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第45話~捜索隊、出動!~

 夜通し島中を探したが、澄川(すみかわ)カンナは見つからなかった。

 斑鳩(いかるが)達が山中を捜索し明け方には浪臥村(ろうがそん)へ下りた。すると驚く事に、村人達は皆忙しなく駆け回ってカンナを捜してくれていた。きっと学園の誰かがカンナが攫われた事を村人達に話したのだろうが、まさか大勢でこんな明け方まで探してくれているとは思わなかった。500人程の小さな村だが手伝ってくれた半数程は危険を顧みず、熊が潜んでいる山中の捜索までしてくれた。

 だが、それでもカンナは見つからなかった。

 朝日が昇り始めた頃、柚木(ゆずき)から学園への帰還命令が出た。

 斑鳩は捜索を共にした水無瀬蒼衣(みなせあおい)と共に学園へ馬を駆けさせた。他の生徒達も各々学園へ帰還した。

 隣を駆ける蒼衣は学園を出た時の暗い顔のまま捜索中から一言も喋らない。

 次第に朝焼けの陽射しに蒼衣の悲しげな顔が映し出された。


「お前に責任はない。それに澄川は無事だ。あいつは強いからな。だからそんな顔するな」


 斑鳩が声を掛けると蒼衣は静かに首を横に振った。


「いいえ。私のせいです。私が……澄川さんを誘わなければ……私があの時余計な事をしなければ……」


 言いながら蒼衣はとうとう泣き出した。今まで心に抱えていた想いが、斑鳩の問い掛けに答えた事によって溢れてしまったらしい。

 蒼衣が馬を止めたので斑鳩も馬首を返して停止した。


「斑鳩さん、こんな私に凄く優しくしてくれるから話します……けど、流石の斑鳩さんも怒るかもしれません……」


「何があった?」


 斑鳩はまだ怯えているような蒼衣に優しく問い掛けた。

 蒼衣は恐る恐る震える口を開いた。


「私、澄川さんと仲良くなろうと思って浪臥村へ買い物に誘ったんです。現に澄川さんは私との時間が楽しかったって言ってくれました」


「いい事じゃないか」


 そう声を掛けたが蒼衣は俯いたままだった。


「でも、仲良くなろうとした理由は……その、澄川さんに斑鳩さんを譲って貰おうと思っていたからなんです」


「俺を?」


 蒼衣は一呼吸置き、意を決したかのように話し始めた。


「私、斑鳩さんの事が好きです。だから澄川さんと斑鳩さんが付き合ってるって知って……どうにかして私のものに出来ないか考えたんです。……そしたら、澄川さんと友達になって無理矢理にでも斑鳩さんを譲って貰おうって思ったんです。……ごめんなさい」


「……なるほど」


「それで……学園への帰り道、私は具合が悪いから少し休みたいと嘘をつき、澄川さんを山道で呼び止めました。そこで、斑鳩さんを譲ってと頼だんです……」


「……そうだったのか。澄川はなんて答えたんだ?」


「断固拒否ですよ。私が何を言ってもダメでした。……本当に酷い事も言ったのに……」


 酷い事の内容については蒼衣から話さなかったので聞かないことにした。蒼衣は話しながらも大粒の涙をポロポロと零していた。


「それで澄川さんを怒らせちゃって、でも澄川さんは殴ったり私に乱暴はしませんでした。ただ胸に手を当てられて氣を流し込まれただけでした。それから記憶がなく、気が付いたら私は澄川さんに抱き抱えられていて……程突(ていとつ)から必死に私を守ってくれていたんです。……こんな最低な私の事を」


 蒼衣は言い終わる前に嗚咽を漏らして泣き出した。

 斑鳩は蒼衣の隣に馬を寄せた。そして泣きじゃくる蒼衣の肩に手を置くと、蒼衣は斑鳩にしがみついてそのまま声を上げて泣き続けた。


「だから俺は澄川が好きなんだよ。例え嫌な事をされてもお前は学園の仲間に違いない。だから身体を張って助けたんだろう。あいつは底抜けに優しいからな」


 蒼衣はその言葉を聞くと、しがみついていた斑鳩の上着をギュッと強く握り締めた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……! 私、こんな事になるなんて……私がこんな最低な事しなければ澄川さんは攫われずにすんだのに」


「もういいよ。お前が気に病んでいても仕方ない。悪いのは程突だ。何の目的で澄川を連れ去ったのか知らないが、必ず見つけ出し連れ帰る。もう泣くな」


「斑鳩さんは私の事を怒らないんですか? 澄川さんとあなたを引き離そうとしたのに」


「怒らないよ。もう十分反省しているようだしな……お前が謝る相手は澄川だ。だからまずは、澄川の捜索に協力してくれ」


 蒼衣は斑鳩の顔を見てキョトンとしていた。斑鳩が手を差し出すと蒼衣は涙を拭って差し出された手を取った。


「必ず。私の命に変えてでも」


「馬鹿。お前も生きてなきゃ駄目だよ」


 斑鳩は蒼衣の頭をクシャクシャっとした。

 蒼衣は頬を朱に染め俯いてしまった。

 そして斑鳩は蒼衣に気持ちを伝えようと口を開いた。


「水無瀬の気持ちは嬉しいが、その気持ちには」


「大丈夫です。言わなくて。知ってますし。わざわざ、聞きたく……ないですし」


 蒼衣は引き攣りながら必死に笑顔を作ろうとしていた。しかし、その表情からは悲しみしか伝わってこない。


「そうか。なら、早く学園に戻るぞ。すぐに総帥から新たな指示がある筈だ」


「はい!」


 そう言うと斑鳩はまた学園に向け馬を駆けさせた。その隣を蒼衣が並走した。

 もう蒼衣は泣いていなかった。

 その瞳は今まで見た事がない程曇がなく綺麗で真っ直ぐだった。





 学園の大講堂には全生徒と師範達が勢揃いしていた。大講堂は学園にいる者全員が入ってもまだかなりの余裕があるくらい広い。入り口から入って正面には大きな舞台があり、その中心には演台が置かれている。

 つかさが無言でその誰もいない演台を見詰めていると背後にいた天津風綾星(あまつかぜあやせ)が脇から顔を覗かせた。


「つかささ〜ん。澄川さんの事です、きっと無事ですよ〜。私も捜索に協力しますから元気出してくださいよ〜」


 普段ならカンナの事など邪険に扱う綾星が今回ばかりは心配してくれているようだ。もっとも、つかさが元気がないから気を遣ってくれているのかもしれないが。


「そうね。ありがとう。綾星」


 綾星もつかさと共に夜通し島中を駆け回りカンナを捜してくれた。しかし、結局カンナは見付からないどころか、程突がいたという形跡すら見付ける事は出来なかった。

 そうこうしてるうちに重黒木(じゅうくろき)が壇上に上がり話を始めた。


「諸君、昨晩から今まで澄川カンナの捜索ご苦労だった。結果として澄川カンナは見付からなかったわけだが、まだ諦めるわけにはいかない。彼女は我々の大切な仲間なのだ」


 重黒木は人間らしい事を言うなと思った。かつて総帥だった割天風(かつてんぷう)は口が裂けても仲間だとかそういう事は口にしなかった。だから重黒木には好感が持てた。


「帝都軍に捜索を依頼しに行った海崎(かいざき)から、今朝、村の伝書鷹によって報せが届いた。どうやら現在宝生(ほうしょう)将軍は陛下からの詔勅を受け、龍武帝国(りょうぶていこく)の都『楽庸府(らくようふ)』へ赴いている為祇堂(ぎどう)を不在にしているらしい。現在、祇堂方面の軍の総指揮は久壽居(くすい)が執っているとの事だが、如何せん青幻(せいげん)との睨み合いが続いている状況故、多くの兵を割けないのが現状だ」


 重黒木の話に場は騒然とした。


「そんな、一度は青幻の軍を退けたとは言え、まだ交戦状態は続いている筈。それなのに、何故、総司令官である宝生将軍をお呼びになられたのでしょうか?」


 段下から弓特師範の美濃口鏡子(みのぐちきょうこ)が言った。

 確かに龍武帝国の都、楽庸府は祇堂からは西方に500キロ以上も離れた場所にある。いつまた青幻が攻めてくるとも分からない状況で総司令官である宝生を呼び寄せたのは愚かとしか言いようがない。ましてや指揮官不足の状況下である。


「宝生将軍が呼ばれた理由については先の薄全曹(はくぜんそう)孟秦(もうしん)を打ち破った事に対する褒賞の授与だそうだ。それは都楽庸府で盛大に執り行う事により、都の禁軍の指揮を高める目的も孕んでいるという」


 重黒木の説明に皆溜息をついたり、首を横に振ったりと完全に呆れ返っていた。しかし、その命令の主体がこの龍武帝国のトップ『皇帝』であるが故に誰も不満を口に出す者はいない。


 この国の皇帝は絵に描いたような暗愚である。

 現在の龍武帝国の皇帝は機織園(はたおりぞの)という30半ばの男でその父に当たる先代の皇帝佐条(さじょう)の代に『銃火器等完全撤廃条約』が結ばれた。つまり佐条皇帝の時代には武術のみで戦える軍隊が完成した。国政も他国に比べれば悪くはなかった。

 しかし、佐条皇帝の崩御にともない、国を引き継ぐ事になった機織園皇帝は一切の国政を放棄。全てを部下に任せ、屈強な軍隊は自らの権力を誇示する為だけの存在に成り下がってしまった。それでいて自らの名が国や世界に轟くような政策を部下が行うとあたかも自分がやったかのように振る舞うのだ。故に各国からは機織園皇帝は名君であると賞賛されるが、国内にいるつかさは暗愚であると評価している。もちろん、溜息をついた生徒達や総帥、師範達も口には出さなくともそう思っているのだ。


「祇堂から楽庸府までは500キロ以上ありますね。急遽祇堂に帰還しても2週間以上掛かりますよ」


「そればかりか宝生将軍は1万の兵を率いて凱旋されている。時間はもっと掛かるだろう」


 鏡子が言うと重黒木がうーむと唸りながら答えた。


「つまり、帝都軍の協力は今回の澄川カンナ捜索には残念ながら期待出来ない。もちろん、極力協力したいとは言ってくれていはるが初めから協力はないものと思った方がいい。恐らく、青幻はその状況も鑑みて程突を派遣したのだろう」


 重黒木の話を聞き終わると再び場は騒然とした。

 すると1人の騒々しい女が手を挙げた。


「総帥!! じゃあどうするんだよ? カンナを放っておくわけじゃないだろ? 学園から捜索隊を出してもいいんなら、あたしが行くぜ?」


 真っ赤なコートを着た火箸燈(ひばしあかり)は何の躊躇いもなく言い放った。


「そうだな。我々が動く以外手はないと思っている。他に、捜索隊への志願者はいるか? 相手は序列4位の澄川カンナを連れ去った程の手練だ。中途半端な覚悟の者はやめておけ。命の保証は出来ぬ」


 重黒木が言うと、既に何人かの手が上がっていた。当然つかさも真っ先に挙手している。


「カンナの身に危険が迫っているのに私が行かないわけにはいかない」


 つかさは真っ直ぐ重黒木を見て言った。


「もちろん、わたくしも参りますわよ。澄川さんとは運命共同体と言っても過言ではありませんから。命知らずの程突にあの時死んでおけば良かったと後悔させてきて差し上げますわ」


 後醍院茉里(ごだいいんまつり)も長い薄紫の髪を片手でサッと払いながら言った。


「私も! 以前助けてもらった恩を返す時」


 篁光希(たかむらみつき)が答えた。


「私も行きます。カンナを助けなきゃ」


「私も微力ながら」


「カンナの為……っていうか、青幻を懲らしめてやりたいから私も行きます」


 (あかね)リリアが言うとすぐに四百苅奈南(しおかりななみ)祝詩歩(ほうりしほ)も続いた。


「つかささんが行くなら私も行きまーす! 立候補ですもんね? 私も行っていいですよね? 総帥」


 つかさの後ろにいた綾星はつかさの腕に抱きつきながら言った。


「俺も行きます! 総帥! (かかえ)、お前はどうする?」


「え? ……あ、そ、そうだな、澄川さんはまあぁ友達……だし? 蔦浜(つたはま)も行くなら……行くかな。うん、行きます」


 蔦浜祥悟(つたはましょうご)と抱キナも名乗り出た。


「良かろう。他にはいるか?」


「俺も行きます」


 斑鳩が言った。


「うむ。これで上位序列の者は全員か」


「それと、水無瀬蒼衣も連れて行きます」


 斑鳩の発言にその場にいた全員が驚愕した。


「行きます。私も」


 蒼衣は昨晩会った時の弱々しい感じは全く見せず、まるで別人のように雰囲気を放っていた。


「12人か。良いだろう。学園が攻められた時の戦力も残しておかなければならないからな。師範からは柚木、お前が同行せよ。最近の大陸側の地理などにはお前が1番詳しいだろ」


「お任せ下さい」


 重黒木に指名されると柚木は満足そうに頷いた。


「海崎には引き続き祇堂周辺の捜索を任せた。お前達は柚木に従い祇堂へ行き、そこで海崎と合流。そこから柚木と海崎の2班に別れ捜索を開始せよ。準備が整い次第すぐに出立。昨日から寝てない者がほとんどで申し訳ないと思うが浪臥村からの船の中で仮眠を取ってくれ」


 重黒木が命令を伝え終わると、カンナ捜索隊のメンバーは皆大講堂を後にした。残った生徒達には学園内での守備についての話が始められたようだ。





 昼前。

 つかさは豪天棒(ごうてんぼう)を担ぎ、黄色いリボンの巻かれた槍を持った綾星と共に大陸側へ渡る準備を整えるとすぐに集合場所の学園の門に馬で向かった。

 門にはまだ誰も集まっていなかった。

 今回は序列2位・斑鳩爽、序列3位・茜リリア、序列6位・後醍院茉里、序列7位・火箸燈、序列12位・天津風綾星、序列13位・四百苅奈南、序列14位・抱キナ、序列18位・水無瀬蒼衣、序列19位・蔦浜祥悟、序列20位・祝詩歩、序列25位・篁光希、そして、序列5位の斉宮つかさが参加する。それに師範の柚木が同行し、重黒木の側近海崎が祇堂で合流する。

 計14人。島外任務では初となる大人数だ。

 綾星と共に待っているとすぐにメンバーが集まって来た。錚々たるメンバーの顔を見ると何とも頼もしい気持ちになった。

 10分もしない内に全員が馬に乗り集まった。


「それでは、皆さん。準備はいいですか? 必ず澄川さんを見つけ出し救出します。そして、程突には天誅を下します」


 柚木が言うと皆威勢のいい返事で返した。


「それでは出発!」


 柚木の掛け声と共にカンナ捜索隊は駆け出した。

 カンナを無事に助け出す。つかさはその想いだけを胸に馬腹を蹴った。

 隣には赤いコートの燈が駆けていたがつかさと目を合わせる事はなかった。

 つかさは燈との確執など今は考えず、ただ前だけ向いて駆けた。




法界悋気の章~完~


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