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適当に始める異世界転移  作者: Tongariboy
バケモノの宴2

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20/20

19. 月のない夜に


———夜のエトセ村。

昼間とは打って変わり風のない村の空気は重く沈んでいる。

光源のない村は黒い空との境目がわからないほどに暗い。


 村の周囲を囲う柵に影が1つ。

西側である。

柵に1つの火が灯る。

黒い煙を立ち上らせて火は炎へと変わっていく。


 それが開戦の合図となった。




 現れたのはフードの女1人。

周りに誰もいない。

松明を持つ手を空にかざし、パチパチと次第に燃え移る柵を前に大仰に叫ぶ。

「あっははー! さあさあ、みんな寄っておいでー! 楽しい楽しい夜の物語の開幕よっ!」

歓喜を叫ぶその瞳は鋭く冷たい。


 くるりくるりと火を持ち舞う女。

村を燃やす炎は横へ横へと広がる。

浮かび上がる家や木々の輪郭。

幕があがるように、赤く世界が開けていく。



 ふと何かに気づき、女は正面の一点に目を向けた。

黒点が浮かんでいる。

揺らぐ黒炎。

照らされることを拒むように黒い炎が赤炎に襲いかかる。

いくつもの黒炎が女の横をかすめ、燃える柵が次々と吹き飛んでいった。


「おいおい、いきなり派手にやってくれたな。お前、その辺にしとけよ」

「あら、虎の子ね。ふふっ、さっそくお出ましか。いつ来るかもわからない相手に準備のいいことねー」

「ったりめーだ。ぬかったら村を守れねーだろ」

「意外と真面目じゃない。いいわ、一途な子は好きよ。お姉さんと遊んでちょーだい」

「遊ぶ? へっ、甘いな。俺はうさぎを狩るにも全力を出す男。そう、エトセの虎とは俺のことだ!」

「それは獅子でしょ」

「……う、うるさい。とにかく、覚悟しろ!」

「さてさて、お手並み拝見ね」


 暗く燃える夜の中、女はナイフを構え風を切るように躍りかかる。



 急所を狙う流れる銀の軌道を目で追いながら、虎は黒い炎をその掌に燃やす。

反撃の予兆を感じた女は距離を取り、弾丸のような黒炎を軽やかに躱していく。

「あはは、これがエトセの虎ね。いい火加減じゃない。ふふふ、あははははっ!」

「余裕かよ。へっ、まだまだ序の口だっつーの、おらっ!」

「きゃー、あっぶなーい」

「ちっ、遊んでんのか、この女」


 女を追う虎。

次第に村から離れ始めた2人。

戦いは熾烈を極め、手拍子が響く。

「とらさんとらさん、手ぇの鳴ぁるほぉえー。うっふっふー」

「くそっ、ちょこまかと」

「は・ず・れー、あははー」

「こんのぉ!」

「へったくそー」

「て、てめぇ……ぜってぇ燃やす!」


 猛る黒炎を鮮やかに避ける女。

村からそれなりに離れたことを確認し、背後の荒野に意識を向ける。

「さてと。様子見されてる内にそろそろ行くか。とらさーん、こっちへおーいでー」

 女は反転してジャリっと土をかき鳴らして大きく飛び退く。

走り去る敵を追うべきか、虎は逡巡する。


「ちっ。こいつ……村から引き離そうとしてやがるな……あの動き、野盗か? まあいいさ。村には村長と、それにトウニ達もいる」


 振り返って見た村は、いつものような静けさを保っていた。

今回は頼れる奴が多い。

そう考え、前方に集中する。


「後方に憂い無し。いくぜっ!」


 闘志を燃やし、虎は闇の中へと踏み込んでいった———




 その頃、北側で待機していたトウニとレン。

西側で始まった開戦の音に気づき、レンはナイフを抜いた。

野盗の戦力はおおよそ把握済み、対処は可能。

だが防衛戦となると勝手が違う。

一番の問題はトウニ。

守る余裕がなくなった時、彼には逃げてもらう手筈になっていた。


 トウニは戦いの音は気に止めず、どこか遠くに目を向けていた。

その目がスッと東を見据えた。

「レンさん、あっち」

「ん?」

「沢山います」


 手を上げ、彼は迷いなくその方角を指した。

指し示された東を見つめるレンだが、彼女の目には暗闇しか映らなかった。



 レンはその先にある何かよりも、トウニの言動が気になっていた。

ネコ、そして虎に続き今回も感知した。

気配を察知するトウニ。

姿を見ずにその存在を感じ取るなど余程の達人である。

でなければ固有の能力。

そしてレンが知る限り、固有の能力であることは間違いない。


 だとしたら彼の能力はなんだというのか。

重力操作に加えて周囲の把握、勘の良さ、それらを一言で定義できる能力。

しかし彼女は思いつけなかった。


 やはりネコと話すべきか。

だがもし何か自分の知らない計画があり、トウニがそれに利用されてしまったら。


 そう考えたレンは、自分が何を懸念しているのかがわからなくなった。

トウニを心配しているのか、魔王軍という存在を疑っているのか。

ならばそれはなぜなのか。

ここ最近彼女を悩ませ続けている頭痛が始まった。


 彼女は煩わしい痛みから気を紛らわすため、トウニに話しかけた。

「くっ……トウニ、向こうにいるとなぜわかる」

「うーん……なんとなく?」

「はぁ、なんか余計頭痛くなってきた。いつものことか。どんな感じがするんだ?」

「なんというか、見てないところが頭の中でかさかさ鳴ってる感じ?」

「全然わからん。そうだ、虎はどうだ? 感じるか?」

「虎っち? うーん、うーん、よくわからんす」

「そう都合のいいものではないのか。それとも、距離か……? ふぅ、東だったな。どうしたものかなぁ」



 持ち場を離れるわけには、と口にするレン。

だがトウニはここには誰も来ない、と断言する。

なぜわかるのか。

再び問答する2人。

結局答えは出ないまま。

しかし串焼きの美味さ以外にトウニが断言するなどかつてない。


 思案していると、その東側で何やら蠢く影がチラついた。

北には何もいない。

レンは素早く判断し、トウニを連れて村の東へと向かった———





 滑走するフードの女とエトセの虎。

背後から放たれる黒炎を左右に飛び交い避ける女。

向かう先は荒野の奥。

虎はその先に何があるのかを察し、あえて距離を詰めずに追っていた。


 そして入り組んだ崖の隙間。

漏れる光が人の気配を知らしめる。


 女は迷うことなくそこへ飛び込んだ。

そして芝居がかった声で高らかに叫び出す。


「頭領! 頭領! たぁすけてぇー!」


 寝起きの頭領がぼんやりした顔で這い出てきた。

「あーん? なんだぁ?」

「助けてよー」

「またあの女か……ん、黒炎? んなっ……あれは、虎じゃねぇか! くそっ、どうなってやがる!」



 臨戦態勢へと移行する頭領。

全員目を覚ませ、と号令をかけるが明らかに人数が少ない。

地を滑るように近寄ってくる女。

困惑する頭領の脇を通り過ぎようとした刹那。

フードの影から覗く瞳に灯りが反射する。

目で追う頭領。

冷笑する獣の瞳。



「助けて、にゃ」

軽くウィンクを残して女は闇へと姿を消した。



「て、てめぇ! 待ちやがれ!」


 振り返り、その後を追おうとする頭領。

だがその背に、無遠慮な若い声が突き刺さる。

「なーるほど、これがあいつの狙いか。へっ、乗ってやるよ。おい、お前が頭領か?」

「知るか! くそったれ……だから村には行くなと言ったんだ、あのバカどもめ!」


 怒り心頭、真っ赤に染まる頭領。

黒炎の隙間から金色に瞬く虎の瞳。

虎の由来となったコントラストをたゆらせて、野盗の頭領へと飛びかかる———






 村の東側では野盗とレンの戦いが始まっていた。

トウニの勘は見事に的中したのだ。


 村が危ないと判断した2人は防衛に動き出す。

次々に現れる野盗。

レンは不意打ちで2人を仕留めるが、村の中へと進む野盗を全て止めることは出来なかった。

正面にはまだ数名いる。

追撃が出来ない。


「村長はどこにいるっ!」


 野盗の攻撃を捌きながらレンは周囲を見渡した。

だがトウニ以外に味方はいなかった。



 野盗達は見つかったとみると、村に火を放ち始める。

とにかく数を減らしていくことが先決。

彼女は腕力では戦わず、素早い身のこなしを武器に野盗を圧倒する。 


 レンと斬り結び野盗。

闇の中で火花が散る。

一瞬の隙をつき、レンは敵の顎を蹴り上げる。

そして踏み込み、よろめく胴体へ右肘を打ちつける。


 倒れ込む男。

その腕に何かの模様が見える。

レンは素早く目を走らせる。

火に照らされた腕に描かれた黒い獣の刻印。

「こいつら《黒の遠吠え》か! 野盗どころじゃない、いや、なぜこんな村に……これは、厄介なことになりそうだな」


 レンは状況を整理する。

犯罪組織《黒の遠吠え》。

構成員が複数人。

このような辺境の村を襲うことなど、通常ではない。

何かある。


 正面の男たちを見据える。

もしかしたら離反した構成員かもしれない。

だが、にじり寄る男たちが油断ならない相手であることに代わりはない。

レンは撤退も視野に入れ、検討を始めていた。




 トウニも後方から石を正面に落としたり、浮かび上がってふよふよして野盗を翻弄する。

しかし野盗も弱くはないしバカでもない。

トウニの動きを読み取り距離を詰める。

トウニの足を掴み引き寄せる男。

斬りかかる野盗。


 トウニの頭に叩きつけられる刃。

束の間の風切音。

その刃が突如、後ろから引っ張られるように止まる。

剣を見る野盗。

しかし刀身以外に何も無い。

正面に目を向けるとトウニが剣を凝視している。

何かに必死なトウニ。

同じくわけもわからず必死になる野盗。

凄まじい形相でにらめっこする静寂かつ苛烈な戦い。



 その均衡が崩れた時、剣が大きく弧を描いた。



 屋根へと突き刺さった剣。

戸惑う野盗。

困惑するトウニ。

2人は屋根と互いの顔を見比べた。


 すると、トウニの身体がふわりと空に浮かび上がった。

野盗の目が見開かれる。

唖然とする敵を見下ろすトウニ。

自分の体に何が起こっているのか理解が追いついていなかった。


 自分の体が自分のものではないような不思議な感触。

いつもの力ではない何か。

何かが決定的に違う感覚。

手を見つめ、返し、握り、開く。

「これ、あの時の感じだ」



 宙に浮くトウニの全身は、村を静かに照らす淡い光に包まれていた。



 驚愕するレン。

「バカな、トウニ……お前、お前は……バケモノの王、なのか」



 その時、背後の広場で大きな赤い炎が巻き起こった。

村を明るく照らす赤炎。

野盗達は、その炎を見て、恐れ、分が悪すぎると口々に言い放ち、中には撤退する者もいた。


 黒の遠吠え、バケモノの王、巨大な赤炎。

小さな村を呑み込む混乱の渦は広がっていく。


「くっ、一体何が起こっているんだ……」


 レンは唯一確かな硬いナイフの感触を頼りに、周囲の不可解なモノを理解すべく分析を始めた———






 村を一望できる崖の上。

雲が晴れ、かすかに照らし始める夜の空。

その光を受けて浮かび上がるシルエット。


 フードから顔を出し、ローブを脱ぎ捨てた女。

あらわにしたネコの耳。

ネコは崖の上からレンとトウニを観察し、特徴をまとめていた。


「レンは諜報員として選別されただけあって身体能力は高い。けれど、ここまで高いなんてちょっと予想外だわ。これで能力までついたら、モノ次第ではバケモノじゃない。どうしたものかしらねぇ」


 報告書に軽くメモを取るネコ。


「それに、トウニ君の方はかなり厄介だわ。あの光……王か。レンは能力について言及しなかった。諜報員としては上出来だけど、面倒なことを。やっぱりけしかけてみて正解だったかな。あの子、危険かもしれない」


 村の入口に輝く白い光。


「身体能力の向上は、自分を操作していた? そんなに器用には見えないけど……レンよりも勘のいいところがあったわね。気配を消した私に先に気付いた……そうか、バケモノの王なら匂いとやらで……」


 違和感が湧き、ネコはふと気づく。


「違う。あの子はレンの匂いについて言及したことは一度もなかった。気づいてさえいない。どういうこと? 芝居かしら。もしそうなら相当な食わせ物。でも本当に気づいていないなら……あの光は王の証。だけど……うーん。この情報には整合性がない。何かを見落としている気がする、私の知らないことかしら。ふむむぅ……あれは、要注意ね。トウニ君って、一体何者なのかしら」


 ネコは調査書をまとめると、ため息をついた。


「はぁ。もぉー、ほーんと、手のかかる子達だわ。ふふふ」


 月が見え始めた夜に、女の冷ややかな笑いが木霊する———




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