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12話「おままごと」

 サタンと遊んだ次の日、和也は日課となっているレベリングにジョギングを終えて、魔王城へと帰ってきた。


「ふい~……疲れた~……」


 脱力しきった独り言を漏らして玄関から城に入る。外は寒すぎて汗が凍りつきそうなほどだったが、魔王城内は優しい暖かさに満ち溢れていた。


「魔力レベルも大分上がったね」


 拳を握りしめ、魔力量の増加を肌で感じる。一人で討伐するようになったのと、手強い魔物ばかりがいる事から、以前よりもレベルアップする速度が格段に上昇したのだ。


 時たますれ違う窓硝子から外の雪景色を眺めつつ、長い廊下を歩いていく。そろそろ地図や標識に頼らずとも、自分の部屋になら辿り着けるようになってきた。


「「「和也様、おはようございます」」」


 向かい側から飛んできた妖精型の異形らに、笛の音色と似た声で挨拶を投げられる。


 彼女達は和也の頭と変わらぬ体長で、レイチェルと同じメイド服を着用していた。

 蝶や蜻蛉(トンボ)、蝉のような羽を忙しなく動かしたまま、空中で停止し、丁寧にお辞儀してくる。


「あぁ、おはようございます」


 和也も柔らかく笑って挨拶を返すと、妖精達は色めきだった声をあげて通りすぎていった。人間が珍しいのか、黒髪だから注目されているのか、彼自身にはよく分からない。


 続いて、和也は目的地である自室近くで、銀髪の兎耳(ウサミミ)メイドとすれ違った。今度はこちらから挨拶してみる事にする。


「おはようございます」


 しかし、銀髪の兎っ娘はこちらを一瞥しただけで、特にリアクションもせずに歩き去っていった。


「えぇ……。百点満点の無視が炸裂したんですけど……」


 残された和也は呆然とその姿を見送りながら、困惑の声を漏らす。どうやら皆が皆、彼に関心を抱いているわけではないらしい。


(それにしても、今の子、どこかで見たことあるような……)


 兎耳メイドの顔をよくよく思い出しながら自室の扉を開ける和也。


 中に入って流れるように服を脱ごうとしたところ、部屋の隅にいるレイチェルと目が合った。


 彼女は椅子に座ってこちらを見つめている。和也は冷たく湿った服に手をかけた状態で数秒だけ固まり、一人で勝手に得心すると、機敏な動きで踵を返した。


「部屋を間違えたみたいだ。やっぱりまだ道は覚えられていないな。失礼したね、ごめんごめん」


「違います。ここは貴方の部屋です」


 和也の謝罪は即否定された。


(ですよね、どう見ても僕の服とか荷物ありすし。でも、異性が自然な佇まいで居座っていたら、誰でも僕みたいな反応をすると思うんだ)


 ドアのノブに手をかけていた和也は、改めてレイチェルに向き直った。


「あの、鍵をかけていたはずなんだけど……」


「メイドの嗜みです」


 そう言って、彼女はポケットから針金を二本だけ取り出してみせる。


「なにピッキング嗜んでんの!? てかそんな簡単に開けられるんだ、ここの扉!?」


 仮にも『城』と名に付く建物のセキュリティじゃない気がする。


 だがこの際、もう細かい事を気にしていたらキリがないだろう。

 和也は溜め息を吐いてから腰に両手を当てた。単刀直入にレイチェルへ用件を問う。


「それで……何の用なの?」


「少し研究してまして」


「……うん?」


 少女の答えに引っ掛かりを覚える。


(いまいち話が繋がっていない気がするんだけど。また質問攻めして、彼女の意思を導きだすしかないのか……)


 和也は部屋の隅にある椅子へと向かいながら、細切りの問いを投げかける。


「何の?」


「家族」


「どうして」


「興味があるからです」


 レイチェルは答えをノータイムで返してくれる。

 それなら初めから一つの文にまとめておいてくれと、和也は心中でげんなりと愚痴をこぼした。


(なるほど。……いや、全然なるほどじゃないぞ。どこをどう間違えたら、家族の研究をしていた君が、僕の部屋へ侵入する羽目になるんだ)


 疑問をありのまま声に出そうとするが、それは淡々とした言葉達に流されてしまう。


「私には両親以外に兄が一人いたそうです」


 和也の理解が追いついてないのを察してくれたのだろう。レイチェルが説明を始める。


「そして、ちょうど和也様も、元の世界では妹を持つ長男であらせられた、と」


 レイチェルの対面に座り、彼女の説明を聞く和也。

 言葉少なな身の上話を頭の中で噛み砕きながら、続きを促すように相槌を打った。


「ほうほう、それで?」


「兄妹の練習に付き合ってください」


「え?」


「兄妹の練習に付き合ってください」


「え? え?」


 思わず二度聞きしてしまう。

 最近聞いた中でもトップクラスの爆弾発言だった。理解不能、意味不明、おまけに突拍子もない。


(大体、兄妹という関係性って練習するものなのか? いやそれ以外にもツッコミどころは盛り沢山なんだが)


 眉間を繰り返し揉んでいる和也とは反対に、レイチェルは身動ぎすらしない。和也はロボットと会話しているような気分だった。


「ど、どうして僕なの? 他にも妹のいる執事さんとかいるでしょ?」


「ウィッチ様のご提案です」


「わぁ~、ひでぇキラーパスだぁ……」


 ようやく一連の流れが見えてきた。

 多分、この前の昼食作りを手伝った後に交わした『家族について』の会話、あれが事の発端だ。


 レイチェルは家族というものに対して、微妙に、本当に微弱にだが反応を示した。彼女にとっても、それは興味深い感情だったのかもしれない。


 だからこそ、珍しく自分からウィッチのもとを訪ねて、こう尋ねたのだ。『私に家族を教えてください』と。


 そこでウィッチは何故か和也にレイチェルの世話を任せてきた。


(僕の推測だけど、レイチェルが嘘を吐いていないなら、大きくは外れていないだろう)


 和也にはこの件を丸投げしてきたウィッチの真意が分からない。


 そして、今まで家族の話をする機会なんて何度もあったろうに、レイチェルが兄妹に興味を示したのは、どうしてか和也と昼食を食べている時だった。そこにも謎が残っている。


「頭がキャパオーバーしそうだよ」


 小さく呟いて、和也は居住まいを正す。

 レイチェルの表情から、その心情は読み取れないが、冗談を言っている風でないのは分かる。家族について知りたいのは本当の感情なのだろう。


(妙な事になりそうだが、ここは真面目に付き合うとしようか)


 勇者パーティーへ潜入する前に、彼女と交わした約束の件もある。自分が兄の演技をするだけで、レイチェルに良い変化があるのだとすれば、和也にとってやらないでおく理由が無かった。


「何をするの? 兄妹の練習って」


「買い物に出掛けようと。兄妹は仲良く買い物をするそうなので」


 どこからか取り出した黒い装丁の本を開いて、レイチェルはそう答える。本のタイトルは『ラブラブ兄妹の叶え方!』だ。


(作者は一体何を思ってこれを書いたんだろう。そして君は何を思ってその本を読んだの)


 レイチェルをジト目で見る和也。やはり彼女は少し天然なところがあるらしかった。


「にしても、買い物ねぇ……」


「嫌でしたか?」


「……いいや。ただ、魔王城の住人は何か買いたいとき、どこへ行くのかなって」


「最近は人間国(カーニバル王国)の辺鄙な町へと通っています」


 彼女の説明によると、どうやらヴィーレ達が来るまでの間は、サタンの命令で、料理まで人間国と同じものにしているらしい。これも彼らのことを理解するため、だそうだ。


(なるほどね。だから、僕が昼飯を作る手伝いをした時には、食材や調理器具に対する違和感が湧かなかったのか)


 和也は両手の指を重ねてテーブルに乗せ、回想した。


 城内は魔王の間以外、基本的に現代的な造りをしている。それは建物自体に使用されている建築技術や、内装、あらゆる点から伝わってくる。


 しかしながら、人間の国で見かけたような、敢えて率直に言うと『古い存在』をたまに見かけるのだ。その歪な変化はサタンの命令によるものなのだろう。


(それにしても、言語だけでなく、食生活まで変えていたとは……。ヴィーレ達を上手く追い返せたら、次はサタン達が使っていた言語や料理に僕が合わせないといけないんだよね。気が遠くなるよ……)


 軽く目眩(めまい)を覚えたが、気合いで踏ん張る。

 ひとまず、遠い未来よりも目の前の問題だ。

 和也は再び現実に意識を戻し、レイチェルに質問を投げた。


「人間の国だね。今日はどの町に出かける予定なの?」


「トリス町です」


「トリス町。トリス町、か……」


 黙想して記憶を掘り起こす。和也の記憶が正しければ、ヴィーレ達が進もうとしていたルートに、そんな地名は無かったはずだ。


「……よしっ!」


 彼は意を決したように立ち上がり、テーブルに両手を突いてレイチェルへ微笑みかけた。


「いいよ、行こう! あー、でも兄妹なんだから『様』付けはやめてね」


「……了解です。和也」


 困ったように笑う和也へ、沈黙を挟んでから、レイチェルは了承の意を述べる。


(あぁ、呼び捨てなのね。『和也兄さん』とか『和也お兄ちゃん』とか、クールな顔から発せられる萌え台詞を密かに期待していたんだけど)


 和也は笑顔を保ったまま落ち込んでいる。義妹に憧れてる身としては残念な結果だったようだ。


 かくして、彼ら二人の間に、奇妙な関係性が築かれたのであった。

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