悩まずにはいられない(タイトルの付け方)
登場人物の名前を考えるのに悩むと書いたけれど……タイトルを考えるのは、それ以上に悩む。難しい。
タイトルというのは、小説の顔だろう。重要だというのは、言われるでもなく分かっている。が……うーん、どうしてこんなに難しいんだ~……。
コピーライターという職業があるくらいだから、人目を惹くタイトルを付けるのは、きっとセンスがものを言うのだと思う。私には、確実にそのセンスが無いに違いない。
ちなみに、人が一瞬で認識できる文字数は13~15字までらしい。
だからネットニュースの見出しは13字以内なんだとか。
私は一瞬で13字も読めないけれど、まあ、やはりそれくらいの字数でタイトルを付ける方が目に留まりやすいんじゃないかという気がする。
あくまでも、“気がする” という程度だけど。
だけどまあ、それくらいの字数でエッジの効いたタイトルが付けられたら、しばらくはずっと浮かれて悦に入ることだろう。
……残念ながら、まだ1つもそんな作品がないけれど。
一方、 “なろう” 的長いタイトルはどうか?というと。
私自身が長いタイトルの作品は目が滑ってしまうというか、ちゃんと読まない(読めない?)ことが多いので、長いタイトルはつい二の足を踏んでしまう(と言いつつ、自作品で長いタイトルもある。一応、流行には乗ってみた)。
しかも、長いタイトルで独自感を出すのは短いものよりもっと難しいような?
言葉数が増えれば幅が広がるはずなのに、他作品と似てしまうのは何故……?
さて。
上記のようにタイトルを付けるのにものすごく悩むので、連載小説の一話ごとのサブタイトルを付けるのも、当然ながらかなり苦痛だったりする。
この話の一番のネタ部分をサブタイトルにしたくないな~とか、前話からそんなに進んでないからタイトルになるほどのものがない!とかもあるし。
とはいえ……
初めて投稿した長編小説のとき、面倒なのでサブタイトルは全部番号にしておいたら、自分で内容をチェックするときにとても不便だった。
どこにあの話があるか、分からない!!
――ということで、一話ごとに内容の分かるサブタイトルを付けるのは、誰のためでもなく自分のために必要だと実感。以後、長編ものは基本、毎回うんうん悩みながら付けるようにしている。
その甲斐あって、あの話はどこだっけ?となっても、すぐ探せるようになった。悩んで付けている分、記憶への定着も良いのかも。
そうか。
これからもサブタイトルを頑張って付け続ければ、そのうちタイトルを付けるのに慣れ……る訳ないよなー……。
たぶん、長距離走の選手と短距離走の選手の筋肉が違うように、長編小説を書く頭と短いタイトルを付ける頭は、別の脳細胞を使っていると思う。どれだけ練習しても50mを10秒切れない子だった私に、センスのあるタイトルなんて思い浮かばないに違いない。




