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【完結】私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
第五章 青の海域

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ヴェネリーア島-5

「まぁ、ざっとこんなもんかな。何か質問ある?」


 奏澄たちに向かって尋ねるレオナルドに、奏澄は少し思案して口を開いた。


「お母様は、この島に流れ着く前、日本のどこにいたかは話していましたか? 地名ではなくても、どんな場所か、特徴とか」

「島に来る前、か。んー……ニホンの話はたまに聞いたけど、ここに来る前にどこにいたかまでは」


 駄目か。特定の場所から流されたのかどうかを知りたかったが、それは範囲が狭すぎる。


「服装や持ち物に、変わった物はありましたか?」

「残ってるのは、この簪くらいかな。服は、なんか見たことない作りのものを着てたらしいんだけど、それは捨てたみたいだ。着替えさせる時に、脱がせ方がわからなくて鋏でバラバラにしたって。海水でぐちゃぐちゃだったし、そのまま」

「そうですか……」


 簪を挿していて、容易に脱がせることができない服装、というところから察するに、おそらく着物だったと推測できる。実物を確認できれば、それがいつのものなのか、どの程度のものなのかわかったかもしれないが、話だけではそこまでは無理だ。明治や大正の人だったのか、或いは奏澄と同じ平成の時代に、夏祭りの浴衣でも着ていただけなのか。


「この島に来た理由は、何か言っていましたか?」

「……いや。親父には話していたかもしれないけど、俺には親父に出会うために来た、とかぬかしてたから」


 冗談めかして笑うレオナルドに、奏澄も笑みを返した。どうやらサクラは心からダビデを愛していたようだ。顔も知らない相手だが、こちらでの生活が辛いものでなかったのなら純粋に嬉しい。


 しかし、これで場所、時、理由の全てが不明ということがわかった。日本出身であること以外、共通項も見当たらない。もっと詳しく話を聞けば、何かしらの手掛かりが見出せるかもしれないが、求める結果が判然としないのに、思い出を根掘り葉掘り聞くのは不躾だ。

 サクラは帰りたがってはいたが、帰ろうとしていたわけではない。何かの手掛かりを掴んでいたとは考えにくい。

 奏澄が質問を切り上げようとすると、ずっと傍観していたメイズが口を開いた。

 

「俺からも、いいか」

「どーぞ」

「母親は、薬が効かなかったと言ったな」


 その一言に、どきりと心臓が嫌な音を立てた。それは、奏澄が怖くてわざと聞かなかったことだ。

 レオナルドの母だけが、薬が効かなかった。()()()()()()()()、サクラだけが。

 それはつまり、この先奏澄が病にかかったとして。治療ができない可能性がある、ということだ。

 それはメイズにとっても他人事ではない。聞き流すことはできなかったのだろう。

 ばくばくという鼓動の音から意識を逸らすように、メイズの声に集中した。


「流行り病にかかるまで、薬を必要とすることは無かったのか?」

「ちょっとした不調なら、普通の薬で治まってたよ。効かなかったのは、あの病だけだ」


 レオナルドの答えに、奏澄はそっと息を吐いた。この世界の薬が全て効かないわけではないのだ。

 ちょっとした不調、ということは、対症療法なら可能ということだろうか。流行り病ということだったから、抗生物質のようなものは効かないのかもしれない。


「両親は、日記か何か残していなかったか」

「親父のは仕事用につけていたのを読んだけど、特に変わった内容はなかったな。母さんのは無いと思うぜ。母さんは、文字を書くのが嫌いだったから」


 サクラも奏澄と同郷だと言うなら、文字は読めなかったはずだ。そのせいで苦手意識が拭えなかったのだろう。

 

「お前が文字だと認識していないだけで、何かを書き残していることはないか」

「はぁ?」


 怪訝な顔をしたレオナルドに、奏澄はフォローを入れた。この反応はおそらく、レオナルドは文字のことを知らないのだ。


「私たちの国では、使う文字がここと違うんです。ですから、レオナルドさんが読めない文字で書かれている可能性があります」


 それを聞いて、レオナルドは黙った。記憶を辿っているのだろう。

 遺品整理は彼一人でしたのか、島の人間が手伝ったのか。島の人間が見たのなら、やはり文字だと認識せずに、捨ててしまった可能性も否定はできない。或いは、両親の物はまだそのままだという可能性もある。


「ちょっと待っててくれ」


 そう言い残し、レオナルドは再び姿を消した。暫くして、画帳を手に戻ってきた。


「母さんは文字が苦手な分、絵が好きだった。落書きのようなものもたくさんあるけど、このスケッチブックは一番大切にしてた」

「中を見ても?」


 レオナルドが頷いたのを確認し、奏澄はスケッチブックをめくった。そこには、鮮やかな日本の風景が描かれていた。春の桜、夏の花火、秋の稲穂に冬の富士山。

 奏澄が歌に記憶を込めたように、サクラは絵に故郷の記憶を込めたのだろう。懐かしい風景に、奏澄は思わず目を細めた。

 そうして一枚ずつめくっていくと、最後のページだけは人物画だった。柔らかく笑う男性と、彼に抱き上げられた笑顔の男の子。


「これは……お父様と、レオナルドさんですか?」

「ああ……。人物画は苦手だったみたいで、これ一枚しかないんだけど。どうせなら自分も入れてくれれば良かったのにな」


 懐かしさと愛しさを込めた眼差しで、レオナルドは絵を撫でた。その指先を視線で辿って、奏澄は紙に凹凸があることに気づいた。


「ちょっと、失礼します」


 奏澄は最後のページをめくった。次の絵は無いが、奏澄が見たかったのは裏面だ。

 スケッチブックは全て片面のみ絵があり、裏面には何も無い。しかし、最後のページのみ、裏面に何かが書かれていた跡がある。一度書いて、消した。


「レオナルドさん。鉛筆か木炭借りられますか」

「何する気だ」

「絵には何もしません。ただ、裏に何か……文字を書いた形跡が」


 それを聞いて、レオナルドはすぐに木炭を渡した。渡したということは、実行して構わないということだろう。奏澄は木炭の粉を薄く紙に擦りつけた。

 デッサン用の紙は柔らかい。筆で書いたならともかく、固い何かで線を引いたのなら、例え消しても凹んだ部分はそのままだ。


「これが、文字?」

「……日本語です」


 奏澄にとっては馴染みのある文字だが、やはりレオナルドには読めないようだ。

 冒頭だけ目にして、奏澄は思わずスケッチブックを閉じた。


「どうした?」

「いえ、その……これは、私が見ていいものなのかどうか」


 全てに目を通したわけではないが、おそらくこれは、サクラからダビデとレオナルドへ向けたメッセージだ。それを、部外者の奏澄が見ていいものか。


「けど、あんたにしか読めないんだろ」

「それは……」

「いい。母さんが何かを残したのなら。それがどんな言葉でも知りたい」


 レオナルドの真剣な言葉に、奏澄は頷いた。しかし、これはデリケートな問題だと思われる。


「すみません。メイズとアントーニオさんは、外に出ていてもらえますか」


 アントーニオは二つ返事で了承した。メイズとは少しの間視線を交わして、やがてメイズが根負けしたように出ていった。

 奏澄は、レオナルドの対面から隣へ席を移動した。レオナルドに読めないとはいえ、母親の残した文字だ。なるべく正しく見せてあげたかった。


「悪いな、気をつかわせて」

「いえ。では、読みますね」


 そして奏澄は、浮かび上がった文字を指でなぞりながら読み上げた。

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