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【完結】私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~  作者: 谷地雪
第五章 青の海域

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ヴェネリーア島-6

『愛するダビデとレオナルド

 あなたたちは私の宝物

 私の生きる理由 私の生きた証 私の全て

 一度全てを捨てた私に 全てを与えてくれた

 どうか私を忘れないで 私がいなくなっても

 愛していることを忘れないで

 忘れないで――』


 最後の言葉は、特に強く消されていた。

 サクラの心情は、奏澄には推し量ることしかできない。

 絵を見れば、サクラが二人を心から愛していたことはわかる。二人が読むことを見越したメッセージならば、二人への愛と感謝を、幸せを願う言葉だけを綴っただろう。

 これは、誰にも読まれることはないと思って書いた言葉だ。サクラが零した、祈るような願い。


 忘れないで。


 確かなものが何もないサクラにとって、家族だけが、この世界との繋がりだった。

 二人に忘れられてしまえば、自分の存在が消えてしまう。自分のいない二人の絵を見て、そんな恐怖に駆られたのかもしれない。それを文字にして、誰にも読めないとわかっていて、それでも消した。自分の心を打ち消すように。

 その心を暴いてしまったのは、果たしてサクラにとって良かったのかどうか。


 奏澄は、何も言わないレオナルドの横顔を見た。何と声をかけていいのかわからない。

 無意味に口を開いては閉じた。


「母さんは」


 沈黙を破ったレオナルドの声に、奏澄は大げさに肩を跳ねさせた。


「いつも笑っていて、強い人だと思ってた。うんとガキの頃は。でも、すぐにわかったよ。本当は弱い人だって。だから、俺が守ってやるんだって、子どもながらに思ってた」

「レオナルドさん……」


 何か言葉をかけようとして、突然横から強い力で抱き寄せられた。


「レオナルドさん!?」


 レオナルドに両腕でしっかりと抱き締められて、奏澄は身を捩った。


「こうやって、抱き締めてあげられると、思ってたんだ。母さんが俺にしてくれたように。大人になったら、俺が母さんにしてあげたいこと、たくさんあったのに」


 その声を聞いて、奏澄は動きを止めた。そして少し迷って、レオナルドを抱き締め返した。


「忘れない、忘れるわけがない」

「そうですね。覚えていてあげてください。お母様のこと、お母様が話した故郷のこと」


 サクラがレオナルドに故郷の話をしたのは、きっと覚えていてくれる人が欲しかったから。

 自分が生まれ育った場所を、無かったことにはしたくなかった。そうでなければ、絵に残したりはしないはずだ。

 一度全てを捨てた。

 その言葉の真意はわからないが、故郷を切り捨てたのであれば、レオナルドに桜を見せたいなどとは言わないだろう。

 レオナルドはサクラが帰りたがっていたと言ったが、おそらくこの世界から離れたいという意味ではない。サクラはこの世界に大切なものができて、それを幸福に思っていた。

 家族に故郷を見せたかったか、故郷に家族を見せたかったのか。その気持ちは、奏澄にもわかる。

 奏澄も、決して忘れないだろう。サクラという女性のことを。自分とよく似た同胞を。




 レオナルドの気持ちが落ちつくまで、と奏澄は抱き合ったまま動かずにいたが、やがてレオナルドがゆっくりと腕を緩めた。


「悪かったな、急に」

「いえ。落ちつきましたか?」

「おかげさまで」


 答えたレオナルドは、幾分かすっきりとした顔をしていた。


「迷惑かけたから、あれはサービスで直しとくよ」


 そう言って、レオナルドはアントーニオが置いていった調理器具を指し示した。


「えっちゃんと代金払いますよ! こちらが頼んで話を聞かせてもらったんですし」

「いいから。二日後に取りに来て。それまでに終わらせとく」

「でも」


 言い募る奏澄に、レオナルドはずいと顔を近づけた。


「余計なお世話かもしれないけど、いくら弱ってても男に拘束されたら、ちょっとは抵抗した方がいいぜ」

「な」

「こういう時も」


 眼前で不敵に笑うレオナルドに、奏澄は言葉を無くして、慌てて席を立った。


「わかりました! 二日後ですね、よろしくお願いします!」


 言い捨てて、奏澄は出口へ向かった。

 くつくつと笑って手を振るレオナルドに、奏澄はわざと音を立てて扉を閉めた。


 上がった心拍数を抑えようと努めていると、アントーニオの焦ったような声がかかった。


「カスミ、良かった。話終わった?」

「あっアントーニオさん、お待たせしてすみませ……ん?」


 視線を向けて、奏澄は再び心拍数が跳ね上がった。何故か、メイズが不穏な空気を発している。


「あの、待ってる間に、メイズに何か……?」


 奏澄はアントーニオに問うたが、メイズはじろりと奏澄を睨んだ。

 蛇に睨まれた蛙のように、一瞬で固まる奏澄。


「と、とりあえず移動しよっか。お店の前じゃ邪魔になるし」

「そ、そうですね!」




 三人は場所を変え、人の少ない水路近くに腰かけた。夕暮れ時の涼しげな風が肌を撫でる。

 少しだけ寒そうにした奏澄に、アントーニオが露店でホットコーヒーを買ってきた。奏澄とメイズに手渡し、自分は奏澄を挟んでメイズと反対側に座る。


「ヴェネリーアはコーヒーも美味しいんだよね」

「そうなんですね。いい香り」


 立ち上る香ばしい匂いに、奏澄は頬を緩めた。できればカフェで甘い物のひとつも頼みたかったが、メイズが殺気立っている状態で店に入るのは気が引ける。営業妨害になりかねない。


「修理は二日で済むみたいです。取りに行く時は私も行きますね」

「早いね、良かった。見積書貰った?」

「あ、えぇっと……代金はサービスしてくれるとのことで」

「えぇ!? なんでまた」

「お母様の言葉を伝えたお礼、ですかね……?」


 おそらく、多分。はっきりそう言われたわけではないが、文脈から読み取ればそうだろう、と奏澄は自分を納得させた。


「それだけか」


 刺々しい言葉が差し挟まれて、奏澄は黙った。可哀そうにアントーニオも冷や汗をかいている。


「他に、何か」

「随分親身になってやってたじゃないか」

「……? それは、ご両親を亡くされてるわけだから」


 メイズが何に怒っているのかわからない奏澄は、眉を寄せた。


「カスミ、カスミ」


 アントーニオに小声で呼ばれて、カスミは耳を寄せた。


「その、あの店、外から中が見えるから」

「ああ、そうでしたね」


 だからメイズが大人しく出ていった、というのもあるだろう。中の様子が全くわからないなら、初対面の人間と奏澄を二人きりにはさせなかったはずだ。


「それで、その……レオナルドさんと、抱き合ってたでしょ」

「あれは……! 落ちつかせてただけです!」

「でも、その後、キスされてなかった?」

「キ……ッ!?」


 とんでもない誤解だ。奏澄はあんぐりと口を開けた。


「メイズさん乗り込もうとするから、止めるの大変だったよ」


 遠い目をするアントーニオに、奏澄は心底同情した。気の弱いアントーニオがメイズを引き留めるのは、さぞ苦労したことだろう。

 とにかく、誤解は解いておかなくてはならない。奏澄はメイズに向き直り、アントーニオにも聞こえるように言った。


「レオナルドさんとは、何も、ありません」


 きっぱりと言い切った奏澄を、メイズはじろりと一瞥した。


「角度によっては誤解を与える体勢に見えたかもしれないけど、本当に何もなかったから」

「それは別にいい」

「じゃあ何!」

「お前が隙だらけだって話だ」

「今そういう話だった?」

「あのな」


 語気が強くなったところで、メイズは口を噤んだ。視線は奏澄を通り過ぎて、アントーニオに向いている。

 奏澄の背後では、アントーニオが大きくバツ印を作っていた。その後、抑えて、というように手を下げるジャスチャーをする。

 他人に指摘されたことでいくらか冷静になったメイズは、一つ息を吐いて、乱暴に頭をかいた。


「心配にもなるだろ。あの状況で、なんで抵抗の一つもしない」


 それはレオナルド本人からも言われたが、奏澄は腑に落ちなかった。母親の話を聞きだしたのは奏澄の方だ。人の傷を抉っておいて、あの状況で相手を拒絶するのは鬼の所業じゃないだろうか。


「親愛のハグくらいするでしょ。なんならこの島の人たち、歓迎のハグだってしてるじゃない」

「それは人目があるだろ」

「さっきだってメイズたちが見えるとこにいた」


 メイズの方は一度冷静になったのに、奏澄の方が熱くなってきてしまった。言い争いたいわけではないのに、どうしてうまくいかないのか。


「カスミ、ちょっとごめんね」


 言葉とともに後ろからアントーニオの腕が伸びてきて、奏澄を片手で抱きかかえるようにした。


「アントーニオさん?」


 意図が読めなくて、奏澄は申し訳なさそうな顔をしたアントーニオを見上げた。


「カスミ、これ外せる?」

「え?」


 きょとん、とした顔で奏澄はアントーニオの腕に手を添えた。よくわからないまま力を込めてみたが、当然びくともしない。


「えっと……?」

「このままぼくが何かしようとしたら、カスミどうする?」

「……メイズに助けを求めますね」

「まぁ今は目の前にいるからね……」


 メイズもアントーニオの行動は意外だったようで、僅かに困惑している。


「でも、例えばぼくが片手に銃を持ってて、近づいたら君を撃つ、って言ったら、メイズさんでもすぐ動けるかな」


 奏澄は黙った。さすがにアントーニオの言いたいことはわかった。その状況なら、奏澄が拘束された時点で詰みだ。


「扉越しで、何を話してるのかもわからなくて、初対面の男性をそこまで信用しろって方が無理だよ。悪い人じゃなさそうだったけど、悪そうに見える人ばっかりじゃないんだから」

「……ごめんなさい」


 奏澄は素直に謝った。危機感は持っているつもりだったが、やはりメイズたちから見れば甘いのだろう。アントーニオには嫌な役をさせた。

 アントーニオは微笑んで、奏澄に回した腕を解いた。


「ぼくこそごめんね。大丈夫? どこも痛めてない?」

「大丈夫。ありがとう、アントーニオさん」


 アントーニオに微笑み返して、奏澄は気まずく思いながらもメイズに向き直った。


「メイズも、ごめん。もうちょっと気をつける」

「是非そうしてくれ」


 呆れたような言葉に、むう、と口を尖らせたものの、言い返すことはできない。せっかくアントーニオが収めてくれたのだから。


 そのまま三人で少し早い夕食を取り、アントーニオは数軒食べ歩くとのことで奏澄たちと別れた。

 奏澄とメイズは宿が埋まってしまう前に、早めに部屋を押さえることにした。

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