EP1. 転生したら毒殺されかける皇女でした
ピィーーーッ!!
突然、警報音が部屋に鳴り響いた。
思わず顔をしかめ、両手で耳を塞いだが鳴りやまない……。
―な、何なの!? 城の中で警告? 火事!? 魔物!?―
視界の中で、点滅しているのに気づいた。
目の前の皿に添えられていた一部の野菜が、薄く赤い光を放っている。
さっきまで普通だったはずなのに……。
周りを見ると、お茶を注ぐ者。次の料理を運んで来る者。
誰一人、鳴り響く警報音に顔を歪める人も慌ててる人も居ない。
―え? 待って、待って。私だけ見えてるの?―
視界の端に半透明の赤い文字が浮かび上がる。
【危険物を検知しました】
その文字を見た瞬間、私は怖くなり動けなくなった。
―危険物? 一体どういうことなの……? ―
混乱しながら、皿をジッと見つめていると声をかけられた。
「どうした? 食べないのか? 」
目の前の知らない大男へ視線を向けると、
不思議そうに首を傾げて私を見つめている。
「えっと、その……」
私はこの状況を説明しようとしたが、上手く言葉が出てこない。
そうしている間に、カチャリッと音が鳴る。
男がフォークを持った音だった。
「あ……」
その男は、何も知らないまま、フォークで野菜を刺していた。
「今日は、なんだか様子がおかしいな? 具合でも悪いのか?
」
そう言いながら、赤く光る野菜を口に入れようと手を動かしていた。
―待って、ダメ……。それ、食べるの?
危険物って書いてあるんだけど!? ―
いや、でもゲームの画面みたいな表示だし、見間違いかもしれない。
―これは夢よ―
そもそも私は、昨日まで普通の会社員だったのだ。
ここは夢の中で、皇女になっただけでも意味不明なのに……。
今度は頭の中に警報音である。
『夢の中なら、どうでもいい? いや……夢の中でも嫌だ! 』
そう考えている間にも、警告で光る野菜がどんどん男の口へ近付いていく。
理由も分からないし、証拠もない。
それでも、本能が叫んでいた。
あれを食べさせてはいけないと……。
「ダメ!! 」
私は、大声を上げテーブルを叩く。
その場に居た者達が一斉に私を見るのが分かった。
――数時間前。
アラフォー会社員だった私は……。
その日、家に帰って来るとオンラインゲームのガチャ画面と睨めっこしていた。
「あと、ガチャ石が100個あれば天井か……うーん、悩むな」
私はスマホを抱えたまま天井を見上げ、深いため息をついた。
推しキャラ復刻が終了するまで、残り二日……。
追加で課金するか、それとも今回は見送るか……。
「もう遅いし、また明日考えよう」
決められなかった私は、ソファからベッドへ移動した。
ゲーム画面を閉じて、アラームを設定してから布団に入る。
―あぁ、明日は朝から会議だ……会社行きたくないな―
瞼を閉じ、いつの間にか眠りについていた。
◇
「おはようございます。皇女様」
知らない人の声と、布団の上から揺さぶられ瞼をゆっくり開く。
光のまぶしさに目が染みる。
そこには知らない外国の女の人がメイド服を着て立っている。
「……え?」
一瞬ビックリしたが、あまりにも現実離れしている状態に
夢だと判断した。
「あぁ……まだ夢の中かぁ」
私はもう一度、目を閉じ布団をかぶった。
「何を言ってるんですか!朝食のお時間まで時間がありません!
起きてください!」
そういわれて布団をはぎとられてしまった。
ガチャッ、ガチャ……ドンッ!
音のする方へ視線を向けると、別のメイドらしき人が
櫛や銀の容器をテーブルへ音を立てて置いていっていた。
寝ぼけ眼の私は、ベッドから渋々降りる。
―変な夢の後は、豪華な夢に変わったのかな……。―
その程度にしか考えていなかった。
「……え? 誰? 」
鏡を見て驚いた。外国の子供のよう……。
サラサラの銀髪。目は紫。5~6歳程度だろうか。
私はメイドに言われるがまま、椅子に座り髪をとかされていた。
「あの……私の名前って? ここはどこ? 」
すると、髪をとかしていたメイドが手の動きを止め溜息をつかれた。
「……あなた様はこのルイーナ王国の第一皇女殿下
リュシュレット・フィォナ・アイビー様でございます。
……こちらの返答でお間違えないでしょうか?」
面倒くさいと言わんばかりの表情で答えられる……。
気のせいだろうか?
―きっとこれは夢。残業続きだったから、疲れてるのね……―
それにしても、このメイド達の態度が気に食わない。
「ちょっと、あなた。その言い方と表情はなんなの? 」
メイドの手が止まった。鏡越しに見ると青ざめた表情をしている。
その遠くで、ゴトッとハンガーを落としたような音がした。
「私は皇女って言ってたわよね? 王族にそんな口調で言っていいの?」
「も、申し訳ございません……」
―仕事をなめないでほしいわ! ―
仕事で過去、接客業もしていたからか
メイド達の態度がどうしても気になってしまった。
夜が来て眠れば、現実に戻れるはずと思った私は……。
この夢の中を楽しむことにした。
―現実に戻れないなら……その時はその時考えるか! ―
着替えが終わり、再び鏡を見るとキラキラした女の子がいる。
実感が全くない、ゲームをしているような感覚でしかない不思議な状況。
私は首を傾げ、ボーっとする事しか出来なかった。
「さ、皇女様。陛下がお待ちですので……こちらへ」
後ろから声をかけられて、部屋から出ると広い廊下が広がっていた。
すれ違う大人たちが立ち止まり一礼していくのを見上げながら、
トコトコとメイドの後ろをついていく。
大きな扉をメイド二人が左右に立ち、同時に開いた。
木製の長いテーブルの奥には、
大柄で頬に大きい傷がある男が笑顔をこちらに向けている。
―この人、夢の中ではお父さんなのかな?―
他の席には誰も座っている人はいない。
「おぉ、来たか! 愛する我が娘!おはよう。よく眠れたかい? 」
大きな声だけど、穏やかで優しい声。
「おはようございます。遅くなりまして申し訳ございません。」
私は立ち止まり、ドレスの裾を両手で上へ広げて頭を下げた。
「……」
ガヤガヤしていた部屋が、急にシーンと静かになった。
周囲を見渡すと、執事やメイド達は
驚いたように私をじっと見つめて動かなくなっている。
―あれ? 私、この返答じゃだめだった?―
不安になって俯いていると、父親らしき男の人が
「なぁ、娘よ。誰にそう言えと言われた?」
低い声が部屋に響いた。
さっきまでの優しい雰囲気が消え、目が鋭くなっている。
―なんか怒ってる?! え?どうしよう……―
深呼吸を1回してから、私はまっすぐ男を見つめた。
「いえ、私の頭で考えて発言したまでです。
ご不快に思われましたら、大変申し訳ございません。
どちらに座ればよろしいでしょうか?」
―こういう時は動揺してビクビクしないほうがいいわ―
メイドが椅子を引いたところまで行き、ゆっくり腰を掛けた。
「今日はどうしたのだ? 初めて大人のような会話をしたから、
パパは驚いちゃったよ? 」
男の周りに居た使用人達は、小さく何度も頷いていた。
どうやら元の私は、かなり幼い話し方をしていたらしい。
―まぁ……中身はアラフォー会社員ですからね……。―
「私も、そろそろ早く大人になろうと思いまして……」
配膳されてきた料理に目を落としながら、気まずそうに答える。
―帰りたい。自分の部屋でお菓子を食べながらゲームがしたい……。
偉い人と話すの、現実世界でも苦手だったんだよな……。―
食事は、コース料理みたいに続いていった。
「あれ……?」
食事が進むにつれ、どんどん私は妙な違和感を覚えていた。
この料理の順番、皿の絵柄や並び。どこかで見た気がする。
メインディッシュの肉が、目の前に出された瞬間。
――あぁ、やっぱり。
私は、さっき夢で見た光景と一緒だと気づく。
食器も、料理も、この男の人も……。まったく同じ。
フォークを持てば鳴るはずだ……恐る恐る、震える手でフォークへ触れる。
ピィィイイーーー!!
警報音と、あのシステムのような画面が出てきた。
皿を見れば、肉に添えられた野菜が光っている。
―やはり、夢と同じだ!-
警報音が自分だけに鳴り響き、顔を歪ませながらも周りを見ると……。
使用人の一人が、お茶を注ぎ始めた。
確信を持った私は、目の前の男を見ると……
まさに今、その野菜を口にしようとしていた。
ガタッ!!
椅子から勢いよく立ち、手を男へと伸ばした。
「ダメ!!!」
私の叫び声に陛下の手が止まり、びっくりした表情で私を見ていた。
―自分でも驚くほど大きな声が出ちゃった―
「アイビー……なぜダメなのだ? 」
私は震える指で皿を指差した。
「その野菜……毒……だと思います」
食卓にいた全員の表情が固まった。




