―第二章― EP.56 入学式
――合格通知を受け取ってから三カ月後。
家から見える窓の外は、春の柔らかな日差しと、強い風で木々や看板が揺れていた。
今日は、騎士団見習いの入学式。
昨日からというもの、俺以上にラークの方がソワソワとしている。
まるで自分が入学初日のような様子だ。
ガサッガサ……
「クレール、忘れ物はないですか? 着替えは、入ってますね。
書類は? 」
「大丈夫だって」
朝食のパンを食べながら、ずっとこの返答を繰り返している。
―心配し過ぎだ。―
「紋章バッジはちゃんとありますか? 」
ラークは手元のリストと、俺の持ち物を交互に見比べ確認を繰り返していた。
「何度も確認しなくても、必要なものは全部入っている」
俺は食べ終わると、ラークからリュックをゆっくり取り上げ
自分の部屋に戻った。
制服に袖を通し、ボタンをゆっくり閉じていく。
鏡の中に映る自分は、少し不安げな表情をしている。
―今日から寄宿舎か……―
ある日の鍛錬後、リリーと話したやり取りを思い出す。
『弟子よ、仲間と共に生活せよ』
「なんでだよ!通いにしようと思ったのに」
『学友と過ごせば、分かる時が来る。良い友が出来ると良いな』
「友達なんて必要ない」
それからラークと相談した後、渋々通いから寄宿舎に変更した。
胸元に光る、騎士団の紋章が入ったバッジにそっと触れた。
「友達は、どうやって作るんだよ……」
鏡の前で小さく呟き、溜息をついた。
カチャッ
「もう出ないとな」
懐中時計を確認した後、一階の玄関まで荷物を背負いながら向かう。
「そんなに心配するな。俺は大丈夫だ。お前との約束は守る」
ラークは少しだけ目を潤ませながら、力強く頷く。
「……二週間に一度の休みには、必ず帰ってきてくださいね? 」
「あぁ、約束する」
「寂しくなったら、いつでも家に――」
「ああ! もう湿っぽいぞ! 行ってくる!! 」
ガチャッ
バンッ!!
「いってらっしゃい! 」
窓から手を振るラークを背に、俺は春風の中へと駆け出した。
指定された城の門をくぐると、別世界が広がっていた。
慌ただしく書類を持ちながら走っている大人。
「コラ―! 魔法で移動しない! 」
先生の怒鳴り声に、笑いながら上級生らしき生徒は飛んで移動している。
―今までに無い光景だな―
フッと口元が上がる。
紙の地図を見ながら進むと、案内の腕章を着けた大人が数人見えてきた。
「新入生は、こちらの名簿へ記入をお願いします!」
大きな声に促され、足を止めようとしたその時、背後から軽やかな足音が聞こえてきた。
「おはよー! 」
振り返ると、水色の長い髪を揺らしながら、モニカが笑顔で駆けてくる。
「やっほー、クレール! 今日からよろしくね!」
「……あぁ、よろしく。モニカも合格していたんだな」
「当たり前じゃない! なめないでよね! 」
城の敷地の一番端に建てられた、騎士団見習いのための学び舎と寄宿舎。
石造りの重厚な建物が、これから俺たちの第二の家となる。
「紙を受け取ったら、講堂へ集合してください」
俺は自分の番号を確認し、講堂の最後列に近い座席に深く腰を下ろした。
―学校なんて初めてだから、よく分からねぇ―
―♪
生徒が座席を埋め尽くし始めると、クラシックからジャズの音楽に変わった。
檀上の広いステージにバイオリンや
クラリネット、ピアノを奏でている生徒たちが居るのが見えた。
「素敵ね」
「この曲知ってるわ」
生徒達のヒソヒソ話が、いたる所から聞こえてきた。
―音楽を愛でる気持ちは俺にはないが、いいんじゃねぇの? ―
見渡していると、一点に目が留まった。
「え……」
―あいつ……制服着て何やってんだ?! ―
アイビーが生徒の制服を着てドラムを叩いていた。
―それは数週間前の授業後
先生が持ってきた楽譜の量が多く、気づいたアイビーが質問すると
「入学式で演奏するドラム担当の子が怪我をして、
曲を変更することになったのよ」
レイチェル先生の悲しげな表情を見たアイビーは、またもお節介から
ウィッグを付けて代役をすることになったのだ。
―前世で嗜んでたものでね。役に立てて良かったわ―
生徒の数が多くて、誰も皇女だと気づかないまま生徒と練習をしていたのだ。
俺は、無意識に口を開けて見入っていると。
コツッコツッ
真ん中で歩みを止めた一人の男子生徒が頭を下げ、手をまっすぐ掲げた。
「風よ」
ピューー
淡い水色の花が宙を舞い、ルイーナ王国の紋章を大きく空中に作り出した。
手をグッと握り、拳を作ると花びらは一斉に散り
水色の花びらは、白い蝶になって飛び回る。
「わぁーー! 」
「いい香りだわ」
「カッコイイ!! 」
そこに2人の女子生徒が追加で後ろに並び、緑色とオレンジ色の魔力を放つ。
『入学おめでとう』
キラキラとした魔力の粒が、文字となり宙に現れた。
パチパチパチ――!!
会場は拍手で包まれ、演奏していた生徒は退出して行った。
暫くすると、檀上に一人の男が歩み出る。
「では、これから騎士団見習い入学式を執り行う。
国王陛下の挨拶である。皆の者、静粛に」
―ただの入学式へ、直々に陛下が来るのか?―
右側の袖から、大柄な男が青いマントを風になびかせながら堂々と現れた。
「生徒、教師全員起立!!」
ガタッ!!
号令と共に、会場中に椅子が床を擦る音が響き渡る。
国王のオーラとピリピリした空気が会場を包み、
生徒達の姿勢はピシッと正しながら立っている。
「一礼……! 直せ」
陛下は演台に置かれた紙を手に取ったが、
次の瞬間その威厳ある姿が少しだけ崩れた。
「入学おめでとう。えー……、文字が……。
なんて書いてあるんだ、これ……?
すまん! 自分で書いたメモが汚すぎて読めん! 」
陛下はその場で紙をクシャッと握りつぶし、苦笑いを浮かべた。
最前列の端にいた執事のルーカスが、
こらえきれない様子で口元と肩を震わせている。
「……まぁいい、入学おめでとう!
まず、ここまでよく生き延びてくれた。
そして、騎士団をどんな理由であれ目指してくれてありがとう」
陛下の声色が先ほどまでの豪快な調子から、深い慈しみに満ちたものに変わる。
「戦争前後で、その場に居合わせた者は手を挙げよ」
俺は手を挙げなかった。任務で何度か潜入したことはあったが、
今の俺がここでその手を挙げるべきではないと感じた。
隣でモニカが、震える手でゆっくりと挙手した。
その横にいた少年も、どこか遠い目をして手を挙げる。
―こいつら……苦労したんだな―
陛下は少しだけ声を詰まらせ、涙ぐんでいるように見えた。
「手を下げてくれ。大変だったな……。
これから先、悲惨な状況の戦場や討伐へ向かう者も多いだろう」
静かな会場に、陛下の声が響いていく。
「戦場に出れば、階級や身分など何の意味も持たぬ。
我々は国民を平等に扱い、一人でも多く救うために体を張る仕事なのだ」
両側に居る先生や上級生は皆ゆっくり頷いている。
「これからどう選択し歩んでいくか……。
良き友、先生と出会い、良き道を進めるよう願っている」
パチッ、パチパチパチ――
陛下が退出するまで拍手は続いた。
続いて、皇女の挨拶が始まる。
あわてて着替えたのだろう。紺色のドレスに身を包んだのに、
靴は生徒用の茶色い革靴を履いていた。
だが、一歩一歩進む
そのオーラは周囲の空気を変えるような気品を放っている。
その後ろからは、リリーがトコトコと一生懸命ついて歩いていた。
―サーシャ、師匠。見えてるか? 今俺は、同じ場所に居るぞ―
「ご入学おめでとうございます――
皆さんのこれからの未来が、より一層明るく照らされますよう願っています」
アイビーはクレールの方面を見ながら、優しく微笑んだ。
―皆の前で、そんな風に笑うな……―
途中で、リリーと視線が合った。
俺は静かに頷くと、リリーの口元がニヤリと歪んだ。
教室に戻る途中、周囲の生徒たちは興奮冷めやらぬ様子だった。
「なぁ! 皇女様って綺麗だったよな!」
「あぁ、優雅だし、気品に溢れていた」
「最後のあの微笑み……本当にかわいい」
―こいつら……いつか全員、ぶん殴ってやる―
俺は、目の前でデレデレとしている少年たちを後ろから睨みつけていた。
ドンッ!
すると、不意に誰かと肩が強くぶつかった。
「あ、わりぃ……! 」
「ご、ごめん! 」
振り返ると、目が真っ赤になったモニカが立っていた。
「お前、大丈夫か? 」
「ええ、大丈夫よ。目にゴミが入っただけだから」
―さっきので、記憶が蘇ったのか……? ―
教室に入り、自分の席に着く。真新しい机を撫でていた。
暫くすると、緑の長い髪に片眼鏡の男が髪をなびかせ入って来た。
「はーい! みんな集まったみたいだね。席について」
―この声は……―
視線を向けると、そこには空から降りてきて俺の潔白を肯定した
あの先生が立っていた。
「今日から三年間、君たちの担任になるウォーリアだ。よろしくね」
女子生徒達が騒いでいる。
―こんな胡散臭い男が女子は好きなのか? ―
「担任以外だと、僕は選択授業で魔術を教えている。
魔力がない者は防衛法を、魔力が多い者は……」
教室を見渡してから、俺の目を見る先生。
―なんで俺を見るんだよ!!―
俺は怪訝な目をしたあと、頬を少し膨らませた。
「コントロールと、さらにその力を引き出せる自信がある。
ただし、正しく使えると僕が判断した者のみだけどね」
ウォーリア先生は、穏やかな笑みを浮かべていた。
それから、今後の話の説明が終わると自己紹介が始まって行く。
あの金髪野郎のゼノも同じ教室だった。どうやら貴族も平民も同じ教室らしい。
「僕はゼノ。得意なものは魔術。探索や風魔法が特に得意だ」
「私はモニカ。少し離れた町から来たわ。
剣術を極めて、魔物や敵を倒す力を伸ばすためにここに来たの」
「俺はショウ。剣術は苦手だが、薬学の知識はある」
「私は、フォルト。貴族だが、気にしないで仲良くしてほしい」
―友達なんて今まで居なかったし、どう作ったらいいんだ?―
俺は机に頬杖をつきながら、長く続く自己紹介を聞きながら考えていた。
「ねぇ、選択授業何にしたの?」
モニカがひょっこり視界に入って来た。
「剣と魔法、戦術だ」
「やるねぇ。私も同じだわ!」
モニカのすぐ後ろに居る少年が、黙って見つめているのに気が付いた。
視線を合わせると、体を一瞬ビクッと跳ねさせた少年が口を開く。
「どうも……。僕はケビン」
モジモジしながら話すケビン。
「ごめんね、同じ町からきたのよこの子。人見知りだから優しくしてあげて」
モニカが弟を扱うようにケビンの頭に手を置いたが、ケビンはその手を払った。
「また、子供扱いやめてよ! 」
―俺が最初サーシャにやったみたいだな―
「クレールだ。俺は口が悪いが、気にしないでほしい」
「うん……僕はビビりだけど、仲良くしてほしいな」
「ああ。よろしく」
ケビンは俺の目ではなく、肩らへんを見つめて言っている。
―なんだ?こいつは何を見ている……―
「君……色々とすごいね」
「ん? そうか?」
聞こうとした矢先、校内にアナウンスが響いた。
「新入生の皆さん。寄宿舎の準備ができましたので移動してください」
「じゃ!またねー!」
モニカの明るい声で、俺達はそれぞれの寄宿舎へ移動した。
―扉の前で手と目を大きく見開け? ―
紙に書いてある通りにすると
『認証完了―クレール―』
機械音と共に、扉が開いた。
「やぁ、君と同じ部屋か」
「なんだ、金髪野郎かよ」
「ゼノだ! ゼノ!もう覚えてるんだろ?! 」
金髪を無視した俺は、後ろで騒いでる声を聞きながら
荷ほどきをしようと引き出しを開けると、一枚の紙が入っていた。
『おめでとう。これから、頑張ってね!』
右下の隅には『S』という文字と、見慣れた肉球のスタンプが押されていた。
胸の奥がじんわりと温かくなり、頬が緩んだ。
「なんかこの部屋といい、建物自体が新しくないか?」
俺は手紙を閉まった後、不思議そうに部屋を見回す。
「聞いた話だと、皇女様が建て替えたらしいぞ」
「へ、へぇ……。そうなのか」
―過保護すぎるんだよ―
俺は苦笑いを浮かべながら、荷解きの続きを再開した。




