第22話 洋館殲滅、終末の黒き太陽!
鉄格子の中に蠢く、おぞましい異形の赤鬼たち。
たけるの血を吸う約束を取り付けたとはいえ、この数の赤鬼を一体一体相手にするのは骨が折れる。
それに、先ほど遭遇した徘徊型の赤鬼のことを考えると、この部屋にいる赤鬼たちが全てとは到底思えない。
この洋館そのものが、奴らの巣窟なのだ。
ならば……。
「……この屋敷ごと、消し去るしかありませんわね」
俺――キリス・コーツウェルは、静かにそう決意した。
俺は壁に手をかざし、魔力を集中させる。
そして、小規模な爆破魔法を放ち、壁に大きな穴を開けた。
3Dマップで確認済みだ。この部屋は角部屋。穴の向こうは、夜の闇が広がる外の世界のはず。
「お、おい! キリス! 今の、一体何なんだよ!?」
卓也が、突然壁に大穴が開いたことに驚き、声を上げる。
まあ、無理もない。彼の常識では理解できない現象だろう。
だが、今はいちいち説明している時間も惜しい。
「全てが終わりましたら、ちゃんとお話しいたしますわ。今は、わたくしを信じてくださいまし」
そう言って、俺は卓也の疑問を一旦スルーすることにする。
そして、背中に意識を集中し、漆黒の翼をバサリと大きく広げた。
その禍々しくも美しい翼の出現に、卓也はさらに目を見開いて絶句している。
うん、その反応は正しい。
「今から、この穴から飛んで脱出しますわ。わたくしが全員を抱えるのは無理ですので、皆さん、しっかりと手を繋いで、絶対に離さないようにしてくださいましね!」
そう、いくら吸血鬼パワーがあっても、全員自分より大きい男性を含む3人を同時に抱えて安定飛行するのは、キリスのこの小さな体では難しい。
ここは、皆にぶら下がってもらう形を取るしかない。
卓也は、俺の背中の翼を見て「い、いや、だから、その翼は一体何なんだよぉぉぉ!」とまだ混乱しているようだが、今は無視だ、無視。後でたっぷり説明してあげるから。
俺の指示に従い、美弥、たける、そして卓也が、しっかりと手を繋ぎ合う。
その中央に、俺が立つ。
「行きますわよ!」
全員が準備できたのを確認し、俺は翼を力強く羽ばたかせ、壁に開けた穴から夜空へと飛び立った!
眼下には、みるみるうちに小さくなっていく洋館が見える。
夜風が、火照った体に心地良い。
「うわああああ! 高い! 怖い! 落ちるぅぅぅ!」
「キ、キリス! もう少しゆっくり飛んでくれぇぇぇ!」
「俺、高いところ苦手なんだってええええ!」
俺の腕にぶら下がっている3人は、高度と速度に悲鳴を上げているが、もう少しだけ辛抱してもらうしかない。
しばらく飛翔し、洋館全体を見下ろせる少し離れた丘の上に降り立つ。
着地と同時に、3人は汗びっしょりになりながら地面にへたり込み、ぜえぜえと肩で息をしていた。
その様子に苦笑いしつつ、俺は先ほどまでいた洋館の方へと向き直る。
「さて……それでは、始めますか」
俺は、全身の魔力を練り上げ、意識を集中させる。
足元に、禍々しい紫色の巨大な魔法陣が展開され、俺の体はふわりと宙に浮き上がり、黒いオーラのようなものが輝き出す。
そして、詠唱を開始する。
それは、この世界に存在するあらゆるものを無に還す、禁断の呪文。
「終焉たる黒き漆黒、太陽すら飲み込む黒き闇よ。原初の虚無より来たりて、我らが眼前に立ち塞がりし、全ての愚かで矮小なる敵に、汝の偉大なる破滅をもって、原初への回帰という名の大いなる御慈悲を与えたまえ――」
詠唱が進むにつれて、俺の全身を、うねるような濃密な黒い闇が纏わりつき始める。
その光景は、まさしく終末の魔王。
美弥たちが、信じられないものを見るような目で、呆然と俺を見上げているのが分かった。
そして、破滅の呪文はついに完成する。
俺は、洋館に向かって両手を突き出し、最後のトリガーワードを、夜空に響き渡るように叫んだ!
「行け! 終焉の闇! 『終末の黒き太陽』!!!!」
次の瞬間。
洋館の中心で、「ドクン」という、巨大な心臓が鼓動するようなおぞましい音と共に、小さな、しかし全てを吸い込むような漆黒の闇が出現した。
それは、周囲の光すら歪めながら、ゆっくりと、しかし確実にその大きさを増していく。
洋館は、まるで巨大な掃除機に吸い込まれるかのように、ミシミシと音を立てて崩壊を始めた。
壁が、屋根が、床が、悲鳴を上げて闇の中へと消えていく。
中にいたであろう赤鬼たちの断末魔すら聞こえない、静かで、しかし圧倒的な破壊。
前回『デッドマンズ・シティ』でこの魔法を使った時は、すぐに暴走を恐れて止めてしまった。
しかし、今回は違う。
この洋館に潜む全ての赤鬼を、そしてこの忌まわしき館そのものを、完全に消滅させるまで、俺は魔法を止めない。
あっという間に、洋館は跡形もなく消え去り、その場所には巨大なクレーターが口を開けていた。
大地は深くえぐられ、周囲の木々も、まるで存在しなかったかのように闇に飲み込まれていく。
これだけの規模の破壊だ。もし、地下に何らかの施設があったとしても、それらも全て消滅したことだろう。
俺は、かざしていた両手を、ぐっと強く握りしめた。
「昇華!!!!」
その叫びと共に、前回と同じように暴走しかけていた巨大な闇はピタリと動きを止め、次の瞬間、キラキラとした光の粒子となって霧散し静かに消滅した。
後には、不自然なほど深くえぐられた大地と、静寂だけが残されていた。
「す……すっげぇ……! キリス、お前、マジで最強じゃん……!」
「映画みたい……! あんなに怖かった洋館が、一瞬で……!」
美弥とたけるは、目の前で繰り広げられたスペクタクルな光景に、興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいる。
一方、卓也は、あまりの出来事に言葉も出ないのか、ただポカンと口を開けてクレーターと俺を交互に見ている。
その直後だった。
強烈な疲労感と、抗いがたいほどの吸血衝動が、俺の全身を襲った。
まずい……! やはり、前回よりも魔法の展開時間が長かったせいか、魔力の消耗が激しく、副作用も深刻だ。
俺の顔は真っ青になり、ぜえぜえと荒い息をつき始める。
「お、おい! キリス! 大丈夫か!? 顔色、めちゃくちゃ悪いぞ!?」
異変に気づいたたけるが、慌てて俺に駆け寄ってくる。
そして、俺が何を求めているのかを察したのか、自分の首筋を晒し、目の前に差し出してきた。
「早く! 俺の血を吸えよ! 遠慮すんな!」
「た、たけるさん……あ、ありがとう……ございます……」
俺は、朦朧とする意識の中、彼の首筋に顔を近づけ、その白い肌に牙を立てようとした。
だが――。
「うっ……!? うえぇぇ、臭っ……!!!」
彼の首筋から漂う、汗と男性特有の匂いに、俺の体は反射的に拒絶反応を示してしまった。
慌てて顔を逸らし、その場でえずいてしまう。
「お、おいおい! 失礼だな、お前!? 俺だってちゃんと毎日風呂入ってるっつーの!」
たけるが、心底ショックを受けたような顔で叫んでいる。
ご、ごめん、たけるさん……! 君が臭いとか、そういうわけじゃなくて……!
どうやら、キリスのこの吸血鬼の体は、本能的に、男性の血を受け付けないようになっているみたいだ……!
なんてこった!
俺は、うつろな目で美弥を見つめ、か細い声で懇願した。
「み、美弥ちゃん……お、お願い……します……わ……もう、限界……」
失いそうな意識を、ギリギリのところで保ちながら、俺は助けを求める。
美弥は、俺のその尋常ではない様子と、先ほどのたけるへの反応を見て、何かを察したようだった。
少し怯えたような表情を浮かべながらも、彼女はこくりと頷き、自らの細い首筋を俺の前に晒してくれた。
「……キリスちゃんのためなら……」
もう我慢できない……!
俺は、獣のように美弥を押し倒して覆いかぶさり、その白い首筋に、鋭い牙を突き立てた。
「うっ……!」
美弥が、小さく呻き声を上げる。
だが、それも一瞬。
すぐに、彼女の瞳はとろんと潤み始め、頬が微かに紅潮していく。
キリスの吸血には、対象を苦しませないように、微量の快楽物質を分泌する能力が備わっているのだ。これも、アバター作成時の俺のこだわり設定の1つ。
コメント欄は、この背徳的で美しい光景に、歓喜の声を上げていた。
『(n'∀')η゜ き、キマシタワーーーーー!!!!』
『百合の気配を濃厚に感じて……!』
『これが……これがキリスちゃんの吸血シーン……! 拝めて幸せです!』
『美弥ちゃん、エッッッッ!』
『たける、ドンマイwww』
隣では、たけると卓也が、何か見てはいけないものを見ているかのように、気まずそうに目を逸らしているのが視界の端に映る。
まあ、健全な男子高校生には、少々刺激が強すぎる光景かもしれないな。
温かくて、甘美な液体が、俺の喉を潤していく。
だんだんと、失っていた意識がはっきりとしていき、全身に力がみなぎり始めるのを感じた。
(ありがとう……美弥ちゃん……! 君の血は、最高に美味しいですわ……!)
俺は、美弥の血を吸いながら、心の底から彼女に感謝し続けるのだった。