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2021年10月1日。
「二年前に蔵岡市というごく普通の地方都市で起きた連続猟奇殺人事件を覚えていますか?全国ニュースにも取り上げられて結構有名だったんですけれども。最後は犯人の男とその仲間だった刑事が二人とも死んだっていう事件です。犯人の方はその刑事に殺されて、その後、刑事は駆けつけてきた警察官達に拳銃で撃ち殺されたというやつです。」
警察本庁捜査一課に勤める佐々木信彦警部補が、同じく捜査一課に勤める木下剛警部に尋ねた。彼らはエリート警察官の集団である警察庁捜査一課の中でも、同じ特別なチームに所属していた。
「その事件ならよく知っているよ。戦後最多の犠牲者を出したから。でも被疑者死亡で全てのかたがついたはずです。何か気になることでもありましたか?」
木下警部の質問に対して、佐々木警部補は手に持っていた資料を彼に見せながら話し始めた。
「上から依頼された事件も解決しましたし、現在時間ができたので、前から気になっていたこの連続殺人の資料を読んでいたんです。そしたら渡部斉紀巡査部長が所持していたという被害者の遺品について少し気になるところがありまして。彼の所持品から見つかったという被害者の指についてです。」
「今井佳枝の指ですね。彼女は渡部の自宅が放火される一週間ほど前から行方が分からなくなっていたそうです。報告書によると渡部刑事が彼女を監禁していた可能性が高いとなっていましたが、その指がどうしたんですか?」
「はい。蔵岡市警からの捜査報告書によるとその指はどこにでも売られているようなプラスチック製のタッパーの中に入っており、半分ミイラ化して腐りかけていたとなっています。でも、彼女にこんなにも異常な愛をむける男がその身体の一部をこんな風にぞんざいに扱うでしょうか?防腐剤を塗ったり、冷凍保存していたり、ホルマリンの中に入れたりといったように、それなりにしっかりとした保存を行うと思うのですが。」
木下警部はこの佐々木警部補の意見に同意した。事件の捜査報告書を軽くスキミングした彼は、当事者二人がどちらも死んでしまったため、全て状況証拠によるただの憶測で事件が解決済みとされたことをあまり快く思う事ができなかった。
「わかりました。今は丁度うちのチームには時間があります。次の再捜査にはこの連続殺人を対象にしましょう。早速、他のメンバーにも朝礼で伝えましょう。」
佐々木警部補は自分の主張を快く受けてくれた木下警部に礼を述べると、二人は特別チームの他のメンバーが待つ部屋へと向かうのだった。
東京都にある警察庁本部、殺人を専門に扱う捜査一課には過去の事件を洗い直すことを専門に扱うチームがあった。今から数年前に出来たばかりのチームで、そこには年齢もそれまでの経歴もばらばらな六人の刑事達が在籍していた。彼らの存在は既に国民に認知されていた。彼らは、上から頼まれた事件や自らが疑問を持った既に解決されたはずの事件についての再捜査を他の警察官にばれないように秘密裏に行っていた。
六人の刑事は他の警察官と比べて経歴が異常というわけではなかった。この六人が選ばれたのはただの偶然だった。
警察という組織は、既に解決済みである事件の再捜査を好まない。なぜならば自らの失態を認めることになる可能性があるからである。
警察は国民からの信頼が第一でなくてはならい。それ故、冤罪という最悪の失敗だけは起こっては困るのである。過去にも、既に被告が死刑執行済みの重大事件において、後でから冤罪であったということが証明されてしまうといった出来事があった。これは国内ニュースで大々的に報道され、警察への信頼は一時、地に落ちたも同然になってしまった。
今回、この解決済み事件の再捜査を専門に扱う特別チームの結成は、いわば警察による国民に対してのアピール活動の一環であり、それ故、メンバーはただ無作為に急遽選ばれたに過ぎなかったのである。
現在この特別チームに在籍しているメンバーは六人。いずれも捜査一課からの出向であり、全員が殺人事件を捜査した経験がある者達だった。
メンバーの一人目は木下剛、45歳。階級は警部である。彼はこの特別チームのリーダー的存在であった。二人目は佐々木信彦、30歳。階級は警部補である。30歳で警部補になる警察官は非常に希である。彼は交番勤務時代の検挙率も国内トップクラスであり、刑事になってからも非常に優秀であった。そして彼はこのチームの最年少であった。三人目は菅原千尋、34歳。このチームにおける二人の女性捜査官の一人であった。彼女は警察官であると同時に、一児の母親でもあり遠方での捜査を嫌っていた。四人目は玉橋里美、42歳。結婚はしておらず、これまでずっと独身であったが、玉橋本人はむしろそれを望んでいた。自分で稼いだ金をすべて自分で使うことができ、そして一人でいることが好きであった彼女は現在の生活に大いに満足していた。五人目は宮本彰吾、37歳。以前は捜査一課において聞き込みに人一倍取り組み、それなりの結果を出すことができていた人物である。そして、六人目は山口龍平、50歳。この特別チームにおける最年長の人物であり、指名手配犯の見当たり捜査を専門にしていたことから、特別チームでは主に宮本と組み、二人で聞き込み捜査をすることが多かった。
彼ら六人はこの特別チームが創設されてからずっと一緒であったため、非常に仲間意識が強かった。そして、警察組織の中で仲間の捜査ミスを調べている彼らは孤立することが多く、それ故、彼ら六人は互いにとても信頼し合っていた。
そんな彼らであったが、今回彼らに再捜査の対象として選ばれた事件は、二年前に蔵岡市という地方都市で起きた連続猟奇殺人事件であった。きっかけはこの特別チーム一番の若手捜査官である佐々木刑事がこの事件の再捜査をリーダーの木下警部に求めたことだった。
「被害者は五件の連続猟奇殺人による犠牲者。バスの放火殺人による9名。渡部斉紀巡査部長の自宅で発見された彼の家族3名と歯形で身元が判明した今井佳枝。花村のぼるの山小屋で発見された足立司警部、そして同じく山小屋に捜査に行き、花村の仕掛けたトラップによって死亡した矢木瞳巡査。合計で丁度20名。戦後最多の犠牲者をだした凶悪な事件でした。犯人であった花村のぼるは、彼に家族を殺された渡部斉紀巡査部長によって絞殺され、その渡部刑事も駆けつけた警察官らに拘束されそうになったところ、鈍器で抵抗したため射殺されました。この渡部刑事は自宅に今井佳枝という会社員の女性を監禁し、花村とはそのような特殊な趣味の仲間同士であったと結論づけられました。そして当事者全員死亡によって事件は幕を閉じました。」
佐々木警部補が事件の大まかな説明をした。事件の詳細については、特別チームのメンバー全員が事前に渡されていた捜査資料から知ってはいたが、改めて佐々木警部補が事件の大まかな内容を話すと、犯人である花村のぼるの残虐性やこの事件が迎えた最悪の結末により、重々しい空気が部屋の中を支配した。
佐々木警部補が事件の概要を説明した後、2分間誰もしゃべることはなかった。しかし、事件の資料を佐々木警部補の説明の後もずっと読み続けていた山口龍平刑事が声を出した。
「花村のぼるの山小屋についてですが、その山小屋の中から足立司警部の死体が入ったクーラーボックスが見つかったんですよね。」
山口刑事は現在いるメンバーの中で一番のベテランであるというのに丁寧な敬語で佐々木警部補に質問した。
「はい。そのような報告内容でした。」
「花村の自宅やそれ以外の所有物件は、彼が指名手配されてすぐに全て調査がすんだと報告書には書かれていました。その時に足立警部の死体は見つからず、その後、その山小屋にクレー射撃用の散弾銃によるトラップが仕掛けられ、なぜか花村本人が死亡した後にこの山小屋に訪問した矢木瞳巡査がそれに掛かり死亡した。」
「はい。矢木巡査がこの山小屋に行った理由は結局分からずじまいでした。」
佐々木警部補と山口刑事の話を聞いていた菅原千尋刑事が声を上げた。
「つまり、花村のぼるは警察が捜索した後に山小屋に訪れて足立司警部の死体を置いたということですね。しかし、はっきり言ってこれはおかしくはないですか?報告書によると花村はどの事件の時も自分の痕跡を全く残さなかったとなっています。そんなとても慎重で知力が高い人物がこのような無意味で危険なことをするでしょうか。」
「いや、するはずがありません。少なくとも私はそう思っています。」
佐々木警部補が菅原刑事に応えた。
「この山小屋を捜索したという報告は虚偽であったと私は考えています。」
「虚偽ですか?」
「はい。山小屋を捜査したという警察官の名前を見てください。」
佐々木警部補は手に持っていた捜査資料を掲げて見せた。
「この山小屋を捜索したと報告したのは、後にここで散弾銃によるトラップにかかって死亡した矢木瞳巡査です。」
この佐々木警部補の話を聞いた木下警部が声をあげる。
「つまり、佐々木警部補。君は矢木瞳巡査が花村のぼると何らかの形で関わっていたのではないかと考えているのかな。」
「今の段階ではなんとも言えません。しかし、矢木巡査が花村のぼる死亡後にこの山小屋に行った理由が不明です。もしも、自分と花村が関わっていた証拠を隠蔽するために訪れたとしたら納得がいきます。それに見つかった足立警部の死体は、保冷されていたので正確な死亡時間は分かりませんでしたが、死後かなりの期間が経っているとのことでした。おそらく数日は経っていたのではないかと検視報告書では述べられていました。この足立警部が入っていたクーラーボックスはかなりの大きさだったので、こんな物を花村が指名手配中に移動させるとも考えにくいです。」
佐々木警部補のこの発言に、特別チームの全員が賛同した。
「この事件は渡部刑事と今井佳枝の接点が皆無であったり、山小屋の件や花村のぼるの犯行理由が不明ことなど、未だに不可解な事が多い。よってこの事件の再捜査は妥当だと私は考えます。皆はどうですか?」
木下警部が特別チームのメンバーに聞いた。その結果、誰もこの蔵岡連続猟奇殺人事件の再捜査に反対する者はいなかった。
「では、早速明日、蔵岡市を訪問します。だから皆さん、明日までにこの事件の捜査資料をしっかり読んできてください。」
木下警部のこの発言で、特別チームの朝礼は終わるはずであった。しかし、最期に声をあげた者がいた。チーム最年長の山口刑事だった。
「一ついいですか。先ほどの花村のぼるの山小屋に関してなのですが、山小屋に置いてあったクーラーボックスは、足立警部が入っていたものの他にもう一つ空のものがあったと捜査報告書に書いているみたいでした。このクーラーボックスもバッテリーの状況から数日間電源が入っていた可能性が高いとなっていたのですが、でもそうしたらこのクーラーボックスの中身はどこへ行ったのでしょうかね。私は、この山小屋にはもしかしたらもう一体遺体があったのではないかと思うのですが。」
「つまり、まだ見つかっていない被害者が一人存在しているということですか。」
山口刑事の発言に、すぐに佐々木警部補が応えた。
「いえ、そこまではまだわかりません。これはただの私の推論に過ぎませんので。でも、確かに言えることは、この事件はやはり解決したというにはほど遠いということです。」
山口刑事は捜査報告書をぺらぺらとめくりながら、静かにそう言った。




