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雲隠れって言うけど自分はそもそもスパイですから

 目を開けるときれいな朝日が輝いているのが見えた。

街を照らす光はここが争いに満ちた場所だということを一時忘れさせてくれる。

快い目覚め。

トウニは今日という日の始まりが素晴らしいスタートであることに満足し腹ごしらえに向かった。


 出来ないことは仕方がない。

わからないことも仕方がない。

仕方がないのだから仕方がない。

トウニはそう割り切って過ごしていた。

そう考え出すとこれまで苦しめていた課題の重圧はずいぶん軽くなり毎日を健やかに過ごすことが出来るようになった。

街は相変わらず落ち着きはないが慣れてしまえば活気に感じる。

いつもの串焼きを楽しみつつ歩きだす。


 何かが起きる時。

それは大体気が軽くなり油断している時である。

大通りへ行く道で最近覚えたショートカットとなる路地に入る。

すると突然背後から声をかけられた。

「報告の時間だ」

「おお、お久っす。い、いま、ここでですか?」

「そうだな、手間だが外に行くか。だが今は時間が惜しい。歩きながら話せ」

「すごーく強い人たちがいるみたいですね。金髪の妖精とか鉄のドアとか」

「そんな名だったか?こちらでも把握している。他にないのか?」

「えーと」

「前回の情報は良かった。今そのために大掛かりな作戦が動いている。もう後戻りができない程に。その最中お前は大した活動をしてこなかったのか」

「いやぁ、情報って中々手に入らないものでして」

「だから現地に潜伏していたんだろう」

「情報ってそんな簡単に取れるもんすかね。例えば、そういえばあなたなんて呼べばいいんです?」

「名前か。レンだ。レン・ラクインと呼べ」

「偽名じゃないですか」

「互いに共有した固有名詞であればなんでもいだろう。周囲にバレなければいい」

「その名前じゃ正体バレバレっすよ」


 レンが立ち止まりトウニも止まった。

彼女は振り返ると同時にトウニの首にナイフを押し当てていた。

「いい加減誤魔化すのはやめろ。何もないからと言って時間稼ぎをするな。殺すぞ」

「そ、そんなことしていいんすか、情報元なくなっちゃいますよ」

「ああ。残念だったな。もうお前の存在価値はほとんどないんだ。今日はお前の情報次第で始末するか現場で判断するよう命じられている。そのくらい価値がないのだ」

「そういうの、先に言わない方がいいすよ」

「最後に言うことはそれか。もう少し役に立つかと思ったのだがな」


 レンのナイフが自分の首を切り裂く。

そう思われた時、街全体を揺るがすような轟音が響いた。

「なんですかね」

「これは、まさか。早すぎる!」

彼女が驚いた一瞬の隙をつきトウニは逃げ出した。

路地は複雑に入り組んでいるが土地勘が出来たトウニのほうが一枚うわてであった。

レンはトウニを追ってはいるが入り組んだ道に加え、先程の轟音で騒ぎがおき人が邪魔でスピードを出せずトウニとの距離を中々詰めることが出来ずにいた。

だが彼女は並の人間ではない。

すぐに追いつき、そして手を伸ばしトウニを掴もうとする。

トウニはギリギリそれを避け横の路地に滑り込む。

後を追う彼女。

間髪入れず路地にはいったレンだが、しかしそこにトウニの姿はなかった。


「バカな、どこに行った?」

レンは想定外の出来事に遭遇した場合、まずは落ち着くようにしていた。

ゆっくり周囲を観察する。

視界に入っていない部分はどこか。

物陰に入り込む余地があるか。

路地であるため視界の外に行くことは出来ない。

いや、1つある。

そう気づいた彼女は上を見た。

そしてトウニはそこにいた。


 トウニは壁に吸い付くようにして背筋から指先までをしっかり伸ばした見るからに緊張した様子で壁に張り付いていたのだ。

「お前、そんな能力があったのか」

「いやぁ、対して役に立つものでもないので言う必要もないかなって」

「その能力、どういったものなのだ?」

「ただ壁に張り付くだけっす。お一人様限定っす」


 諜報員であるレンは仕事柄観察することに慣れていた。

後々の彼女はこの時のことを振り返ることが度々ある。

その度に真面目に考えてしまったことで自分達の命運が大きく変わってしまったのでは、と考えることになるのであった。


 彼女はこう思った。

壁に張り付いているトウニの髪、服などが同様に壁に吸い付いている。

この力の対象はトウニが触れているモノである可能性が高い。

そしてこの力の正体は重力の向きを変えているのではないかと思われる。

もしそうであればとんでもない能力だ。

それこそ世界トップクラスの。

「おおおお前、その力、どんな感じかもう一度言え。体感でいい。ちゃんと話せ」

「え?ああ、なんか壁が足元で空が地平線な感じで地平線が空って具合っす」

「わかるようなわからんような。だがやはり。だとするとこいつ」

もしトウニの能力が考えている通りであるなら、戦力として申し分ない。

その力がどこまでのものかにもよるが、しかし危険もある。

この男は魔王軍に忠誠があるわけではない。

力を付けた時に裏切る可能性は十分にある。

この情勢、新たに強力な敵が生まれることは避けたい。

ここで殺すべきか、それとも戦力として育てるべきか彼女は悩んでいた。


 その時、轟音が再度響き渡る。

「レンさん、これって一体なにが起きてるんですか」

「ちっ、教えてやる。クゥエ殿だ」

「ああ、あの人。ここに来たのか」

「そうだ。魔王軍はこれから潜伏する。全軍だ」

「へー、あの時言った雲隠れをやるんすね」

「ああ。だがその意にそぐわない者もいた。クゥエ殿はその筆頭だ。だが魔王様への忠誠は確かなもの、それ故魔王様も悩まれたという。そして命じたのは囮だ」

「クゥエくんを?」

「他に誰がいる。あの方のように戦って散ることを望む者は少なくはない。そういった者たちを引き連れクゥエ殿がこの街に突撃をかける。そしてその間に他の者たちは撤退し、潜伏する。簡単に言うとこんなところだ」

「神風か、クゥエくん。見に行きません?自分すでに潜伏してるようなものですし時間はあるっていうか」

「いいだろう。どのみち報告するつもりだったからな」


 町外れまで2人は来た。

魔王軍は相当な数で押し寄せている。

作戦もほぼ無く、ただの突撃。

無謀でしかない。

だがそこに勝機があるのでは、と思わせる存在がいた。

クゥエである。

彼はその大声と怪力で人間の防衛機能を著しく低下させることに成功していた。


「すごいっすね、相変わらずのデカい声。割と離れてるのにきついっす」

「たしかに、これは。なぜそばにいる者たちはなんともないのか不思議だな」

「もう耳がやられてんじゃないすか?」

「かもな。もしくは何か対策してあるのか」

「この感じだと、こっちの方は結構被害でそうですね。人間側の方っす」

「だといいが。お前が言っていた金色の妖精もそうだが、他にも強力な戦士はいる」

「へー」

「まあ、仮に出てきたとしてもあの戦力だ。そうそうやられはしないだろう」

「串焼き屋さんは壊さないでほしいなぁ」

「お前なぁ」

「ん?あれ、なんすか?」

「何とはなんだ」

「魔王軍に向かっていく黒い点がいる」

「黒い、点。まさか!」


 進撃を続けるクゥエら魔王軍。

そこに向かう1人に人間がいた。

真っ黒で長くクセのない髪の女。

重力に全く逆らおうとしないその髪が風に揺れるとまるで水に流した墨のようであった。

「あれ、誰なんです?もしかしてちょっと強い人?」

「トウニ貴様!この街にいてあれを知らんのか!あれは、あれは黒墨だ」

「クロスミさん、知らんすね。有名な人なんですよね?」

「パーなお前でもわかるように言ってやろう。あれは最強と名高いバケモノだ」

「うへー、人類最強ですか」

「違う。世界、最強だ。魔王様でさえ手を出すべきか悩むのだそうだ。これは、クゥエ殿では相手にならんぞ」

「まじか」

「まずい、想定より早く動いたこともそうだが相手が悪すぎる。なぜ黒墨がここにいるんだ。北方に旅立ったと聞いたぞ。くっ、ここで時間を稼げなければ潜伏に移行する時間がないかもしれん。そうなれば魔王軍の被害は増す。突撃したのが裏目に出るぞ。魔王軍が突撃してきたのであれば人間とて同じようにしてくる。そもそもそうすれば勝てるのだから。意趣返しで来られたら終わりだ」


 レンは再び考えた。

あのバケモノを倒せる者は魔王以外にいない。

だが、もし可能性があるとすればこのトウニだ。

さきほどの力。

どのようなものか調べる価値はある。

自分が育てコントロールすることができれば魔王軍に勝機が、もしくはそこにつながる何かが起きるかもしれない。

ささやかだが、希望が生まれるのでは。

彼女はそう考え、トウニを始末することを止めた。


「見ろ。クゥエ殿と黒墨がぶつかっている。どちらも格闘が得意だから殴り合いだな」

「クゥエくん、押されてるね」

「ああ、怪力が強みな方だ。ご自身の力を上回る存在がいるとは驚きだろう」

「でも楽しそうっすね。あの黒い方も」

「そのようだな。本気で戦えるのが嬉しいんだそうだ。ああいう連中は。私からすれば戦いが好きな奴らの気がしれんがな」

「そっすね。同感です」

「直に勝敗は決するだろう。トウニ。聞け。お前はわたしと共に来い」

「もう、殺されないってことですよね?」

「一旦な。こんな状況では仕方がない」

「仕方がないなら仕方がないすね」

「はぁ。これからどうなることか。楽しみにしておけ」

「へいー」


 トウニは内心幸運だと思っていた。

金も尽きかけていたし、命を狙われこともなくなったと。

この幸運は朝日を見た時に決まっていたのかもしれない。

「お日様に感謝っすね」

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