第23話 吸血の余韻と仲間との絆、そしてエンディング
美弥の甘美な血を吸い、消耗しきっていた魔力も体力も、完全に回復した俺――キリス・コーツウェル。
全身に力がみなぎり、先ほどまでの疲労感が嘘のように消え去っている。
やはり、吸血鬼にとって血液は最高のエネルギー源なのだと、改めて実感した。
……と、そこでハッと我に返る。
まずい! 夢中で吸いすぎてしまったのではないだろうか!?
俺は慌てて美弥の首筋から牙を抜き、彼女の顔を見つめた。
頬をほんのりと赤く染め、瞳はとろりと潤み、どこか夢見心地な表情を浮かべている美弥。
明らかに、普通の状態ではない。
「ご、ごめんなさい、美弥ちゃん! だ、大丈夫ですの!? しっかりして!」
俺は、彼女の肩を掴んで軽く揺さぶりながら、焦って声をかける。
もし、貧血で倒れたりしたら大変だ。
すると、美弥はうっとりとした表情のまま、呂律の回らない甘えた声で答えた。
「んぇ~? なぁにぃ、キリスちゃ~ん……? ちぃすわれるのってぇ、なんだかとってもきもちぃんだねぇ……。ねぇ、もっとちゅってくれても、いいんだよぉ~?」
そう言って、くふふ、と妖艶に微笑む美弥。
その姿は、普段の彼女からは想像もつかないほど、蠱惑的だった。
「だ、ダメダメダメ! もう終わりですわ! しっかりしてくださいまし、美弥ちゃん! わ、わたくしが悪かったですから!」
俺は、慌てて美弥から飛びのくように離れる。
これ以上彼女の血を吸ったら、本当に命に関わる。
それに、このままでは美弥が本当に色んな意味でダメになってしまうかもしれない。
血を吸われてすぐに立たせるのも危険だろう。俺は、美弥をそっと地面に横たえさせ、しばらく休ませておくことにした。
そんな俺たちの様子を、少し離れた場所から見ていた卓也が、呆れたような、それでいて何かを納得したような表情で口を開いた。
「……あのさ、キリス。そろそろ、ちゃんと説明してくれるよな? さっきから、お前のやってること、何1つ理解できてねえんだけど」
その言葉に、俺は苦笑いを浮かべながら頷いた。
確かに、彼にはまだ何も説明していなかった。
俺は、卓也に向き直り、自分が吸血鬼であること、様々な力を持っていること、とにかく自分の正体についてできるだけ分かりやすく説明した。
その間、隣にいたたけるが「だろ!? キリス、すげえんだよ!」「あの化け物を一撃だぜ!?」「魔法とかも、超カッケーんだ!」などと、興奮気味に相槌を打ってくるのが、若干ウザったく感じたが、まあ、褒められているのは素直に嬉しい。
一通りの説明が終わると、卓也は腕を組み、しばらく黙って何かを考えていたが、やがて顔を上げて言った。
「……そっか。お前、実はとんでもなく凄い奴だったんだな」
その口調は、意外なほど落ち着いていた。
「……怖くは、ありませんでしたか? わたくしの正体を知って」
俺がおそるおそる尋ねると、卓也は少し驚いたような顔をして、そして、フッと笑って答えた。
「は? 何でだよ? お前の正体が吸血鬼だろうが宇宙人だろうが、お前はキリスだろ? 俺たちの友達の。だったら、今までと何も変わんねーよ」
その言葉は、あまりにもあっけらかんとしていて、それでいて、とても温かかった。
色々あったけど……本当に、良い奴らだよな、お前たちは。
俺の胸の奥が、じわりと熱くなるのを感じた。
「……ありがとうございます、卓也さん」
俺が素直に感謝の言葉を述べると、卓也は「おう」と短く頷き、少し照れくさそうに顔を逸らした。
その時、地面に寝かせていた美弥が、ゆっくりと身を起こした。
まだ少し顔色は悪いが、意識ははっきりしているようだ。
「……あれ? 私……」
「美弥ちゃん! よかったですわ、目が覚めて!」
俺は、美弥に駆け寄り、彼女の無事を確認する。
たけるも、心配そうに美弥の顔を覗き込んでいる。
「うん……もう大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって」
美弥は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、俺も、たけるも、そして卓也も、ホッと胸を撫で下ろす。
これで、全員無事だ。
忌まわしき洋館も、そこに巣食っていた赤鬼たちも、全て消滅した。
もう、この場所に恐怖は存在しない。
「じゃあ……帰りましょうか! みんなの、元の場所に!」
俺がそう言って、明るく声を上げると、卓也たちも笑顔で頷いた。
その瞬間だった。
ぐにゃり。
まただ。この、視界が歪む感覚。
そして、強烈な浮遊感。
ああ……もう、お別れの時間なのか。
次に目を開けた時、俺、杉田智之は、いつものように自室のPCデスクの前に座っていた。
モニターには『赤鬼』のタイトルロゴと共に、スタッフロールが静かに流れ始めている。
どうやら、今回も無事にエンディングを迎えることができたようだ。
俺は、まだ温もりが残っているような自分の手を見つめながら、小さく呟いた。
「……またな。美弥、たける、卓也」
彼らと過ごした、短くも濃密な時間。
それは、紛れもなく、俺にとってかけがえのない思い出となった。
画面の向こうのコメント欄には「お疲れ様、キリスたん!」「今回も神回だった!」「ハラハラドキドキしたけど、最後は感動した!」「吸血シーン、ごちそうさまでした(合掌)」など、配信の終わりを惜しむ声や、俺を労う言葉が溢れている。
俺は、1つ1つのコメントに丁寧に返事をしながら、今回の『赤鬼』実況配信の幕を、静かに閉じるのだった。




