第三話
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「もしもし かめよ かめさんよ せかいのうちで おまえほど あゆみの のろい ものはない どうして そんなに のろいのか」
私と夢乃ちゃんはいつも一緒に登下校をしていたの。そんなある日の下校途中、突然夢乃ちゃんは歌を歌いだした。
「どうしたの急に?」
私が笑いながら夢乃ちゃんにそう尋ねる。
「この歌知ってる?」
「もちろん、『うさぎとかめ』でしょ?」
「うん。この歌って私に対して歌われているような気がするの」
「なんで?」
「私よくね、親に言われるんだよ。『葉月はいつも成績優秀で科学者になる立派な夢まであるのに、夢乃ときたら……』って」
その言葉を聞いて私はフッと鼻で笑い、こう歌で続けたわ。
「なんと おっしゃる うさぎさん そんなら おまえと かけくらべ むこうの おやまの ふもとまで どちらが さきに かけつくか」
「二番目?」
「そう、二番目の歌詞、知ってた?」
すると夢乃ちゃんは首を横に振った。そんな夢乃ちゃんに私は得意げにこう言った。
「もし夢乃ちゃんがカメだとしたら最終的に夢乃ちゃんが勝つのよ!」
しかしまたしても夢乃ちゃんは首を横に振る。その様子を見て私は首をかしげると夢乃ちゃんは私にこんなことを話し始めたの。
「私は別にお姉ちゃんと争うつもりなんかない。むしろお姉ちゃんには夢かなえてもらいたいし、だから私も精一杯、お姉ちゃんを応援したい。でもなぜかパパやママが私たちを比べるのよ。それが辛いの。それでママがいつも私にこの歌を歌って聞かせるの。なぜだかわかる? 姉妹で競争させたいのよ」
そう言った夢乃ちゃんの顔からはどことなく哀愁が漂っていたわ。そんな表情を浮かべる夢乃ちゃんを見るのが辛くなってしまい、つい私は目を伏せてしまう。そのうちに何だか自分も悲しくなってきてしまった。そして私は立ち止まり、こんなことをぼそりとつぶやいてしまった。
「辛いね……。どうして大人たちは自分の子供を身近な人と比べたがるんだろうね」
「めいちゃん?」
なぜだろう? 私の目から涙が出てくる。ゴミが入ったわけでもないのに。涙が止まらない。
「めいちゃん、どうしたの? 大丈夫??」
夢乃ちゃんを心配させるわけにはいかないと思い、ここで私はポケットの中に入っていたティッシュで涙を拭いたわ。
「ごめんごめん、別に泣くつもりなんてなかったんだけどさ」
私は心配顔の夢乃ちゃんの顔を見てニコッと笑い、「用事思い出したから先、帰るね」と言ったあと、この場から走り去ったの。
「え? めいちゃーん!」
夢乃ちゃんは戸惑った声色で私の名前を背中にめがけて叫ぶも、私は聞こえないふりをして振り向かずに家までずっと走り続けた。夢乃ちゃんの顔を見たらきっとまた泣いちゃうと思ったから。
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家の玄関に着くと、私は膝に手を当てゼェゼェと息を出しながら必死で呼吸を整えた。結構な距離を教科書とノートがたくさん入ったランドセルを背負いながら全力疾走したんだもの。疲れるのは当然だよね。
「ワン ワン!」
呼吸を一分ほどで整えたところで庭にいる黒い毛並みのラブラドールレトリーバーのボスが私の顔を見るや否や尻尾を振りながら吠えてきたの。私は笑顔でボスのそばまで近づく。
「ボス、ただいま!」
するとボスは舌を出しながら私に抱き着いてきたの。そんなボスに私は笑みを浮かべながらボスの全身を撫で、こう言ったわ。
「もーう、ボスは私のこと本当に好きなんだから。あ、そうだ。私がもし、ドリームショップができたらボスが店長をしてよ! ボスにはお店のすべてを任せるからさ。ね? いい考えでしょ?」
するとボスは私の顔を見て再び「ワン」と吠えたの。私はボスの一吠えを「了解した」と受け取ったわ。だってそのほうが夢があるじゃない?
「じゃぁ、ドリームショップの店長さん、誰を雇うのかはあなたに権限をあげるわ。好きに決めてね」
するとボスが再び元気よく「ワン!」と吠えた。
「あ、忘れてた! 夢乃ちゃんは絶対に店員にしてね! それだけは約束してね」
「ワン!」
一通り、ボスと遊んだところで私は玄関のドアを開け、「ただいま」と言い靴を脱いで家に上がった。するとお母さんが台所からエプロンで手を拭きながら出てきたわ。
「おかえり。ちょうどよかった。お母さん、もうそろそろ買い物に行きたいところだったのよ。だから三十分くらい直ちゃんの面倒見てもらえるかしら?」
お母さんの頼みに私は二つ返事で「うん、いいよ」と言い、弟のところへと向かったわ。
「ねーねー! ねーねー!」
リビングでは弟が積み木で遊んでいて、私の顔を見るなり立ち上がり、にこにこして私の名前を呼びながら近づいてきたの。
「直ちゃん、ただいま!」
私は膝に寄り添って甘えてくる弟を抱っこする。
「じゃぁ、お母さん行ってくるから面倒、よろしくね! 直ちゃんもお姉ちゃんのことちゃんと見張ってってよ~」
そう言いながら、弟のほっぺを突っつくお母さん。
「もう、何言ってるのよ~。早く買い物、行ってきて」
「はいはい、でも勉強もちゃんとするのよ!」
「わかってるよ」
「小説の勉強じゃないからね! ちゃんと学校の勉強よ!」
「……わかってるよ」
「じゃぁ、行ってくるわね!」
「行ってらっしゃい……」
バタン
「小説の勉強はだめ……か……」
私はそう呟きながら弟を下に降ろしたわ。でも弟はまだ抱っこしてほしいのか私の脚をバシバシ叩いてきたの。私の可愛い弟……。
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『お前は将来何になりたいんだい?』
『私はね、小説家になって自分の頭の中で思い描いていることをたくさんの人に知ってもらうこと! ね、面白いでしょ!』
『あはは、確かにそれは面白い!』
『ちょっとあなた! 何、現実味のない夢に共感なんかしてるのよ? そこは父親として、「ちゃんとした仕事につけ!」って言うのが筋合いでしょ!』
『おまえなぁ、まだこいつは九才なんだぞ? まだたくさんの夢見たっていいんじゃないのか』
『そういう考え方がニートを生み出すのよ。今からちゃんと現実的な夢を見せなきゃ』
『あのなぁ、だからって今から公務員目指せって親の口から言うのか?』
『そうは言ってないでしょ。ただ、小説家だなんて夢の見すぎでしょ? 小説家で生活できる人なんて才能のあるほんの一握りの人たちだけなのよ。うちの娘にそんな才能があるなんてとてもじゃないけど思えないし』
『お母さん……』
『お前なぁ、子供の前でそんなこと言うもんじゃないだろ!』
『大きい夢を見るのは大いに自由よ! でもね、夢を見すぎて実現しなかった時に深い絶望に襲われるのは親じゃなく子供なのよ! 辛すぎるでしょ? 私は子供にそんな経験させたくないのよ!』
『だからってな!』
『もういいよ』
『お前、もういいって……?』
『心配しないで。私はお母さんの望むような生き方をするから。じゃぁ、私は宿題しに自分の部屋に行くね』
『お、おい!』
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「もし弟が私と同い年くらいだとしたら、こういう時私に何を言ってくれるのかな?」
そう言いながら脚を叩いてくる弟を私は再び抱き上げたわ。
周りの人が普通の会社員として安定した生活を送っているからお母さんは私にその人たちと同じような生活を送れば安定したお金も手に入れることができ、私もお母さんも安心できるって思っているんだよね。私のことが大事だからそういうふうに思ってくれているんだよね? だから問題ないんだよね? 私は何も心配することなんかないんだよね?
「ねーねー! ねーねー!」
私の顔を見て弟が何か言いたげな顔色を浮かべている。そんな弟に私はこう言ったわ。
「すぐに夢がかなえられれば……こんな時ドリームショップがあればいいのにね」
続く
こんにちは、はしたかミルヒです!
日に日に暖かい日が続くようになってきました。やっぱり気分も上がりますよね。私は季節の中で春が一番好きなんです。明るいし、ちょうどいい暖かさだし、花が咲き始めて景色が色とりどりになっていくのは目の保養にもなります。
ってなことで第三話を読んでくださりどうもありがとうございます!
明日は7時に投稿いたします!
お楽しみに♪
ミルヒ
※土曜日、日曜日は朝、7時投稿です!




