寿能落城
最終回『寿能落城』
出陣前夜、資忠は家族水入らずで夕餉をとった。資忠、妻の沙代、嫡男資勝、次男竹丸、そして能姫。
(妻と子らと夕餉を楽しめるのは、これが最後やもしれぬな…)
小領主とて豊臣秀吉の勢いは承知している。北条に勝機などはあるまい。そんな負け戦にわずか百の兵で参陣しなければならないのだ。味方である北条にも理不尽な仕打ちを受けている潮田家。力がないと云うのは本当に情けない。声に出さない愚痴を心中でつぶやく資忠。妻の沙代、子らもそれを察したか、次第に場は静まっていく。
能姫が笛を吹いた。なかばやけ酒とも言えた酒がたちまち美酒となる。愛娘の笛は本当に心が満たされる。ささくれだっている父の気持ちを察した能、笛を吹きながらニコリと微笑む。
「嬉しいぞ能…」
夕餉は明るさを取り戻し、資忠が
「ひとさし舞おう」
舞いの心得などないが、そうせずにはおられない。資忠は能の笛の旋律のまま、ただ音色に陶酔しながら舞うのであった。そして…資忠の思った通り、これが資忠にとって家族との最後の夕餉であった。
翌日、資忠は潮田の精鋭百を率いて小田原に向けて進軍を開始した。少し進み、ふと寿能城を振り返る。城の櫓で沙代と能が資忠の背を見つめていた。
「運が良ければ、また会おうぞ」
資忠側近の北沢宮内、加藤大学も従い、そして嫡男の資勝も父と共に出陣。数日を経て潮田勢は小田原に到着した。
一方、資忠の父の太田三楽斎。彼もまた小田原に向かうことになった。現在は佐竹の客将と云う不遇の身であるが、その武名は遠く大坂にいる豊臣秀吉の耳にも届いている。是非会いたいと知らせが届いたのだ。佐竹氏はすでに秀吉に恭順を示しているため客将である三楽斎に選択権はないが、天下人と云える豊臣秀吉と知己を得ておくのは損ではない。どんな人物なのか三楽斎自身も興味はある。これが岩付城奪還の好機に繋がるのではないか、そんな思惑もあった。
さて、資忠は太田家当主、氏房の家老として北条氏政と氏直親子と会った。氏政が
「出羽守」
「はっ」
「過去、北条と太田は色々とあり、出羽守自身もわしに対して良い印象はあるまい」
「……」
「しかし、こうして旗を同じくして大敵と戦う今、過去の経緯は捨てて北条に尽くしてもらいたいと思う。戦勝のあかつきには必ず厚く報いるであろう」
「ははっ」
氏房と共に資忠が退室した後
「百の手勢しか連れてこぬとは出羽は北条を軽んじているのか」
「父上、それは氏房が申していたでしょう。岩付を守るに必要な兵と」
氏直が取りなすが
「分かっておる。おそらくは房実が言い出したことだろうが、岩付なんぞより本城である小田原こそ大事であろうが!房実の小賢しい入れ知恵などはねつけて全軍率いてきたら、さすがは道灌が末の将よ、と誉めてやったわ」
「……」
「氏房に命じ、潮田は蓮池門の警護に当たらせよ」
「はっ」
その夜、潮田の陣を訪ねる者がいた。成田氏長、長忠の兄弟である。資忠にとって氏長は実姉の夫。義理の兄にあたる。先の三楽斎の岩付奪還の戦では敵味方となっていたが、今は味方である。その氏長より誘いがあった。
「と云う次第で、わしは和歌を通じて豊臣方の山中長俊殿と友誼がござってな…」
そう、氏長はすでに開戦前から知己の山中長俊を通じ、豊臣に内通を示し、居城の忍城も開けたうえ降伏するつもりだった。氏長もまた北条の敗戦を最初から読みとっていたのである。
「義兄上、それはそれがしにも降伏を進める所存にございますか」
「さよう」
資忠の問いにうなずく氏長。
「殿…」
悪い話ではない。北沢宮内、加藤大学は資忠の顔を見つめた。資忠は思う。こういう者がいる時点で、すでに小田原の落城は決まったようなもの。どんな堅固な城も内部からの崩壊には無力なものだ。宗主として傲慢な態度をとり続けた氏政にツケが返ってきたと言える。
そんな沈む船につきあう道理は資忠にもない。北条には兄の氏資を殺されたのだ。氏長の心底は北条の武将たちを少しでも味方に付けて、降伏の手みやげにしたいと云う思惑があるのだろう。だが豊臣に対して何一つツテのなかった資忠には、まさに渡りに船だ。
「義兄上、よしなに願えるか」
宮内、大学も異論は言わない。北条に義理はない。氏房の正室となっている、姪の七里には申し訳ないと思う資忠であるが潮田が生き残るためにはなりふり構っていられない状況だ。氏長は山中長俊に取りなしをすることを約束し、潮田の陣を後にした。
「殿…」
「宮内、言いたいことは分かる。頭では分かっても感情が…武将たる矜持が許すまい…。武人のそなたには忸怩たる思いがあろう」
「……」
「わしとて祖の道灌に顔向けできぬ思いだ…。だが、この機を逃しては潮田が滅ぶ。我ら武将が死ぬのはいい。だが寿能に残してきた者たちをこれで救えるのならば安いもの。受け入れてくれ」
「はっ」
静かに頭を垂れる宮内。大学は元より異論はない。頭でも感情でも納得している。君主が北条ではなく、父の三楽斎資正、もしくは兄の氏資ならば資忠は降伏や寝返りなど絶対に考えまい。
でも、残念ながら今の資忠の主君は、その誰でもない。迷うことなどあるものか。資忠は口にしないが、この降伏が豊臣に受け入られた時には家督を長男の資勝に譲ろうと考えた。戦場にて敵方に寝返ることは、どう理由をつけても武士の恥と喧伝されるもの。その代償は自分が全部背負うつもりだ。
小田原城より、ほんのわずか離れた石垣山。ここで普請が行われていた。敵の眼前に城を築き士気をそぐ。豊臣秀吉が得意とする戦法の一つである。その普請場に秀吉から招かれた一人の武将がいた。太田三楽斎である。秀吉は当時四十八歳、三楽斎は七十近い。板東の合戦で武名を轟かせた三楽斎に秀吉は会ってみたかった。
秀吉の本陣に三楽斎はいた。秀吉から見ても三楽斎は堂々としたものだった。しばらく三楽斎より関東の合戦について話を聞いた秀吉。やがて
「見ての通り、小田原城は完全に包囲した。このうえは全軍一斉に攻めかかろうと思うのだが、三楽斎殿はどう思うか?」
日頃、秀吉の周りにいるおべっか使いのように“名案でございます”とでも言うような答えを期待していたのか。しかし三楽斎は一笑に付し
「それは猪鹿掛かりと申し、良将の好むところではございませんな」
その場は凍り付いた。秀吉に逆らうような言葉を吐くような者などいない。秀吉は
「左様か、それは手厳しいな」
露骨に不快を示して席を立ち、三楽斎の前より立ち去った。秀吉の家臣が
「三楽斎殿、ご苦労であったな。お引き取りを」
「……」
三楽斎は心底失望した。天下人となろう者があんな狭量な男なのか。戦わずして勝つことが戦の最たるものであるのに、それを暗に示す言葉を発したらあの有様である。権力を嵩に勝手に呼びつけること自体無礼であろうに、訊ねられた意見に反論したら怒りだして去る。子供と一緒ではないか。
「ここに至れば北条がむしろ哀れじゃな…。あんな男に屈しなければならんとはな」
一方、秀吉は石垣山城の茶室に戻り、茶釜を蹴り飛ばした。
「何じゃ、あの男は偉そうに!せがれに城を追い出され、娘婿に捨て扶持をもらっているような匹夫に戦が分かるか!」
名将の三楽斎も不運に見舞われ七十越して佐竹の客将にすぎない。秀吉のような華々しい立身出世とは縁もない。秀吉にとっては、そんなみじめな老境に至っているお前が偉そうに言うなと云うことだ。後に彼も老醜をさらすのだが。
「美濃(浅野長政)に伝えよ、太田領を焼き払えとな」
そう使い番に指示した時
「殿下」
「なんじゃ吉内」
山中長俊が秀吉のもとを訪れて頭を垂れた。吉内とは長俊の通称である。
「成田氏長が義弟の潮田資忠も釣りましてございます。共に降伏したいと」
「ふむ…」
一呼吸して秀吉は座り、長俊に訊ねた。
「それを嘆願する書は届いておるか?」
「御意、成田と潮田と共に」
「では、その二通を北条氏政、氏直親子に届けよ」
「そ、それでは内通により両名は殺されまするぞ!」
「かまわぬ、そしてこう付け加えろ。こういう書はもう何通もこちらに届いておるとな」
「…なるほど」
「そろそろ、この城も完成するでな。より北条の度胆を抜くため、ちと敵方の和をかき回させてもらう」
「承知しました」
「ああ、そうそう、成田の降伏は認めるが潮田は認めぬ」
「…それはいかなる所存で?」
「成田には甲斐姫と云う美貌の姫がいるらしくてな。そのためよ。しかし潮田の姫は疱瘡で顔が潰れているそうゆえ用はない。潮田の所領である寿能は田畑が肥沃と聞く。根こそぎもらっておかんとな」
「承知しました。成田にそう伝えまする」
資忠のもとに氏長より書が届いた。
「降伏を認めぬ…だと!?」
秀吉は長俊に認めぬ理由も隠さず知らせろと指示。成田は娘を召し出すため許す、潮田は娘が醜いゆえ用はない、氏長の書に添えられた長俊の書を読むや資忠
「こ、これが…天下に手が届こうと言う男の申すことか!」
秀吉にとっては恥をかかせてくれた三楽斎への報復だった。三楽斎の息子なら助命する必要などない、そう思ったのだろう。資忠の読んでいた書を読む宮内と大学。
「かような侮辱、許せぬ!」
温厚な大学も怒りに震える。宮内も同じだ。しかし怒りで士気を水増しした程度で勝てる相手ではない。さらに追い打ちがかかる。山中長俊を通じて秀吉に寝返ろうとしたことが太田氏房、そして北条親子に知られてしまったのである。資忠は小田原城評定の間に召された。
「出羽守、父上と兄上に届き書は上方の謀略、偽書であろう?」
氏房が取りなそうとする。資忠を庇ってではない。我が身の器量不足と氏政と氏直に断じられることを恐れてだ。
「…秀吉が関東の田舎大名にそんな大層な策を講じるわけがございますまい。事実にござる」
「この裏切り者が!」
太刀を握る氏房、斬るしか我が安泰を図れない。資忠を守ろうと宮内も太刀を握った。
「改めて陣借りを所望いたす」
「なんだと?」
と、氏政。氏直が氏房と宮内にひとまず座れと促し、一つ咳をして資忠に問う。
「出羽守、今更それはいかなる所存か?」
「秀吉には降伏を退けられましてございます。その理由は我が愛娘、能が醜いゆえ、だそうにございます」
「それが許せぬと?」
「さよう、こうまで侮辱を受けた以上、秀吉と同じ空を仰ぐわけには参りませぬ。虫の良い願いと知りながら恥と承知でお頼み申す。我らに秀吉と戦う機会をお与えくださいませ」
「…父上、それがしからも出羽の願い、受けてくれるようお頼み申す」
と、氏房。度量のあるところを示したかったか。
「よかろう。今まで通り蓮池門を死守せよ。ただし今回一度だけぞ、寝返りに目をつぶるのは」
「はっ!」
陣に帰った資忠
「とりあえず一命は取り留めた」
安堵する息子の資勝、共に帰ってきた宮内が
「生きて陣に帰って来られるとは思わなんだ。改めて陣借りを申し出るとは、いやいや恐れ入り申した」
続けて大学が訊ねる。
「して殿、まこと本心から申されたか?」
「さすがじゃ大学、秀吉が攻めてきたら潮田は総退却するぞ」
「は?」
驚く宮内。
「秀吉の別働隊が北条の支城を落としまわっていると云うのは聞いていよう」
「無論にござる」
「寿能を守るため帰らねばならぬ。どうせ滅ぶ北条に義理立ては必要ない」
「父上、お気持ちはそれがしも同じです。しかし我ら潮田には岩付と小田原の戦目付がぴったりと張り付いておりまする」
「しかり、何より小田原は秀吉に完全に包囲されておりますれば…」
資勝同様、気持ちは分かるがと云う大学。
「それでも帰らねばならぬ。最悪、資勝だけでもな」
「父上…!?」
「戦わずして帰られるとは思っておらぬ。だが一同心得よ、我らは寿能を守らねばならぬのだと云うことを!兄の氏資のような全滅は絶対に避けるのだ!」
これが大名潮田家、最後の軍議と言えた。そして資忠最後の夜…。雲がかかって月は見えない。資忠は眠る前、しばし見えない月を眺め
「能…。もう一度そなたの笛が聴きたかったのう…」
資忠は己が運命を悟っていたのかもしれない。この直前、資忠は父の三楽斎が秀吉の陣にいると知ったが特に興味を示さなかった。
翌朝、秀吉による攻撃が始まった。資忠の守る蓮池門に大軍勢が寄せてきた。
「大筒用意!」
もはや鉄砲、弓矢、投石が城攻めの武器ではない。秀吉は何門もの大筒を所有していた。蓮池門の大扉は吹っ飛び、さらに門を守る北条軍に大筒を打ち込む。一枚岩と言い難い北条軍は雲を散らすように門の守りを放棄して逃走。それを追うように敵軍は大挙してなだれ込んできた。
「ひるむなーッ!!」
それに敢然と立ち向かったのが潮田軍である。もはや資忠の陣所も吹き飛ばされ前線で自軍の指揮を執る資忠。
「もはや、これまでか!」
槍を構えた資忠。十万石の大名である資忠自らが戦わざるをえない。そして
「ぐあっ」
資忠の腹部を銃弾が貫いた。
「殿!」
「父上!」
資勝と宮内が資忠に駆けよった。大学も手傷を負いながらも資忠のもとに走った。
「ぐっ…」
傷口にあてた手を見つめる。甲冑の内側に血だまりが出来ているのが分かった。意識も遠のく。しかし敵勢は容赦なく潮田主従に襲いかかる。
「おのれ!」
「左馬充!(資勝)」
資勝が父を守るため敵勢に切り込んだ。宮内と大学は止める余裕もなかった。
「若君!」
大学が資勝を救うべく後を追おうとした、その直後だった。
「潮田左馬充殿、討ち取ったりーッ!」
悪夢の勝ちどきが資忠主従に届く。
「左馬充…!」
「殿、このうえは我ら、若君の無念を!」
「な、ならぬ…」
大学と同じく敵勢に切り込もうとした宮内の腕を掴んだ資忠。
「宮内、大学、そなたらは寿能に戻り、防戦の指揮を執るのだ!」
「殿!?」
「わしは深手だ…。左馬充と共に参る…」
「と、殿…!」
無念の涙を落とす大学。
「早く行け!」
「殿!この後に及び、それがしに逃げよと仰せとはあまりに…」
資忠のもとを離れようとしない宮内の腕を強引に掴んだ大学。
「何をするか!」
「殿!必ずや寿能に戻り、城を守りまする!」
大学は涙を流しながら、宮内を連れて資忠のもとを走り去る。
「離さんか大学!」
「たわけ!殿の最後のご下命を何と心得る!」
「だまれ、だまれ!」
資忠、宮内、大学の最後の時間を守っていた潮田兵は次々と討たれ、ついに…
「潮田出羽守殿とお見受けいたす!」
「いかにも、貴殿のご尊名を伺えるか」
「それがし武州元郷が牢人、柳崎七兵衛と申す!」
「…ほう、蔵人殿に仕えていた者か…」
「いかにも。太田に一矢報いんと上方に陣借りいたした!出羽守殿の今のお立場、北条が走狗となり、太田譜代の家臣を蔑ろにした報いと思われよ!」
「そなたの申す通りよ…。我が首、手柄とされるが良い」
「ごめん!」
七兵衛の槍は資忠を貫いた。首を切り高々とあげる。
「敵も味方も見ろや!大名首、潮田出羽守殿が首級取ったーッ!!」
「うおおおおっ!」
慟哭する北沢宮内、加藤大学もまた無念の涙を流しながら宮内の腕を掴み、走った。
「殿、必ず寿能を!」
豊臣秀吉の小田原攻め。大名級の武将で討ち死にをしているのは潮田資忠だけである。他は大道寺政繁や成田氏長と同じく降伏し、合戦後に処罰、もしくは徳川家康に仕えた者もいる。それにしても何と皮肉だろうか。国府台の合戦で主君資正を逃さんと殿を務めた平柳蔵人、その家臣が資忠を討つことになろうとは。
秀吉の本陣で蓮池門の戦いの首実験が行われた。三楽斎も同席するよう指示されていた。そして柳崎七兵衛が秀吉の前に来て首を置いた。
「寿能城主、潮田出羽守資忠殿が首にございます」
「ん!大名首を取るとは天晴じゃ!」
上機嫌の秀吉を余所に息子の首を見つめる三楽斎。
「……」
資忠の表情は穏やかだった。
「源七郎…」
三楽斎は静かに瞑目し
「父も…じき参る」
そして、一方寿能城。城代として資忠の実兄である資武が入っていた。その資武のもとに
「申し上げます!上方の軍勢、およそ二万で寿能に迫っておりまする!」
「来たか…。ゴホッ、ゴホッ」
元々病弱の資武、このおりも伏せており、とても戦の指揮など出来る状態ではない。しかし
「降伏はせぬ」
弟、資忠の討ち死にの報は届いていた。この報が届くまでは寿能城内は降伏論が大勢であったが資忠と若殿資勝が討ち死にしたと知るや、太田道灌のすえの意地を見せてくれようと徹底抗戦に変わった。だが潮田の重臣たちは
「もはや太田と潮田の血を継ぐは源六様(資武)と殿のご次男竹丸様(後の資政)のみ。寿能から落ちさせるが我ら潮田家臣の取るべき道ではないか」
無事に小田原から戻ってきた加藤大学が主張。そして
「それがいい。そして我らは秀吉の軍勢に真っ向から立ち向かう。潮田勢は蓮池門でも他の武将たちが逃げるなか踏みとどまって戦った。この寿能でも同じにすべき。寿能潮田勢、ここにありと示すことが源六様と竹丸様の再起に繋がるはずだ」
同じく小田原から帰還した北沢宮内が添えた。資武の説得は困難を極めたが、宮内と大学の懸命に『道灌の血を残すため』と説き、ようやく資武は応じ豊臣軍が到着する前に寿能城を出た。これは竹丸のその後を見てみると大英断であったのである。
豊臣軍二万を率いるのは浅野長政である。徳川勢から本多忠勝も加わっていたと云う説もあり、寿能潮田勢にとって圧倒的な戦力差だった。しかし北沢宮内と加藤大学が指揮を執る潮田勢は頑強に抵抗した。岩付城もほぼ同時に攻められていたため援軍はない。寿能城は孤立無援だった。
多勢に押し寄せられ、資忠が丹精込めて築城した寿能城の外郭はどんどん削られていく。降伏を勧告する必要無し、そう秀吉に下命されていた浅野長政は容赦なく潮田勢を本丸に追いやっていく。
「姫様、もはやこれまで」
「…そうですか」
能は資武と竹丸と共に逃げなかった。無論、強硬手段にも出ようとした重臣たちだが能は
『寿能を落ちよと言うなら死にます』
とまで言い切り、城と潮田家臣と共に戦う道を選んだのだ。しかし能は自分の戦意を他の者に押し付けず逃げたい者は一時金と兵糧も分け与えて逃がした。それゆえ残った者は太田と潮田の意地を示すために戦って死ぬことを選んだ者ばかりだ。
能は城中の女たちを統率し合戦中の給仕に励んだ。だが、それも限界であった。明日には本丸を奪われるであろう。
「姫…」
侍女の静が笛を渡した。父の資忠が出陣して以来、吹いていなかった。
「明日の戦に臨む、潮田の兵に…」
「ええ」
城の最上階に歩み、能は笛を吹いた。潮田勢は音色に聞き入り、みなが涙した。寿能外郭に本陣を築いていた豊臣軍も
「ん…?」
本多忠勝が音色に気付いた。続けて浅野長政も。豊臣軍の諸将は軍議も忘れて聴き惚れた。忠勝は席から立ち寿能本丸を見つめた。その後ろに見える月が城を映えて音色がより美しく聞こえた。
「見事なものじゃ…。あれほどの笛の名手、わしは知らぬ」
「確かにのう…」
忠勝の横に立ち、音色に聞き入る長政。
「さてさて、関白殿下も惜しいことをしたものよ。かような笛の名手である姫を手に入れ損ねた。あの音色が我が物になるのならば、疱瘡で顔が崩れたごとき枝葉のことよ」
と、忠勝。長政は首を振り
「大きい声では言えんが関白殿下の横では、あの音色は出せぬよ」
吹き出した忠勝。あの好色男の横では、どんな美姫も輝きを失おう。
「確かに。落城が明日に訪れる者のみが奏でられる音色やもな。しばし敵である我らも聞かせていただこう」
笛を吹き終えた能に、敵方から轟音のような拍手喝采が響いた。あまりにも悲惨な寿能落城において唯一救われる話とも言える。
翌日、豊臣軍の総攻撃が始まろうとしていた。しかし寿能はその前に炎上する。能の指示だった。寿能の者しか知らない抜け道、そこを通る二人の男、加藤大学と北沢宮内だった。話は昨夜、笛を吹き終えた能は重臣二名を召して
「大学、宮内、抜け道を使って城を出なさい」
「な…っ!」
受け入れるはずがない。両名とも城を枕に討ち死にする気である。
「今さら何を申します!この加藤大学、姫様と共に冥府まで参る所存!」
「この宮内も同様にございます!それがしより死に場所を奪いたもうな!」
「聞いて下さい。二人は父上の元服より仕えし者。そして永きに渡り父上と共にあった。ここで二人が討ち死にしてしまっては誰が後世に潮田資忠を語るのですか?」
「姫…」
「私を最後まで守ろうとして下さるのは嬉しく思います。ですが私は大学と宮内には後の世に父の名が残るよう語り部になってもらいたいのです」
「……」
「どれだけ悔しい思いで太田の名跡を北条に譲ったか…。そして岩付と小田原の侮辱に耐えてきたか…。そのすべてを見ていたのは貴方たち二人だけなのです!どうか、私のわがままを聞いて下さい!」
他者の観点からすれば、たとえ加藤大学と北沢宮内が寿能に踏みとどまって戦ったとしても落城は免れない。加藤大学と北沢宮内は断腸の思いで城を出た。炎上する寿能城を見つめ悔し涙を流す二人。いつしか平伏し
「姫様…。必ずや殿のことを…潮田資忠を後の世に語りまするぞ!」
「姫よりいただいた命、粗略にしませぬ!」
北沢宮内、加藤大学は涙を拭き、寿能から離れて行った。
寿能城内、残る将と兵はすべて腹を切って果てた。そして女たちは
「みな、竜神様のもとに参りましょう」
「はい、姫…」
見沼に身を投げようとしている能、そして能に仕える女たち。浅野長政と本多忠勝は見沼のほとりに馬を駆った。寿能の娘たちが見沼に身を投げると報告が届いた。せめて見届けるのが昨夜の笛の礼と考えた。長政と忠勝は下馬し
「見沼の竜神か…。あれほどの美しき笛を奏でし姫なら大切にしてくれよう」
忠勝の言葉に静かに頷く長政だった。
「父上、兄上…。いま能が参ります…」
能は本丸から飛んだ。まるで儚き蛍のように一瞬空に舞い、そして見沼の水面に落ちて行き沈んでいった。侍女の静も姫に遅れてならじと本丸から飛んだ。最後まで寿能に残った女たちすべてが能と共に見沼に沈んでいった。浅野長政、本多忠勝は静かに手を合わせるのであった。
寿能城は夜になっても、まだ燃えていた。見沼のほとりで、その様を眺めている忠勝。
「ん…?」
見沼の水面に多くの蛍が飛んでいた。目を疑う忠勝、今は晩秋、蛍がいるはずがない。
「あの姫と、それを守る侍女たちか…」
寿能城は炎上落城、岩付城もこの数日後に落城した。この後、徳川家康が関東に入府、岩付は岩槻と字を改め、家康家臣の高力清長が治めていくことになる。さらに十数年後、豊臣家は滅び、徳川家康が征夷大将軍となって江戸幕府を開闢する。そして二代将軍の徳川秀忠に仕える土井利勝。その利勝の家老に
「殿、幕府閣僚のなかには国千代君(忠長)に着くもの多うござるが、土井はあくまでご長男竹千代君(家光)を推すべきかと存じます」
「ふむ、勘右衛門もそう思うか」
勘右衛門、その通称を持つ人物の名は潮田資政。資忠の次男である。伯父資武に養育され、凛々しく成長した彼は土井家に仕官、やがて頭角を現し利勝の信頼を得る。資政の仕官については寿能城を攻めた本多忠勝の口利きもあったと言われている。
加藤大学はやがて武蔵一宮氷川神社の宮司となり、主君資忠、資勝、能を弔いつつ、その語り部として生きて行く。北沢宮内は紀州徳川家に鷹羽本陣御鳥見役を任され、紀州徳川家が訪れたさい必ず旧主資忠のことを語った。宮内は子や孫にも語り続けていった。そして、その北沢宮内より十三代…
埼玉県大宮市(現さいたま市)にある寿能公園。潮田資忠の墓所である。そこに訪れた眼鏡をかけた男。献花を持ち墓前で深々と頭を垂れた。彼の名は北沢保次と云い、号は楽天。日本の近代漫画の祖と呼ばれている人物である。
「殿…」
手を合わせる楽天、寿能公園の周囲はすでに埋め立てられ田畑となっている。徳川吉宗の命令を受けた井沢弥惣兵衛為永により大規模な新田開発工事により『見沼たんぼ』と呼ばれている。見沼代用水と云う長大な用水路が作られ、現在も満々の水をひたし見沼たんぼの水源となっている。
先祖の主君に手を合わせた後、楽天は見沼代用水の方へ歩いた。季節は初夏、用水の水面には蛍が舞っていた。その自然の芸術に見惚れる楽天に不思議な歌声が聞こえた。
ホ、ホ、ホタル
星のようなホタル
見沼にきらめく光をすって
大きくなったホタル
明るく光れ
そろって光れ
天まで上がって
一番星になあれ
二番星になあれ
三番星にもなあれ
ホ、ホ、ホタル
見沼のホタル
ほたる舞う城 おわり