夏の終わりは物語の序章
まだ日中は暑苦しく、肌を焼くように照る太陽の兆し。
日が短くなって夜が少し涼しくなっていき、夏の終わりが見えてきた、夏休みの最終日。
「有宇お兄ちゃん!アイスが食べたいな?」
妹である紅葉の可愛いお願いに、
俺はデパートに向かっていた。
アイスだけならコンビニでもいいだろうと思ったのだが、
ノートを切らしていたのを思い出した。
初日から授業はないだろうけど、どうせ出かけるのならついでに、というわけだ。
学校に通うためにも使っている最寄りの駅に隣接するデパート。
噴水。
マントマイムやマジックなどの芸。
ギターの語り弾き。
それに手を叩く観衆。
駅前の広場はもう日も暮れているというのに活気だっていた。
俺も用が無ければ、
「夏の終わりに」と感傷に浸りながらそれらを眺めていたかもしれない。
俺は広場を抜けていく。
「……やめてください」
小さくて、震えてはいたが、それでも分かる、拒絶した少女の声。
「イイじゃん?少しだけ、ね?」
見た目も口調もチャラチャラしている男が2人で少女を取り囲んでいた。
ナンパだというのはすぐに分かった。
少女もなんとか逃げようと抵抗するのだが、手首を掴まれて怯えてしまっていた。
「…………助けて」
助けを求める瞳が辺りを見渡す。
しかし、それを揃いも揃って視線を外して無視する人々。
そして俺の番になって……
「………っ」
ゆらゆらと不安に揺れる瞳。
視線を外したくなる。
あんなのに俺が勝てるわけない。
周りだって皆助けない。
だから俺だけ咎められる筈ない。
そんな事を視線を外した奴らは思っているのだろう。
少女を助けない事を間違った、自分可愛さな理由で塗り潰そうとしている。
例え、女の子が苦手だったとしても、そんな人間にはなりたくない。
それに、このまま見て見ぬふりをして帰る。
俺は妹と何食わぬ顔で夏休みを終える?
もし妹が知ったら何て言うんだろう?
きっとぷんぷんに怒るに違いない。
そんな怒る姿も可愛いけれど、
最低な事で怒られたいと思う程じゃない。
「つまり、これは俺と妹の為……」
俺もまた、自分可愛さな理由で塗りつぶす。
彼らとは行動は違うけど。
「ったく、噴水の前で待ってろって言ったろ?」
俺は男の手を払いのけて、少女の身を引いて自分の身体を盾にする。
「なんだてめぇ?」
「ちょっとそれはないんじゃねぇの?」
当然の反応。
折角、ナンパしているのに横から入られるのは気分がいいものじゃないだろう。
俺はした事ないから分からないけど。
彼らは俺を威圧すれば怖くなって逃げると思ったのだろう。
俺もそれなりに鍛えているけど、喧嘩慣れしているわけじゃない。
怖いし、今すぐにでも逃げたい。
でもそんな事したら助けずに見て見ぬふりしたのと変わらない。
それは俺は許す事は出来なかった。
「何もなにも、俺はこいつを迎えに来ただけだが?」
当たり前だが、初対面の人に荒い口調は使わない。
けど今は気持ちが砕けないように鼓舞するために使う。
恐怖と緊張で息が上がりそうになるのを必死に堪える。
何かもっと、他に譲れないもの……
絶対に守りたいものは……
そうだ。
後ろにいるのは少女の皮を被った妹だ。
「お前もお前だ。遅いのは危ないってあれだけ言ったのに……反省してるのか?」
いつも妹にしているように頭を撫でる。
怒っているようで本当は心配だったとそんなような声色で話す。
いつもは女の子と話すだけで緊張してしまうことも、
怖くて逃げたい気持ちも、
妹なら気兼ねなく話せるし、
たった1人の家族を守るためなら立ち向かえる。
「あ、ごめんさない。心配かけちゃったよね?」
「反省してるならいいよ。ほら、帰ろ?」
少女も俺の意図に気づいて話に乗ってくれる。
俺はそのまま手を引いて立ち去ろうとする。
「おい、待てよ?」
「話終わってねぇんだけど?」
立ちふさがろうとする2人。
無視した挙句、立ち去ろうとしたんだ。
それはもう怒り心頭だ。
胸ぐらを掴まれる。
自分の吐く息が熱く震えてしまいそうになるのを、
歯を食いしばって堪える。
俺はポケットから携帯を取り出す。
予め用意していた、3つのダイヤルが回っている画面を光らせる。
「これ以上しつこいなら出るとこ出るんで……だが?」
ですが?と言ってしまいそうになって寸での所言い換える。
だってめっちゃ怖いんだもん。
同い年っぽいのにピアスやらネックレスやら。
何処からそんなにお金が産出されるんだ?
別の事を考えて恐怖を紛らわせながら睨むと、
「っち、行こうぜ」
舌打ちをして乱雑に俺から手を離すと、
少し青い顔をしながら立ち去る2人。
どうやら気づかなかったらしい。
良かった。腰抜けそう……
「ありがとうございました!」
少女は俺に深いお辞儀をする。
俺は恥ずかしさと周囲の視線が気になって、
「いやいや!頭を上げて?ね?」
驚きふためいてしまう。
やっぱり女の子と話すのは苦手だ。
改めて少女の姿を見る。
甘栗色の真っ直ぐ肩まで伸びた髪。
恐らく、中学生ぐらいの彼女は、
まだ垢抜けない子供のような笑顔が似合う。
取り敢えず、不安や恐怖はすっかりなくなっていて安心する。
「で、でも……こんなんじゃお礼したりないっていうか……」
手をもじもじされて、肩を落としてしょんぼりとしてしまう。
その姿が拗ねて落ち込んでいる妹に重なって笑ってしまう。
「あ!笑いましたね?ひっどいなぁー」
自分が揶揄われたと勘違いした彼女はぽこぽこと俺の胸を叩く。
全然痛くない。
「何かお礼させてください!」
「いいよ、大した事してないし。」
「そんな事ないですよ!私の命の危機を救ってくれたんだもん。お願い?」
本人は敬語を使っているつもりなのだろう。
時折、素が出てしまっていて笑いそうになる。
「……でも、これから買い物あるから。妹がアイスを求めて待ってるんだ」
女の子が苦手だから、なんて事は失礼だから言えない。
だからここだけは正直に話す。
これで引いてくれるだろう。
案の定、少女はうーんと唸っていた。
これでOK。そう思っていたのだけど、
「じゃあ、今度の日曜の11時!」
「え?」
「待ってます!噴水の前で!今度の日曜の11時!来てくれなくてもいいから!」
そう言って駆けて行く少女。
「……それは卑怯だよ」
名前も知らない、初めて会った少女。
だとしても自分が行かなくて、ずっと待たせるのは忍びない。
「しょうがないな……」
俺は途方に暮れながら、買い物して帰路についた。
◇◆◆◇
「うひゃ〜やっと終わった〜」
私はぐいっと背もたれに、背伸びをしてもたれかかる。
『あお、おつかれ!やっと終わったね』
スピーカー越しに聴こえる女の子の声。
私の保育園の時からの幼馴染のひかりちゃん。
「うん!ありがとね、ひかりちゃん!」
『あおは毎年この時期になると泣きついてくるからね?もう慣れちゃった」
「あはは……来年こそは1人で頑張るよ」
『それ去年も聞いたよ』
力なく笑っていると、お腹もぐぅとなってしまう。
「そういえば夜ご飯も食べてなかった……」
『全く……私が食べに行ってる時もやってたんだ。その集中力をなんでもっと有効的に使えないか……」
呆れているひかりちゃんに私はなにも言えなかった。
だって自分が一番そう思っているから。
いつも力の入れどころを間違えてしまう。
今回も夏休みの宿題が終わらないまま最終日を迎えて、
ひかりちゃんにビデオ通話で教えてもらいながらなんとか終わらせた。
時刻を見てみると9時過ぎ。
「あはは。お腹空いてるのも当然だね〜」
『呑気だね。まぁそこがあおのいいとこなんだけどね』
どうせ後は寝るだけ。
ちょっと軽めにしておこうと下に降りていると、
「あれ?まだ結衣帰ってないんだ」
玄関に靴がない。
ちゃんと靴箱に入れるような妹じゃないし。
「もう!遅くまで!」
いけない子だなぁとひかりちゃんに文句を言いながら、
かなり遅い夕食を作り始める。
『でも、結衣ちゃんも中学生だしね。夏休み最後の日だし、許してあげたら?』
ひかりちゃんは私に厳しいけど結衣には甘い。
「駄目だよ。悪い事は悪いって叱らなきゃ!ズルズルーっと悪い方向行っちゃうんだから」
「確かに」
厳しいけどちゃんと話を聞いてくれるひかりちゃんは大好き。
『私が毎年あおを助けちゃうからズルズルーっと最後までやらないんだよね』
「うわーーん!ごめんなさーい!!」
自分が言った言葉がすぐに跳ね返って来て、
私はひかりちゃんに電話越しに泣きついてしまった。
やっぱりひかりちゃんは意地悪だ。
「たっだいまーー!!」
そんな会話をしているうちに噂の妹が帰って来た。
「結衣帰って来た」
『そうみたいだね』
じゃあね〜とひかりちゃん。
「今年もありがとね。また明日!」
と言って、私は電話を切った。
「もう!遅いよ、こんな時間まで」
「ごめんなさーい。」
いつもだったら、いいじゃん別に!と少しだけ反応するのに。
これは大人になったのか?
……気分がいいだけだね、きっと。
その証拠に、ウキウキした態度でチラチラと私を見る。
あざといけど、可愛いなと思いつつ、
「結衣、何かいい事あった?」
すると、待ってました!と言わんばかりにはじけた笑顔で、
「お姉ちゃん!私ね!王子様に会ったの!」
「え?」
王子様?お忍びで来日していたとか?
そんなわけないか。
「背が高くて、顔が良くて、声も男らしくて、颯爽と結衣を助けてくれた王子様!」
どうやら私が考えていたのとは違うらしい。
ナンパされて困っているところを助けてくれたらしい。
「全く……だから少しは早く帰って来なさいって言ったんだよ?」
「それは怖い思いしたから十分理解したよ。」
本当に怖い思いをしたみたいで、少し笑顔に陰りが見えた。
「でも……結衣が無事でよかったよ」
このぐらいでお説教は終わりと、優しく頭を撫でる。
その後、結衣は少し興奮気味で話す。
助けを求めて視線を彷徨わせても誰も助けてくれなかった事。
そんな中、颯爽と助けてくれた事。
お礼がしたかったのにできなかった事。
その埋め合わせを今度の日曜日にする事。
「ちゃんとOKしてもらったの?」
「ううん。でも無理だったら来なくていいよって言ったもん」
それは……ずっと待ってるねって言われたら行かないわけにはいかないだろう。
そのことを言うと、
「あちゃーそう言うわけじゃなかったのに……束縛系女子って思われてるかな?」
「そんな事はないと思うよ。でもびっくりしてると思う」
「うん……今度会う時にお詫びしないと」
「うん、そうしな。」
さらに肩を落としてしょんぼりする結衣の頭を撫でる。
あと先考えずに行動しちゃう姿は、ハラハラするけど、羨ましい。
私も少しぐらい見習わなきゃなって思う。
「ようやく私にも春がきたよー!お姉ちゃんの学校には王子様とかいないの?」
さっきまで落ち込んでたのに、すぐに立ち直る所も結衣の素敵な所。
「うーん。王子様かぁーそう言われてる人は何人かいるけど、皆関わりないかな」
隣のクラスの如月 浩介くん。
親しみやすく、面倒見もいい彼はいつもクラスの中心人物らしい。
本人はそれほど思っていないらしく、
大抵はいつも仲良くしている男友達といるみたい。
同じクラスだと……
「室井くんと蒼井くんかな?でも……」
「ん?でも?」
私の顔色が暗くなって心配そうに覗き込む結衣。
「蒼井くんには嫌われてるんだ」
たまに目が合うと睨まれているようで怖い。
蒼井くんは学年でも三本の指に入るほどの成績優秀者で、
運動もできる。
容姿端麗で男子と談笑している時はとても楽しそうで、
気遣いが細部まで気が行き届いていて性格の良さが分かる。
なのに、そんな彼は女の子が嫌いらしくて、近くによると嫌そうな顔をする。
「へぇ……なんか残念プリンスって感じだね。」
「うん。女の子の間ではホモなんじゃないかまで言われてて……すこし可哀想」
「そうまで言うならお姉ちゃんが仲良くなってあげればいいのに」
さらっと無理難題を押し付ける結衣。
結衣は誰とでも仲良くなれる。
簡単にはいかないものだっていうのは結衣を見てると分かる。
影でどうやったら仲良くなれるのか常に考えているのを知っているから。
「きっと女の子に苦手意識があるんだと思うよ。だから人畜無害なお姉ちゃんが大丈夫だって所教えてあげれば大丈夫だよ!」
「もう!人畜無害は褒め言葉じゃないよ!?」
「あはー!ごめんなさーい!」
自分の部屋に逃げる結衣。
ため息をつきながら考える。
やっぱり私が楽しそうに蒼井くんと話している所は想像できない。
でも怯えて逃げてしまう時、偶々肩を落としている所を見てしまった。
見間違いとか勘違いかもしれないけど、もし本当は仲良くできるのなら、
私は蒼井くんとも仲良しになりたい。だって同級生だもん。
「とりあえず、明日は挨拶だけ。まずはそこからにしよ」
私の2学期は初日から大変そうだ。
不安と期待を胸に私は明日の仕度を始めた。
初挑戦です。
至らぬ点も多いと思いますが、
完結目指して頑張りますのでよろしくお願いします。




