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第44話~つかさの不満~

 夕食を済ませ、斉宮(いつき)つかさは学園の槍特寮(そうとくりょう)の近くの林の中で真っ赤な豪天棒(ごうてんぼう)を振り大木を相手に1人棒術の稽古をしていた。

 つかさの豪天棒の威力は太い木の幹を容易く抉ってしまい、細い木なら数回打つだけでへし折ってしまう程強力だ。

 そうは言っても無闇に木々を打ち倒してしまうのは良くないので、いつもは絶対に折れそうもない樹齢何百年もの大木に何重にも藁を重ねてそこをひたすら打ち付ける。

 この日つかさは一心不乱に幹に藁を巻いた大木を殴り続けた。

 月明かりと寮から射す微かな明かりだけしかない静かな林。時折吹く風が木々を揺らし安らぎの音を奏でる。それを打ち破る乾いた打音。

 つかさは汗を飛び散らせながら木を叩き続けた。

 脳裏には赤い影がチラつく。

 火箸燈(ひばしあかり)

 以前から燈とつかさは仲が良かったわけではない。つかさも元々燈とは馬が合わないと思っていた。だからお互い関わらなかった。

 燈はかつて学園序列6位だった女、外園伽灼(ほかぞのかや)を最も嫌っていた。目が合えば燈からいつも喧嘩を吹っ掛けていた。伽灼も口が悪く、燈の喧嘩を買うが決して燈の挑発には乗らず、クールに燈を罵倒して颯爽と去って行く。その度に燈より伽灼の方が上手(うわて)だと思った。燈はただの餓鬼だ。

 そんな燈は伽灼が死んでからよく絡んで来るようになった。どうやらつかさがカンナと仲がいいのが気に入らないらしい。つかさがカンナには特別優しいだとか因縁を付けてくるのだ。

 もちろん、つかさにはそんなつもりは毛頭ない……わけではない。カンナという存在はつかさにとってかけがえのないものなのだ。親友という言葉では言い表せない。義姉妹とも違う。つかさのカンナへの気持ちは確かに特別だ。だが、それの何がいけないのか。カンナの事が好きで何がいけないのだ。

 つかさは燈の態度や言動を思い出す度に苛立ちが募った。

 燈は序列仕合を申し込んで来た。ついにその時が来たかと思った。実際、つかさと燈の序列は、後醍院茉里(ごだいいんまつり)を挟んだだけでほぼ変わらない。序列5位と序列7位だ。逆に今まで1度も燈と仕合をしなかった事の方が不思議である。

 どちらにしろ、今度の仕合で実力の差を見せ付けて二度と文句を言わせないようにする。

 つかさはそんな事を考えながら豪天棒で大木を打ち続けた。

 丁度その時、馬蹄が近付いて来るのが聴こえた。つかさが音のする方を見ると後醍院茉里が馬を駆りこちらに向かって来ていた。


「斉宮さん!」


「どうしたの? そんなに慌てて。ってか、よくここが分かったわね」


 つかさは豪天棒を左肩に担ぐと袖で汗を拭った。


「お部屋に伺ったら天津風(あまつかぜ)さんがここにいるかもと教えて下さったんです……そ、それより、すぐに学園の会議室にいらしてください! さあ、こちらに乗って」


 茉里はとても急いでいるようで自分の馬につかさを誘った。


「こんな時間になんだって言うのよ?」


 つかさは怪訝な顔をしながらも茉里の馬に飛び乗った。


「詳しい話はわたくしも分かりません……ただわたくしが聞いたのは……」


 茉里が目を伏せたので嫌な予感がした。


澄川(すみかわ)さんが攫われた……と」


 つかさは思わず驚きの声を上げていた。


「痛いっ!」


「あ……ごめん」


 無意識に茉里の肩に置いていた手に力が入ってしまった。

 茉里は何も言わず馬を駆けさた。

 どうしてカンナが……一体誰に……?

 つかさの心にはカンナの身の危機に対する不安と共にカンナを攫った者への怒りが激しく燃え上がった。





 学園の会議室にはすでに生徒達と師範達が着席していた。

 長机が四角く互いが向かい合う形で並べられ皆深刻そうな顔で黙っていた。

 メンバーからして「理事会」が開かれるようだ。この学園の理事会は、重黒木(じゅうくろき)総帥を筆頭に、7人の師範と序列1位から5位までの生徒計13名からなる合議体だ。主に月に1度、村当番の人選を話し合う事が通常の業務だが、今回のように臨時で開かれる事もある。

 とは言っても、序列1位の神髪瞬花(かみがみしゅんか)は不在なので繰り下がっていつもは序列6位の茉里が参加していた。臨時で開かれる理事会に参加するのはつかさは初めての事である。恐らく一緒に来た茉里も初めてだろう。

 つかさは空いている席に茉里と共に座った。席はいつも序列順で序列6位の茉里の隣に序列5位のつかさが座る。序列7位の燈はギリギリいないので理事会はいつも平和だった。

 それはいつもの理事会の光景だった。

 いつもと違うのはつかさの右隣にいるはずのカンナの姿がない事。そして、何故かその席に見慣れない女が肩を竦めて座っている事だった。

 つかさがその女を見ていると重黒木が口を開いた。


水無瀬蒼衣(みなせあおい)は今回特別に参加してもらっている。今回の事件について最も情報を持つ者だからな」


 水無瀬蒼衣。序列18位の弓特の女だ。確かカンナと浪臥村(ろうがそん)へ出掛けていた筈だ。

 蒼衣は俯いたまま一言も発さず、つかさの位置からでは表情は見えないが服は地面を転がったかのように土で汚れている。良く見るとほんの僅かに身体が震えていた。


「あんた」


 つかさの突然の呼び掛けに驚いたのか蒼衣は身体をビクッと大きく震わせたが顔は上げず、むしろつかさから顔を背けた。

 つかさが蒼衣の異様な様子に思考を巡らせていると左隣から殺気のようなものを感じそちらに視線をやった。

 見ると茉里の深紅の瞳が蒼衣へと向けられていた。その瞳は無言ではあるが凄まじいまでの圧力を周囲に放っていた。


「どうして、水無瀬さんがそこに座っているのかしら?」


 茉里は静かに言った。

 茉里の師である弓特師範の美濃口鏡子(みのぐちきょうこ)は向かいの席で茉里の様子を黙って見ていた。

 茉里の疑問には序列3位の茜リリアが答えた。


「だから、総帥が今仰ったじゃない、後醍院さん。水無瀬さんは情報を持つ唯一の」


「何故水無瀬さんが情報を持っているのかも早く知りたいものですけれど、その前に、どんな理由があろうと澄川さんの席にあなたのような下賎の輩が座る事など許されないわ」


 リリアの話しを遮り茉里は蒼衣を咎めた。

 どうやら茉里はカンナと蒼衣が浪臥村へ出掛けた事を知らないらしい。そして何故だか物凄く蒼衣の事を嫌っているようだ。

 蒼衣は右隣のリリアの方に顔を背け何も答えずただ震えていた。


「無駄話はそこまでにしろ後醍院。水無瀬にそこへ座れと言ったのは俺だ。それより、今は一刻を争う。まず、改めて経緯を話す。つい2時間程前、青幻(せいげん)の幹部である程突(ていとつ)という男に、澄川カンナが攫われた。たまたま今日、澄川カンナと浪臥村へ出掛けていてその現場に遭遇した水無瀬蒼衣がその事件の一部始終を話してくれた」


 重黒木の説明に皆さほど驚いた様子はなかった。すでに多少の話は知っていたのだろう。ただ、つかさの左隣の茉里だけはと声を上げて驚いていた。茉里はカンナが攫われた事は知っていた筈なのでどうやらカンナが蒼衣と共に浪臥村へ出掛けた事に驚いたのだろう。

 茉里はギロりと蒼衣を睨んだ。

 蒼衣の右隣のリリアは1人でそわそわしているが、その隣の序列2位の斑鳩(いかるが)や7人の師範達は皆腕を組み、口を真一文字に結んで黙っていた。


「茉里。落ち着きなさい」


 鏡子の一言で殺気立っていた茉里は深呼吸して口を噤んだ。


「水無瀬。程突は何の為に澄川を攫ったのか言っていなかったか?」


 重黒木が問うと皆蒼衣に視線を向けた。

 蒼衣は相変わらず俯いたまま震えているが少しだけ頭を動かした。


「わ、私も、気を失っていたので、どうして澄川さんを連れ去ったのか、その理由は聞いていません」


 蒼衣の声は小さくかなり怯えたように震えていた。


「気を失っていたというのは、お前も闘ったがやられてしまったという事か?」


「……そうです」


 重黒木の質問に蒼衣は先程よりも小さい声で答えた。

 怯える蒼衣を見て、今度は斑鳩が口を開いた。


「水無瀬。別にお前を責めるわけじゃない。そんなに縮こまらなくても大丈夫だ。落ち着いて知ってる事を全て話してくれ」


 斑鳩はこんな状況でも優しかった。つかさはその態度に疑問を持った。

 カンナが斑鳩と恋人同士だという事はつかさと光希しか知らない事だ。故に他の生徒達が斑鳩の落ち着き払った優しい言葉には疑問を抱かないだろう。ここにいる人間の中でつかさだけが斑鳩がカンナの危機に最も心を痛めているだろう事を理解している。それなのに、そんな様子は微塵も見せず、一緒にいてカンナを救えなかった蒼衣に優しい言葉を掛けた。

 つかさには到底出来ない事だ。現につかさの心の中は蒼衣への怒りが爆発寸前なのだ。


「何故、カンナだけが連れて行かれたの? 何故あんたは戻って来れたの? それに、序列4位のカンナと序列18位のあんたが2人で青幻の幹部1人を倒せないってどういう事? あんたが、カンナの足を引っ張ったんじゃないの?」


 つかさは怒りを抑えながら普段出さないような声の調子で淡々と隣で震えている蒼衣を問い詰めた。


「斉宮、そんな水無瀬を責めるような言い方はよせ」


 斑鳩に咎められたがつかさは斑鳩には目を合わせず腕を組んで口を噤んだ。腕を組んでいなければ蒼衣に掴みかかってしまいそうだ。


「水無瀬さんを問い質すのは置いておいて、すぐにでも澄川さんを救出しなければなりませんわ。総帥。捜索はすでに始めているんでしょうね?」


 つかさの隣で黙っていた茉里がとても丁寧な口調で重黒木に言った。口調こそ丁寧だが、明らかにその言葉には怒りが満ちている。


「無論だ。海崎(かいざき)には帝都軍に澄川カンナの捜索要請を出しに行かせた。それから学園に残っている八門衆にはこの島の隅から隅までを捜させている。こんな暗闇の中海へ出るとは考えにくい。まだこの島の中にいる可能性が高い」


 重黒木の意見に皆なるほどと頷いた。

 だが、つかさは納得がいかなかった。茉里も同じだろう。


「海に出た可能性がないわけではありませんわよね? でしたらわたくし達も早急に船を出さなければ」

茉里は冷静に話してはいるが怒りを必死で堪えているのがその声からひしひしと伝わって来た。


「今無闇に海へ出ても見つける事は不可能じゃのお」


 剣特師範の南雲(なぐも)が顎髭を撫でながら言った。


「不可能でも、やらなければ始まりませんわ。南雲師範。万が一程突が海へ出ていたら……この事件は澄川さんの命が掛かっているのですよ?」


 茉里の目は誰に向けているのか分からない殺意に満ちていた。鏡子がそばにいるが、いつ暴れ出すか気が気ではない。


「1つ、いいですか? 後醍院さん」


 向かいの席に座っていた体特師範の柚木(ゆずき)が人差し指を立てて静かに言った。

 茉里は柚木を睨み付けた。


「何でしょうか? 柚木師範」


「『連れ去った』という事は、すぐには殺さないですよ。殺す事が目的ならばその場で殺します。思うに、澄川さんを連れ去った目的は青幻に引き渡す為でしょう。澄川さんは2年前解寧(かいねい)復活を阻止して青幻の計画を頓挫させた張本人。その恨みを晴らす為に連れ去ったのではないかと私は考えます。そこで殺すか、あるいは澄川さんを餌にこちらに何か要求してくるか。そんなところでしょう」


 柚木はあまりにも冷静に言った。

 1度カンナに相談を受けた事があるが、柚木はカンナの事を1人の女として見ている節があるという。相談を受けてからつかさがカンナと柚木の様子を見ていると、確かに柚木のカンナへの接し方は他の生徒に比べて異常に優しい。

 そんな柚木が、カンナが連れ去られたというのに落ち着き払っているのがどうも納得がいかなかった。


「では、柚木師範は黙って待っていろと?」


 茉里が苛立ちながら言った。


「程突が大陸側に渡ったのなら今は帝都軍に任せるべきです。もし、まだ島内にいるのなら我々で捜しましょう。海の捜索は日が昇ってから帝都軍の船を使った方が効率がいい」


「そうだな。今出来る事はそれくらいだ」


 柚木の提案に重黒木も納得して頷いた。

 茉里もそれならばと渋々納得したのか、それ以上は何も言わなかった。


「学園の戦力全てを捜索に回すわけにもいかん。青幻の目的が手薄になった学園の襲撃である事は否定出来んからな。まず、捜索の指揮を執る者だが……」


 重黒木が見回すとすぐに柚木が立ち上がった。


「私にお任せ下さい」


「よし、柚木。澄川カンナの捜索はお前に一任する。生徒達半分程を選別し山と浪臥村の捜索をしろ。もう半分は学園内の捜索と警備に当たれ、こちらの指揮は俺が執る」


 重黒木が言い終わると全員返事をし師範達は柚木を残して全員退出した。


「ん? 君達は全員僕に就いて来るのですか?」


 柚木の周りには、斑鳩、リリア、茉里、そしてつかさが集まっていた。


「もちろん、行くに決まってます」


 つかさが答えると皆頷いた。


「そうですか、よし。では、まずは20名程学園外を捜索する生徒を集めます。30分以内に1人5人集めて来てください」


 柚木の的確な指示に全員同時に返事をすると各々すぐに部屋から出て行った。


「あの……私も……行きます」


 斑鳩とつかさが部屋を出ようとした時、蒼衣の弱々しい声が聴こえた。

 つかさはキッと反射的に睨み付けた。

 蒼衣はビクリと身体を震わせつかさから目を逸らした。


「あんたはいいわよ。そんなに震えてて敵に出会ったらどうするつもりよ?」


「私も……行きたいんです」


 蒼衣はか細い声で同じ事を言った。

 つかさが呆れて首を振ると斑鳩が蒼衣に近付いて行った。


「分かった。お前は俺と一緒に来い。澄川を助けたいんだよな?」


 斑鳩が蒼衣の頭にポンと手を置き優しく言った。

 すると蒼衣はコクリと頷いた。

 部屋にはまだ重黒木と柚木がいたが2人とも何も言わずに斑鳩と蒼衣の様子を見ていた。


「勝手にすればいいわ」


 つかさは斑鳩の優しさに困惑し1人で部屋から駆け出した。

 斑鳩は何故蒼衣にあそこまで優しくするのか理解出来ない。

 ひょっとしたら、斑鳩は蒼衣の事も好きなのだろうか。カンナという女がいながら、別の女に優しくするなんて……

 ひとたびそんな考えが頭を過るともうそうとしか考えられなくなっていた。

 やはり男は信用出来ない。あの紳士と呼ばれた斑鳩でさえこれなのだ。

 つかさは斑鳩と蒼衣の事を払拭するかのように頭を振り、真っ赤な豪天棒を持ち、月明かりしかない暗い廊下を走った。


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