18. レンの野盗習性観察レポート
「あれか」
日が昇り始めた荒野を走る硬い風。
無理に髪を撫でつけられ、レンは顔をしかめた。
虎は砂埃で目を細めている。
だな、と相槌を打ち、さっさと岩陰に身を隠してしまった。
村から出て調査を開始した2人。
入り組んだ地形を見つけ、用心のためになるべく高所を進む。
そして奥まったところで怪しい集団を発見した。
岩陰から伺う先には粗暴な男達。
連中は踊りながら楽しくやっている。
非常に怪しい。
そんな野盗達を見ながら虎は少し嬉しそうにしていた。
「ラッキーだな。思ってたより簡単に見つかったぜ」
「アジトがあるとしたらここくらいだからな。やけに嬉しそうだな」
「とりあえず、どっかのやばい組織とかじゃなさそうだから」
「どうして言い切れる」
虎は得意気に答えた。
「だってさ、そういうヤバい奴ってぱっと見で何か違うってわかるだろ。上手く言えねーけど、こう、シュッとしてるっていうか」
「言いたい事はわかるんだが……なんかトウニと話しているような気分だな」
「たまーに村に来るんだよ。ちょっとヤバい奴が。何でか知らんけど、コソコソしてるから追い出してる」
「ふーん」
エトセの虎といえば生粋の武闘派として名高い。
その戦闘力は黒墨に追随するといわれるほど。
実際のところは不明だが、偽りのない強さ。
レンは諜報員として調査しておくべきと考えた。
目の前のバケモノを陥れる算段をする。
「何にせよ、構成や装備などわかる範囲で調べておこう。潜り込む。気取られるなよ」
「安心しろ。伊達に虎なんて呼ばれてねーから」
なるほど確かに。
意識しないと消えたように錯覚するほど、彼は見事に気配を隠していた。
潜入も出来る。
これは相当優秀なのではないか。
頭は特別回るわけではないが、要領は良さそうである。
ああ、トウニと取っ替えたい。
レンはそんな願望が膨れそうになるのを堪えた。
さて、問題はどうやって虎を野盗とぶつけるか。
わざと見つかり、隠れて観察するか。
だが見抜かれるリスクもある。
虎のように場馴れした強者ならなおさらだ。
どうしたものかと彼女は思案を続けた。
レン―――
突然自分を呼ぶ声に辺りを見回すレン。
まさか見つかったのかと一瞬頭をよぎる。
しかしレンの名を知る者はほぼいない。
つまり知り合いの誰かである。
気配を頼りに探すが見つからない。
風もしやの音か?
と思っていたら、岩陰からひょこっと顔を出すネコ。
ニコニコしながら、おいでおいでしている。
合点がいき、少し離れて野盗を監視する虎を見る。
ネコには気づいていない様子。
レンはそそそっと岩陰に近寄った。
「レン、どうしてここにいるの?」
「村長から依頼を受けた。危険な連中がいるから調査してくれとな」
「へぇ、村長から依頼。ふーん、上手くやってるわねぇ」
「そういうお前は何をしているんだ」
「さんぽ」
ニタリと笑うネコ。
素敵な嘘にため息で返す。
「虎と一緒だなんて、楽しそうね」
「荒野でさんぽする程じゃないがな」
「うふふ、調査は順調なのかしら?」
「アジトらしき場所は見つけたから順調と言えるだろう。街に潜入してバケモノ調査するよりずっと楽だ」
「そうねー。彼らは簡単な相手だと思うわ」
含みのあるものいいを訝しむ。
「その物言い、調べが済んでいるようだな」
「目に入ったからつい、ね。対処できそう?」
「もし村を襲ったらか? そうだなぁ、私だけなら問題はない。だが村の防衛となると事前準備がものをいうだろうな。それ次第だ」
「村人に被害が出ないようにしたいのね」
「その方が報酬がいいだろう。合理的だ」
「合理的ねぇ。だったら盗賊に襲わせて、村の物資を横からもらっていけばいいのに」
「そんな蛮族になどなれるか。私は、私は……なんだろう、この感覚」
突然の頭痛に頭を押さえ、岩へもたれかかる。
ネコは手を出さない。
冷ややかな目。
「どうしたの?」
「いや、頭が急に……ぼーっとする。くっ、こんなこと初めてだ」
「そう。大丈夫よレン。直に収まるわ」
「あ、ああ。うっ……と、とにかく、人間を襲ってまで物資を得る必要もないだろう」
「ふふふ、そうね。じゃあがんばって」
そう言うと、ネコはしなやかな動きで岩陰から姿を消した。
青い顔のままレンはふらふらと戻る。
「花でも摘んできたのか?」
「荒野の希少な花を摘みに行くなどもはや別目的だろ」
気の利かない気遣いをいなす。
詰め寄られると面倒なので話題を正面の野盗に移した。
「動きは?」
「ねぇよ。ああいう連中って毎日何してんだろうな」
「確かに。生産性のある事をしているわけでもない。しかし毎日集落を襲うわけでもない。そして都合よく現れる習性。ふーむ、真面目に考えると謎が多い。”野盗の生態”。論文に出来そうな議題だ」
「真面目に考えんなよ。適当に言っただけだっつーの」
思いの外人数が多く、頭痛も酷いため、一旦引くことを決めた。
「ある程度の人数はわかったぜ。頭っぽい奴もいた」
「野盗の頭領か。よし、情報収集としてはまずまずだな。装備も大した事はなさそうだし、うっ」
「急に頭抱えて大丈夫か? なんか顔色悪いぞ」
「すまん、さっきから頭の痛みが酷くてな」
「マジか、頭大丈夫かよ」
「その言い方が頭にくる」
これでもトウニよりましか?
と考えるといっそう頭が重くなるレンであった。
―――村に戻った2人は村長に報告した。
村から北西に数時間の所。
入り組んだ地形。
野盗と思わしい集団はそこに陣取っていた。
数は数十人、武装は刃物や鈍器。
寝床などは見られず、そこらでざこ寝。
料理はしない。
だが常に誰かが食事をしている。
知性は低そう。
とにかく騒ぐ。
謎の踊りを踊る習性あり。
みんな意外と仲が良い。
レンのレポートを読み終えた村長の口は半開き。
得意げな彼女を見てしばらく考えこんだ。
虎は、俺はこの辺で、と言ってどこかへ行ってしまった。
「いいのか?」
「ん? あ、ああ、構わない」
「そうか。野盗に関してだが、どうする?」
「経験による勘だが、この野盗は近い内にここに来るかもしれん」
「その兆候は特に感じないが」
「勘だよ。でだ、村の守りをちょっと補強したいから手伝ってもらいたい」
「わかった」
「よし。では私は村の状態を確認してくる。また後ほどな」
そう言って村長はどこかへ行ってしまった。
1人取り残されたレン。
頭痛はだいぶ良くなっていた。
そしてトウニのことを思い出し、村の中を探しに行った。
少し遡り、レン達が調査に行っている間のこと―――
ぽかぽかと太陽が照らすエトセ村。
時折吹く強い風と朝日を浴びながら、トウニは村でゴロゴロしていた。
彼は考えていた。
この村はダメだ。
なぜならば、世界から取り残されているからだ。
なぜだめなのか。
串焼きがないからだ。
そんなことありえるのか。
いやありえない。
そうだろう?
あなたはありえると思いますか?
目の前を通った人に目で問いかけるトウニ。
妙な視線に戸惑う村人は、目を合わせないように去っていく。
「どうした客人」
そこへ現れたのは村長。
どうしたのかと問われて、この村に何もないからつまらない。
と素直に答えるほど野暮なトウニではない。
彼の表情を読み取った村長は、気さくに続けた。
「何にもないだろ?」
「そすね」
「ははは、正直だな。虎小僧が気にいるわけだ」
「トラっちですか」
「調査へ出る前にな。お前さんのことを親しげに語っていた」
「珍しいんで?」
「どうかな。人懐っこいやつだから珍しくはない」
「ほへぇー」
のどかな村に吹く風が、今日は少し強い。
砂が舞い、居心地が微妙に悪いトウニ。
すかさず見抜く村長。
「家に来い。お茶くらいは出してやる」
「では遠慮なくー」
その時。
トウニの脳裏にレンの声がよぎった。
”いいかトウニ。簡単に相手の誘いに乗っちゃダメだぞ。頭を使うんだトウニ。ほいほいついて行っちゃいけなんだからな。わかったかトウニ、ついて行っちゃダメなんだからな、ダメなんだぞー”
ふっ、と軽く鼻で笑う。
わかっているさ。
問題などない。
問題なのはこの砂埃。
置いてくぞー、という村長に、あいー、と適当に答えるトウニ。
脳内のレンはあっという間に霧散してしまった。
村長の家は狭かった。
昨日は気にしていなかったが、家具を始め、いたる所に傷がある。
床も軋んでいる。
「ああ、痛んでるだろ? 全部虎小僧がやったんだ。わんぱくなんだよあいつ」
「トラっちと一緒に住んでたんすか?」
「住んでたというか、よく預かってたんだ。保護者としてな。昔、俺が拾ったんだ」
「そっか。トラっち、よかったすね」
「そう思っていてくれたら嬉しい」
村長は手際良く、かつ適当にお茶をいれた。
ほらよ、と出されたお茶はまずかった。
「この村をどう思う?」
突然の問いにトウニは素直に応えた。
「なんもないっすね」
「そうだな。何も無い。なのに人はいる」
「それ、昨日老人たちから聞いたっす」
「そ、そうか。じゃあ、えーっと。あ、俺って昔は結構、名うての……興味なさそうだな」
話題性の乏しいこの狭い空間。
茶をすする村長。
机の傷を目でなぞりながら、砂埃の方が良かったかもしれないと思うトウニであった。
―――そして調査から2人が戻ってきた現在。
トウニと合流したレン。
状況の確認を行う。
何か新しい情報はあるか、村の様子はどうだったか。
なんもなかったっす、という正確な答えに頭痛が蘇った。
日が傾き始めたころ。
村長に呼ばれたレンとトウニと虎。
野盗の対策として、警備を強化するように指示を受ける。
「村を囲う柵に簡単に補強を行う。人の出入りが容易に出来ないように隙間を埋めるんだ。レンとトウニは北側。俺は西、虎は南だ」
「東はいいのかよ」
「そっすよ」
「いいんだ。全部固めたら出入りできないだろ?」
ふーん、りょーかい、と2人は納得しても持ち場へと向かった。
レンは村長を見つめている。
彼も見返した。
鋭い視線が交差する。
先に口を開いたのは村長だった。
「何か問題でもあるのかな」
「問題ではないが、あなたは……いや、なんでもない」
「言いたいことははっきり言った方がいいと思うぞ」
「……それもそうだな。この手のことにずいぶん手慣れているようだ」
「なんだそんなことか。周りを見てみろ。無防備でいられるほど優しい土地じゃないんだ」
肩をすくめる村長。
はぐらかされている。
この男の素性がわからないまま、踏み込んで聞くのはリスクがある。
自分が持つ情報を嗅ぎ取られてしまうかもしれない。
だが、聞くタイミングがいつもあるとは限らない。
彼女は、ここで聞くべきだと判断した。
「確かにな。だがあなたは、教養があり、しかも虎の師匠だと聞いた。元は傭兵だったのか?」
「ははは。ま、そんなところさ。納得か? さあさあ、準備に移るぞ。そう遠くない内に来るかもしれんからな。出来ることはしておきたい。無抵抗の人間が襲われるなんて嫌だろ? それとも、人間の命に興味はないか?」
「いや、まさか。人の命は大切だ。うっ……また、頭痛が。き、北だったな、任せておけ」
片手で頭を抱え、北へと向かうレンを静かに見守る村長。
「倫理を問うと頭痛を起こす、か。人としてはいい兆候だが、今は踏ん張ってくれよ」
―――その夜。
「あれか」
荒野を走る硬い風。
無理にモヒカンを撫でつけられ、野盗は顔を喜ばせた。
フードの女は砂埃のせいでもなく、目を細めている。
あれね、じゃあよろしくねー、と言ってそそくさと夜に紛れてしまった。
「ふぅ、さぁて、パーティタイムといこうじゃねーかよっ!」
メンチ切った野盗たちは、こっそり夜の荒野を進むのであった―――




