小話 逸材
ジャン・シュテルニアの目線の話。
「またアルバート様が?少し見せてくださいな」
そんな、澄んだ声が聞こえた。
アルバートという名前にドキリとしながらも、俺は陰から耳を澄ませた。甥のアルバートは学園からの帰り、従者を巻いてこの付近で遊んでいることがある。つい先日も、おもちゃを持って遊んでいるところを俺が王宮に連れ戻したばかりだった。
彼女は一体、誰と会話しているのだろうか。
図書館の西館の屋上、彼女はそこに居ると司書長が教えてくれた。西館の天井で雨漏りが起こってしまい、屋上の様子を見に行ったのだという。たしかに酷い雨漏りだった。
司書長の話だと、ここに向かったのは彼女一人のはず。だからこそ俺はここに来たというのに。
不測の事態ではあったけれど、二人で話をするには丁度良かった。
情報によると、彼女は目立たない容姿をしており、冷静で頭の回転が速いのだという。まさに諜報員としてはうってつけの存在。なんとしてもここで口説き落としたい。
陰から少し身を乗り出し、声のする方を確認した。
彼女は片膝をつきガーゴイルの翼を確認していた。
マロンブラウンのおさげ、不自然なほど大きいレンズのメガネをかけた、情報通りの女性だった。
不自然なのはガーゴイルの向きと吐き出している水の量だった。
ガーゴイルは、排水のために外を向いているはずなのに、完全に内側を向いている。しかも、もう雨は止んでいるのにそれに見合っていない量の水を吐いている。俺は慌てて自分の足元にあるガーゴイルを見やった。それはもちろん外側を向いているし、水はほとんど吐き出していない。
何が起こっているのか理解できなかった。
彼女は気が触れているのだろうか。
ガーゴイルが壊れてしまったのだろうか。
彼女はガーゴイルの翼を確認し終わると、安堵のため息をついた。
「痛かったですよね。家にヤスリがありますので、それで修繕します。それではどうですか?」
彼女はその後も会話をしているようだった。
俺には聞こえない、誰かの声と。
心臓が仕事量を増やしている。
それによって、自分が緊張していることがわかった。
そしてガーゴイルは突然、水を吐き出すのをやめた。
不自然なほど、ピタリと。
「ありがとうございます」
彼女はガーゴイルに頭を下げた。
"あぁ、そうか。彼女がガーゴイルを説得したのか"
自然にそう思った瞬間、俺は自身にツッコミを入れそうになった。
そんなこと、あるはずかない。
あり得ない。
あり得ないということがあり得ないことを知っていながら、頭は否定を続けた。
「すみません、私からアルバート様に注意できればいいのですが」
その言葉で、すべてが繋がった。
アルバートが手製のスリングショットを持っていたことも、今回の事態が起こったことも。
そして、彼女がガーゴイルと会話できるということを確信した。
もしかしたら、彼女はモノと話せる異能持ちなのかもしれない。
そう思ったら自然と頬が緩んだ。
これはとんでもない逸材かもしれない、と。
「アルバートに灸をすえるなら、私に任せてくれないか」
ガーゴイルを動かし、談笑していた彼女に、声をかけた。
ピタリと固まった彼女の後ろ姿に、俺は悪い笑みを浮かべた。




