小話「ある日の、特に何の意味もない会話集②」
【異形との戯れ】
和也はウィッチからの命令で、彼女と共に魔王城の二階にある子ども部屋を訪れていた。
部屋の床には一面に布団が敷き詰められており、その上ではやはり異形の子らが自由気ままに寝そべっている。
幼児達はここで雑魚寝しているらしい。魔王の間ほどではないとはいえ、部屋面積は四十畳と相当な広さで、子どもの数も三十人を越えていた。
メイドや執事が数十人配置されていて、まだ走り回っている子や騒いでいる子を寝かしつけるために、慌ただしく右往左往している。ここの使用人は階下よりも年配の者が多い。
「これは……確かに足りてないな、人手」
「でしょう? さあ、早めに取り掛かりますわよ。この部屋と同じ規模の仕事があと七つありますわ」
部屋に入っていくウィッチに和也も続く。
入り口の扉の先には高めの段差と下駄箱、そしてさらに先にはもう一つ扉がある。今は開かれていて、中の様子が丸見えだ。
靴を脱ぎ、フローリングの床に上がって内側の扉を後ろ手で閉める和也。
そこで彼の存在に気付いたのか、部屋が少し静かになった後、幼児達はヒソヒソと内緒話を始めた。
「怖がられてる?」
「みたいですわね。彼らからすれば、特徴が無い方が異常ですから」
「そうだよね……」
「気にすることはありません。『ハーフ』である私も、初めは怯えられていましたもの」
あっけらかんとそう述べて、ウィッチは手振りで「ついてきなさい」と命じた。
「まず貴方には挨拶の仕方を教えなくてはなりませんわね。この子達と接する時専用の、ですけれど」
和也を引き連れて部屋の隅まで行くと、三人の子どもの前でしゃがみこむウィッチ。和也は目の前の異形達を観察した。
一人目はピンク髪の幼女。猫耳と尻尾を生やしており、毛布に隠れながら、こちらを警戒しつつも見つめている。
彼女の隣に座するはライトグリーンの髪をした男の子。猫っ娘と同じく一歳から二歳の年齢に見える彼は、尻尾をブンブン振りながら、こちらへ期待の眼差しを向けていた。
そして最後に、以上の二人に挟まれる形で眠りこけている銀髪の少女。狐の耳と尻尾を持つ彼女だけは、他の子と違って、十歳ほどの年齢だ。
「そこのうつ伏せで眠っている狐の子はフォクシーという名前ですわ。使用人ではありませんけれど、私達と同じで、子どもの世話係です」
「……爆睡してるけど?」
「そういう人なんです。お気楽な性格なのですわ」
ウィッチは溜め息混じりに額へ手を当てると、フォクシーの顔の近くへと自らの片手を差し出した。
「説明を始めますわよ? 獣型の子には、話しかけるよりも先に、まず自分の匂いを嗅がせてあげた方が安心してくれますわ。いきなり撫でたりはせずに、必ず手のひらを見せてあげること」
彼女が言い終えると、フォクシーは鼻をスンスンと鳴らして、ウィッチの手のひらに近付いていった。ウィッチは動かずにジッとしている。
「こゃーん」
やがて、フォクシーは独特な欠伸を漏らして、手のひらに自分の頬を押しつけ始めた。にへらと蕩けた寝ぼけ笑顔が彼女のご機嫌を表している。
続けてウィッチが顎の下を撫でてやると、フォクシーはくすぐったそうに笑って尻尾を振りだした。パーフェクトコミュニケーションだ。
「はい、次は貴方の番ですわ」
ウィッチの瞳が和也に向けられる。
彼女の前では、フォクシーが半分夢の中のまま、布団を両手で掘ろうとしていた。白いシーツを雪と勘違いしているようだ。
「わ、分かったよ」
和也は緊張と興奮を抑えながら笑顔を作り、猫っ娘の前に右手を差し出した。
「…………?」
ピンクの猫娘は疑問符を浮かべながら、クンクンと和也の匂いを確かめている。新しい香りに興味を示したようだ。
腰をあげると、和也の体周りを四つん這いで嗅ぎ回って、もう一度正面に座り直す。
よくよく耳を澄ますと、彼女は喉奥で甘えるように唸っていた。
小さく柔らかい両手で、和也の手を握ってくる猫耳っ娘。彼女は暫しの間、ジーっとそれを観察していたのだが、不意に彼の指をカプッと咥えてしまった。
「ちょっ!」
「あらあら、早くも懐かれたみたいですわね」
「これ懐いたって言うのかな!?」
和也が困惑していると、犬っ子が「よいちょ、よいちょ」と掛け声をあげながら這い寄ってきた。
和也の匂いを確かめると、「どっこいちょ」と言って、組んだ足の上に乗ってくる。
「えっと、ウィッチ……今度はどうすれば……」
「その子は犬耳の裏を撫でられるのが大好きで、背中を優しくトントンって叩いてあげれば、早く寝付いてくれますわ」
「な、なるほど……!」
獣型の異形には人間の耳も付いているようだ。
和也は言われた通り、頭から生えている珍しい毛色の犬耳を片手で撫でてあげた。
犬っ子は耳を伏せて両目を閉じていたが、ふと動き出すと、和也の足の上で体を丸め、睡眠に入る準備をする。
猫の娘も、いつの間にか指をおしゃぶりにしながら、布団の上に寝転がっていた。
和也は身動きもろくに取れず、ただただ犬っ子の背中を片手で叩いて、規則的にリズムを刻んであげている。
「ウィッチ……この仕事、天国なのでは?」
「調子に乗るのはまだ早くてよ。この子達はまだ大人しい方ですわ」
ニヤケ面の和也を窘めるようにウィッチが返す。地獄はこれからだと言わんばかりの、ひどく悪どい笑みだった。
一方、フォクシーはもうすっかり目覚めていた。和也とウィッチの間を往復して、何やら懐かしそうに呟いている。
彼女からは胡椒のような香ばしい匂いがした。大切に持っているポーチの中に、大好物であるジャーキーが入っているようだ。
「さて、和也」
ウィッチが唐突に名を呼んでくる。猫っ娘と犬っ子が夢の中に旅立ったのを見て、彼女は静かに立ち上がった。
「貴方にはこれから二百二十五人分の名前と特徴、寝かしつけ方を覚えてもらいます」
鋭くこちらを指差して、次なる任務を告げてくる。
しかし、当の和也はそこまで衝撃を受けている様子ではなかった。寝付いた二人に毛布を掛けながら平然と答えてみせる。
「何だ、案外少ないんだね。三十人くらいなら僕だけでも寝かしつけられそうなものだけど」
「……ふふふ。そう思っていられるのも今のうちですわ。これから貴方に子育ての辛さというものの片鱗を思い知らせてあげましょう」
「上等。若さで乗りきってやるさ」
自信満々に答える和也。バイキングや回転寿司の初めによくある、「これなら無限にイケる」という謎に余裕なテンションだ。
だが、彼はこの時、想像だにしていなかった。全員を寝かしつけ、自分が部屋に帰りつく頃には、夜中の三時を過ぎているだろう事なんて。
【怒りをパワーに】
これはまだ和也が勇者一行の班に紛れていた頃の話である。
彼らは盗賊との苛烈な戦いを乗り越えた後、一時的に人間軍と別れ、先にヨーン村へと向かっていた。
山中から村へと伸びる渓谷は左右に高い岩壁があり、道幅が狭く、待ち伏せには持ってこいだ。盗賊五百人と兵士達はここで鉢合わせ、戦闘を繰り広げたという。
なお、勇者一行の移動手段は馬である。盗賊幹部の四人、ヤーバン、バレン、クスカ、エミーナの馬をそのまま引き取ったのだ。
(四匹も手に入ったのは幸いだったな。ネメスかカズヤにも、そのうち馬の扱いを教えようと思っていたところだったんだ)
ヴィーレは和也を後ろに乗せて馬を歩かせている。イズはネメスと共に、エルはいつも通りの一人乗りだ。
もう一匹の馬は後でアルルが連れてきてくれるらしい。ヴィーレが頼んだら「かしこまり~!」と快く了承してくれた。
「それにしても、よくイズやエルは生き残れたな。聞いた話だと、随分手酷くやられたらしいじゃないか」
ヴィーレが馬に揺られながら話しかける。答えたのは無駄に元気なエルだ。
「回復呪文を使える奴がいたんだろうな。おかげで自慢の金髪もフサフサのままだぜ」
そう言って帽子を脱いでみせる。
そこで、ネメスが会話に割り込んできた。
「みんな無事で本当によかったよ。でもエルお兄ちゃんは、あんまり無茶しすぎないでね。カズヤお兄ちゃんを守るためだったのは分かってるけど、わたしにとってはエルお兄ちゃんも大切なお兄ちゃんなんだから!」
「へっ。死ななければかすり傷だぜ」
「あんたは生きてるだけで致命傷だけどね」
「テクニカルに貶してくるの本当やめろ、イズ」
エルは横槍を入れられて、憎らしげにイズを睨む。彼女は無視して髪をかきあげていた。
「あら?」
しかし、そこで先頭を行っていたイズが馬を止める。ヴィーレ達も停止すると、彼女の視線の先をそれぞれ追った。
「これは……」
「行き止まり、ってやつだね」
ヴィーレの言葉を和也が引き継ぐ。
彼らの向かう先、渓谷の細い道には巨大な岩が一つ、図々しく立ち塞がっていた。
勇者達が道を間違えたわけではない。恐らく、先に行われた兵士と盗賊の戦いで、このような変化が生じてしまったのだろう。
五人は辺りを見回してみるが、岩壁の横や上を通り抜ける事はおろか、馬から降りて這ったとしても、進むことはできそうにない。
「どうする? 迂回するか?」
ヴィーレが問うと、イズが即答する。
「いいえ、そうなると一時間以上もロスしてしまうわ。ヨーン村にまた襲撃があるかもしれない以上、道草は食わない方がいいでしょう」
「つまり?」
イズの言わんとしている事はヴィーレにも薄々伝わっていたが、万が一のことを考慮して、一応聞くだけ聞いてみる。
彼女は得意げに鼻を鳴らし、「決まっているでしょ」と返すと、颯爽と馬から飛び降りた。
「この私を邪魔するものは、片っ端から押し退かすまで! 《フローズンスノウ》!」
詠唱の後、いつか見たような氷のゴーレムが姿を現す。
それは両拳を激しく合わせてから、地面を強く蹴りだし、全体重と慣性を乗せたまま、立ち塞がる岩石へと体当たりした。
だが、効果無し。びくともしない。依然として岩の壁は立ちはだかっている。
「……イズ、無理そうなら俺かエルが」
「う、うっさいわね! 今のは小手調べよ!」
ヴィーレの気遣いを赤面しながら遮るイズ。大見得を切った手前、ここで引くわけにはいかない。彼女は最小行動回数で自分の首を絞めにかかっていた。
「今度こそ! 行くわよ!」
もう一度フローズンスノウを唱え、氷ゴーレム強化する。拳部分はドリルのように尖り、脚や肩は太く頑強に。また、全く関係ないが、顔の彫りも深くなっている。
ゴーレムは腰を低くして片手を前にかざし、もう一方の拳を引いた。それは空手家さながらに、圧巻の正拳突きを岩壁へ叩き込む。
発砲音のような、畳の上で受け身を取ったような、短く激しい音がした。耳に残る反響。
直後、拳部分であった鋭利な氷柱が、エルの真横に突き刺さった。彼は甲高い悲鳴をあげている。
「おい、イズ。氷人形の腕が折れたぞ」
「分かってるわよ……!」
ヴィーレに返して、イズは口元に手を当てる。
「これには流石の私も苦労するわね。流石の私も」
「二回言ったぞ、あいつ」
避難してきたエルが小声でヴィーレと和也に囁く。和也はイズを恐れて、愛想笑いで誤魔化した。
その間、先ほどとは別の意味で顔を真っ赤にしたイズは、高い声で唸りながらゴーレムに攻撃を続けさせていた。
「いけいけ、お姉ちゃん! 頑張れ頑張れ、お姉ちゃん!」
ネメスも馬から降りてイズを応援している。猫のぬいぐるみの両手を握り、声に合わせて動かしていた。
ヴィーレ達も地面に降りつつ、彼女らのノリに便乗する事にする。棒読みではあるが、それなりの大声をあげて、イズに激励を投げかけた。
「が、頑張れー!」
「イズさんなら余裕だよ!」
「あー! 殴られる岩が可哀想だなーッ!」
けれど、それとほぼ同時に、ゴーレムの動きが完全に停止する。
「このままじゃ駄目だわ」
そう言って、イズが息を切らしながらこちらを振り向いた。
「……ちょっと、逆に一回罵ってみてくれない?」
「は?」
ヴィーレが怪訝に思い、そう返すと、イズから追加の説明が入る。
「怒りをパワーに変えようかと思って」
「なるほど……」
短く納得するヴィーレ。エルや和也に目線をやって頷くと、率先して初めの一歩を踏み出した。
「頭良いだけの世間知らず!」
続けて和也、エル、困惑したネメスが叫ぶ。
「わぁ~、態度以外の全てが小さいな~!」
「いつも世話してやってるみたいな顔してるけど、それお前の金じゃねえから!」
「えと、えっと……お姉ちゃんの方向音痴!」
「ありがとう……! ネメス以外は後で一人ずつお話しましょうか……ッ!」
額に青筋を立て、涙目になったイズが高らかに、そして荘厳に呪文を詠みあげる。
瞬間、先程のものよりも倍近く巨大なゴーレムが出来上がった。氷の塊は足を引くだけで木々を揺らし、両手を構えるだけで枝葉を折っていく。
突風が吹いた。ゴーレムが乱暴に拳を振り抜いたのだ。召還主の怒りを代弁するように、煌めく氷槌が岩石を打ち砕く。
「うわぁ……」
和也はドン引きしながら戦慄していた。ネメスはヴィーレの後ろでプルプル震えており、彼女の後ろにはエルが屈んで隠れている。
「あんなのに勝った盗賊ってやっぱり凄かったんだな……」
ヴィーレは相も変わらぬ無表情でそうこぼす。
彼の周りでは怯える三人が全力で首を縦に振っていた。
【女子部屋】
その日の夜、言い換えると和也がいなくなる日の前夜。イズとネメスとアルルは同じ部屋に泊まることになった。我らがリーダーのご判断だ。
結局、ヴィーレはアルルの押しに負け、「もう仕方ないからイズ達の部屋に泊まれ」と、半ば諦め気味に告げていた。とことん身内に甘い人物である。
「あんた、軍の許可はちゃんともらったの?」
ベッドにダイブしているアルルに問いかけるイズ。
別に今さら帰そうだなんてつもりはない。ただ、もしも無許可で来ているのなら、自分達まで注意されるかもしれないのだ。そこは確認しておかなければ。
「勿論だよ、イズ! 上官は即オーケーを出してくれたから心配しないで!」
アルルはそう言うと、無駄に良い笑顔で親指を立ててくる。
(何もオーケーじゃないんだけど。主に人間軍がダメダメよ。ちゃんと統制取れてるのかしら。こんなんじゃ、最前線で指揮しているお父さんが心配だわ)
頭を抱えるイズ。その苦悩は無意識に口から零れ落ちていた。
「いくらなんでも甘すぎだと思うけど……」
「あたし達の隊は徴兵された一般人ばかりだからね~。それで同情してくれてるのかも」
アルルは何でもない事のように答えてくる。
(だとしても、十分に緩いわ。この子、実力はかなりあるようだし、上官の人もあまり強く出られないのかしら。随分と扱いづらそうな部下を持ったこと)
「アルルさんはヴィーレお兄ちゃんが小さかった頃のこと、知ってるんですか?」
軍の無規律に呆れつつ、イズがベッドに腰を下ろしていると、今度は寝転がっていたネメスがアルルへ話しかけた。猫のぬいぐるみに覆い被さった状態で顔だけ上げている。
「まあね~。家族同然の仲だよ。ふっふーん、驚くなかれ! なんと私、あのヴィーレと一緒にお風呂に入ったこともあるんだよっ!」
「すっごーい! わたし達もありますっ!」
「なん……だと……」
得意げに自慢してきたアルルだったが、ネメスの思わぬカウンターに崩れ落ちてしまう。
「残念だったわね」
盗み聞きしていたイズもついつい勝ち誇ってしまった。
あの時は恥ずかしさで気が気じゃなかったが、今となっては良い思い出だ。裸でいるのに見向きもされなかった事に対しては、何とも複雑な気分だけれど。
「この子もお兄ちゃんから貰っちゃったんですよ! わたしの宝物の猫さんです!」
ぎゅーっと猫のぬいぐるみを抱き締めるネメス。その顔はとても幸せそうだった。
「ネメスは可愛いな~」
アルルはそんな彼女の姿を見ただけで回復したらしい。立ち上がって「ふへへ」と不審な笑みを浮かべている。その瞳はぬいぐるみではなく、ネメスの姿を捉えていた。
(あの女から何か危険な雰囲気が漂いだしたんだけど。目付きが怖いし、涎垂らしてるわよ。大丈夫なの、この人。危ない人じゃないでしょうね……)
「あ、そうだ!」
ロリコン臭の漂うアルルをイズが警戒していると、思い出したようにネメスが口を開いた。
「ヴィーレお兄ちゃんが身に付けてるロケットって、アルルさんがあげた物なんですか?」
彼女の言葉に、イズはいつかの会話を思い出す。
(あぁ、ヴィーレは確か『ある女の子にもらったもの』って言ってたかしら? 冒険に出る前は、アルルしか友達がいなかったって聞いたし、多分そうよね)
そうやって勝手に予想をしていた。
「んー? あ、付けてたね。あれってイズ達があげた物じゃなかったんだ?」
しかし、アルルの返答は推測から外れたものだった。
組んでいた脚を元に戻したイズは、返ってきた質問へ正直に答える。
「いいえ。彼の話によると、どこかの女の子に貰った物らしいわよ。私もあんたがあげた物だと思っていたんだけど……違うのね」
「うん、身に覚えがないっすな~。お互いに貧乏だったから、プレゼント自体、あまり渡したことがないし。……でも、ロケットをあげたのがイズ達じゃないとすると、意外とライバル多いね」
何やら後半はぶつぶつと呟いていたが、イズには上手く聞き取れなかった。聞き返そうとするも、その前に逆に話しかけられてしまう。
「あっ。でもあたしも兄やんからプレゼント貰ったんだよ! ほら、このグローブ!」
そう言って、アルルは両手をかざしてきた。その手には少し高級そうな茶色の皮革でできたグローブが嵌められている。
「農民のくせによく買えたわね……」
高値が付きそうな代物にイズの髪はピリついた。胸の奥で気持ち悪い感情が渦を作る。
彼女がその正体を突き止める前に、ネメスが片手を挙げ、アルルへ質問を投げた。
「だけど、どうしてグローブなんですか?」
「あ、聞いちゃう? それ聞いちゃう? 『お前の綺麗な手を汚してほしくないから』……だって! キャーッ! 照れるーっ! 恥ずか死ぬーっ!」
待っていたと言わんばかりの表情で答えたアルルは、一人で勝手に悶絶している。ヴィーレの前にいる時は滅多に見せない照れ顔だ。その姿は他の誰から見ても恋する乙女だった。
(なんかムカつくわね。なんでか知らないけど)
イズの嫉妬は加速する。その結果、彼女はうっかり口を滑らせてしまった。
「私はヴィーレに膝枕をしてあげた事があるわ」
「えっ」
「それなら、わたしはお兄ちゃんを抱き締めてヨシヨシって、頭を撫でてあげたよ!」
「えっ。えっ」
アルルはポカーンと口を開けている。
それから間もなく、彼女は直感した。「ヤバい、こいつら、変態だ」と。
「まだ旅に出てから十日も経っていないのに、ここまで密接な関係を築いているとは……! にぃにめ、とんだスケコマシ野郎だなっ!」
カッと目を見開くアルル。ネメスは「スケコマシ?」とイズを見つめ、イズは「余計な語彙よ」と言って首を振った。
「ズールーイー! あたしも可愛い年下の女の子達に慕われたい~! イチャイチャしたい~!」
アルルはバタバタと両手両足を暴れさせている。どうやら羨望の対象がイズ達からヴィーレへと変更されたようだ。
「……何か危険な香りがするわね。ネメス、他の三人のところへ遊びに行きましょうか」
「え? う、うん……」
いち早くアルルの変化に感付いたイズが、ネメスの手を引いて部屋から脱出しようとする。
しかし、既に扉の前にはタンクトップ姿のポニーテールが妖しく立ち塞がっていた。回り込まれてしまったようだ。
「ふっふっふ……。こうなったら、兄やんのハーレムをあたしが乗っ取ってやるもんね……!」
ペロリと舌舐めずりするアルルに、イズは初めて女性としての危機感を覚えた。
それは、ヴィーレやエルといる時には、一度も感じたことの無かった恐怖。「このまま何の抵抗もしなければ、間違いなく襲われる」という、第六感からくる予測であった。
「に、逃げるわよ、ネメス!」
「えっ!? お、お姉ちゃん!?」
窓に向かってダッシュするイズ。ネメスは手を引かれるままに足を動かした。
「ほらほら、あたしを『お姉ちゃん』と呼んでみろ~!」
そんな彼女らをアルルが意気揚々と追いかけたことで、女子部屋という狭い空間では、急遽リアルな鬼ごっこが開始されたのであった。
――――その後、彼女達はアルルに捕まり、眠りつくまでの間、ベッタリと可愛がられる事になった。ヴィーレ談によると、翌日のアルルは妙にツヤツヤしていたという。
過去作より『フォクシー(魔王ver)』
(イラスト:なあも様)




