1 治療を急ぐ聖女に突きつけられた条件
「一刻も早く救護院に向かってください」
「でも王宮で殿下がお待ちですが……」
「そんなの後で構いません。患者の命が何より最優先です」
馬車は辻を曲がってUターンした。
豪奢な馬車に乗っているのはリータ・インザーギ二十六歳。
隣国バルティカ王国の聖女様だ。
馬車はシェフィールド海洋国家の王都に入ると、教会横の救護院を素通りした。それに気づいたリータは、御者に声をかけたのだ。
救護院の前で馬車を降りると、そこに王太子のジェラルド・メッシーナが待っていた。
「聖女様、ジェラルド・メッシーナ王太子です」
王太子が丁寧に挨拶をした。
「なぜ私がここに来るとわかったのです?」
「聖女様が来るのを固唾を呑んで待っていたのは王宮の人間だけじゃありません。今まさに必要な治療を受けなければ明日まで生きられるかわからない患者たちです。聖女様なら、ここに真っ先に来ると思いました」
「……その通りです。私はこの国の伝染病患者を治療するために来たのです」
ジェラルド王太子は頷いた。
「わかってるのなら、そこをどいてください。無駄話をしている暇はないのです」
聖女様の剣幕にジェラルドは脇に動いた。
救護院のドアが開いた。
びっしり敷き詰められたベッドから患者の呻き声が聞こえる。ベッドが足りず、床にも虚ろな表情の患者が横たわっていた。
その中に少女がいた。
この国の救護院から送られてきた助けを訴える手紙。
その手紙には、病気の母親と娘のことが書かれていた。
**********
バルティカ王国でリータ・インザーギは、五歳の時に女神様が降臨して聖女になった。
いわば奇跡の人で、村人の病人や怪我人を次々と治した。
そのことがバルティカ王国の王の目に留まり、《バルティカの聖女》として大々的に宣伝された。
我が国に聖女様が降臨なされた。女神様は偉大なるバルティカ王国を選んだのだと。
他国とは格が違うと言わんばかりだった。
大陸で唯一の聖女の噂は、大陸中に瞬く間に広まった。
でもリータはそんなことを意に介さない。ただひたすらに、人助けすることが生きる道だと、治療をしていた。
バルティカ王はリータを学校に通わせず、ひたすらに治療させた。学業で妙な知恵が付いたり、友達に影響されたりするのを嫌った。
特に男友達ができるのを嫌った。
『成長したら、いずれわしの女になってもらうぞ。その為に手塩をかけて育てよう。リータは器量よしだし、成長が楽しみだ』
バルティカ王はどす黒い欲望を腹のうちに隠していた。
聖女様は懸命に人々を治療した。
いつしか時は流れて、二十六歳になっていた。
友達も恋人もいない。目の前にいる患者を治すことが、生きがいであり使命であった。
**********
――あの子、間違いなく手紙の女の子だわ。
手紙の内容は、伝染病に罹った母親を助けてほしいとのことだったが、その少女までも病気に罹ったようだ。
少女と目が合った。
途端に、少女の口から泡が吹いた。そしてぐったりと後ろに倒れた。
シスターが少女に駆け寄った。
慌ててリータが中に入ろうとしたら、手首を掴まれた。
振り返ると、ジェラルド王太子が首を振った。
部下が救護院の扉を閉めた。
ギギギ──!
「何をするのですか! 早く中に入れてください。治療しないとあの子は死んでしまいます!」
「そんなことわかってる。そんなに早く治療したいか?」
「当たり前です」
「なら条件がある」
「なんです?」
「俺と結婚式を挙げろ。そうしたら治療させてやる!」
聖女様は固まった。
「結婚? 何を言ってるの。今はそんな冗談言ってる場合じゃないでしょ」
「冗談じゃない。本気だ」
「……」
――このシェフィールド海洋国家の王太子、まだ二十歳だ。
私は六つも年上のお姉さんなのに。
でもそんなことはどうでもいい。あの苦しむ患者を見たら、いてもたってもいられない。早く私が治療しなければ!
「わかったわ。だから治療させて」
「今すぐ結婚式だ!」
「えっ」
「隣が教会だ。さぁ、結婚しよう」




