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死期予見  作者: 本郷真人
第六章
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 2019年9月4日。

 辺り路木々に囲まれた薄暗い砂利道を一人の女性が歩いていた。女性の名前は矢木瞳。職業は蔵岡署に努める現役の警察官であった。

「あの女、こんな所に呼び出して。本当に迷惑な奴。」

 矢木は悪態をつきながら、ほぼ獣道と変わらない砂利道を歩いていた。

「車で山に入るなとか何考えてるのよ。何時間かかると思ってるんだか。」

 矢木は遠藤明が陰で『奴隷』と呼んでいる人物であった。


 矢木と遠藤の付き合いは四年に及ぶ。矢木は大学時代、遠藤とよく同じ講義を受けている顔なじみだった。彼女が遠藤と今の関係になったのは、彼女が大学三年の時に起こったある出来事が原因である。

 2015年4月、矢木瞳大学三年生。

 この時、矢木はある40代の中年男性と付き合っていた。この男性に対して、彼女は恋愛感情などは全くなく、ただお金のために付き合っていただけであった。男性はとある中小企業の役員で、独り身であったためかなりの額の大金を持っていた。彼女がこの男性と巡り会うことになったのは本当に偶然であったのだが、彼女は男性が金を持っていると分かるとすぐに食いつき、そして恋人関係となるに至ったのだった。

 しかし、長く男性と恋人ごっこをしているうちに、男性は矢木に肉体関係を求めてくるようになってしまった。そこで矢木は男性に対して、生命保険の受取人を彼女の名義にし、それをもって正式に婚約者となることを願い出たのである。

 もちろんではあるが、彼女は男性と結婚する気などさらさら無かった。彼女は男性を殺すことを決断したのである。


「すみません、矢木さんですよね。少しお話があるのですが、お時間いいでしょうか?」

 とある講義を終え、教室から去ろうとする矢木に話しかけてきた人物がいた。遠藤明だった。

「なに?今忙しいのだけど。」

 この時、矢木は遠藤のことを適当にあしらおうとした。複数の同じ講義を受けていたため、遠藤のことは知っていた矢木ではあったが、そこまで接点もないような人物に突然声をかけられても困ったものであったからだ。

「あなたがお付き合いをしている男性についてです。先日あなたと仲良く腕をつないで商店街を歩いているところを見かけまして。」

 遠藤は静かに言った。

「へえ、あんたあんなおっさんが好きなんだ。変わってるね。」

 矢木は面白いおもちゃを見つけた子どものような顔になった。

「悪いけど彼は私の彼氏なの。あんたにチャンスはないよ。」

 矢木は面倒くさそうにそう言うと、すぐにその場を立ち去ろうとした。しかし、次の遠藤の発言によって、彼女の足は止まってしまった。

「でも殺すんですよね。彼のこと。」

 矢木は遠藤が言ったことを瞬時に理解できなかった。思考が停止したのである。そして数秒後、彼女の頭の中にあったのは恐怖だった。

「は?何を言って。」

「なるほど。酒を飲ませて浴槽で溺死させると。いい案だとは思いますよ。事故死に見せかけるって作戦ですね。」

 遠藤は笑顔で矢木に言った。矢木はとっさに遠藤の腕をつかむと、大学構内のトイレの一つに駆け込んだ。丁度次の時限の講義が始まりだしたため、二人が入ったトイレは無人だった。

「なんであんたがその事を知っているの?」

 矢木は息を整えるとすぐに遠藤に質問した。

「矢木さんのお父さんって今の蔵岡署の署長なんですよね。父親がそんな立場だったら、娘である自分に捜査の目は向かないだろうって考えですか。」

「何でそんなことまで?」

「いや、父親のことはあなたがご自分で教室内で自慢していたことじゃないですか。高校時代に万引きしたけど無かったことになったって。」

 遠藤は無表情のまま、矢木に言った。矢木は過去の自分を殴りたくなった。

「ああ、そうだったね。でもそんなにいい父親でもないよ。私は一人っ子だったから、将来は警察官ってもう決まってしまっている。警官なんてなりたくもないのにね。だから、学生のうちはあいつのことをできる限り利用してやるって決めたんだ。」

 矢木は静かにそう言った。

「いや、それの何がいけないのですか?利用するものは利用した方がいいに決まっているじゃないですか。でも、あなたが考えている殺害方法では間違いなくあなたは捕まりますよ。」

「はい?そんなのあるわけがないじゃん。」

「警察をあまり舐めない方がいいって事ですよ。人が死んだとなったら警察はそれなりの捜査をします。世の中に完璧な殺人などはありません。どれだけうまく隠しても何らかの痕跡が残ってしまうものです。殺人となったら、いくらあなたのお父さんでもあなたのことをかばいきれませんよ。」

 静かに遠藤は言った。そして、矢木はひどく動揺した。遠藤に何も言い返すことが出来なかったからである。

「でも、私ならあなたの彼氏のことを簡単に殺すことが出来ます。事故死で。見せかけなどではない完璧な事故死です。」

「本当に?」

「ええ、私は嘘なんてつきません。その代わり、あなたが警察官になったら、私の頼みをいくらか聞いて欲しいのですが。もちろん頼み事に見合った報酬もしっかり出しますし、私に関わってもあなたには何の迷惑をかけないと約束しますよ。」

 矢木は少し下を向き、この提案を天秤にかけた。そして、自分にとって十分な利があると判断し、顔を上げて遠藤を見つめた。

「あなたの頼み事を聞くかはあの男がちゃんと死んでから決める。あなたに人を殺しても何の罪にも問われないなんて力がもし本当にあるんだったら、私は喜んであなたと組むわよ。」

 矢木のこの発現に対して、遠藤は笑顔になった。

「ええ、もちろんあなたの彼氏がしっかりと死んでからで大丈夫ですよ。全て私に任せてもらえれば何の問題も無いですから。」

 そう言うと、遠藤は矢木に笑いかけた。


 2019年9月4日現在。

 矢木瞳はひたすら目的地である花村のぼるの山小屋に向かって歩き続けていた。歩き続ける中で、彼女は遠藤明と出会ったときのことを思い出していた。

(これまで全て遠藤の言うとおりになった。彼女に言われて、私は恋人ごっこをしていた男を彼女が指示した場所に呼び出したが、そこに一台の乗用車が突っ込んできて、あいつは死んだ。そして私は5千万円っていう大金を学生でありながら手にすることになった。)

 矢木瞳は男が死んだ後は完全に遠藤明の言いなりになった。遠藤が捜査資料が見たいといえば、父親のコネを使ってどんなものでも見せ、その他にも何でも言うことを聞いた。そして遠藤は矢木の働きに見合った報酬をちゃんと出し続けた。報酬の単位は毎回百万単位だった。

 簡単なお使い程度で大金を手にすることが出来る。矢木はもう既に止められなくなっていたのである。彼女は遠藤の奴隷と言うよりも金の奴隷だったのだ。

「あ!見えてきた!」

 矢木は山小屋を発見すると、有頂天になって走り出した。

「今回の報酬は2千万円。今までとは桁違いだ。」

 矢木は貯金が1億円に達したら、警察を辞めて家を出て行くと決めていた。それ故、彼女は学生時代に手にした5千万円にも手を付けず、今まで遠藤からもらっていた報酬も使っていなかったのである。

「さて、こんな所に呼び出して報酬を渡すなんて、何を考えているんだか。ま、いつものことだけどね。あの女、本当に気味が悪いんだもの。金が貯まったらすぐに縁を切ろう。」

 矢木は小屋に着くとすぐさまドアを開けた。

「お待たせ、遠藤さん。」

“ドンッ!”

 矢木が言葉を発した瞬間に大きな銃声が響いた。そして矢木の後頭部がなくなってしまった。その様はスイカ割りに似ていた。

 矢木瞳は何も分からないまま死んだ。彼女は自分が死んだことが理解できないまま思考を停止したのである。

 矢木が開けたドアにはワイヤーが天井まで引っ張ってあった。そしてその先には大きな散弾銃の引き金があった。その散弾銃は銃口が下に向けられて天井に釘で取り付けられていた。そう、この山小屋のドアをはじめに開いた者は死ぬ運命にあったのである。


 遠藤明は自宅でノートパソコンに届いた一通の電子メールを見ていた。メールの内容は、とある企業から彼女に対しての内定通知だった。それを見た遠藤は微笑んでから、ノートパソコンをゆっくり閉じた。

「そういえば、あの花村とか言う塵。釣りやクレー射撃が趣味だなんて、以外にアウトドア派だったんだ。」

 遠藤は思い出したようにつぶやいた。

 怒濤の数ヶ月を終えた彼女は、久しぶりに熟睡したのだった。

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