第74話『勝者からのお誘い』
【5月23日(土)午後/PLAYX NODE TOKIWA・三階イベントフロア/Lunaria】
【BATTLE END】
【WINNER:Lunaria】
会場いっぱいに歓声が広がった。
鳴りやまない拍手の中、大型モニターにはあたしの名前が大きく映し出されている。
……勝った。
中四国エリア大会、優勝。
ずっと目指してきた結果だ。嬉しくないわけがない。
でも――まだ最後の攻防が頭から離れなかった。
あの接近戦で、たかちゃんが繰り出した杖による七連続攻撃。
そのすべてを弾き返すのは、あたしにとっても簡単じゃなかった。一撃でもまともに食らっていたら、そこで勝負は決まっていた。
以前のたかちゃんとは、明らかに違う。
魔法を封じられても、迷わず攻め込んできた。
それに、《ルナ・カスケード》の最後の一撃。
たかちゃんは、あたしの攻撃を見極めて回避しようとしていた。
(……ほんと、強うなったね)
向かい側の席では、たかちゃんが再び画面を見つめていた。
悔しくないはずがない。それでも、取り乱した様子はなかった。
……ああいうところ、たかちゃんらしい。
ずっと楽しみにしていた決勝戦。勝てたのに、もう少しだけ戦っていたかった。
さっきは、たかちゃんに思わず「素直ね」なんて言っちゃったけど。
あの最後の攻防は、あたしだって必死だったんだから。
そんなことを考えていると、スタッフの人が近づいてきた。
「Lunaria選手、優勝おめでとうございます! このあと表彰式になりますので、少々お待ちください」
「あ、はい。ありがとうございます」
あたしは椅子から立ち上がった。
そのとき、たかちゃんもこちらへ顔を向ける。
「……優勝、おめでとう」
「ありがと、たかちゃん」
「完敗だった」
「そんなことないわよ。結構危なかったんだから」
「そうか」
「そうよ」
……もう。
本当に、いつもどおりなんだから。
でも、なんだか嬉しかった。
*
『それでは皆さん、お待たせしました! CLANFIELD中四国エリア大会、表彰式を行います!』
会場の照明が少し落ち、ステージへスポットライトが向けられた。
大型モニターには、決勝トーナメントの結果が映し出されている。
スタッフに案内され、入賞者たちが壇上へ上がった。
少し離れたところには、準優勝のたかちゃんがいる。
さっきまで本気で戦っていた相手と、今度は並んで拍手を浴びている。
……なんだか、不思議な感じ。
『続いては、準優勝者の表彰です!』
司会者の声に、会場から拍手が起こった。
『準優勝――たかちゃん選手!』
たかちゃんが一歩前へ出る。
賞状を受け取って、軽く頭を下げた。
その表情は、いつもとあまり変わらない。
……今、どんな気持ちなんだろう。
たかちゃんも、優勝するつもりでここまで来たんだ。
あたしが逆の立場だったら、きっと、まだ最後の一手を悔やんでる。
ここまで、どれだけ考えて戦ってきたのか。
あたしも知っているから、準優勝だってすごい、なんて簡単には言えなかった。
そして――。
『優勝! Lunaria選手!』
会場に大きな拍手が響いた。
あたしはその拍手に迎えられながら、ステージの中央へ進み、賞状と記念品を受け取った。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
手の中にある賞状を見つめる。
……うん。
やっぱり、嬉しい。
あたし、優勝したんだ。
『それでは、優勝したLunaria選手にお話を伺いましょう!』
司会者がマイクを向けてきた。
『まずは優勝おめでとうございます! 決勝戦を振り返って、いかがでしたか?』
「ありがとうございます。……そうですね。終始、気の抜けない試合でした。
こちらの動きに何度も対応されましたし、最後も一手違えば、勝敗が逆になっていたと思います」
『おおっ! あの鮮やかな勝利の裏には、そんな思いがあったんですね!』
「ええ。たかちゃんとは何度も対戦しているので、お互いの戦い方はよく知っています。
それでも、毎回こちらの予想を超えてくるんですよ。
今回の決勝も本当に楽しめました」
言いながら、隣へ視線を向ける。
たかちゃんは、少し意外そうな顔をしていた。
……何よ。
本当のことを言っただけじゃない。
『では、準優勝のたかちゃん選手にも一言いただきましょう! 惜しくも優勝を逃しましたが、今のお気持ちは?』
マイクを向けられたたかちゃんは、少し考えてから口を開いた。
「悔しいです。ただ、今の自分にできることは、すべて出し切りました」
『なるほど! では、今回の敗因はどこにあったとお考えですか?』
「終盤の七連続JUST PARRYですね。七回とも攻撃を防がれた以上、こちらの攻撃パターンを高い精度で予測されていた可能性があります。相手の反応速度だけでなく、行動予測の精度も想定以上でした」
『お、おお……! かなり具体的ですね!』
「ただし、反応と予測のどちらが決め手だったのかは、まだ判断できません。次回は攻撃の選択肢を増やし、対応の傾向を検証したいと思います」
……ちょっと。
表彰式で何の研究発表してるのよ!
司会者も、なんだか困った顔してるし。
でも。
(……ふふっ。ほんと、たかちゃんらしい)
『そ、それでは最後に、次の大会への意気込みをお願いします!』
「次は、勝ちます」
今度は、たった一言。
でも、その声には迷いがなかった。
思わず、口元が緩む。
そうこなくっちゃ。
また戦おうね、たかちゃん。
*
『それでは最後に、入賞者の皆さんで記念撮影を行います!』
スタッフの指示で、あたしたちはステージ中央に集まった。
「もう少し中央へ寄ってくださーい!」
あたしが少し横へ動くと、すぐ隣にたかちゃんが立った。
思ったより、近い。
(……あれ?)
さっきまで平気だったのに。
どうして急に、こんなことが気になるんだろう。
「Lunaria、もう少しこっちだそうだ」
「あっ、うん」
たかちゃんに言われ、慌てて立ち位置を直す。
……別に。
隣に立つくらい、何でもないでしょ。
「それでは撮りまーす! 皆さん、こちらを向いてください!」
カメラの方を向く。
「はい、チーズ!」
シャッター音が響いた。
優勝の記念写真。
それなのに、あたしが気にしていたのは――。
(……たかちゃんの隣で、ちゃんと笑えてたかな)
そんなことばかりだった。
*
表彰式が終わると、会場は少しずつ普段の賑やかさを取り戻していった。
参加者たちが帰り支度を始め、あちこちで今日の試合について話している。
あたしも記念品をバッグへしまい、たかちゃんのところへ向かった。
「たかちゃん、お疲れさま」
「ああ。Lunariaも、お疲れ」
そうして言葉を交わしていると、横から声がかかった。
「やあ、たかちゃん。準優勝おめでとう」
そこにいたのは、二十代半ばくらいの男の人だった。
どこか気の抜けた雰囲気で、周りの熱気とは対照的に落ち着いている。
「……Mellowか」
「決勝、見てたよ。いい試合だったね」
「ありがとう」
「それにしても、準々決勝で戦ったときとは、ずいぶん違って見えたよ」
たかちゃんの眉が、わずかに動いた。
「……どのあたりが?」
「そうだね。僕と戦ったときより、思い切って攻めていたように見えたよ。魔法を封じられて、あそこまで接近戦を仕掛けるとは思わなかったな」
Mellowと呼ばれた男の人は、穏やかに笑った。
「ただ、最後はLunaria選手の方が一枚上手だったみたいだね」
……へえ。
あたしは思わず、その人の顔を見た。
「おっと、優勝者を前にして、準優勝者の話ばかりしてしまったね」
そう言って、Mellowはあたしに笑顔を向けた。
「Lunariaさん、優勝おめでとう。見事な試合だったよ」
「……ありがとう」
「特に最後の一手。彼がどう動くか、分かってたんだ?」
「まあね。たかちゃんって、結構素直だから」
「ははっ。なるほどね」
何がおかしいのか、Mellowは楽しそうに笑った。
「二人とも、いい勝負をするね。また見てみたいな」
そう言って、軽く手を上げる。
「じゃあね、たかちゃん。Lunariaさんも」
「ああ」
「またね」
Mellowは人混みの中へ歩いていった。
その背中を見送りながら、あたしは首を傾げる。
「……ねえ、たかちゃん」
「何だ?」
「今の人、ちょっと変わってるわね」
「……そうだな」
「それにしても、たかちゃんとの試合、ずいぶん印象に残ってるみたいね」
「……対戦中も、俺の行動をよく観察していたからな」
「へえ……」
なるほどね。
たかちゃんは、いつも相手をよく観察している。
動きも、癖も、選択も。
でも、観察しているのは、たかちゃんだけじゃない。
Mellowさんは、自分がどこで負けたかより、たかちゃんが何を見せたか。そっちの方が気になっているみたいだった。
それに、何だか楽しそうだったし。
(……不思議な人ね、Mellowさんって)
勝ち負けとは別のところで、試合を楽しんでいた気がする。
「そういえば、たかちゃん」
「何だ?」
「今日は一人で来たの?」
さっきから気になっていた。
周りには家族や友達と話している参加者もいるのに、たかちゃんの近くには誰もいない。
「ああ。こころも来る予定だったんだが、熱を出してな」
「えっ、こころんが?」
思わず声が大きくなる。
「大丈夫なの?」
「今は家で休んでる。母さんが看病してくれてるし、配信で試合も見てたらしい」
「そっか……。それなら少し安心ね」
こころんには、ゲームでも何度も助けてもらっている。
元気いっぱいのあの声が、今日は聞けないなんて。
「帰ったら、お大事にって伝えておいて」
「ああ。伝えておく」
……よかった。
今はゆっくり休んで、早く元気になってほしい。
(……あれ?)
たかちゃん、今日は一人なんだ。
(……もしかして、チャンス?)
……って。
何のチャンスよ。
別に、何か企んでるわけじゃないし。
ただ、せっかく会えたんだから。
もう少し話したいなって。
それだけ。
「Lunaria?」
「えっ?」
「どうかしたか?」
「な、何でもない!」
……危ない、危ない。
変な顔、してなかったよね?
たかちゃんは少し不思議そうにしたものの、それ以上は聞いてこなかった。
代わりに、バッグを肩へかける。
「じゃあ、俺はそろそろ帰る」
「……そっか」
そうだよね。大会は終わったし、優勝もした。
記念写真も撮って、たかちゃんとも話せた。
今日はもう、十分なはずなのに。
「またクランフィールドでな」
「あ……うん」
たかちゃんが背を向ける。
その瞬間――。
(……待って)
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
このまま帰っちゃうの?
せっかく、リアルで会えたのに。
(……あたし、何やってるんだろ)
優勝したかった。たかちゃんにも、絶対に負けたくなかった。それは嘘じゃない。
でも、今日がこんなにも待ち遠しかったのは――。
(……そっか)
あたし、たかちゃんに会いたかったんだ。
「……たかちゃん!」
思ったより大きな声が出た。
たかちゃんが足を止め、振り返る。
「何だ?」
(……あ)
呼び止めちゃった。
(……どうしたらええんよ、あたし)
さっきまで、大勢の観客の前でも平気で話していたのに。今は、たった一人を前にしているだけなのに。
心臓が、うるさい。
(……もうっ、あたしらしくない)
別に、デートに誘うわけじゃない。ちょっと遊ぶだけ。そう、それだけなんだから。
あたしは小さく息を吸い、たかちゃんの目を見た。
「このあと……ちょっと付き合ってくれない?」




