上手くいかない新学期初日
「よっす!」
バンと後ろから背中を叩かれる。
ニカッと笑うのが似合うのは室井秀。
小学校からの腐れ縁でいつもクラスでは盛り上げ担当な奴だ。
ちゃらけているようで実は……っていいか。
「……おはよう、秀。朝から元気だね」
「お前が元気なさすぎたんだよ。昨日もだったのか?」
秀が濁したのは深夜のバイト。
親戚の伯父さんの自営業を『お手伝い』して、お駄賃を貰っている。
本来なら駄目だという事は分かっている。
でも、今の2人きりの生活を続けるためにはお金が必要で。
昼間は学校。夕方から寝るまでは妹。
妹との時間を削るのは本末転倒だ。
そんな俺には妹の寝た夜しかなく、その時間をお手伝いに使うしかない。
「いや、違うことでね。手伝いは明日から」
伯父さんも人手不足で、
俺もお金が必要だからwin-winな関係だ。
「前から言ってるけど、身体壊したら元も子もないんだからな」
「分かってるよ。週四だし、土日はちゃんと休んでるから」
「分かってないよな?」
毎日2時間は寝てるんだ。何の問題もないだろうに。
秀の呆れ顔に俺は首を傾げた。
「まぁいいや。有宇が倒れて紅葉ちゃんを悲しませなきゃな」
「当たり前だ。」
靴を履き替えて自分の教室に向かう。
教室は4階で昇降口からかなり遠くにある。
秀は毎日のようにエレベーターがあればなぁーと嘆いている。
あったらあったで、混雑して結局階段を登った方が早いかもしれない。
「それで?悩みってなんだよ?」
思い出したかのように秀が聞いてくる。
そういえばそんな話してたな。
自分の席に鞄を置いて、授業で使う教科書やノートを机の中に入れていく。
秀は置き勉しないなんて偉いなと言っていたけど、
学校にあったら勉強できない。
「実は、昨日っっと!」
「きゃっ!」
机と机の間の通路にいた俺は、肩がぶつかってしまう。
「っっっと」
相手が怪我しないように身構えたのだが、
振り返ろうと流し目で見ると、
その相手が女の子だと分かると違う意味で身構えてしまった。
「ごめん……」
「ごめんなさいー!!」
謝ろうと頭を下げる前に怯えて逃げて行く。
そんなに怖いか?
「あっはははは!!有宇まだ葵ちゃんに怯えられてるのかよ!」
隣にいる秀は腹を抱えて笑っている。
うっせ……ちょっと気にしてる事なんだからな。
学年が変わってすぐ、葵ちゃん……石川葵さんは出席番号順的に俺の後ろだった。
朝挨拶する時とかプリントを渡す時とか何故かいつも怯えられていた。
だから申し訳なくなって挨拶も疎らになっていき、
プリントも次第に振り返らずに渡した。
そんな事を思い出しながら秀を睨み付けると、
「その瞳だよ。有宇、女子は怖がってるよな。特に朝はさ。」
そんなに目つき悪いか?
確かに朝は眠くて目を細める事はあるけど
「紅葉にはそんな事言われた事ないぞ?」
「そりゃあお前、溺愛してるからな。それに、紅葉ちゃんとは視線を合わせて喋るだろ」
それはそうだ。なるべく、紅葉の視線に合わせて話してる。
その方が何かあった時に機敏に感じ取ることができるから。
「でもクラスの女子は違うだろ。殆どが身長差がある。そしたら女子からは見下ろす視線が睨みに見えるんだよ」
なるほど。
でもどうしようもないだろ?
視線を合わせようなら覗き込む必要がある。
きっとそれも怖いと言われるんだろうな。
「あと、女子が苦手な有宇が警戒しているような瞳すっから勘違いされるんだ」
「しょうがないだろ?本当に苦手なんだから。はぁ……」
俺はある事件から人と目を合わせる、
特に女の人と話すのが苦手になってしまった。
こんなんじゃ日曜も怖がらせてしまうかもしれない。
すぐに用が終わるからそれでもいいのかとも思うのだが、
別に怖がらせたくも嫌な思いをさせたいわけでもない。
「ってまた話が逸れたな。有宇話逸らすなよ」
「俺の所為じゃない」
揶揄うような視線に俺は睨む。
きっと秀は俺の気持ちが落ち込んでいるのを見て
わざとやっているのだろうけど。
それから俺は昨日の事を簡潔に説明する。
ナンパを助けた事。
そのあと何故か日曜にお礼をされる事になった事。
正直行きたくないけど、どうすればいいか。
「へぇ……まぁ、そこは行くのが吉だよな。ずっと待っててナンパされたら意味ないし」
「そうだよな?……でも1日中女の子と2人でいるなんて想像できない。」
秀は笑っているけど、女の子が苦手な俺にとっては深刻な悩みだ。
流行りや話題を知らないから会話もなくなってしまうかもしれない。
そうなったら折角、休日をこの事に当ててもらったのに申し訳ない。
「大丈夫だよ!お前は女が苦手なんじゃなくて人見知りなだけだ。少し仲良くなれば何とかなる」
「……無責任な」
「いや、現に仲のいい奴いるだろ」
確かにいる。
けどその人は小中と同じ学校だったから。
高校に入ってからはそういうのはなくなってしまった。
「まぁさ、有宇は楽しんで貰ったらそれでよし。駄目だったらちゃんと頭を下げる。それぐらいの気持ちでいいんじゃないか?成功させようって気持ちも確かに大切だけだな。先走って悪い結果しか生まないしな?」
「まぁ……一理あるな。秀にしては」
「一言余計だっつの!……今回は有宇はゲストなんだから向こうさんが色々楽しませてくれるだろ?肩の力抜いてけって!」
バンと背中を叩いて、
「本音はそんな羨まイベント無視するようなら俺が代わりに行きたいぐらいだぜ!」
秀はサムズアップして自分の席に戻った。
ったく……最後まで締まらない奴だな。あいつらしいけどな。
相談してよかった。
「お礼は言わないけどな」
◇◆◆◇
「はあぁ……」
教室に戻ると、私は机に俯していた。
こんなはずじゃなかったのにな。
今日こそは挨拶しようと思ってたのに。
「またびっくりして逃げちゃったよ……」
「ねぇねぇ、あお!」
顔だけあげると、ひかりちゃんは机からひょこっと顔を出していた。
「どしたの?」
「いやぁ〜今日もあの2人かっこいいなぁって。いつも一緒にいるよね」
嬉しそうにひかりちゃんのポニーテールがぴょこぴょこしている。
「私は少数派の蒼井くん派なんだよね」
「え、そうなの?」
「あの瞳がいいんだよね〜」
そうかな?あの瞳は少し怖いや。
ズンと暗くなってしまう私に対して、
ひかりちゃんは瞳をキラキラさせながら、
「だっていつもは眠たそうにしてる蒼井くんがキリってなる事があってね?そのギャップがいいんだよね〜」
との事だった。
体育の時間とか先生に当てられて黒板で問題を解いてる時とか色々あるらしい。
でも私には……
「でもいつも怒ってるみたいだよ?」
「うーん気のせいじゃないかな?目つきが悪いだけで不機嫌ではなさそうじゃん」
それを除けばダントツでイケメンだったのにね!
と他人事のように笑うひかりちゃん。
確かに怖いのは瞳だけ。
男の子達といる時はいつも楽しそうで、キラキラしている。
「きっと女子と喋るの恥ずかしいだけだよ」
「そうだといいんだけど……」
結衣との約束は最先悪そうだ。
「あーお!一緒に帰ろ!」
帰りのHRが終わって、帰りの仕度をしていると、
仕度を終えたひかりちゃんが私の所に来る。
他の皆もぞろぞろと教室を出ていく。
そのまま帰る人。
部活に行く人。
寄り道する人。
それそれだ。
結局話せずじまいだったな……明日から頑張ろう!
やる気十分に燃え上がっていたのだけど……
「あ、忘れ物しちゃった……」
それに気づいたのは校門を出た所。
少し遠いけど、持って帰らないと。
「じゃあ私、先に帰ってるね!」
ひかりちゃんと校門で別れる事にした。
放課後の校舎はいつも騒がしいのとは違ってしーんとしていて、
なんか新鮮だ。
これが夜だったらさらに怖いのかもね。
肝試しに夜の学校が定番なのも頷ける。
テクテクと自分の教室まで廊下を歩く。
すると、まだ電気はついていて中にも人がいるみたい。
どんな事を話してるかまでは分からないけど、
楽しそうな声が聞こえる。
「じゃんーーーいいだろ?」
「やめろってーーーよ!」
こんな時間に誰がいるんだろう?
自分の用事を片隅に今はそっちがメインになって、
私はドアを開ける。
そこに広がっていたのは……
「え?」
朝、ひかりちゃんに仲良しの2人だよねと言われていた蒼井くんと室井くん。
机の上に室井くんが蒼井くんに押し倒されていた。
顔はもう少しでくっつきそうで……
突然の事で固まる私。
「「あ……」」
「あ……」
私に気づいた2人。
皆、時が止まったかのように固まる。
最初に硬直から回復したのは私。
だって2人が固まるよりも先に固まってたんだもん。
何事もなかったかのように私はその場から離れる。
「…………………」
ええええ!?ま、まさか噂は本当だったの!?
忘れ物なんてどうでもよくなった。
今はあの2人から離れた方がいい。
気まずいし、邪魔者みたいだし。
逃げるようにその場から離れようとする私に、
「待って!!」
私を追いかけてきた蒼井くん。
「えっと……なにかな?」
「あのさ……会話聞いてた?」
会話?聞こえてはいなかったけど……
きっと広まるとまずい事なんだよね?
今のだってきっと放課後で誰もいないからやっていた事で……
そっか!今のと関係あることなんだ。
そう頭に巡らせている最中に、蒼井くんは距離を詰めていた。
「だ、大丈夫だよ?誰にも言わないからーー!」
逃げる私。それを追う蒼井くん。
これが恋人同士のあれなら、少しは微笑ましいんだけど。
見てはいけないものを見てしまった私と見られた蒼井くんじゃ、締まらない。
「待って!」
「大丈夫!誰にも言わないから!」
「違うんだって!言い訳させて!」
「大丈夫!分かってるから!」
自己最高の走りと靴の履き替え。
そのまま昇降口を出ようとした。
「待って!……って!あぶない!」
「っわあ!」
泥を落としのマットに足を躓かせてしまう。
走っていたからそのままの勢いで倒れて……
しまうことはなく、後ろから腕を回した蒼井くんに抱きとめられる。
「「あ……」」
胸に手を当てられて……
結局支えを失った私はおでこをぶつけてしまう。
「あ……えっと……その……ごめん!!」
「っっっっ!!」
やってしまった事にオロオロしながらも最後は綺麗な直角なお辞儀をする蒼井くん。
ふるふると赤くなりながら震える私。
恥ずかしさで頭いっぱいになった私は胸を隠して逃げていった。
読んでいただきありがとうございます。