05. 金色の妖精のキラキラ力
薪割りから無事に逃れた2人。
トウニとレンは、予定通りモーフトンがある西へと向かっていた。
まずは最寄りの町、シーツに向かっている。
薪割りから逃れ数日。
レンによる訓練は継続していた。
だが戦闘に関する素養はほぼ絶望的であると判断していた。
刃物は斬るもの。
そう教えても、毎回叩きつけるように振るうので進歩がない。
挙げ句、駄々をこねて投げ出す始末。
子供か、と思いそれならばと叱りつけるが言うことを聞かない。
最近は訓練を行おうとすると、いつの間にかトウニはいなくなっていることが多くなった。
「まったく。こういう勘だけは鋭いな。ああ、素養といえば逃げ足は速いか。逃げ足と言うか、相手の意図を察知し妨害することに長けている。こういうとすごく出来た諜報員だな。だがそれが……そう。自分の身の危険を感じた時でないと発揮されないことが問題なのだ。あの勘の良さはどこからくるんだろうなぁ」
トウニが逃げてもすぐに見つかってしまう。
なのであまり遠くに行かず、静かな場所を探す。
例えば今いる川原などで1人ぼんやりとしているのである。
「ここにいたか」
「どもっす」
「さあ、訓練だ」
世を憂う重いまぶたを上げ、儚げに吐息を流すトウニ。
「この川はどこから来て、そしてどこへと流れるのだろうか……」
「上流から来て下流に進んだ先のどこかで池のように溜まっているのだろう。さ、やるぞ」
「世はかくも無常なり」
「何を今更。よし、今日も元気に戦闘訓練だ。えいえい、おー」
「……」
彼女は仕切り直した。
「おっほん。考えたのだが、お前は戦わなくてもいい。まずはその逃げ足を活かして生き残ることを考えろ」
「それもっと早く気づいてほしかったです。自分は棒を振り回すような才能ないですから」
「そう拗ねるな」
「ふーんだ。そういえば最近のレンさんって、髪結ぶこと多いっすね。おしゃれですか」
「邪魔なだけだ。大分伸びてきたからな。別におしゃれじゃないし。ちがうし」
「そすか。いっそ切っちゃえばいいのに」
「髪型は印象を変える常套手段。長い分にはいいんだ。短いと細工出来ないからな」
「へー。レン・ラクインさんが変装すかぁ」
「……何が言いたい」
「いえ別に」
たいして長くもない自分の髪を引っ張るトウニ。
「自分も伸ばそうかなー」
「やめとけ」
「なんで?」
「似合わん」
「憧れる位いいでしょ!」
「憧れなど虚しさにとってかわるだけだろ。おおそうだ、その怒りを私にぶつけてこい。さ、訓練だ」
「さっき逃げ足鍛えろって言った」
「そうだった。じゃあ、襲い来る私から上手に逃げろ」
「それが出来たらこんな川原でボッチしてないっすよ!」
なんだかんだで次の町、シーツにたどり着いた2人は宿を取る。
いつものように夜まで待機だ、と言うレン。
出歩きたいというトウニ。
蛇とカエルのにらめっこ。
だが今回はいつもと違い、ついにトウニの怒りが頂点に達した。
「ああしろこうしろって、なんでそんな細かいことばっかり言われなきゃいけないんだ! よく考えたら魔王にだって別に忠誠誓ってるわけじゃないし!」
「ようやく気づいたか」
「自分はレンさんの道具じゃない!」
「お前を道具扱いか……バレてしまった」
「うぐぅ、こんな扱い、あんまりだぁー!」
正当な主張を叫びながら出てきたトウニ。
あてもなく町を彷徨う。
この先どうするか。
今までちゃんと考えて生きてきたわけではない。
だから、問題ない。
思うままに過ごせばいい。
これまで通り。
適当に。
通り過ぎる人々。
彼らの談笑が、なんだか自分をバカにしているように感じるトウニ。
立ち止まり、睨みつける。
だが相手はそもそも彼を意識していない。
笑い声は遠ざかっていく。
行き場のない何かが、彼の胸の中で渦巻いていた。
レンの元にいたら自分はまともになれるかもしれない。
だがそれは自分の望む姿ではない。
どうすればいいのか。
どうしていたら良かったのか。
答えのない問いはもどかしい。
なぜなら答えがないのだから。
人生は、そのもどかしさを何度も経験しなくてはならない。
だからトウニは逃げてきた。
なぜわざわざ辛いことに立ち向かわないといけないのか。
トウニはそこまでは考えて気づく。
そもそも頭を使うのがよくないのだ。
気の向くままに時間を費やすのだと、そう決めた。
1人になったレンは今後について考えていた。
追うか、それともこのまま放置するか。
追うならいくつか決断を迫られる。
まず、魔王軍に従属しないなら斬らねばならない。
逆なら今後の方針を改める必要がある。
改めねば同じ事の繰り返し。
つまり案がなければ追っても無駄。
では放置すべきか。
トウニのことだ。
今頃、適当に生きればいいと思っているのだろう。
自発的に戻ってくるとは考えにくい。
可能性があるとするなら、せいぜい金策として。
トウニへの接し方がうまく解消できない。
レンの思考は堂々巡りに陥っていた。
「あー、面倒だな。頭がこんがらがる。狭い部屋にいると気が滅入る。トウニには強く言ったが……外に行くか。人気のないところなら問題ないだろう」
宿から出たレン。
素早く屋根に飛び乗る。
低く素早く、屋根伝いに町の中を疾走する。
彼女は走ることが好きだった。
スピードに乗って動いていると気分がいい。
屋根と屋根の間を飛ぶ瞬間、身体は何にも縛られない。
風の中に飛び込むと、まとわりつくしがらみが遠のいていく。
とても解放的な気分になれるのだ。
もっと、もっと速く。
誰の手も届かないその先へ。
まだ見ぬ世界へと駆け抜けていく。
人気のない街道脇まで来たレン。
軽く呼吸を整え、景色が一望できる草地に座った。
沈み始めた夕日と重なる地平線。
軽やかに音色を流す小川。
「ふぅ、このあたりは誰もいないな。いい景色だ。はぁ、人の街はいるだけで疲れる。いっそ、あいつのように自由でいられたら、さぞ気が楽なのだろうなぁ……ふふっ、少し憧れる」
「あら、それなら自由にしてみたらいいんじゃない?」
背後からの声。
咄嗟に剣を抜こうとしたレンだが、衝動的に出てきたため持っていない。
振り向きながら常備しているナイフを構えた。
だいぶ気が緩んでいた。
そう反省するレンの正面には、金髪がやたらとキラキラ輝く長身の女がいた。
抱えるように軽く腕を組む女。
レンはその女を知っていた。
「どうしてこうもバケモノ達に会うのだろうな。これもあいつのせいか」
「初対面だけど、私のことわかるのね」
「それはそうだろう、有名人だからな」
「そうね。私はあなたを知らないけど、魔王軍の関係者なのはわかる」
「匂いのことか? やれやれ、よく言われるよ。私は今までやつらを……」
いつもの文句を口に出し、薪割りに通用しなかったことを思い出した。
「いや、なんでもない。お前達バケモノの前では無駄なのだろうな」
「その呼び方もだけど、バレバレよ」
「そんなに匂うのか?」
「ええ。はっきりと」
「そ、そうか。水場を探してちゃんと毎日洗っているんだが……私、そんなに臭うかな……」
「体臭というより別の何かね。五感の嗅覚というよりも、もっと直感的な感じ」
「なるほど。よかった……それで? 《金色の妖精》に見つかったからには、私は殺されるのだろうな」
「どうしようかしら」
金色の妖精はどうでも良さそうにしている。
レンは逃げることをだけ考えた。
興味がないなら放っておいてほしいものだ。
さてどうしたものか。
「ふん、迷うなら見逃してくれてもいいんだぞ。ところで、なぜ私に気づいた。いくらバケモノといえど早々に見つけられるような行動はとっていなかったはずだ」
「見事な身のこなしだと思うわ。戦いよりも潜入とか、暗殺とか向いていそう。私は嫌いだけど」
鋭い指摘に動揺を見せまいとするレン。
だが金色の妖精は気にしていないようだった。
「でね、偶然目に入ったのよ。視界の端を凄いスピードで通り過ぎるものがあったら追ってみたくならない?」
「危険かもしれないから追うのはやめた方がいいぞ」
「私に忠告? ふふっ、ありがとう」
「はぁ、私はつくづく気が抜けていたようだ」
「ふーん、あなたの外見って本当に人間そっくりね。何か細工しているの?」
「何も。なんせ私は人間だからな」
「なーるほど、納得。聞きたいことも聞けたし、もういいかな」
逃げられないと悟ったレン。
ならば、何かこの場を打破する方法はないか。
どうすれば金色から逃れることができるのか。
戦ったところで負けは確実。
では交渉できる相手か。
見込みはないだろう。
自分には交渉に使える材料がない。
トウニなら自分の能力をだしに猶予を作れたかもしれない。
どうにもならない。
いつかこの時が来ることを覚悟はしていた。
いざその時になってみると、わかることがあった。
覚悟とは、理性で決めるものである。
それが必要となる時、感情を制御できなければ意味がない。
出来なければ結局、覚悟など無用でしかないのだと。
「万策尽きたか。こうなれば諦める他あるまい。もういい、好きにしろ」
「潔いのね。その姿勢は好きよ。じゃあ、そうさせてもらうわ」
「おい。最後に1つ聞かせてくれ」
「いいわよ。何かしら」
「お前の噂を聞く度にずっと気になっていたことだ」
「もったいぶらず言いなさいよ」
「その髪、なぜそうもキラキラしてるんだ?」
目を見開いてレンに掴みかかる金色。
バカにしていると受け取ったのだろう。
がっしりと肩を掴まれたレン。
これで終いかと覚悟を決め、キラキラが辛いので目を閉じた。
だがしかし。
「このキラキラに興味があるのね! それならそうと早く言いなさいよ。いいわ。教えてあげる。あなた魔王軍の人だしね」
「ん? どういうことだ」
「このキラキラは、とある特殊な整髪料で光を反射しているの。きれいでしょ。うふふ」
「あ、ああ……きれいというか、目にまぶしい」
なかば冗談半分で聞いたことだったのだが、どうもアタリだったらしい。
死を覚悟したのに意外な反応に驚きを隠せないレン。
もうどうにでもなれ、あーなんかトウニみたいで嫌だなぁと思いつつ流れに任せることにした。
「これはね、虹色の対策として開発されたものを流用してるの」
「虹色? えーっと、バケモノの1人か。確か光を自在に扱うとか。っておい、それ魔王軍が開発したものじゃないのか?」
「そうよ。研究してる場所に偶然押し入っちゃったのよ」
「それを奪い使っているわけか。その場にいた者を皆殺しにして」
「まさか、それ言いがかりよ。みんな生きてるもの。あの液体を見た瞬間に私のインスピレーションが煌めいたの。これだ、わたしが追い求めていたものはこれなんだって」
目もキラキラし始めた金色。
「えーと、それで?」
「で、その場にいた魔王軍のみんなを雇って整髪料の開発を行ってもらっているわ。作り方なんて見てわかるわけないじゃないんだし」
「つまり魔王軍と共同開発していると?」
「共同というより、私は出資者ね」
「魔王軍とみたら構わず殺すのかと思っていたよ」
「使えるものは使う。嫌悪感があるから殺すなんてことしてたら、私はほとんどの人間を殺しているわ」
「それで、私をどうするんだ?」
「ふふーん。私の好きにしていいのよね?」
「ああ、たしかにそうは言ったが……おい、何をする気だ」
背後に明かりが灯る夜の町。
思うままに過ごすと決めたトウニだが、気が休まずモヤモヤしていた。
特訓の成果か、何もしていないと落ち着かない。
結局、人気のないところで座り込んでいた。
これまでとは違う状況であり、自分がそれに対応すべきだとは理解していた。
しかしこの世界に来てから今日までの出来事を思い返すと、そもそも関わる必要がないことばかり。
従わなければ殺す。
そう脅されて今に至るのだ。
なのに違和感なく過ごしていた自分の適当さに、彼は少し呆れていた。
更に最近の言動はどうにも子供じみており、思い出すと恥ずかしくなる。
そんなことを思いながら、暗い空をぼんやり見上げていた。
誰かが近寄ってくる。
なんとなしに目を向けると、知った顔。
顔だけは知っている。
向こうもすぐに気づき、声をかけてきた。
「ん? おいトウニ。ここで何をしているんだ」
「レン、さん? いやぁレンさんがここに来るだろうとビビッときまして」
「なにこの子」
「連れだ。今朝までの」
「そんな事言わんでくださいよ。自分も大人げなかったと反省してたんすから。ところで、そちらのどこかで見たことがあるようなやたらキラキラしてる金髪さんはどちらさんで? というか、レンさん髪切ったんすね。で、何より気になるのは……なんでそんなに負けじと髪キラキラしてんすか」
自ら光を放つレンの髪は、トウニの顔を明るく照らすほどキラッキラだった。
「う、うるさい!」
「うふふ、いいでしょー」
「そすね」
「し、仕方がなかったんだ。従わなければ殺すと脅され、されるがままで……」
「長くて傷んでたから切り揃えてキラキラにしてあげたの」
「へー。つまり自分と同じ立場になったわけっすね。へへへー、今どんな気分すか」
「くっ、こいつら殴りたい……あ、よく考えたら別にトウニは殴ってもいいのか」
「いいわけないでしょ。暴力反対っす。ぼうりょくはんたいっす!」
トウニのおかげで少し気が晴れたレンは、今後の方針を彼に伝えた。
「お前のことをいじめすぎたようだ。すまん。気をつける」
「この顔見ながらよく言えますね」
「今後はある程度自由にすればいい。だが最低限の訓練は受けてもらう。お前の能力は未知数だから慎重に育てたかったんだ。すまなかったな」
「未知数? 壁に張り付いたり髪逆さにしたり、斧を空に飛ばしたり……?」
金色の妖精は意外そうにトウニを見る。
負けじと見返すトウニだが、キラキラに負けて目を背けてしまった。
「この子、そんなにすごい能力なの?」
「それがわからないから慎重になっていたんだ。あの薪割りもこいつには興味を抱いたようだったしな」
「へー、あいつが」
「興味が湧いたか。そうだ、なんなら金色に預けてもいいぞ。その方がより従順になるだろうし私では対応できないような状況でも対処してくれるだろう」
「いらな……今はまだ私が出る幕ではないわ」
「いや、遠慮するな。私の命はお前が握っているんだ。ならその私が管理しているものを管理するのはお前のやるべきことだ。嫌なら私から離れろ」
「なんか屁理屈言われてるような」
「そんなことはない。上に立つ者の責務だ。受け入れろ」
「うーん。何、彼のこと嫌いなの?」
「そういう問題ではない。責任の問題だ。頼んだぞ金色」
「自分の押し付け合い……レンさんには嘘でも大切な仲間とか言ってほしかったっす」
「だから責任の問題だ」
レンとトウニの旅を明るくする、新たな仲間が増えた───




