土産物と進路と光明(物理)
長いようで短くもあった高校生活が終わりに向かわんとする三年生の春。
放課後の教室から外を泳ぐ桜吹雪を見つめていると、友人が悩まし気な表情で話しかけてきた。
「ほかちゃん、もう大学決まってるんですか?」
「うん、一応第二志望までは」
私がさらりと答えると、「うぅ」という呻きが返ってきて、さらに彼女は眉根を下げた。
その手元には『進路希望調査』と書かれた一枚の紙。さっきHRで担任の先生から渡されたものだ。既に私は二つ書き込んで机の中に仕舞っており、残るは第三志望の欄のみとなっている。
「参考までにどこの大学か訊いてもいいですか?」
「いいよー」
言葉にするより早いということで、机の中から紙を取り出して渡す。すると、彼女は「えっ」と声を溢して目を見開いた。
「と、東大に一橋!? 流石は学年主席で全国模試3位……」
「恥ずかしいからやめれ。それもあくまで志望校ってだけだから。これからまた変わるかもしれないんだし」
まっすぐな羨望の眼差しが照れくさくて、軽く笑いながら視線を逸らした。
実際、私自身は『絶対にこれらの大学に行きたい!』と決めて書いたわけではない。この前の面談では先生から「キミならどんな大学でも目指せると思う。マジで」なんて言われてしまったので、その時に薦められた大学名と学部を書き込んだだけに過ぎないのだから。
「選択肢にできるってだけで凄いですよ。……ほかちゃんと同じ所に行きたかったけど、わたしの頭じゃ流石に……」
「そんなことないって。ハルだって十分頭良いんだし、合格圏内でしょ」
暗い顔をする友人に呆れたように励ますと、彼女は眉を顰めながら「ありがとう」と呟いた。これは信じていないな……。
スタイルも顔もよくて、勉強も運動もそれなりにできる。なのにどうしてここまで自信がないのか。入学からここまで仲良くやってきた身でもそこは解せないところだ。
「……あ、そうだ。忘れるところでした」
友人のネガティブさをあらためて不思議に思っていると、彼女は顔を上げて思い出したように自分の席へ向かった。そして何かを鞄から取り出して小走りで帰ってくると、私の机の上に取り出したものを置いた。
そこに置かれたのは白い粉のようなものが詰められた小瓶。……何だコレ?
「春休みに家族と旅行してきまして、そのお土産です」
「へえ、どこに行ったの? てかこれ何?」
「中四国……というか、広島と愛媛ですね。こちらは瀬戸内海で取れた塩です! 色んな神話の舞台にもなっている場所の御塩ですから、霊験あらたかな御加護があると思います! あ、本当は国生み伝説のおのころ島があるっていう兵庫の沼島に行きたかったんですけど、それは今回の予定地から遠かったので断念しまして……」
さっきまでの暗い顔はどこへやら、にこやかな表情で声のトーンを上げて早口で語る彼女に少し圧倒される。
相変わらず神話やオカルト系が好きだなぁ。私にはよく分からないけど、元気になったのなら幸いだ。
「ええっと……とりあえずありがとう。それで、この塩はどうしたらいいの? 料理に使うとか?」
「それでもいいんですが、魔除け効果があるはずなので部屋に置いておくとか……あとは軽く肌に揉み込んでもいいと思います」
「なるほど」
言われるまま瓶から塩を少量取り出して、揉むようにして左手に摺り込んでみる。これといってスピリチュアルパワーを感じるわけではないが、目の粗い砂で手を洗っているような感覚は珍しい気もする。
まあ、こういったまじないなんかの類は気休め程度のものだしな、なんて考えながら自分の左手を
見つめていると……小さな変化に気が付いた。
「……あのさ、これって発光塗料とか入ってたりする?」
「え? いえ、そんなことはないはず……あれ?」
左手を見せると、私が問いかけた理由が彼女にも通じたようだ。
私達の見間違いでなければ……今、私の手は光っている。それも、さっき塩を塗った左手だけが。
夕日に照らされてそう見えているだけかと思ったが、右手で影を作ってみても白く光って見える。どうなってんのこれ。
製造ミスで着色料なんかが混入したのだろうか。だとしたら大変なことだが……まあ、きっと洗い流せば済む話だ。製造元に連絡を取るのはその後でいいだろう。
この時はそう深く考えず、話のタネが一つ増えたくらいに思っていた。
……まさかこれが原因で進路が決まることになろうとは、思いもしなかったなぁ……。




