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166.一方、その頃

「ふーむ、迷ってしまったぞ」


 ドワーフの王国の王子であるタントは今、森の中で迷子になっていた。付き添いの兵士たちとも離れ、人生で一番のピンチである。ダルカナルで開催される世界会議に訪れる予定だったというのに、ついてないことこの上ない。これも全て部下たちの責任だ。  

  

 タントについてこれない部下が全て悪い。父親にお願いして、兵士全員をクビにしてもらおうと、タントは心に決めた。それに納得すると、タントは辺りを見渡した。誰かを見つけて、ここから連れ出してもらうほかない。この誉れ高き王子に尽くすことができるのだ。声をかけられる者は人生で最大の幸福であろう。


「くぅ、でも誰も通りかからないではないか」


 もうかれこれ数時間待っているというのに、誰もタントの前を通りかかることはなかった。


「これでは世界会議に間に合わないではないか……」


 こんなことになるのならば、病弱な兄フートのかわりに世界会議に行くなどと言わなければよかった。しかしあの兄を外に出したら、すぐに死んでしまうに違いない。タントはそれだけは避けたかったのだ。穏やかな兄がいなくなってしまえば、王族としての責務に潰されそうになってしまう。


「くっ、兄上……」


 情けないことに涙が溢れてきてしまった。もうすぐ一六になるというのに、抑えが利かない。タントがその場でうずくまっているその時だった。


「な!! おい、そこの銀髪!!」


 銀色の髪をした男がタントの前を通りかかった。人間族だろうか。ドワーフにとっては背も高く、少々威圧感を感じる種族だ。しかし今のタントにとってはそれすらも、救いの手だった。タントは声をかけても止まらないその男の服を掴んだ。


「待て、なにゆえ私の問いかけに答えぬ」


「……。誰だ、お前」


 銀髪の男がこちらをゆっくりと振り返ると、面倒くさそうにタントを見つめた。そのような顔を向けられることは生まれて初めてだ。タントの心が怒りで燃え上がった。一国の王子である自分に対して、無礼極まりないことだ。


「な、なんという無礼な物言いか! 私を誰と心得る!」


「お前のことなんか、知らない。俺は他にやることがあるんだ」


 男はこちらに背を向けると、森の奥に向けて歩き出した。


「ちょっ、ちょっと待て。本当に私を置いていく気じゃあるまいな!」


「……」


 銀髪の男は答えない。タントのことなど、目にも入っていないようだ。


「私に尽くせるのだぞ。最上級の喜びであろう?」


「……」


「わ、分かった! 私をダルカナルへと連れて行ってくれるのであれば、何でも望む褒美をあげようではないか」


「なんでも?」


「そ、そうだ! なにせ私はドワーフの一国の王子であるぞ! 金銀財宝、なんでもござれだ!」


「ふーん、じゃあアテーネの弓も可能なのか?」


「あ、アテーネの弓だって?! それがどれだけのものか知っていて口にしているのか!」


 アテーネの弓と聞いた瞬間、タントは大声をあげた。それは世界に一つしかないと言われている弓の一つだ。世界の何処かに眠っていると言われているが、どこにあるかは分からない。かつて世界に名器を作った職人の作品の一つであると言われている。王族であるタントでもそれを入手できるかは分からない。なにせ、どこにあるのか分からないのだ。


「知っているからこそ、言ってるんだろ。なんだ、用意することはできないのか? ドワーフの王族は案外、大したことないんだな」


 銀髪の男は呆れたようにため息をついた。その態度にタントは地面を蹴り上げた。


「む、ムキー!! なんて腹の立つ男だ! しかし仕方がない! 父上に用意させようではないか!」


「ほんとの話だろうな? もし嘘だというのなら、お前を殺すぞ」


 それは一瞬冗談であるかのように思われた。しかし、目が鋭いあたり、本気のようだ。タントはそのただならぬ目線に震え上がった。だが、王族たるもの簡単に怯えてはならない。タントは体の震えを抑えると、相手に向き直った。


「お、王子に対してなんということを! も、もちろんだ! ドワーフは嘘などつかん!」


 自身でもよく言い切ったと思った。これでもう後戻りはできない。


「よし、いいだろ。お前を連れて行ってやる。約束は必ず守れよ」


「と、当然だ。それよりお前は場所が分かるのか?」


「俺だって、地理は分かる。歩く速度はお前に合わせないからな。死ぬ気でついてこい」


「お、おい! それは案内と言えるのか? ま、待て! 速すぎる」


 銀髪の男はタントのことを振り返ることもなく、前を走って行く。それは足の短いタントには到底ついていけない速度だ。タントは慌てて傲慢な案内人を追いかけた。

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