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【完結】私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
第五章 青の海域

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ヴェネリーア島-7

 普段と同じように二人部屋を一つ取り、荷物を置いて、奏澄はベッドに腰かけた。眠ってしまうには、時間はまだ早い。


「どうする? 飲みにでも行く?」

「やめておけ。さっき一杯飲んでただろ」

「ワインたった一杯じゃない」


 メイズの溜息混じりの言葉に、奏澄はむくれた。初めて酒を口にした日に寝落ちたせいなのか、メイズは奏澄が酒に弱いと思っている。実際強くはないが。


「珍しいな。お前が酒を口にするなんて」

「そんなことないけど」


 奏澄は別に酒が嫌いではないし、船でも女性陣とたまに飲んでいた。ただ酒場への出入りはしたことがない。メイズが心配すると思っていたからだ。だから、メイズの記憶の中では、あまり飲む印象が無いのだろう。しかし今日は飲みたい気分だった。

 少量だったし、アントーニオも同席していたから、何かをしでかすことは無いだろうと踏んでいた。誤算だったのは、思ったより酒が抜けず、まだ頭が普段よりぼんやりしていることだ。

 とろりと落ちてきそうな瞼に力を込めてゆっくりと瞬きをする。あまり早い時間に酒の力で眠ると、半端な時間に目が覚めて眠れなくなる。


「お前、俺といない時に外で飲むなよ」

「……は?」

「待て、すまん、今のは俺の言い方が悪かった」


 ぼんやりとした意識が覚めるような発言を突然挟まれて、思わず低い声を漏らした奏澄に、メイズは即座に謝った。

 奏澄は続く言葉を待ったが、メイズは一つ唸った後、頭を抱えたまま暫く黙った。


「……悪い、忘れてくれ」

「……どうしたの?」


 言葉を取り消したメイズに、すっかり酔いの醒めた奏澄は心配の声をかけた。さすがに様子がおかしい。メイズの小言は今に始まったことではないが、度が過ぎる。

 問われたメイズは、黙ったまま向かいのベッドに腰かけた。少し逡巡した後、重たい口を開く。


「アントーニオがお前に注意したことは、半分は同意するが、俺の意見は少し違う」


 アントーニオが注意したこと、というのは、レオナルドの件を指してのことだろう。あれは、よく知らない人はきちんと警戒しなさい、ということで話がついたのではなかっただろうか。


「初対面の人間に限らず、あれがアントーニオでもライアーでも、安易に受け入れるべきじゃない」


 奏澄は、言われた言葉がすぐには飲み込めなかった。仲間に対して、拒絶の意志を示せということだろうか。

 今は反発心より疑問の方が大きかった。感情的にならないよう、落ちついた声音で問いかける。


「……どうして?」

「お前は()()に入った人間に対して、警戒心が無さすぎる」

「内側?」

「レオナルドもそうだ。母親の話を聞いて、内側に入れただろ」


 そう言われても、メイズの言う『内側』が何なのか、奏澄には自覚が無いため首を傾げるしかない。


「多分お前の中には明確な基準があるんだ。外側の人間に対して気を張っているのはわかる。だから余計に気になるんだ。人を簡単に内側に入れるのが」


 メイズの言う内側とは、多分身内扱いをしているとか、そういう意味だろう、と奏澄はあたりをつけた。それならば多少理解できるが、信頼関係を結んだ相手とそれ以外の扱いが異なるのは至極当然ではないだろうか。


「お前は……弱ってたら、誰でも引き上げるつもりか」

「そんなわけない」


 驚いて、奏澄はすぐさま否定した。奏澄は聖人君子ではない。弱っている人間に誰彼構わず手を差し伸べていたらキリがない。その力が無いこともわかっている。

 手の届く範囲のことは、できるだけ何とかしたいと思っている。多少の無理なら構わないとも。それでも、半端に関われば自分や相手に危険が及ぶこともある。そのくらいの分別はつくつもりだ。


「俺がそうだったろ」


 言われた言葉に、奏澄は息を呑んだ。


「お前は、素性も知らない相手に身を削ることができる。失ったものは戻らないんだぞ」

「私、メイズのために何も失ってなんかないよ。むしろ、メイズにはたくさん貰ってばかりなのに」

「首飾りはどうした」


 唐突に出てきた単語に、奏澄は驚愕した。どうして。

 基本的にアクセサリーをつけない奏澄にとって、首飾りと言われれば、浮かぶものは二つしかない。一つは今も下げている、コンパスのペンダント。しかしこれのことは、皆コンパスと呼んでいる。

 もう一つは、この世界に来てすぐ失くしたサファイアのネックレス。両親からのプレゼントで、奏澄が唯一元の世界から持ち込んだものだった。あれはメイズを助ける時に手放してしまった。メイズが目にしたとしたら、一番最初に声をかけた一瞬だ。あの時のメイズは、意識も朦朧としていたはずなのに。

 奏澄の顔色で、自分の記憶に間違いが無いと確信を持ったのだろう。メイズが悔やむように眉根を寄せた。


「すぐに買い戻せれば良かったが、気づくのが遅れた。もう売り払っているだろう。今から行方を追うのは厳しい」

「私、取り戻すつもりなんて」

「大事なものだったんじゃないのか」


 奏澄は黙った。確かに、大切なものだった。そう伝えたところで、メイズが余計に気にするだけだ。しかし、何でもない品だと言ってしまうには、今の奏澄には重すぎる。

 無意識に指に嵌めたシルバーリングを撫でる。代わり。そうか、これは、あのネックレスの。


「それでも私は、後悔してない」


 真っすぐ言い切った奏澄に、メイズは何かを耐えるように拳に力を入れた。


「そうだとしても、二度とさせたくない」

「もう手放せるものなんてないよ」

「ものだけじゃない。お前の身も、心も、削らせたくない」


 吐き出すように言って、メイズは奏澄を見つめた。


「武器を買った時に、言ったよな。他の誰を害しても、自分を一番に考えろ、と」

「……覚えてるよ」

「お前は内側の人間を害せない。それより、自分を削る癖がある」


 奏澄は唇を噛んだ。そんなことはない、と言い切れなかった。メイズの言い方は的を射ている。

 献身、などという綺麗なものではない。自己犠牲ですらないかもしれない。これはただの癖なのだ。生きてきた中で、そうする方が楽だと刷り込まれてしまった。


「俺は、人が裏切ることを知っている。仲間がいつでも味方とは限らないことを知っている。お前ができないなら、俺がお前の分まで疑って、必要なら排除する」


 (くら)い目をしたメイズに、奏澄は言葉を失った。はったりなどではない。おそらく彼は、必要だと思えば本当に仲間を害することができる。奏澄のために。

 それなりに、仲間たちとはうまくやっているのだと思っていた。でもメイズは、根本的な部分で、奏澄の価値観とは大きく異なる。


「私が裏切った場合は?」

「その場合は仕方がない。どうなっても文句は無い」


 奏澄は俯いた。メイズからの特別扱いを、今は嬉しいと思えない。

 奏澄にとっても、メイズは特別だ。この人さえいれば、とすら思う。それでも、他がどうでもいいわけじゃない。仲間のことは大切に思っている。誰一人、切り捨てることはできない。

 メイズにとっては、奏澄だけが特別なのだ。いつまで経っても。それはひどく危ういことのように思えた。

 彼は他人に対して、好意や信頼を期待していない。ある意味では、奏澄に対しても。

 『奏澄は裏切らない』と信じているのではない。『裏切られても構わない』と割り切っている。

 そのことが哀しく、悔しかった。奏澄が今まで伝えてきたつもりの気持ちは、彼の中には留まらず、零れてしまうものだったのだろうか。

 或いは。諦めることに、慣れてしまっているのだろうか。


 ――削れているのは、あなたなんじゃないの。


「私、メイズのこと、大事だよ」


 メイズの瞳が、奏澄を見据える。奏澄は視線を逸らさずに、真っすぐ見つめ返した。


「でも、仲間のことも、大事なの」


 瞳の青が揺らめくのを見て、奏澄は泣きたいような気持ちになった。


「私が大事だと思うものを、メイズも大事にしてほしい。メイズ自身も、仲間のことも」


 言いながら奏澄はメイズの手を取った。言葉だけでは伝わらないことまで、伝わるように。

 一度の言葉では伝わらない。すぐには人は変われない。だから、少しずつ、少しずつ、積み重ねるしかない。いつか、それが確かなものだと思えるまで。


「……やり方が、わからない」


 ぽつりと零されたそれに、奏澄は軽く笑った。


「私にしてくれるみたいにすればいいんだよ」


 そう言うと、メイズは弱り切ったように、奏澄が握るのと反対の手を額に当てた。


「簡単に言うがな。実のところ、俺はかなり努力して常識人のふりをしているんだぞ」

「……それって、すごく大変ってこと? 無理させてる?」

「無理は承知の上だ。今まで大事なものなんて、ろくに持ったことがないんだから」


 奏澄は握っていた手を離して、両手でメイズの頬を包んだ。


「じゃぁ、慣れて。人を大事にすることも、人から大事にされることも。私も、危険に対処できるように慣れるから」


 メイズに言いながら、奏澄は自分に返ってくる気分だった。

 人を大事にすること。人に大事にされること。

 それを本当に理解して実行するのは、とても難しい。

 それでも。この人にわかってほしいと願うなら、まず自分が慣れなくてはならない。

 メイズが危機感に関してうるさく言うのも、奏澄を大事にしているからこそなのだから。


「まず危険になるな」

「ごもっとも」


 ふふ、と軽く笑ったが、奏澄は手を払われなかったことに内心安堵した。

 息を吐いたメイズは、いつも通りの空気に戻っていた。


「もうさっさとシャワーでも浴びてこい。楽しみにしてたろ」

「はぁい」


 まだ早いのに、とは思ったものの、ここは素直に従っておこう。暇なら本でも読んでいれば潰せる。

 湯浴みの支度をして、奏澄はシャワー室へと姿を消した。


 残されたメイズは、腰かけた体勢からそのまま上体を倒し、ベッドに沈んだ。

 奏澄が触れた頬に手で触れて、それから首から下げたペアリングを取り出す。

 暫くそれを眺めた後、胸元で強く握り込んだ。

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