第40話 エピローグ
僕は夢を見る――。
それも二つの夢ばかり繰り返し何度も同じ夢を見る。
その両方ともが同じ内容の全く違う夢。
それは、茜色に包まれた同じ場所で君を失う夢――。
一つは僕がこの手で、もう一つは僕のために幽霊になった君が夕焼けの光と共に消えていく――。
それは記憶の欠片で一生忘れてはいけないものだ。
あれは僕の罪そのもので、同時に僕のかけがえのない大切な思い出で――――。
僕の一日は掃除から始まる。
それは部屋の掃除だったり、トイレ掃除だったり、家の前の道路の掃除だったり――どこかをとにかく掃除するのだ。
僕は掃除が好きというわけではない。それでも掃除をしているのは掃除が好きだった君の気持ちが知りたくて始めたことだった。
僕はあれから色々なことがあった。
あの日――幽霊の君が消えた日。僕は兄さんに付き添いを頼み、警察に自首をした。自分のしたことを全て話し、罪を受け入れ、どんな罰でも受けるつもりだった。
そして、その日、僕は両親に捨てられた。さらに家族は崩壊した。崩壊は今さらだったけれど、大きな出来事だったと思う。
母さんは自分の仕事に影響が出ると感じたのか、すぐさま方々に手を回し、事態の隠蔽に動いた。学校に多額の寄付金をし、僕を自主退学として事件前に退学していたことにした。
そして、両親は互いに責任を押し付けあった。そのなかで夫婦関係が破綻していたことを再認識した両親は離婚を決意した。
父さんが家に帰らなかったのは仕事だけが理由ではなく、不倫をしていたからでもあった。母さんはそれを黙認していて、自分の仕事の邪魔にならない分には放置していたのだという。
二人とも子供は兄さんだけで、僕はいらないとのことだった。そこに腹を立てたのは兄さんだった。兄さんはそういうことなら親との縁をこちらから切ってやると二人を見捨てた。
兄さんは父方の祖父に今後の相談をしていた。祖父は元議員で今は田舎で悠々自適に隠居していた。事態を聞き、僕達兄弟を養子として迎え入れることにした。
その際、僕は戎谷という苗字では過ごしにくいだろうという祖父の配慮から祖母の旧姓の逢坂を名乗るかという話になったが、それを固辞した。
僕は君が知る僕の名前を――君が呼んでくれた名前を一字たりとも変えたくなかった。
兄さんは何かにつけ時間を作っては僕の顔を見に来る。それにはたまに同伴者もいる。僕にとっては元教師の女性で、兄さんの恋人でもある小崎帆南だ。帆南先生と僕の関係は事件の後も相変わらずで、自首をする際、警察まで車で送ってくれたのが彼女だった。
僕と兄さんの間には、もうかつてのような確執は一切ない。お互いに遠慮していた部分もないし、思っていることは言い合えるし、些細なことで言い争いもする。今では驚くほど仲がいい普通の兄弟だ。
僕は今も、戎谷有悟として、祖父母の暮らす静かな田舎町で精一杯日々を生きている。
僕の君への罪は傷害致死という罪として裁かれることになった。しかし、未成年であったこと、家庭環境が崩壊して精神的に不安定であったこと、自首をし罪を全て認め、深く反省していることから懲役刑にはならず、保護観察処分となった。
僕は一生をかけても償いきれない罪を犯した。それを忘れるつもりも隠すつもりもない。
僕はその代償として、どんなに真面目に努力を積み重ねても今後、正当に評価されることはないだろう。それはあのころによく似ている。あのころとは違う理由で僕は色眼鏡で見続けられるのだ。
僕はどんなに苦しくても報われなくても、死ぬまで生きるために努力をし続けなければならない。
それは君の最期の願いであると同時に、重たすぎる僕の背中にある十字架そのもので――。
僕は夕焼けを見るたびに君の事を思い出す。
僕の初めての恋人のことを思い出す。
僕のために幽霊にまでなってくれた人のことを思い出す。
夕暮れの世界が茜色に包まれる時間だけは君がそばにいるんじゃないかと思ってしまう。
僕はそのたびにあの日を思い出し、あの日と同じように泣きながら笑うのだ。
僕はそんな世界で――君がいない世界で生まれ変わるその日まで、今はもう見えない君と共に歩いていく――――。




