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荻堂酉馬3

 PM4:25


 荻堂は、突然電話で呼び出され、少しばかり不機嫌だった。地下鉄に揺られ、すすきのに向かい、駅で降りた。

 冬で日が落ちるのが早く、外は既に真っ暗とはいえ、酔っ払いが大勢いることに荻堂はさらなる苛立ちを募らせた。

 荻堂はそこから、ペンギンでさえ凍り付きそうな寒さが支配する中を歩き始めた。黒コートなど、この寒さの中では肌着ほどの防寒効果しかない。

 耳や唇に至っては寒いを通り越し、痛い。気休めにショートホープに火を付けるも、まったく寒さは和らぐわけもなかった。

 そんな中十分ほども歩き、荻堂は一つのクラブの前に立ち止まった。

 『LoveGun』。『ノチユ』ができた今となっても、この界隈で知らぬ者のいない店である。

 よく戎谷の連中がここで納得したな、と荻堂は今さらながらに苦笑した。そして、そのまま足を踏み入れようとすると、筋骨隆々といった風貌のドアマンに、荻堂は立ち塞がれた。

 筋肉ではち切れそうなスーツに、こんな寒空の中ではよけいに寒そうなスキンヘッドをした、黒人の厳つい男である。

「タバコは困ります」

 荻堂は苦笑した。こんなクラブに足を踏み入れるのに、よもやタバコを咎められるとは思わなかったからだ。

「こいつは驚いたな。タバコ銘柄の見本市に来たって言うのに、タバコの持ち込みを断られるなんてな」

「ルールはルールなので」

 これにまた荻堂は吹き出した。

「無法者に法を説かれるとは、傑作だ」

 荻堂は黒コートの中からチョコレート色の革手帳を取り出した。

「悪いが、ここからは俺がルールだ」

 その手帳には、POLICEという文字が書かれたエンブレムが刻まれていた。

 男はすっかり色をなくし、黙って道を空けた。

 そのまま荻堂は『LoveGun』の中に入る。薄暗い店内を荻堂が進むと、酒を喰らう客から目を向けられる。

 あまり素性の良さそうな連中ではない。だがそんなことは気にせず、そのまま荻堂はさらに地下にある部屋へと向かった。

 赤いカーペットが敷き詰められ、高級な黒いソファが四面に置かれた部屋で、その中を紫煙がまるで雲海の如く部屋を覆っていた。

 そして、その中に入った途端、凄まじいほどの威圧感で睨み付けられた。

 まずは、村田組の組長。肥えた風体にサングラスという格好は変わりようもないが、なぜだか非常に萎縮して見える。理由を考えればそれも当然ではあるが。

 その横には二人の男がいた。一人は、すっかり白くなった髪をオールバックに撫で付け、髭もきちんと整え、ぱりっとしたスーツを着こなしており、見ようによっては大会社の社長にも見えそうな風体だった。

 しかし、その目を除いての話である。凄みが滲み出そうな鳶色のその目は、到底一般的な業種に就く飼い犬の目ではあり得なかった。逆らうものは誰であろうとも噛み殺す、猛犬の目である。

 その横にいる男はまだ若く、細身なオリーブグレーのスーツを違和感なく着こなしている。黒髪を綺麗に分けており、眼鏡の奥の目は笑みを絶やさない。到底こんな場ではなく、昼間、小学校で教壇に立つのが似合いの、そんな男である。

 しかし、柔和そのものに見える目だが、その目の奥にはちろりと狂気の炎が見える。

 そして逆サイドには、これまたこの場にそぐわない顔ぶれが並んでいた。

 一人は女だった。すらりとした脚を組み、ヒールの付いた靴をこつこつと響かせて、座っている。

 ミニスカートに、へそが見えるほど短い赤い革でできたジャケットを着こなし、扇情的な鎖骨が聳えるさらにその上には、綺麗に切り揃えられた茶髪を揺らし、薄ぼんやりとした色素の薄い目で、こちらを見つめていた。

 どちらかといえば、もっと花のある芸能界などにいるのが似合いの女である。

 だが、紫煙が覆い隠す、死地に一番近いこの場において、彼女は風景に対し、不思議と違和感なく振る舞っていた。泥濘に浸かった期間は決して短くないのだろう。

 女の横には、聳え立つ壁そのものに思える大男が、天井に頭が届くか届かないかという状態で、直立不動で立っていた。

 その表情に険はなく、かといって表情もない。だが顔に深々と刻まれた傷痕が、雄弁にこの男が並々ならぬ場を潜ってきたことを物語っていた。

 髪は金髪を短く刈っており、目は濃い藍色だった。カーキ色のコートに、革のパンツを履いている。そして、纏う気配から、元からこの業種にいた訳ではないことがわかる。

 荻堂は苦笑した。この異常な顔ぶれは、どれだけ今回の件が北海道の黒社会に大きな影響があるかをはっきりと示している。それだけに、村田組の組長が萎縮するのは当然だと言えるだろう。

「すいませんね、こんな重要な会議に遅れちまうとは」

 荻堂が言うなり、こちらをじろりと全員が見た。

 その中で、白髪の紳士が口を開いた。

「構わんよ。約束もしておらず、突然呼び出したのはこちらなのだから」

「すいません、永峯さん。しかし、どうして二代目戎谷組がここに?」

 永峯と呼ばれた紳士は、にこりともせずに答えた。

「村田組に、『宇佐見資金』の件でトラブルが起きた、とこちらに相談があったのでね。宇佐見資金ともなれば、それは一つの組で抱えるような問題ではない」

 荻堂は大げさに溜息をついた。

「村田さん、事を大ごとにしたいわけじゃないでしょ? 永峯さんの力を借りればどうなるかは……」

 荻堂の言葉を村田組長が遮った。

「わかってる。わかってるが、同時に永峯さんは話の分かる人だ。穏便に事を進めてくれると信じて話をしたんだ」

 荻堂は村田組長の血の巡りの悪さを嘲笑せざるを得なかった。しゃぶり尽くす側の人間が、自ら腹を見せた犬の末路を知らぬわけがないだろう。

「成程。じゃあ、こっちの『ドゥエンデ』のお二人は?」

「『宇佐見資金』の件、一枚も二枚も噛んでるから。ね、村田組長」

 ドゥエンデと呼ばれた女が淡い笑みと共に荻堂に語った。つまり、殆ど一方的に嗅ぎつけて、ここに来たということになる。尚且つ、会場すら貸すという念の入り用だ。何か確実に、ドゥエンデは隠し持っている。

「どうやら、金庫番の役目を十二分に果たして貰っているようだ。ありがとうございます村田組長」

 荻堂の皮肉に、村田組長は顔をしかめた。

「さてと。それで、宿題の結果はどんな具合で?」

 荻堂の言葉に口を開いたのは意外にも女だった。

「私が説明するわ」

「畦原さんがなんでまた?」

 荻堂の言葉に畦原は、笑みを浮かべた。

「村中から糸一本ずつ持ち寄れば、裸の人にシャツをやれる。ロシアのことわざよ。困っている人を助けるのは人の道理でしょう?」

 畦原はまるでカトリックの神父のようなことを言ってのけた。この場には一切そぐわない上、どう聞いても額面通りには受け取れない。

「それで? そいつはどんな柄のシャツなんです?」

 荻堂の言葉に、畦原は隣に直立不動で立っていた男の目を見た。すると、男は抱えていたジュラルミンケースの中から、写真の束を畦原にそうっと、繊細に差し出した。

 畦原は受け取るなり、それをガラステーブルの上に無造作に放った。

 そこには、二人の人間の顔写真が置かれていた。

 眼鏡を掛けた三十四、五の男と、二十五、六の美しい女性の顔写真だった。

「男の方は吉永徹。大手都市銀行のSEを諭旨解雇され、その後派遣SEとして北方銀行に潜り込んで、小遣い稼ぎを狙ってたそう。女の方は皆月かおり。北方銀行に勤めて四年目で、吉永に誘われて色々と小遣い稼ぎを企んでたみたいでね。で、今回依頼主が誰かわからないままにポンと百万貰って、金の移し替えを行ったってさ。その口座がまさか『宇佐見資金』だなんて知らずにね」

 荻堂は苦笑した。

「五億もの資金が動いているのに、ヤバいって気付かなかったのが奴らの落度だな」

「国会議員や道議会の議員、大会社の社長などからも似たような依頼があったって聞くから、その手の口座と区別が付かなかったんじゃない?」

「なかなかの収穫じゃあないですか。それで? 五億は取り戻せたと考えていいんですよね?」

 村田組長は、荻堂の言葉に立ち上がり、頭を下げた。

「すまねえ。そこまでしか追えてねえ!」

 荻堂は肩を竦めた。

「追えてねえと言うより、それすらも『ドゥエンデ』に頼り切りじゃないか?」

 畦原が首を振った。

「いいえ。村田組は組員総出で吉永と皆月を追ったの。もちろん私を含めて数人はサポートに回ったけれど。そして、吉永を確保したの」

「それで、今の話を聞き出せたんだ。ただ、皆月の方は完全に消息が途絶えていてな。まったく足取りは追えなかった」

「で、それは事務的なやり取りで?」

 村田組長がやや頬を紅潮させて答える。

「膝小僧が22口径で少々風通しがよくなったってくらいだ。奴は黙って治療してくれる類いの病院に放り投げてきた」

「ずいぶんとお優しい。ノーベル平和賞を貰えるような博愛主義者だとは」

「でも、そこからが問題で、吉永が口座を移した先は民族系銀行の口座だったの。そこから先が追えてないっていうのも頷けるでしょう?」

 畦原の言葉に、荻堂は一瞬凍り付いた。米塚が言っていた、ソ・ジュファンが札幌を訪れていたことを思い出したためだ。偶然の一致かもしれないが、あまりにも時期が重なりすぎる。だが、荻堂はそれを顔には出さず、苦笑してみせた。

「なるほど。既に大火事だが、更なる焼け野原が広がる危険性が十二分にあるってことですか。それで兵隊が多い戎谷を頼った、と」

「ああ。で、どうする?」

 どうするもこうするも、民族系銀行のバックを相手取って事を構えるのは、既に北海道で納まる話ではない。個人、組織レベルの話ではなく、国家レベルの話になってくる。

(下手打ちゃ、相手は『北』そのものって事もあり得る。良くてソ・ジュファンか)

 そして、ソ・ジュファンを相手取るとなれば、それも相当なリスクである。

 そう考えれば、村田組がいざという時のために、道内でも屈指の武闘派とされる二代目戎谷組と、新興勢力ながら、ロシアンマフィアとの密接なパイプを持つドゥエンデを引き入れたのは、判断としては間違っていない。

 しかし、それにしても話が膨らみすぎている。

 一瞬、判断に迷った荻堂を、永峯が苦笑と共に笑い飛ばした。

「『宇佐見資金』の後継者が嘆かわしい。そんな弱腰で、よくまあ我々の首に鈴を付けようなどと考えられたものだ」

「悩んでいるのは真向から潰せたとして、あまり利潤が見えないからですよ。戦争とは外交手段の一つに過ぎない。即ち、搦め手でどうにかなるのなら、そちらの方がお得なビジネスじゃないですかね?」

「臆病風はそろばん勘定に一切入っていないと言うんだな?」

 荻堂は苦笑した。

「臆病者の方が長生きできる、ってのも事実でしょ?」

 荻堂の言葉に、眼鏡を掛けた男が初めて口を開いた。

「それでは荻堂さん。もし、その二人が言っていることが、嘘っぱちならどうするつもりなんです?」

 場の空気がその瞬間、はっきりと凍り付いた。

「上木原、どういう了見だ」

 畦原が凄まじい目つきで、眼鏡を掛けた男を睨み付けた。

 上木原と呼ばれた男は、その目線に柔和な笑みを返す。

「言葉通りの意味ですよ、畦原さん。民族系銀行なんて話がもし事実なら、それ以上の追究は避けざるを得ない話です。もしかしなくても、『北』と喧嘩なんか、到底遠慮したい。しかし、我々二代目戎谷組が掴んでいる情報は、違います」

 畦原は目線を外さずに返答した。

「ならば、言ってみるといい」

「ええ。我々の掴んだ情報だと、シンガポールの口座に金が動いています」

 ドゥエンデと村田組が聞き出した情報と真向から対立する話だ。

「それはおかしな話ね。我々は実際にデータを動かした吉永から聞き出している。これ以上無いほどに確実な情報だと私は判断している。一体、それに対抗できるどんなソースから、シンガポールという話を聞き出したのか、是非聞きたいものね」

 畦原は怒り気味に声を荒げた。無理からぬ事だろう。

「仕方ありませんね」

 だが、あくまでも上木原は動じない。携帯電話を取り出すと、部下に指示を出す。

 すると、数十秒後に、車椅子に乗せられた誰かが、部下に押されてこの部屋にやって来た。

 拘束衣を着せられ、顔にはすっぽりと布が覆い被さっている。小柄なのはわかるのだが、性別まではわからない。

「あら、随分とおめかしさせてるわね。これから舞踏会にエスコートでもするの?」

「いえいえ、滅相もない。貴重な参考意見を聞かせて下さった、かけがえのない方ですよ」

 畦原の顔が曇った。

「まさか……」

 そして次の瞬間、上木原は、車椅子に乗せられた人間の顔を覆っていた布をはぎ取った。

 畦原を含め、ほぼ全員が言葉を失った。

「上木原ァ!」

 畦原は声を荒げた。

 そこにいたのは、皆月かおりだった。ただし、人相が変わっており、上木原の発言から全員が類推したに過ぎない。

 具体的に言えば、目の周りの皮膚が、サングラス状にはぎ取られていた。はぎ取られた箇所はもちろん、まともな手当がされているわけもなく、グロテスクな傷口がそのままになっている。それは、まるで赤いサングラスをしているかのようにも一見すれば見えた。

「口を割って頂けなかったのでね。ピーリングですよ、ピーリング。ご存じでしょう?」

 畦原は黙って上木原の方へと歩き出した。誰も制止したりはしない。何故怒っているか、それは明白だったからだ。

 そして、近づいた瞬間に、拳銃を上木原に突きつけた。グロック26。非常に小型な銃だが、額まで数十センチという状況では躱しようもない。

 だが、同時に上木原も動いていた。細身のナイフが畦原の首元に刃が触れるかどうかというところで止められている。

「何の真似だ上木原」

「こちらの台詞ですよ。これだけの大事件を前に、手段を選ぶ余地が我々にあるのですか?」

「だとしても限度があるだろう!」

 畦原は安全装置を外した。

「年にダース単位で人を殺すあなたに、節度を語られるとはね。面白い冗談だ」

「規律と掟よ。それを乱すならば、死を以て償って貰う他ないでしょう。それとこれとは違う。これは単なる、嬲り殺しに過ぎない!」

「まだ死んでませんがね」

 くくっ、と上木原は笑った。

 そこに、荻堂が割って入った。

「そこまでだ。確かにこれは見るに堪えない。ですが、本題を片付ける方が先だ。説明してくださいよ、上木原さん。こんな残虐な手段を用いてまで、口を割らせた貴重な話を」

「実に簡単な話です。本来なら、皆月が交渉担当、篠永が実際の口座操作担当と役割分担していた。しかし、それで取り分が半々というのは割に合わないと、篠永は皆月を脅していて、一刻も早く皆月は商売から足を洗いたかったのです。ですから、そのためにまとまった金が欲しかったので、篠永に出鱈目な依頼先を伝え、自分自身で全てを行った。これが真相です」

 それならある程度納得のいく話だ。仲違いしていたのでお互いの言い分が対立していて、結果的に上木原側が当たりを引いた。それだけの話だ。

「で、そのシンガポールの口座、誰名義なんだ?」

蔡静さいじん。偽名でしょうね。そうですね、蔡静さん[#「そうですね、蔡静さん」に傍点]。ああ、いえいえ。ここでは蔡静さんではなかったですね[#「ここでは蔡静さんではなかったですね」に傍点]」

 畦原が焦りの表情を浮かべる。

「ともかく、それは確かなのかしら?」

「ああいう目にあってまで嘘を言う必要性を感じますか? それに、私は別ルートでの裏付けを持っている。もっとも、憶測になってしまいますがね」

 そう言うと、上木原は数枚の写真を取り出した。

「暗所での撮影なので、少し判りづらいですがね」

 その写真には、畦原の姿が映し出されていた。確かに暗い中なので、少し映りは悪いが、間違いなく畦原の姿である。

「これは何?」

「お忘れですか? 昨日、尤雲衢の屋敷の周りで目撃されたあなたの写真ですよ」

 荻堂は絶句した。上木原が何を言わんとして、この写真を取り出したか真意が理解できたからだ。

「シンガポールにある、蔡静名義の口座に五億もの入金があった日、畦原さんは尤雲衢が死んだとされる時間帯にその屋敷の周りにいたことが確認されていました。畦原さん、この二つの出来事を今ここで繋ぐピースはありませんが、想像で補えるレベルの話だとは思いませんか?」

 畦原は一気に窮地に立たされた。だが、それに焦ることなく、畦原はすんなりと言葉を返した。

「なるほど。面白い見方ね。確かに五億は決して少ない額ではないと思うけれど、それを着服するために法外なリスクを冒すほど、私は愚かじゃない。それに、尤雲衢の件にしてもそう。仮に私が尤雲衢を殺したいとして、自ら出向くような愚かなことをすると思う? そもそも、殺して私に何のメリットがあるの?」

 畦原の言い分ももっともだった。だが、口座の話と、写真を撮られている以上、旗色は圧倒的に悪かった。

 そこに、二代目戎谷組の組長、永峯が口を挟んだ。

「畦原さん、あなたの言葉だが、それは規律と掟には反していないのかね? 利が見えないからやる理由がないという、そんな理屈が通る組織に、規律と掟などあるものか」

 永峯の言葉で、さらに畦原は追い込まれた。表情にこそ出さないものの、内心畦原は相当焦りを覚えているだろう。

 荻堂は、畦原に変わって口を開いた。

「まあ待ってくれ。言わせて貰うが、両者の言い分共に、最後のピースを欠いている。真実はきっとそのどちらかだろう、とは思えるが、最終的な判断を下せる状態にはない。もう一度、事実関係を洗い直す必要があると、俺は思うがね」

 だが、それに上木原が食ってかかった。

「荻堂さん、高見の見物を決め込んだ揚句、仕切り直せとは随分な言い方ですね。そもそもあなた自身、どういった推論を現時点で組み立てているんですか?」

「だから言っただろう、最後のピースを欠いている、と。お巡りよりも遥かに早く重要参考人を二人とも見つけ出した手腕は大いに認めるさ。しかし、それだけでこの話は終わらない。『宇佐見資金』に後ろ足で砂を掛けた奴の首根っこを押さえつけるのが最終目標だ。それまで、迂闊なことを言える状態じゃない」

「あくまで確実な真実を見つけるまで情報を明かさないということですか。いいでしょう。しかし、それなら尤雲衢の件はどう解釈するのです? 我々の見立てでは、クロだと思いますがね」

 上木原はちらりと畦原の方を向いた。それに対し、荻堂は笑いながら返した。

「アンタ達が犯罪の専門家であるのと同じように、お巡りも犯罪の専門家なんでね。そんな経験からも、まだピースすら揃ってないのに、出来上がった絵に注文を付けるような真似を俺はしない」

 上木原は笑った。

「食えない人ですね。全ての判断を保留とは、臆病者にしても度が過ぎるんじゃありませんか?」

「算多きは勝ち、算少なきは勝たず。いわんや算無きにおいてや。孫子の言葉だ。勝算どころか、何も出そろってないに等しい状況で動くのは、愚かだろ? 話は終わりだ」

 荻堂は、何食わぬ顔でその場を後にした。二代目戎谷組は、二人揃って荻堂が去ったその方角を、睨み付けるように目で追った。

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