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勘違いは程々に  作者: ゆうさと
文化祭
35/43

遠い日の記憶

高熱で魘され、部屋で独りの蒼井 有宇は夢を見てた。


ひかりも葵もいない。

秀すらも知らない遠い遠い昔の何気ない日常のひと時。

放課後と水曜日のお昼休みに過ごす図書室の事……


◇◆◆◇


今日はクリスマスのイブイブのイブ。


「もう今日で学校終わっちゃうねーそうだ!クリスマスとか大晦日とか初詣一緒に遊ぼうよ!妹の紅葉もきっと喜ぶし!」


隣で座る、銀色に輝く綺麗な髪の少女に話しかける。

今も、少女に薦められた本を読み終わった所だった。


「…………ん。行けたら行きたい。お祖父ちゃん厳しいから駄目だと思うけど。」


少女から話す事も少なく、いつも率先して話を振っていた。

反応は遅いけど、ちゃんと返事をしてくれる少女。

自分より難しい事も楽しい事も知っている少女。

知り合って半年も経っていないが、夢中になっていた。

もっと知りたい。

もっと仲良くなりたい。

もっと喋りたい。

もっともっともっと………

いつしか、本よりも自分を見てほしいと思うようになっていた。

クラスが別々で会えない時はどうしているのかなと思ったり。

他の男子と話していると少し胸の辺りがもやもやしたり。

一体この気持ちは何なのだろうと、名前をつけられないでいた。

それでも、大切に包み込んで箱に詰めていった。

きっといつかこの気持ちに名前が付けられると信じて。


この日も少女は俺より難しい本を黙々と読んでいた。


「えぇ!!……るりちゃんのお祖父ちゃんって鬼なの?いつもウガァ!!って感じじゃん」


大和撫子になれと、嫁いだ男に尽くせるようにと、色々と教えられたと言っていた。

小学3年生なのに、家事ができるらしい。

僕は家で独りだったから何と無く一通りできるけど、るりちゃんのレベルは違っていた。

他にもお稽古があって忙しいのに家事も習っているようだ。

運動会の時にわがまま言って貰ったハンバーグは美味しかったなあ……


そんな事を思い出しながら、またお祖父ちゃんに邪魔されたと内心舌打ちする。

精一杯睨みを利かせながら指でツノを立てる。

犬のような唸り声を立てて周りを猫のように毛立たせて威嚇する。


「…………ゆうくん、ここ図書室。静かにしなきゃ…………っふふ」


いつも無表情で淡々としている彼女は何を考えてるのか分からない。

怒っているのか、悲しんでいるのか……喜んでいるのかも僕には分からない。

でも、本で隠すように笑いを堪えている姿を見ていると胸が熱くなる。

僕にはそんな姿を見せてくれてると思うと、得意げな気持ちになる。

……結局、ちゃんと笑う姿を見る事ができるのは月に一回ぐらいだけど。


「じゃあさ!今日いこーよ!駅前に綺麗なクリスマスツリーがあるんだって!」


断られる事は予想内で、この為の布石。

ちゃんとお金や時間も計算した。

話かけるタイミングもバッチリだ!……ど、どうだろ?


「…………ふふ、いいよ」


「ほんと!?」


「……うん、ちゃんとお母さんに言ってきた。お金も貰っちゃった」


「…………っっ」


うっすらとしか変化はなかったけど。

少しだけ笑う姿は悪戯が成功した子供のようで、いつも真面目で大人っぽい雰囲気からだとギャップを感じる。

まるで大人と子供の中間のような微笑みは小学生の僕にとっては蠱惑的だった。


「…………ゆうくん?顔赤いよ?」


「い、いや!!こ、これはーその……嬉しいからなだけなんだからね!?」


「…………ぁぅ。面と向かって言われると恥ずかしい」


「あ……で、でも、本心だし!……っっ行こ!!」


僕に釣られて少し頬を赤らめる少女に見惚れそうになるのを必死に抑えて支度をする。

……だってこのままじゃ、顔を見てるだけで今日が終わっちゃうと思ったから。

そうして僕らは駅前に向かったのだった。


駅前に着く頃には暗くなり始めていて、辺り一面がイルミネーションで彩られていた。


「うわぁ!!綺麗だね!」


「…………うん、来て良かった」


壮大なイルミネーションに興奮を隠せない僕はくるくると回っていた。

くるくると回っていても、視界から途切れる事のない装飾達。

るりちゃんも、ほぉっと感動したように真白い息を吐いていた。


「あ!あっちでスケートできるんだって!」


「…………でも私滑れない」


心配そうにする彼女に胸を張る。


「じゃあ僕が教えてあげる。いつも教えてもらうばっかりだからね」


「……楽しそう。行こっか?」


と言って乗り気じゃなかったのが嘘かのように僕の手を引く。

柔らかい手の感触にまた心臓が強く脈打っていた。



◇◆◆◇


「よし……そのままリラックスー。足腰に力入れないでね?」


「…………そんな事言っても転びそうで怖い」


「大丈夫!絶対守るから」


初めて30分くらいたって、手すりから離れられるようになって、今は僕が手を握って支えている。


「…………あんな小さい子供も。負けられない」


「……って!そんな力入れたらっ!?」


意外と負けず嫌いな彼女は力んだせいで僕を巻き込んでバランスが崩れてしまった。

咄嗟に身体を下に挟んで何とかるりちゃんに怪我をさせないようにした。

仰向けの僕に馬乗りみたいに女の子座りするるりちゃん。


「大丈夫!?……怪我してない?」


「う、うん……へっちゃらだよ!いつもはもっと早いスピードで転んだりしてるから大丈夫!」


そう言いながら、彼女を立ち上がらせる。


「…………やっぱ怖いよ。ゆうくんを傷つけるのが怖い」


「僕は平気なのに……」


「…………ゆうくんが私に怪我してほしくなくて庇ったのと同じだよ?」


それを言われると痛い話だ。

でも、だからと言って一人で滑るのもな……なんて考えていると。


「きゃあ!!凄いね!翔くん!」


「まだまだこれからだぜ?もっと抱きしめてもいいんだぜ?」


「エッチ!お尻触って!!」


抱き合う形で男がバックで滑っている、イチャコラスケートってやつだ。

今名付けた。

初めて僕がスケートした時も誘ってくれたお姉さん(両親の仕事仲間)がやってくれた記憶が……などと思い返しているとバカップルは曲がり切れずに盛大に背中を壁にぶつけていた。


「…………楽しそう」


「じゃあ……や、やる?」


「……うん。やろう。幸せそうで羨ましいそれに……」


「…………ゆうくんが抱きしめて滑ってくれるなら安心」


……無防備な笑顔を向けられて、寒いはずなのに、身体が火照っていく。

何この可愛い生き物……スケート関係なしに抱きしめて愛でたい。



「……じゃあ、はい。どうぞ」


身体を差し出すように手を広げる。

なんか私がプレゼント!みたいな感じだ。

変態か!紳士でいなければ紳士紳士紳士!!


「じゃあ……はい、ど、どうぞ」


ぽふっと優しく彼女を受け止め、抱きしめる。

あれ?こんなにあの時も密着してたっけ?

密着すればするほど、心臓が痛く、強く脈打つ。

バレてたら恥ずかしいなと視線を下ろすと……


「…………っドキドキするね?聞こえる、私の音?」


ぎゅっと、さらに身体を押し込んだ。

僕ほどじゃないけど、たしかに感じる鼓動。


「うん、でも安心する……一人じゃないって思えるから」


「……確かに。ゆうくんも緊張してるって分かって嬉しい」


緊張以外で頬を赤く染める、るりちゃんの顔は間近になっていてスケートリンクの上なのにのぼせそうだ。


「……なんか胸がくすぐったい……でも好きこの感じ」


とても楽しそうにえへへと笑う姿に、天使が舞い降りたと錯覚する。

雪上の銀の天使……この子に召されるなら本望だなと天にも登る気分だ。


「そっかー」


真っ白い景色の筈なのに、空間が桃色になったような気がする。

きっとイルミネーションのおかげ……そう絶対。


「……ねぇ?いかないの?早くいこ?」


眉を曲げて首を傾げる姿は年相応で。

彼女の一挙動が全て可愛らしく思える。

可愛らしすぎて苦しい……楽しいのに苦しい。


「じゃ、じゃあそろそろ行きますか!ね!」


このままでも十分楽しめるとも思ったがそんな訳にもいかず、僕は後方に重心を置く。

そこからは身体が覚えた動きで後ろに滑っていく。

ゆったりとゆったりと。


「……わぁ、綺麗」


僕の胸に埋める彼女はひょこっと顔を出すと、そこから見える景色に胸を躍らせていた。

……そっか。さっきまで滑るのが怖くてそこまで意識が回らなかったんだ。


「……あれはトナカイ?……向こうはもみの木で……あ!サンタさん……ねぇねぇ!いっぱいいるよ?」


興奮しているのか、声も踊っていて、銀の髪はさらさらと流れていく。

いつもとは違う雰囲気に見惚れていた。

微笑ましい光景を目にした周りの人達も和やかな雰囲気になっていた。

それからもイルミネーションを見たり、輝く星を見たり、時間精一杯まで楽しんだ。

この時間が永遠に続けばいいのになと願いながら……


◇◆◆◇


「…………もうそろそろ帰らないと」


「うん。そうだね……」


楽しい時間はあっという間に過ぎるというけど、まさにその通りだった。

さっきまであんなに高揚していたのに、別れが近づいてくると気分が落ち込んでいった。


「…………また学校始まれば会えるんだから」


「でも……2週間もある。夏休み会えなかった時よりかは短いけど……寂しいよ」


「…………ゆうくん」


「やっぱり、毎日会いたいよ!1人は寂しい……」


家に帰れば、紅葉もお母さんもお父さんもいる。

4人のはずなのに、1人と3人な気がする。

まるで他人の家族を間近で見ているような感覚。

僕が生まれて物心がついた頃には周りには誰もいなかった。

1人でも、お腹が空いても、喉が渇いても、誰も手を差し伸べてはくれなかった。

泣き続けているうちに、これが普通なのだと理解する。

泣いている自分が異常。

定期的に行われる作業で満足できていなかった自分が悪いと認識した。

そうして、僕は育っていった……妹が産まれる少し前までは。


妹を身篭ったお母さんは泣いて喜んでいた。

お父さんも泣きはしていなかったが喜びに満ち溢れていた。

そして、2人は休暇を取るようになった。

正確に言えば、家でできる仕事だけするようになった。

そこで漸く異変に気がついた。

有宇が徐に料理を作り始めたのを最初に疑問に感じたのがきっかけだ。

当たり前の事だと思っていた事はそうではなくて。

あんなに喜びに頬を緩ませていた両親は泣いていた。

その涙の意味が分からず、ごめんねと抱きしめられるがままだった。


妹が産まれて初めて自分が異常だったと知った。

泣けばお母さんが構ってくれる。

泣いていなくてもお父さんが頻繁にあの手のこの手で喜ばせようとしていた。

事実に当たり前が壊されていく。

アレはなんだ?

ご飯でも飲み物でもないあの暖かいアレはなんだ?

その笑顔はなんだ?

その視線は?手は?

なんでそんな柔らかい表情で抱きしめているんだ?

僕の時は泣いていたのに。

アレが欲しい。

なんで僕にはアレがない?


愛情を知らず、注がれなかった有宇にとってそれは劇薬だった。

欲しくて欲しくてたまらないのに、いくら手を伸ばしても届かない。

同じ表情を向けられているはずなのに、ナニカ違う。


だから僕も妹に全身全霊を注ぐ事にした。

両親がやっていた事を自分がやってみる。

本当は妹が受けていた事を体験してみたかったが諦めた。


頬に触れたら柔らかくて、すべすべでざわつく気持ちが和らいだ。

手を握ったら、握り返してくれた。心臓の鼓動が早くなった。

隣で寝たらいつもより気持ち良かった。抱きしめて寝たらもっと気持ちが良かった。

そして何より、僕が妹と一緒にいると両親が喜んだ。

いいお兄ちゃんねと頭を撫でてくれた、抱きしめてくれた、褒めてくれた。


いつしか紅葉が全てだった。

佐伯 瑠璃と出会うまでは。



「大丈夫。私はゆうくんの前からいなくならないから」


いつもは反応が遅い彼女が身を乗り出すように僕の手を握る。

優しく包み込むように。

決して温もりを逃さないように力強く。


「私も、ゆうくんと一緒にいるの楽しい。本以外でこんなに心踊るの始めて」


掴んだまま胸に当て、僕を見つめる。

トクットクっと感じる鼓動と潤んだ瞳に心臓が跳ね上がる。

手のひらが鼓動を発しているんじゃないかってぐらいにドキドキする。

でも、それも彼女の鼓動を感じるうちに落ち着いてくる。


「いつも感謝してる。一緒に居てくれて。本を読んでくれて……ちゃんと考えて言わなきゃ、伝えたい気持ちが言葉に出ないんだ。いつも焦らさずに待ってくれる」


違う。本当に感謝してるのは僕だ。

嫌な顔せずに隣にいる事を許してくれた。

話しかけたらちゃんと返事をしてくれた。

本だって彼女が読んだって言うと喜ぶから。


「それでもゆうくんは一緒にいて心地いい。ゆうくんも私と一緒にいると心地いい?」


心を読まれた?と思ったけど、以前も、

いっぱい本読んでるから何と無くわかる、ゆうくんは本の中の主人公みたいだからって言っていた。


「うん!温かい雲の上にいるみたい……だからいつまでも一緒にいたいんだ」


きっと隠しても無駄だから本心を伝える。

まるで居心地がいいから一緒にいるのは利用しているみたいで嫌な感じがした。


「ならいいじゃん。2人とも心地いいなら悪く思う必要なんてないよ。…………だから来年も再来年もずっとずっっと一緒にいて?」


そう言われて、凝り固まっていたわだかまりが溶けていくような気がした。

苦しいのが晴れていって涙が溢れそうだ。


「うん………っっうん!!ぜったい、ぜっったい約束する!ずっとそばにいる。いさせて!」


願うように、祈るように、言葉を重ねる。

この約束だけは決して違いたくないと。


「…………良かったぁ……来年の5日に神社に行こう?絶対予定空けるから」


安心したように息を吐く、るりちゃんにそう言われて、もしや初詣!?と心を躍らせたのだが、すぐに思い出す。


「うん!……ん?るりちゃん、初詣って親戚と行っちゃうんだよね」


「うん。行くよ。だから5日」


「そっかぁ……」


少し期待した僕が馬鹿だった。

僕もその日まで行かなきゃ初詣だなって思ったのに。

しかし、すぐにやっぱり馬鹿なのは僕だったと再確認する。


「…………初詣は行けないけど、ばっちり着物着てゆうくんを見惚れされてあげる」


「っっ!!」



……もう充分見惚れてるよ。

胸を張ってにこやかに微笑む。

煌びやかに彩られるイルミネーションに負けないぐらい綺麗な姿に涙が出そうだった。

嬉しいのにまた涙が出そうで、悲しんでると勘違いされたくなくて頑張って我慢した。


「うん、うん、うん!楽しみにしてる!」


笑顔はぎこちなかったかもしれないけど。

精一杯の笑顔は落ち込んでいた気持ちが全て吹き飛んでいった。



「…………じゃあ、5日にね?……良いお年を、ゆうくん。来年はいっぱい遊ぼうね?」


嬉しそうに去ってく少女に僕は言葉が溢れてくるのに声に出せたのはたった一言。

今はそれでいい。未来はある。

少しずつ今溢れた言葉を声に出していこう。


「うん!良いお年を!!」

お読みいただきありがとうございます。


年内最後の投稿です!

良いお年をお迎えください。

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