後夜祭と不穏な足音
燃え盛る炎。
それを中心にして男女が踊りを踊る。
他にも先生が行っている屋台や、
特設会場での告白。
と言っても恋愛的な物だけではなく、
ずっと言えなかった隠し事、秘密など様々で
盛り上がりを見せていた。
「ふぅ……」
そんな会場も生徒も盛り上がる中、有宇はため息を吐かずにはいられなかった。
有宇の感覚では『既に』後夜祭に参加して30分程たっていた。
まだ30分と思う人もいるかもしれないがそうは思えないくらいに疲れていた。
クラスの子、演劇の女の子、
誰かも分からない、同級生と上級生……
これだけでもう4人と休みなしで燃え盛る炎を中心にして踊っていた。
力仕事や繰り返し作業に慣れている。
がそれが女性となれば話は別。
どうやらいつもは使わない神経を使っているようだ。
今回の演劇、その準備。
もしかするとテニスの件もあってか知らずうちに株が上がっていたらしい。
単純に有宇の怖さ……硬さが軟化した結果なのだが。
「あ、あの……やっぱり迷惑、でしたよね?」
「ううん……そういう髪型もいいかなって」
手を取って踊っている5人目の見知らぬ女の子が申し訳なさそうに見つめてくる。
角度的に上目遣いようになってるが、狙ってやってはなさそうだ。
咄嗟に思いついた事を言ってしまったが彼女を眺めながら考え事をしていたのは事実だ。
ちょっとでも強くしてしまえば壊れてしまいそうな。
そんな儚い印象を持った彼女が長い髪をアップに纏めていて、
綺麗な首筋とちらちらとうなじが見え隠れして扇情的だ。
「そ、そうですか!?……こういう感じにするのって初めてで、普段は下ろしてるだけの地味子で……自分なんか首を見せるなんておこがましいと言いますか……えっと」
地味子……なんか面白いな。
あとおこがましいって……誰にだよ。
まぁ分かるけど。
普段とは違う格好をすると不安になる。
それがいつもの雰囲気とかけ離れていると、
似合わないとか、背伸びしてるの?とか、最悪調子乗ってると思われる。
だから大抵の人は変わる事に臆病になる。
それまでの自分を良い意味でも悪い意味でも壊してしまいそうで。
しかし、目の前の女の子はそんな恐怖と戦って、後夜祭だけではあるが自分を変えた。
それは凄い事だ。
俺は尊敬する事はあってもおこがましいと思う事はない。
……と言ってあげれば良いのだけど、長すぎるし恥ずかしい。
「似合ってるよ。おこがましいなんて事ないから……着物とか浴衣着たらもっといいかもな」
「あ、ありがとうございましゅっ!」
顔を赤くして俯いてしまった。
しかし、緊張が解けたのかカチコチだった身体の力が抜けていた。
周りが便乗して踊ろうと誘ってくる中、
近からず遠からずな所から見ていたのは何となくではあるが気づいていた。
たぶん、見ているだけでも十分だったのだろう。
しかし、女の子の友達が無理矢理連れてきていた。
その所為で申し訳なさと緊張でガチガチだった。
それはさっきまでもそうだったから
こうやって言葉を交わしてリラックスできて良かったなと思っていた。
「あおっちー!!」
今踊っていた曲も佳境にさしかかる所で朝日奈さんに声をかけられる。
ちなみにパートナーは秀だった。
向こうは反対に秀がガチガチだった。
朝日奈の活発な動きにセンスと運動神経で何とか追いついているといった感じだ。
そんな朝日奈さんは俺に近づいてくる。
「どうした?なんかトラブルか?」
「いやまぁそうだけどさ?私が会いにきたとか考えないわけ?」
「……ないな。秀と一緒にいる辺り面倒事だろう」
「面倒事持ってくるみたいな言い方ですね!?」
そんなやりとりをしているうちに秀達は俺達の横にたどり着く。
これなら辺りに聞かれないだろう。
「それで?なんかあったの?」
「あ、うん。あおとはぐれちゃって……連絡もつかないんだ」
朝日奈さんは最初2人で校庭に向かって、俺と秀と合流しようとしていたらしい。
秀は我先にと走って行ってしまっていたし、
俺も衣装を脱ぐ為に更衣室に行ってしまっていた。
そんな所に男子生徒に呼び止められたらしい。
石川さんは空気を読んで
「先に行ってるね」
と先に校庭に向かったみたいだ。
ちなみに結果はノーだそうだ。
そして朝日奈さんも校庭に向かったのだが、
何処を探してもいないらしい。
「なるほどな……秀、石川さんのこと見てないのか?お前がこの中じゃ一番最初に校庭に着いたんだろ?」
「うー……いや。見てないぜ。1人の所見かけたら、朝日奈さんは?って声かけてるだろうし」
確かに……いつも2人でいるイメージがあるからな。
俺も1人で見かけたらそう聞いているかもしれない。
「あの、その……見間違えかもしれないですけど!」
3人して首を傾げていると、目の前の女の子が少し上擦った声を上げる。
「同じクラスの女の子達が誰かに話しかけてて、持ってたダンボールを渡してたんです。その誰かがもしかしたら葵さんだったのかも……遠くて分からなくて。私も……その、用事があって……ごめんなさい」
同じクラスの女の子だと分かったのはクラスTシャツを着ていたからみたいだ。
「ううん。謝る事ないよ、寧ろ手がかりになったから感謝したいぐらいだよ。ありがとな」
そう声をかけると少しだけほっとしていた。
「だとしても長いな。機材なのか材料なのか?……両方って可能性もあるな。その女達は何人で石川さんを囲ってたんだ?」
「3、4人だったと思います」
箱の数が多いのかそれとも重い物か。
どちらにせよ、3、4人で運ぶ物を1人に預けたのかよ……
「よし、秀と朝日奈さんは機材保管室に行ってくれ。俺は冷蔵室に行く」
機材保管室はその名の通り、色々な機材を保管してある所だ。
危険がある為か生徒会室の隣にある。
そして冷蔵室は食堂の奥の方に冷凍室と並んである。
普段は学食の材料を保存している場所を
文化祭の為に開放しているのである。
「あ、あの!私も手伝わせてください!あの時一緒にいればこんな事には……」
「君が気に病む事ないよ。でもまぁ、人手が多い事に越した事ないからね。校舎の中を頼むよ。もしかしたらまだ運んでいる最中かもしれないからね」
そうしているうちに曲は終わる。
話しかけられる声を無視して校舎に向かう。
「それじゃあ、見つからなくても30分後にまたここで」
無闇やたらに探すのではなく、定期的に集まる事にした。
正直な話、携帯の充電が怪しいからでもある。
そろそろ買い換え時だな。
そうして俺達は石川さんを探しに行ったのである。
◇◆◆◇
遡る事、後夜祭が始まって少し経った頃……
ひかりちゃんが男の子に呼び止められてしまって今は1人。
たぶん告白されるんじゃないかな?
期待と緊張に顔を赤くしていたから。
ひかりちゃんはよく告白されたりするけど、一度も付き合った所を見た事ない。
「ありがたいんだけどね。話した事ない人とか知らない人ばっかだから向こうが好きなのに私は何も想ってないのに付き合うのは申し訳ないじゃん?」
との事だった。モテるのも大変なんだなぁとよく隣で見ていた。
「あ、石川さんじゃん!」
後ろから声をかけられた。
同じクラスの林さん達だ。
クラスで女子の中で1番発言力と存在感を出しているグループ。
校則ギリギリの厚めの化粧に髪も染めていて、怖くてあまり関わりの少ない人達。
そんな林さん達がダンボールを抱えていた。
「いい所にいんじゃん?あーしらこれからデート何だけどハゲに無理矢理これ押し付けられてさー困ったんだよね?……運んどいて」
そう言いながら私の目の前に次々とダンボールを置く。
断りづらいお願いではなく、絶対遵守の命令。
あまり反論はしたくないけど、この数の多さは1人じゃ難しい。
「え?別に往復すればよくない?いいじゃん、最近いい思いしてんだからさ?」
「……いい思い?」
「あーしらが話しかけても嫌な顔しかしない有宇とすぐにどっか行っちゃう秀と仲良くしてもらってさ……終いには隣のクラスの如月にもキスされててさ」
「な、なんで……」
なんで知ってるの?と心臓を掴まれたように動悸が激しくなる。
「偶々リハやってたから観てただけ。客席からも見えた人は見えたんじゃないの?まぁ良かったじゃん?イケメンに迫られてキスまでされて。石川さんみたいな子は嬉しいシュチュエーションって奴じゃないの?」
と言うと周りの女の子達もケラケラと笑う。
その笑い方がとても耳につく不快な笑い方だった。
私だけじゃなくて如月くんや室井くん……蒼井くんまで馬鹿にしているようで
心が騒ついてしまう。
それが顔に出てしまったのか、
「あ?なに、嫌だったの?イケメンでも好きな奴じゃないと嫌とか……なにそれ勝者の余裕?調子乗ってんの?」
「そんな事、ないよ……ただ私は……」
ギロリと睨まれて身体の震えが止まらない。
自分でも想定していた最悪なケース。
こういう反応が怖くて誰にも相談できなかったのに……
こうなるんだったら誰かに相談してればよかった。
「まぁまぁ?睨まない睨まない。怖がってんじゃん?このままじゃ運ばなかなっちゃうよ……ね?」
取り巻きの子が林さんにフォローを入れる。
「わたしら、別に石川さんが誰と仲良くしてたってどうでもいいんだ。羨ましくはあるけど彼氏いるしね。ただ……このダンボールを運んで欲しいだけなんだ。やってくれるよね?」
優しく震えた身体を撫でながら話しかけてくれる。
なのに林さんよりも怖く思うのはなんでなの?
得体のしれない恐怖に泣きそうになりながら、コクッコクと何度も頷く。
「わぁ!ありがと、石川さん!こっちが機材で、こっちが食品だから!じゃあよろしくね?」
そう言うと去っていく林さん達。
角を曲がって見えなくなる。
「あぁ……」
私は緊張が抜けてへたり込んでしまった。
でもいつまでもこうしていられない。
食品があるって事は腐ってしまうかもしれない。
まずは先にこっち持っていかなきゃ……
機材の箱の方は廊下の隅にズラして置く。
食品の箱は2個。
少し重いけど、時間短縮の為に一気に持ってっちゃお。
幸い、ここから冷蔵室は5分もかからないしね。
よいしょっと声を漏らしながら箱を重ねて持ち上げる。
腕をピクピクさせながら、私は何とか運んだ。
10分近くかかってしまって、汗もすごくかいてしまった。
「ふぅ……涼しいなぁ」
私にしては重労働で火照ってしまった身体を心地よく冷やしていく。
「おっと、まだ運ぶ物あるしね……これは……」
奥に空いてあるスペースがあった。
そこに丁度入りそうだと思って、私は奥に進む。
「よいしょっと。これでよし……ぅぅ寒いな」
ダンボールを棚の中に入れ終わる頃、少し肌寒くなってきていた。
あと機材の箱も頑張って運ばなきゃなと入り口に戻るその時、
ガチャと金属と金属が擦れ合う不気味な音がする。
まさか……そう思って私は入り口に急ぐ。
ドアノブを回してもガチャガチャと擦れ合う音しかしない。
「嘘……鍵……」
恐怖と寒気で鳥肌が立つ。
何度も何度もドアを叩く。
しかし、冷蔵室のドアは性質上普通のドアより厚い為気づきにくい。
そして気づいている……いや確信犯でドアの目の前にいるのは……さっきの4人だった。
「どうでもいいなんて嘘に決まってんし……絶対に許さないから。キスされた事もそれを嬉しく思わない事も……絶対許さないっ……如月くんはわたしんだから」
先ほど葵に優しく話しかけていた女。
その面影はなく、激しい憎悪に顔を歪ませていた。
「あーあ……あーし、しーらない。しばらく頭冷やせば許してくれるっしょ?」
「あははは!!頭だけじゃなくて身体まで冷やしちゃいそうなんですけど!でもすぐに助けくるっしょ?朝日奈とか」
「大丈夫。さっき近づいた時に携帯抜いといたから……馬鹿だよねあいつ。わたしが優しく声かけたら安心してんやんの。ま、壊すのは可哀想だから下駄箱にでも入れてあげよっか」
と盗んだ携帯を振っていた。
連絡手段の携帯を奪い、
鍵もかけ、それは彼女達の手にある。
絶望的なこの状況を果たして打破できるのか……
お読みいただきありがとうございます。




