……。


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