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勘違いは程々に  作者: ゆうさと
出会い
10/43

少女とケーキと豪華な料理

◇◆◆◇


遡る事昼前。


「じゃあお姉ちゃん、行ってきまーす!」


結衣は元気良く玄関を飛び出す。


「相手に迷惑かけないでねー!」


「分かってまーす!」


確かに今日はこの間、助けてもらった方とお出かけだとか。

あんなに意気揚揚だと空回りしないか心配。

どうか無事に帰ってきてほしいな。


そして私も家事を終わらせて、


「よし、材料買いに行こう!」


お昼時で少し混んでいるだろうけど、善は急げだ。

早速私は着替えをして、駅前のデパートに向かう。

もし結衣に会っても気づかないふりしてそっとしておいてあげよう。

少しだけ期待しながら私も家を出たのだった。


「っと……こんなものかな?」


材料は一通り揃ったかな。

お会計を済ました私は人混み中を慎重に抜けていく。

途中のフードコートで美味しそうな匂いが誘惑してくるけど、

ここは我慢……


「お、お土産にケーキでも……」


フードコートの誘惑には勝てたけど、その先に会ったケーキ屋さんには勝つことができなかった。

なんでも最近オープンしたばかりで、

本場仕込みの技術はもちろん、

ここは彼女のシュガージュエルが有名みたいだ。

簡単に説明すると氷砂糖の彫刻。

その技術が群を抜き、彼女のそれはまるで宝石のよう、だとか。

今度行きたいねとひかりちゃんと話した時に聞いた事を思い出した。


飴細工は今度にして今日はケーキにしよう。

きっと上機嫌で結衣は帰ってきて、

今日の事を話すだろうから、お話のお供にいいかな。


そうして店内に入ると、


「あらあら……あと160円なんだけどな?……」


「え?……あ、ど、どうしよう……」


少し困り顔の店員さんと、

小学生くらいの腰まで髪を伸ばしている女の子がレジにいた。

女の子はオロオロしていて今にも泣きそうだ。

頻りに机の上のトレーと自分のお財布を交互に見ていた。

そっか、端数分が足りないんだ。

きっとお金ぴったしに持ってきたはいいけど、

それは税抜きで……という事だろう。


「あのーこれ」


私はレジに立って足りない分のお金を置く。


「あ!で、でも……」


女の子も素直に喜んでもいいのか分からないような困惑した顔をしていた。

知らない人がお金をたてかけたんだ。

日頃からちゃんと教育されている賜物なのだろう。


「お姉ちゃん、ありがとうございます!」


頭を下げた女の子。


「ううん、いいよこのぐらい、ね?」


顔を上げた女の子は、瞳を輝かしながら私を見つめていた。

可愛いな〜抱きしめたい。


そのあと、店員さんが戻ってきて、


「こちらでよろしいですか?」


と中身を確認する。女の子は元気にはい!と言っていて、とても微笑ましい。

ケーキにはプレートが載っていて、

『ゆうお兄ちゃん、誕生日おめでとう!』

と書かれていた。

なるほど、お兄ちゃんの誕生日だったんだ。


「あ、あの!じかん、ありますか?」


「ん?あるけど……どうしてかな?」


店員さんから手渡された箱を女の子にしゃがみ込んで渡す時に聞かれた。


「お金かえさないと……」


「ああー……いいよ?あれぐらいなら」


「だめです!お兄ちゃん言ってたもん、お金のかすのもかりるのもだめだって」


本当にできた子だな。普通ならありがと!で終わるけどな。

私もこの後予定があるわけでもないし、いいかな。

きっと罪悪感で誕生日どころじゃなくなってしまうかもしれない。


「うん、分かったよ、じゃあ行こっか?」


と言うと女の子は華が咲いたような笑顔で、


「うん!レットゴー!」


意気揚揚と歩き出したのだけど……


「うわ!」


「っと!」


「きゃー!」


人や物ににぶつかりそうになったり、

犬に吠えられたりして、大変そう。



「ありがとう……お姉ちゃん」


私が箱を持つことにした。



「ケーキがあるからもみじがそと!」


頻りに言うのだけども、子供を車道側を歩かせるのは怖い。

ということで、女の子を内側にして私と女の子の間で箱を持つことにした。


紅葉ちゃんというみたい。小学3年生。

今日はお兄ちゃんの誕生日みたいなのだけど、


「ゆうお兄ちゃん、自分のたんじょうび、わすれちゃってるの。あそびに行っちゃった」


「もしかしたら、その人たちがお祝いしてるのかもよ?」


「うーん……なんかちがうと思うんだ……女の子のかん?」


まさかと思うのだけど、お兄ちゃんの事を一番知っているであろう紅葉ちゃんが言うのだから、

近からず、遠からずなのかもしれない。


「だからお兄ちゃんのいない間におばさんに来てもらっておりょうりつくるんだ!いつもケーキだけだから、今年はごうかなんだ!」


まるで自分の誕生日の自慢をするように嬉しそうに話す紅葉ちゃん。

結衣も小さい頃私にバレないようにサプライズで何か準備していた時、

こんな顔してたな。

きっとお兄ちゃんは幸せ者だ。私もそうだったし。


それからも紅葉ちゃんのお兄ちゃんの話をしていた。

そして紅葉ちゃんのお家に着いた。

意外にも家が近かったのはびっくりだ。


「ただいまー!」


紅葉ちゃんは靴を脱ぐとすぐに揃えて、お客用のスリッパを用意する。


「はい!どうぞ!」


「ありがと、偉いね、紅葉ちゃん」


頭を撫でると、嬉しそうにされるがままになる。


私はリビングに案内されて、椅子に座る。

しばらくして紅葉ちゃんがお金とお茶を持って戻ってくる。


「はい!ありがとう、ございました!」

「うん、確かに受け取りましたー」


笑顔でそう言うと、満足した紅葉ちゃんは自分の飲み物を持って来て隣に座る。


「お姉ちゃん、ゆっくり休んでいってね?あ、おにぎりあるんだけど、食べる?」


「うん、ありがとね紅葉ちゃん」


そして私達は少し遅めの昼食を取った。

お兄ちゃんが作ったみたいで、そのおにぎりは美味しかった。


食べながら、緩やかな時間を過ごしていると、


「あ、電話だ。ちょっと待っててね?」


電話がかかって来て紅葉ちゃんは受話器を取る。


「もしもし。あ、おばさん!こんにちは!……え?」


最初は元気だった紅葉ちゃんの声に雲がかかる。


「はい……分かりました……はい。またね?」


帰って来た紅葉ちゃんは明らか元気がなかった。


「どうしたの?何かあった?」


「その……おばさんが来れないって。ど、どうしよ、まだ1人じゃつくれないのに」


そっか、叔母さんが来てくれるってさっき言ってたよね。

お母さんも忙しいのか、家にいない。

みるみるうちに曇っていく顔。

それもそうだ。あと料理を用意すれば豪華な誕生日パーティーの完成。

その肝心の料理を作れる人がいないんじゃ紅葉ちゃんのサプライズも頓挫したようなもんだ。

なら……


「よし!お姉ちゃんも頑張る!だから一緒に作ろ?」


「え?いいの?」


「うん!だからもうひと頑張りしよ?」


「うん!がんばる!」


えいえいおーっと拳を上げる紅葉ちゃん。

私も真似ると、紅葉ちゃんはまた嬉しそうに拳を挙げる。

顔を見合って笑う。


よし!紅葉ちゃんのお兄ちゃんの為に、

紅葉ちゃんの為に一皮脱ぎますか。


エプロンを借りて私と紅葉ちゃんはキッチンに立った。


「じゃじゃーん!」


回るとふわっとするフリルのついたエプロンを身に纏う。

ごそごそと持って来た道具はどれも紅葉ちゃんの手に合わせて小さいものだ。


「わぁー!紅葉ちゃん、可愛いね」


「お兄ちゃんが買ってくれたんだ!いっしょの時はいいよって」


買ってもらった時の事を自慢げに話す紅葉ちゃん。

本当に優しいお兄ちゃんだと言うのが道具の細部を見るとよく分かる。


まずは皮むきなのだけど、


「うーん……っよいしょ」


かなり危ない。

何が危ないかって手が震えているのに、紅葉ちゃんは怖いという気持ちが微塵もない。

緊張しているようだ。


「紅葉ちゃん?ピーラーにしよっか?」


私はピーラーで人参の皮をするする剥いていく。


「わぁー!もみじもやる!」


楽しそうに剥いているのを見て紅葉ちゃんもやりたくなったみたい。

作戦成功だ。


それからも皮むき、ぶつ切りと作業は続いていく。

切る作業は、最初に私が半分に切る事で平の面を作ってあげる。


「お姉ちゃん、ねこのてー!」

にゃんにゃんと猫パンチを繰り出す紅葉ちゃん。可愛いなぁ……


平らな面を下にする事で紅葉ちゃんは安定した状態で切る事ができる。

昔、私が小さい頃にお母さんの手伝いをしている時にしてもらった事だ。

私も結衣と料理する時はお母さんのようにしていた。


次に煮込んでいる間にスクランブルエッグを作る。

と言っても卵を割って、調味料を少々、混ぜる、それだけなのだけど。

でも紅葉ちゃんにとっては新鮮で、


「見てお姉ちゃん!きれいにわれたー!」


「このぐらい?もっとまぜまぜする?」


「よぉーし!やるぞー!」


1つ1つ本当に楽しそうに作っていく。

この気持ちは幾つになっても忘れちゃいけないなと、

紅葉ちゃんを尊い視線で微笑んだ。


無事スクランブルエッグも完成して、サラダとローストビーフも盛り付けて、食卓に並べた。

あとは主役のビーフシチューだけ。

気づけば18時、30分前。

そろそろ帰らないとご飯の支度が……


「あれ?お姉ちゃんの分は?」


一緒に食べてくれると思っている紅葉ちゃんは可愛く首を傾げていた。


「あ、えっとね?お姉ちゃん、そろそろ帰らなきゃいけないんだ。ごめんね」


「ええ!一緒に食べて、お兄ちゃんのたんじょうびしたかったのに!ぜったいお兄ちゃんもよろこぶし、おりょうり作ってくれたお姉ちゃんにありがとって言いたいと思うよ?」


残念そうな顔はみるみるしょんぼりしていく。


「ごめんね?お姉ちゃんも一緒にお祝いしたかったんだけど、お家に妹がお腹を空かして帰ってくるから……」


ごめん、結衣!嘘じゃないけどそれが私の帰る理由だった。


「あ……そっか。うん、かぞくはだいじだもんね」


無邪気な紅葉ちゃんには似合わない、深妙な顔で頷いた。


「分かった!でも今度また、もみじとあそんでね?」


でもすぐにニコニコと花が咲いたように笑う。

なんだったんだろう?


それから完成したビーフシチューを盛り付けて、

紅葉ちゃんの家を出たのは18時、15分前ぐらいだった。


頻りに裾を掴まれて、

そんな姿に胸が痛くなりながらも、

RAINを交換してまた遊ぶ約束をした。


今日は予定外な事ばかりだったけど充実した1日だったなぁ。

結衣に今から帰るねとメールを送る。

この距離だと後5分もあれば着くかな。


そう思って、顔を上げると、目の前に見知った人影が近づいていた。


「あれ?……蒼井くん?」


「あ、石川さん、こんばんは」


こんな所で会えるなんて。

蒼井くんも驚いた顔をしていた。

紙袋から服を買いに言ったことが分かった。

そういえば家が近いって言ってたよね。

今まで会えなかった方が凄かったのかも。


「今日の晩御飯?」


蒼井くんも私のビニール袋を見てそう思ったみたい。


「これ?……えっと、クッキー作ってみようと思って。その材料」


蒼井くんの為にねって言ったらどんな顔をするんだろ?

言ってみたいけど、私がまず恥ずかしくて言えない。

石川さんなら美味しいクッキーを焼きそうだなとかかな?


「そっか。頑張って。石川さんなら美味しいクッキー焼けるよ」


「あはは、そうかな?そう言ってくれると少し自信湧いてくるかな」


かぁーっと顔が赤くなる。

読まれた?

それとも同じ事を考えてくれてたんだとしても……

挙動不審にならないようにパタパタと暑さを取る為に手を振る。


「っと少し話し過ぎちゃったな。これから作るんだろ?」


「そんな事ないよ。この時間だと晩御飯食べてからだから」


きっと今日だけでは納得したの作れないだろうし……

金曜日までに渡せるように仕上げなきゃ。


「そっか……じゃ、また明日学校で」


「うん!じゃあね?」


片手を挙げる蒼井くんに、私も倣って手を振ろうとする。

だけど顔と胸が熱くなってしまって、

結局、胸の前で小さく控えめに手を振る程度になってしまった。


5分に満たない時間だったけど充実したな。

やっぱり、勘違いせずに打ち解けて、ちゃんと話ができるのは嬉しいな。


お読みいただきありがとうございます。


妹と邂逅。


それが有宇と葵にどう影響していくかお楽しみに!

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