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165.アイレンの苦悩


(エルフ……。この目で純潔のエルフを見ることになるとは、思わなかった)


 アデアの外、アーチェが暮らしていた世界では、もう純潔のエルフはかなり稀だ。人間と暮らし始めた結果、人の血が混じったエルフが殆どなのだ。純潔のエルフは耳が長いのですぐに分かった。


「何をそんなにジロジロと見ている? そんなに、兜を見るのが面白いのか?」


 アイレンは兜が取れたことには気づいていないようだ。薄紫色の髪が風になびいている。その藍色の瞳が真っ直ぐにアーチェを見つめ返した。


「いや……、兜取れてるよ」


「何?!」


 アイレンは頭に手をやると、兜がないことに気がついたようだ。


「見たな! 狼藉者!! 急いで、兜を拾って来い!!」

 

「いっ!」


 彼女に思いっ切り頬を叩かれ、アーチェはその場から落下してしまった。先ほどとは違い、屋根の上に戻ることはできなかった。運よく荷車の上に落ちると、アーチェは上の様子を探ろうとした。


「こらー!! 大事な積み荷が入ってるんだぞ!!」


 ふくよかな男性がアーチェのもとに駆け寄って来ると、涙目で文句を言い始めた。辺りには商品と思われるものが散らばり、アーチェは辟易してしまう。


「す、すみません。あとで、必ず弁償しますので」


「待てー!! この荷台荒らしめ!」

 

 アーチェはその場から飛び降りると、屋根の上に戻ろうとした。上では何かが起きているに違いない。


 だが、アーチェが戻った時には、もう黒いモヤの姿はなかった。



「これが私の兜か?」


「僕は確かにこれだと思うけど」


 探してきた兜をアイレンに渡すと、彼女は兜に自分のものという実感が湧いていないようだった。兜には特徴的な傷がついており、同じものが落ちていることなどそうそうないだろう。


「ふむ」

 

 アイレンは兜をその場で被ってみせると、何度か被り直そうとしていた。しかし、何を思ったのか、その兜を投げ捨ててしまう。


「これは私の兜ではない。被り心地が違うような気がする」  


「そんなわけないと思うけどな。あ、落ちた時に形が歪んだのかもしれない」


 あんなに高いところから落ちたのだから、相当なダメージを負ったはずだ。元々、傷があったのだから、かなり前から使っているものだろう。エルフの寿命は長いのだから数十年使っていたって、おかしくはあるまい。

 

「おい、代わりのものを用意しろ」


「は、ただいま!」


 アイレンが兵士の一人に向かって、兜を投げると、器用にキャッチしてみせた。そのまま裏口へと引っ込んでしまう。


「私の素顔のことは内緒で頼むぞ。ただでさえ、明日は世界会議があるのだから、あんまり目立つことは避けたいのだ」


「世界会議って言えば、ルフォーネさんから出席するように言われてるけど」


「ルフォーネ様に? そういえば、そんな話を聞いたような気がする。あのルフォーネ様に話をつけてもらえるとは。お前は何者だ?」


「ただのしがない旅人だよ」


「ふん、怪しいものだ。まぁ、それならば仕方がない。明日の昼の鐘が鳴る前に、ダルカナルの二階に訪れるといい。世界各国の御人たちを拝見できるぞ」


「それって強制?」


 できれば、そんなだいそれた場所には行きたくはない。けれど、断れる雰囲気ではなさそうだ。


「当たり前だ! ルフォーネ様に恥をかかせるわけにはいかん。なにせ、明日の主役なのだからな」


「ルフォーネさんって一体、何者なんだ?」


 ルフォーネがかなりの権力を持っていることは間違いない。アーチェは彼の正体がいつにもまして、気になった。アイレンはその言葉を聞くと、目を鋭くさせた。


「まさか知らぬ者がいるとはな。明日来れば分かる話だ。まぁ、端的に言うとお前に説明するのが、時間の無駄だ」


「そっか、教えてくれてありがとう」


「ふん、遅刻したら処刑だと思え。分かってると思うが、お前一人で来るんだぞ」


 アイレンはそれだけ告げると、顎をしゃくった。帰れということだろう。かなり長居をしてしまった。


 アーチェは残している仲間のことを思い出すと、その場から立ち去った。

 

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