第十話
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母さんは水を一口飲み深呼吸してからゆっくりと話し出した。
「山田との出会いはノボルが小学四年生の時、友人と何気なく入った喫茶店で彼と出会ったんだよ。彼の第一印象はカッコいいけれど怖かった。うふふっ。でもね、店員さんと話しているときの彼の態度がすごく紳士的で本当は怖い人じゃないのかもって思ったんだよ。そう思った瞬間から無意識に彼を目で追うようになってね。そしたら彼は私の行動に気づいたのか、私と友人のテーブルの前に来て、『もし良かったら一緒にお茶しませんか?』って。もちろん私は快く承諾したよ。彼は私の真向いに座り、ずっと私を見つめてた……そんなことされたら誰だって惚れちまうだろ? はっきりいってその時から私は彼に骨抜きにされたってわけさ……しかも運のいいことに彼も私に惚れたらしいんだ。そして私たちは付き合うことになった。いけないことだと分かってはいたんだけどね、もうこの気持ちを止めることは出来なかったんだよ。それでやっぱり次の感情が生まれてくる。今の旦那と別れたいって……」
俺は唾をゴクリと飲んだ。
「それで母さんは親父に出て行けと言ったの?」
「あぁ……私はもう山田に夢中ではっきり言って、父さんのことなんかどうでも良くなっていた。父さんのために料理を作ったり何かをしたりするのが本当に億劫になってね……それで決意したんだ。離婚しようと……」
「え……?」
ビックリした。母さんの言葉にビックリしてしまった。
「え……? でも実際には母さんと親父は離婚してないんだよね?」
「いや、離婚したよ。ノボルが五年生の時に。もちろん私の方から離婚届を父さんに突き出した。私はそれくらい彼に夢中で他に何も見えていなかったのさ。一刻も早く父さんと離婚して、山田と再婚するつもりだったんだ。もちろんノボルを連れてね。でも父さんはノボルを連れて行こうとしていた。それを阻止したくてね。彼はヤクザではないけれど、父さんに彼はヤクザなんだ! もしノボルを連れて行こうとするならアンタの命はないって言っちまったんだ」
「じゃぁ……じゃぁ、親父は何も悪くなかったてこと??」
「あぁ……父さんは何も悪くない。悪いのは全て私だよ……」
俺は愕然とした。今まで親父をずっと恨み続けてきたのは一体なんだったのか? と……何も悪くない親父を恨み、憎しみ、そして親父に直接、お前とは赤の他人だと暴言を吐いてしまった。
俺は何て罪を犯してしまったんだ??
「俺……親父に顔向けできないよ……」
「本当にすまない。ノボル……」
「それで、山田と言う男と再婚したのか? でも再婚したらなぜ一緒に暮らさなかったんだ?」
「いや、それが彼とはまだ再婚してないんだよ」
「え?」
俺は目を丸く見開く。
「だって、俺が小学五年生のころだからもう十年以上も前から付き合ってるんだろ?」
「あぁ、彼に言われたのは、離婚したら、とりあえず生活保護をもらっておけ。って言われたんだよ。それでずっと生活保護を受給してたんだけど、離婚して六か月たった頃、もうそろそろ籍入れないかい? って言ったんだ。そしたら、俺と結婚したら生活保護をもらえなくなる。このままの関係で十分だろ? って言われて……それで今までずるずるこのままの関係でいるってわけさ……」
俺はそれを聞いて俯く。
「母さん、一つ聞きたいことがあるんだ」
「何だい?」
「山田って男は働いてるの? 職業は?」
俺がこの質問をすると母さんは驚き、苦笑いを浮かべていた。そして答えづらそうにこう話す。
「あぁ、彼はね、た、たぶん働いているよ……」
「たぶん?」
母さんの答えに疑問を抱く俺。
「たぶんってどういう意味だよ?」
「実は言うと……あの……えぇっと……」
なかなか俺の質問を答えてくれない。母さんはかなり動揺しているようだ。
「母さん! 本当のことを言ってくれるんじゃなかったのか?」
「あ、はい! 言うよ、言うよ。実のところ彼は何の仕事してるのかまだ私は知らないんだよ。というか教えてはくれないんだ……あ、でも、ちゃんと働いているとは言ってたよ!」
俺は山田の行動が不思議でならなかった。
なんで山田は母さんに仕事を隠す必要があるんだ? それに生活保護を受給しろだなんて好きな人に言う言葉か? もしかして?!
「母さん、その生活保護ってちゃんとうちの生活費のために使っていた?」
「?!」
母さんは俺のこの言葉に更なる動揺を見せた。
「え? あっ、いや……あの……」
「ひょっとして山田にそのお金渡してたんじゃ……?」
母さんが俺の言動に対してびくりと体を動かせた。目を見開き両手がわなわなと震えている。もちろん俺はその様子を見逃しはしなかった。
「そうだったんだね。あの時お金がないって母さん嘆いていて、それもこれも全部親父のせいだって言っていたけれど、実は生活保護をもらっていてしかもそのお金を全部、山田に貢いでいたんだね……」
「ご、ごめんよ……で、でも……」
俺は怒りと悲しみで体が震えていた。そんな母さんを初めて許せないと心から思った瞬間だった。
「言い訳は聞きたくないよ!!」
「ノボル! 聞いておくれ……彼は、友人の借金を肩代わりしているらしいんだ。その借金を返すために生活保護のお金を少しだけ援助してやったんだ……だからもちろん全部なんてやってない! それにそんなに困っている彼を見て見ぬ振りをするわけにはいかないだろ……?」
「なぁ、母さん……」
母さんは返事をしない。もしかしたら俺が聞きたいことを察しているのか。
「なぁ!」
「な、何だよ?」
母さんの額の汗が止まらない。
「俺が病院代として毎月振り込んでいるお金、どうしてる?」
「…………」
「やっぱり……」
すると母さんはいきなり立ち上がり俺に向かって声を荒げた。
「ちがう! それは貸してあげてるだけだ! 彼はまとまった金が出来たら返すってちゃんと言ってた! 信じておくれ! ノボル!!」
「お、俺は、母さんの病気が早く治ることを信じて毎月振り込んでいたのに……そんな何をしているのかもわからないような奴に俺のお金を渡しているなんて……母さん!」
母さんは、相変わらず震えていた。震えすぎて膝がガクガクしている。上手く立てないようだ。俺も俺で目に涙をいっぱい溜めていた。でも俺は言わなければならない。
「俺はもう母さんとは会わない!!」
「い、今なんて……?」
もう膝は耐えきれなかったようで母さんは力なく地べたに座り込んでしまった。
「母さんがあの男と会い続ける限り俺は母さんに会わないし、もうカネも振り込まない。俺が母さんに与えた隣の部屋も出て行ってもらう」
「ノ……ノボル……どうして? どうして?? ノボルに会えないなんて母さん、死んでしまうよ!!」
母さんは泣き叫んだ。でも俺は冷静に答えた。
「よくいうよ。俺の母さんに対する気持ちをあんな訳の分からない男に貢いでおいて……」
「本当に謝る……謝るから、もうお金も振り込まなくていい、このマンションからも出ていく! でも……でもノボルに会えないなんて本当に嫌なんだ! お前の顔は毎日見ていたい!母さん、お前に会えない人生なんて考えられないんだよ! だから、お願いだから……お願いだからそんなこと言わないでおくれーーー!! お願いだからぁーーーー!!」
泣き叫びながらも俺を目をまっすぐ見つめ、俺に訴えかけてくる母さん。でも最後には大泣きし、床に突っ伏してしまった。
俺は構わずこの部屋を出た。しかし俺も俺で家のドアを閉めた瞬間に顔がしわくちゃになるくらいに泣いた。あんなに冷静を装っていたのに耐えきれなかった俺……正直悔しかった。
つづく
最近体がだるくて仕方がないはしたかミルヒです...
だるい、眠い、何もしたくないの三拍子です!季節のせいでしょうか...熊のように冬眠したい!(笑)
ってなことで第十話を読んでいただきありがとうございます!ついにお母さん、本当のこと話しちゃいましたね。やっぱりお父さんは何も悪くなかったか~...
んでもって次回は、ノボルがお父さんの所に行って謝りに行きます。これでついに父子関係が修復できるのでしょうか?お楽しみに♪
ミルヒ




