青空と曇り空
雲1つない満天の青空。
向こうも同じように晴れているらしく、絶好のフライト日和。
明日香先輩に送ってもらった事もあり、集合時間にはまだまだ余裕がある。
鳳凰学院……
あれが絡むといつも神経を逆撫でされる。
満点の青空とは対照的に心は暗雲が立ち籠めていた。
俺はそれを吐き出すようにため息をついていた。
そんな俺は近づいてくる何かに気がつく事ができなかった。
「えいっ!」
「冷たっ!?」
頬に当たる冷たい感触で現実に戻る。
恐る恐る向くと缶ジュースを持った朝日奈さんがいた。
悪戯が成功した子どもの様なキラキラした笑顔を見せられると文句を言う気持ちも霧散する。
「おはよ、あおっち!これあげるね?」
「……ありがと。けどどうして?」
缶ジュースを受け取る。
「思い詰めたような顔してたからさー集合時間までまだ時間あるし、これ飲んでリフレッシュできるかなー?って急いで売店で買って来たんだ」
朝日奈さんも横に並んで、自分の分を缶ジュースを飲み始める。
それに倣って俺もプルタブを開ける。
「相談乗るよ?」
「……ちょっと口喧嘩になっただけだから。ありがとな、心配してくれて」
「…………」
朝日奈さんの厚意は嬉しいけど、互いに頑なになってるから解決できそうもない。
「朝日奈さん?」
驚いたように口を開けたままの彼女。
ぽかんとしていて美人が台無しである。
「あーごめん。あおっちも喧嘩するんだなーって」
「そりゃあ、俺だって腹立てたりするよ?」
意外そうに話す彼女に機械とか完璧超人じゃないんだからと肩を竦める。
「確かにそうだよねー」
納得したように何度も頷く。
すぐに納得したような顔になったと思えば。
「だって、あおがいなくなった時とか閉じ込められた時も必死だったんもんね?あんなに怖いあおっちは中々見られないよー」
ニヤニヤしながら肘をグリグリ当ててくる。
「別にそんなオーバーな。普段大人しいからギャップでそう思うだけだろ?」
「そだねー普段は大人しいから余計に感じるよねー」
馬鹿馬鹿しいと肩を竦める。
朝日奈さんは全然納得してない白々しさ満点の棒読み。
「ったく……ははは」
「お!やっと笑ったね!……やっぱり笑顔の方がいいねー!」
俺の乾いた笑みも嬉しそうに笑う朝日奈さん。
喜ぶ彼女の姿を見て少し頬が緩む。
「なんだよそれ、はは!イケメンみたいだな」
気障な台詞に耐えられず、声を出して笑ってしまう。
……今は忘れて思い切り楽しもう。
「紅葉に何買って行こうかな……」
「……まだ現地に着いてないのに紅葉ちゃんで一杯だね?」
ある意味通常運転に戻った有宇にため息を吐くひかりだった。
◇◆◆◇
「あ!あれじゃない?」
集合場所に着く。
まだまだ時間に余裕があるが、かなり集まっている。
「おーい!有宇!朝日奈さん!三ツ矢!」
秀が向こうから手を振る。
どうやら班毎に並んでいるようだ。
……三ツ矢?
一緒に来ていないはず。
悪寒が走る。背後を振り返るとそこには……
「うわ!?なんかいる!?」
「反応でか過ぎだろ……これだから女子は」
「俊……いつからそこに」
流石にドン引きだ。
朝日奈さんもかなり怯えている。
俊は何故かドヤ顔。
「トイレからだ。大便してたら、お前の気配を感じたからな。急いで拭いて追いかけたんだ。」
……それ朝日奈さんと会うより前だぞ?
「……集合場所分かんなくて、すげぇ焦ってたんだ。気配を感じ取れる俺じゃなかったら危ない所だったな」
額に手を当て、ふっと笑う。
ドア越しに気配を感じ取れるとかどういう事だよ。
焦って涙目でけつ拭くとか。
絵面が面白すぎだろ。
「一言声かければいいだろ」
「いいんだよ……俺には俺のやり方がある」
「なんなのもう……」
俺と朝日奈さんは呆れた視線を注ぐが、俊は集合場所に着いてほっとしたのか終始笑顔だった。
笑顔なの指摘したらまた怒りそうだから言わないが。
「それで他の皆は?」
「佐伯と石川がまだみたいだ」
尋ねると班長の赤井が答える。
というか……
「凄い荷物だな……どうしたんだ?」
他の人よりも一回り大きい荷物を背負っている。
「あーこれね?誰かが怪我した時用の救急セットと部屋で皆で色々遊ぶ物とか」
「用意周到だな。確かに救急セットは大切だ」
俺も念の為、遭難対策のグッズを入れてきた。
無くて困る事はあってもあって困る事はないだろう。
「ふん、怪我とかしねぇし」
俊は吐き捨てる。
いや、お前が1番しやすそうだよ、とは誰も言わない。
優しさである。
「有宇くん、葵さんと一緒に来るのかと思ったよ」
「ん?なんで?」
不意に京が思いもしない事を言うから素で首を傾げていた。
「葵さんが先客がいるーって言ってたから……有宇くんじゃなかったんだ」
「……みたいだな」
秀や朝日奈さんが俺に視線を注ぐが首を振る。
俺だって朝日奈さんと一緒に来るのだろうと思ってたぐらいだ。
というか、親友の朝日奈さんじゃない先客って一体どこのどいーー
「みんなーおはようー!」
そんな話をしている丁度いいタイミングで葵が到着する。
「あ、あお!一体誰と来てたのかなー?」
興味が抑えきれない朝日奈さんはグイグイと前のめり気味に尋ねる。
周りも朝日奈さん程ではないが、気になるようだ。
有宇もまたその1人だ。
本人は認めないだろうが。
「えっと……如月くんとだよ。車乗せてもらったんだ」
「……ふーん」
「先客って隣のクラスの如月くんだったんだ!」
「あ、先客は違うよ?メールするの忘れてて。家行ったんだけどもう出てたの。それで最寄りの駅まで歩いてたら、たまたま如月くんに会って」
一瞬目が合ったような気がする。
それにしても……如月とは気まずかったんじゃ?
一緒に行くぐらいなのだから仲直りしたのだろう。
いい事なんだろうけど……なんか引っかかる。
「……後は瑠璃だけか。何やってんだあいつ」
妙な感覚を振り切って、話題を変える。
「おーい有宇ー?何怒ってんだよー」
「……怒ってない」
「怒ってるし。めっちゃ動揺してんじゃん……瑠璃って言ってるし、本人が聞いてたら跳ねるように喜ぶんじゃないか?」
その程度で喜ぶ程子どもじゃないだろ。
「……呼んだ?」
背後から待ち人の声が聞こえてドキッとする。
「……おはよ。少し手間取って遅れちゃった」
「おはよう!……あれ?」
「…………ん、どうしたの?」
葵は一瞬感じた違和感を機敏に捉えたよう。
僅かに頬と瞳が赤くなっている。
「うーん?」
「……寝不足で欠伸ばっかしてたから、それじゃない?」
「そうなのかな?……瑠璃ちゃんは赤井くんとは逆に荷物少ないね?」
納得した葵。
次は荷物の少なさに驚いていた。
小さい割には意外と容量があるとの事だ。
開けるわけにはいかないが、想像以上の重さに納得したようだ。
京が会話に加わって更に女子トークは加速していく。
そんな中、秀だけは何故か俺に視線を注ぐ。
「……俺には関係ない」
「何も言ってないけど?」
含みのある顔が何となく分かるぞ?と言ってるようで癪に触る。
分かったよ。何もない事を証明してやる。
「……おはよう」
「……うん。おはよう、有宇」
強張った声が出る。
向こうも反応がぎこちない。
お互いに意識し過ぎて緊張している。
……そういえば、俺からおはようなんて言ったのはいつぶりだろうか?
最後に言った日は遠く昔のよう。
接触を避けたがる前、どんな顔で俺は向き合っていたのだろう。
「遅かったな。仕度に手間取ったのか?」
「……ぐちゃぐちゃになったから……整理するの大変で」
「そっか……間に合って良かったよ。」
「……うん。楽しみだったから」
……全然楽しみそうじゃないんだが。
まぁ、あんな事があれば仕方ないか。
「俺もお前と滑れるの楽しみにしてるよ……少しぐらいは」
「え?……うん、私もだよ?ふふふ」
頭にぽんと手を置く。
ほんの少し差していた影か消えて、微笑んでいた。
嬉しそうで泣きそうな顔に俺はわしゃわしゃと誤魔化すように乱暴に撫でて、背を向ける。
これ以上は変な事を口にしてしまうかもしれない。
「流石、有宇だな。一発で元気にするなんてさ」
「…………」
「おっと……悪い」
秀はこういう時は感が鋭い。
どこまで踏み込んでいいか分かっているようだ。
「別に怒ってない。ただ……」
「ただ?」
俺はあいつを元気にするだとか笑顔にする。
そんな言葉は要らない。
それ以上に泣かしているからだ。
「……最低最悪な野郎だなって思っただけだ」
「自覚があるだけマシだろ……自覚がないのは手に負えないからな。それに有宇はそこまでじゃない……てか僕に対しても当たり強いって自覚あります?」
「お前はこれからも変える気はない」
「……ったく、何だと思ってんですかね?」
「オモ……頼りになる幼馴染?」
「今おもちゃって言いかけたでしょ!」
含みのある笑顔を見せて、秀が周りでギャーギャー騒ぐ。
いつもの光景だ。
「室井っ!!公共の場所では静かにしろっ!!」
「ひぃ!!す、すみませんっ!!」
担任に怒られて悲鳴をあげる。
ドッと笑いが起こって、そのまま最後の点呼を取って搭乗口に向かう。
「……ありがとな」
「は?何て言った?」
「何でもない。お前はいつも騒がしいって言ったんだ」
「何でもなくないし!?騒がしくさせてるのお前だからな!」
「はいはい、悪かったよ」
「ったく……」
暗くなりそうな俺と佐伯さんと周りを明るくする為に動いたんだろう。
何処まで演技なのか分からないが。
多分どうにかしようも思った所までだろう。
あいつ演技下手だから。
……でも、動いてくれた事が嬉しかったし、感謝だ。
◇◆◆◇
「へぇ〜飛行機の中ってこんな感じなんだ!」
俺の隣で葵は好奇心をくすぐられて、機内を瞳をきらきら輝かして見渡していた。
「もしかして、初めて?」
「うん、そうなの!」
嬉しそうに話す葵に、俺は小声で質問する。
「さっきの先客の話ってさ……俺の事だったりする?」
なんか自惚れてるみたいで顔が熱くなる。
何度も視線を感じたから勘違いではないはずだ。
「……そうだよ。一緒に行けたらなって思ったの」
葵も少し顔を赤く染めて俺の事を見つめる。
勘違いじゃなかったのか。
「合宿楽しみだったから……着くまで色々お喋り出来たらなぁって」
途端に嬉しい気持ちと後ろめたい気持ちになる。
明日香先輩に色々頼み事をして忙しかった。
その中に紅葉を預けるという事もあった。
明日香先輩の家で預かってもらえるとは思わなかった……明日香先輩以上に信頼できて安全な場所はないからとても有り難かった。
「ごめん……俺も一緒に行けたら良かったんだけど。色々あって」
「うん、紅葉ちゃんの事とかだよね?3日も空けちゃう事になるから朝から大忙しだったんだよね……誘うならもっと早くに行ってお手伝いすれば良かったよ」
そう言って落ち込む彼女は見ていて微笑ましかった。
「じゃあ……今度は俺の方から誘おうかな?」
「え?」
驚いた顔で見つめてくる。
悲しい顔より楽しそうに笑っている方がいい。
「……帰りは一緒に帰らないか?」
「その……大丈夫?」
何故か少し後ろめたい表情をする葵。
「ん?何が?」
そんな表情をさせる理由が分からず首を傾げる。
「早く紅葉ちゃんのとこ行った方がいいんじゃないかなぁって2人とも寂しがってると思うから?」
紅葉がではなく、2人ともと言う辺り、有宇の事を心配しているのが分かるが……
「あ……確かに」
当の本人は通常運転だった。
「でも……葵と一緒に帰りたいって思うよ。だから、その、なんだ?葵が良かったら色々寄り道していいか?紅葉の迎えとか……あと、夕飯とか……作る気力が残ってるか微妙だからさ?」
そう言うと、葵は口を開けて驚いていた。
その後、顔を真っ赤にさせたと思えば、嬉しそうに笑顔になったりと、表情豊かにする。
「ふふ……スキー三昧したらくたくたになっちゃってるかもね?……あのね?もし良かったら私が……」
「はいはーい!お2人さん詰まってますよー!続きは席に座ってからにしてねー!」
何か言いかけていた葵だったが朝日奈さんに掻き消されてしまった。
はっと我に返った葵はまた顔を熟した林檎みたいに真っ赤にさせてスタスタと機内を歩いて行ってしまった。
周りに聞かれていたのか、ニヤニヤしている。
逃げるように俺も機内を進んでいくのであった。
座席は近場で8人ずつ……つまり班毎だ。
三列、三列、二列の席順になるのではと予測する。
問題は赤井が適当に配ったから何処に誰が座るか見当もつかない事だ。
俺としては静かに機内を過ごしたい。
お互いに話題が少ない佐伯さんか、無視しても問題ない秀の隣が好ましい。
「お、ここだねー」
朝日奈さんが1番先に席を見つけ座っていく。
「お!!朝日奈さんの隣か!よ、よろしく!」
「……ふん。なんだよ……」
その隣に秀……と俊が座る。
俊よ……さっきまであんなにわくわくした様子で俺の背中を押していたのに何でそんな落ち込んでんだよ。
飛行機楽しみにしてたんじゃ?
と俺が俊に首を傾げていると赤井と京も席に座る。
2人は二列の席らしい。
「よ、ろしくね?赤井くん」
「うん!よろしく」
となると俺は後ろの三列席の……
「あ、私が窓側だから先入るね」
「……私通路側だから有宇先入って」
「まじか……」
葵と佐伯さんに挟まれる形になってしまった。
気恥ずかしさよりも気まずさが勝る。
「これ、俺が端の方が女子同士で座れていいんじゃないか?」
「ん?私は気にしないよ?」
「…………私も問題ない」
距離感が思ったより近い事に気づいていないのか可愛らしく首を傾げる葵と、いつもよりタメの長い佐伯さん。
どんな葛藤があったのか分からなくもないが、問題ないようには見えない事は確かだ。
「良かったら有宇くんの隣に座りたいな?初めてで不安だから……ダメかな?」
「……べ、別に。そう言う事ならお安い御用ですよ?」
「……何で敬語?……有宇のバカ」
いや、そんな不安と期待の混ざった瞳で意味深な事言われればドキッとします。
他の女子なら何言ってんのこいつってなるけど、葵に言われると素気無く返す事が出来ない。
守ってあげたい、お願いを聞いてあげたくなる。
この気持ちは一体?
母性?……いや男だから父性か?……ん?紅葉と同じ感覚だな……つまり家族愛?お兄ちゃん気質?
「……まぁ、あれだ。可愛い女の子にダメ?なんて不安げに首を傾げながら言われたら断れる男はそういねぇよ……たぶん」
「可愛いっ!?」
「……鼻の下伸ばしてバカみたい」
顔を赤くして狼狽する葵。
余計な事を言ってしまって俺まで頬が熱くなりそうになる。
佐伯さんの鋭い視線が冷たい。
正しく絶対零度。
汚物を見るかのような視線だ。
「お前だって劇の打ち上げの時にそうやって写真撮ってって言って来たじゃんか」
「…………」
悔しさから言い返すと、何故か佐伯さんは固まっていた。
「ん、おい?どうした?おーい、大丈夫か?」
「…………っは!?……こほん。つ、つまり有宇からしたら私も可愛いと?」
普段は新雪のように真っ白で絹のような艶やかな肌が赤く染まっていた。
「え?……どしたのお前」
普段は自画自賛する事ないから変な声が出てしまった。
「……だって、さっき可愛い子に首を傾げながらお願いされたら断れないって言ったもん」
頬を膨らませて不貞腐れている。
もんって……子どもかよ。
「言葉の綾だよ」
「…………」
「……別に可愛くないとは言ってねぇよ。妖精とか天使とか神秘の具現化とか……俺に言われなくても周りから可愛いって昔からよく言われてただろ?」
綺麗過ぎて女子からは雪女とか魔女とも言われてたな。
「……別に周りの評価とかどうでもいい。今有宇がどう思ってるかって聞いてるの」
「いや、俺の意見なんてどうでもいいだろ?」
納得いかないと拗ねるようにジッと見つめてくる。
「……俺だってそこら辺の奴らと変わらないただの高校生だから……」
視線に耐えきれなくなって、俺は頭をわしゃわしゃ掻く。
「……ふーん、そっか……ふふ」
怒るかにやけるかどっちかにした方がいいぞ?
「ほらほら、そろそろ離陸だよ?続きは座ってからな?」
背後から赤井に促されて俺達は席に着く。
生温かい視線が痛い……
しばらくして、機内アナウンスが流れる。
これから離陸するようだ。
「え、え、もう浮くの?」
「ああ、で、でも大丈夫だよ?」
「……2人とも全然大丈夫そうじゃないじゃん」
怯えた小動物のような葵と若干口元が引き攣っている俺。
それをどこ吹く風に笑みを零す佐伯さん。
機内に物凄い振動が伝わる。
離陸の為の加速だろう。
頭の中にノイズが入る。
両親と2人と手を繋ぐ紅葉の姿が散らつく。
血の気だけが地上に置いていかれたように引いていく。
「……大丈夫。誰もいなくならない」
不意に両手を握られて我に返る。
ノイズもクリアになっていく。
「え……あ、うん……悪いな」
「……可愛い子に頼まれたら断れないんでしょ?なら頑張る」
「っ……ううっ」
隣でぶるぶると震えて手を握りしめているもう1人の少女。
「……大丈夫だよ。もうすぐ離陸が終わるから揺れも治まるよ」
少しずつ地面から離れていく。
「ええ……も、もう空なの!?」
「ほら、窓の外見てみ?どんどん小さくなってくから」
「ひゃ、ひゃ……凄っいね」
葵は小さくなっていく建物を見て呆然とする。
「こ、怖かったぁ……でもあっという間だったね!」
「着陸の時も結構揺れるけどな」
「い、意地悪!!今言わなくてもいいのにー!有宇くんだってぶるぶる震えてたじゃん!」
口を尖らせて拗ねる。
その言葉に俺はドキッとする。
「……ん」
やっぱ気づかれてたか……
葵を睨むな怖い。
「……怖いってか……まぁでも、震えは止まったよ」
今でも過去が俺を雁字搦めにする。
なかった事にはできない、償う事のできない罪。
存在を否定される凶器であり、生きる為の命綱でもある。
目を逸らす事は許されない、そんな過去。
「葵と瑠璃のお陰で……だから、そのありがとな」
なくす事は出来なくても、過去の清算だけが俺の生きる意味ではなくなっていた。
隙間を空けてくれたのは周りの人達だ。
「え、その……どういたしまして?」
「……うん」
葵はよく分からず、首を傾げて俺と瑠璃を交互に見る。
安心したような顔をされて徐々に恥ずかしくなった俺はトイレに逃げる。
「お、トイレか?俺も行くぜ」
いつの間に俺の背後をぴったり付いてくる俊。
冒険に出る勇者の気分だ。
こんなに圧力かけられるの嫌だよ?
トイレは個室になっていて、俊はがっかりしていた。
そんなに連れションしたかったのかよ。
「よし、行くぞ」
「え、お前は?」
俺が出ると俊は入る事なく戻ろうとする。
時々こいつの思考が分からない……
席に戻ると葵は窓から空を見つめていた。
……佐伯さんは瞳を瞑っている。
「おかえりなさい」
「ただいま、空綺麗だね?」
「……うん」
俺と彼女は空を見つめる。
穏やかで雲1つない真っ青な空。
癒される。
2人だけの時間がゆったりと流れていく。
切り離された2人だけの世界で。
「もっと続けばいいのにな」
「ん、なにが?」
気づけば言葉を漏らしていた。
「……いや、ただ空を見つめるのもいいなって。雲を見下ろすって新鮮だからさ」
「たしかに!いつもは見上げるだけだもんね!」
くすくす笑う葵はまた視線を空に戻す。
俺は誤魔化すように手元のリモコンでモニターをつける。
イヤホンを探すが何処にも見当たらない。
「ないな……」
「どうしたの?」
「イヤホンが無くて」
「じゃあ……どうぞ」
「ありがと」
「あれ?……これ付くんだね!何か見れるのかな?」
「スポーツの試合とか映画とか観れるよ。このイヤホン挿して……」
チャンネルや音量の変え方を教える。
毎回反応があって面白い。
「よかったら、一緒に観ない?」
「うん!いいね!」
1つのイヤホンをそれぞれの耳に嵌めて1つのモニターに目を向ける。
葵は去年流行った映画を選択する。
気になってはいたが、観ることはなかったから楽しみだ。
コードが短くて思ったより距離が近くて恥ずかしい。
俺の意識は映画よりも葵に向かっていた。
目の前の映画に夢中になってる姿は可愛い。
俺の視線に気づいて俺を見てくる照れ顔も可愛い。
可愛い言い過ぎじゃ?
映画を観て、目が合って……ふんわりと笑い合う。
なんかこういう雰囲気嫌いじゃない。
「もう!映画観てる?」
「……いや、葵の反応の方が見てて楽しい」
正直、中盤に差し掛かって途端に面白くなくなってきた。
はらはらしている葵を見ている方が面白い。
……紅葉と幼児向け番組を見ている時と同じだな。
「もう!なにそれ……ふふ」
顔を赤く染めたり反応が初々しい所が……なんて言ったら怒られそうだからスルーする。
「……ふわぁ」
昨日の事や朝早くから色々と動いていた事。
そして、心地の良い空間が眠気を誘う。
「あれ?……ふふ、おやすみ有宇くん」
夢の世界に向かう最中、彼女の声が聞こえた気がする。
頭を撫でられているような心地良い気持ちのまま、眠りについたのであった。




