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11話「しかし、彼は未だ最も深刻な問題に気付かない」

 廊下を駆け抜けるレイチェルを全速力で追う和也。

 彼女の姿を捕捉する度にブラックアウトをかけるが、レイチェルが足を休めることはなかった。


 それどころか、廊下の曲がり角でレイチェルの姿が見えなくなった一瞬の隙に、詰めたはずの距離が大きく離されている。


(なんて子だ……! 呪文は確かに効いているのに、全然足の動きを緩めないぞ……! せめて視界を奪われている間くらいはスピード落とそうよ! 危ないよ!)


 呪文を仕掛けておいて心の中で注意をする和也。


 スロウをコピーしたいところだが、それはできない。何故なら、新しく呪文をコピーすると、ブラックアウトが使えなくなってしまうからだ。


(盗賊との戦いで、僕がコピーしたのは透明の呪文(インビジブル)暗闇の呪文(ブラックアウト)回復の呪文(ヒーリング)氷雪の呪文(フローズンスノウ)の順だったはずだ)


 今はインビジブル以外の後者三つが使えるが、次に何かをコピーすると、一番古いブラックアウトを使用できなくなる。


(レイチェルはともかく、ウィッチには効果抜群な呪文であるから、最終手段として残しておきたいんだよね~)


 和也はあくまで最下位を避けたいだけなのだ。一位になりたい訳ではないのである。たとえレイチェルの捕獲ができなくとも、最悪ウィッチにさえ捕まらなければ、彼の目的は達成される。


「《フローズンスノウ》!」


 和也は疾走しながら呪文を高らかに詠唱した。

 ウィッチを真似て、レイチェルの前にある通路を氷で埋めて塞ごうとする。


「《スロウ》」


 しかし、彼女は氷の生成を鈍重の呪文(スロウ)で遅らせる。姿勢を低くして加速すると、間一髪のところで、塞がりかけている壁の穴を飛び越えた。


 その体が向こうへ消えた瞬間に穴が埋まり、氷壁が完成する。あちら側でレイチェルが呪文の効果を解いたのだろう。


「チッ! やられたっ!」


 結果的に和也は自分で作った壁に道を阻まれてしまう。彼は足を止めぬまま、氷の槌を作りだし、走った勢いを乗せて壁に叩きつけた。


 割れた隙間を潜り抜けると、廊下を曲がるレイチェルの背が見える。大丈夫だ、まだ見失っていない。追跡を再開する。


(どうやらレイチェルは呪文とかレベルとか関係無しに、素で優秀な人物らしい。ヴィーレ達の組でいうと、エルみたいな存在だな。性格は真逆だが)


 金髪のトゲトゲ頭を思い出す。彼を女体化してもレイチェルのようにはならないだろう。


 エルだったら彼女を捕まえられるだろうか等と考えながら、和也はレイチェルの逃げていった部屋へと入っていくのだった。







 しばらくレイチェルを追いかけまわし、魔力の消費で和也も段々と呼吸が苦しくなってきた。

 その頃になってようやく、彼のもとにまたと無いチャンスが巡ってくる。


 レイチェルが玄関から庭に出たのだ。広い空間、死角がほとんどない地形、これは和也にとって最高のアドバンテージであった。


 魔王城の裏庭へ向かおうとするメイド長を細目で捉える。和也は彼女の先の空間を睨むと、再び呪文を詠唱した。


「《フローズンスノウ》!」


 唱えると、レイチェルと和也の周りに円形の壁ができていく。


 当然、相手はスロウを唱える。しかし、先ほどとは違って、和也が氷の壁を作った位置は、彼女のいる場所から遥かに遠かった。時間の流れを少し遅らせただけでは、レイチェルといえど切り抜けられない。


 結局、二人を閉じ込めるようにして、煙突状の巨大な氷筒が形成された。天辺には穴が開いているから、中まで光が届き、視界は十分に確保されている。


(彼女の使える呪文はスロウだけのはずだ。いくらあの子が有能とはいっても、凸凹(おうとつ)の無い氷の壁をよじ登って、上の穴から脱出する事などできないだろう)


 走りから歩みに切り替えた和也は息を切らしながらも小さく笑った。


 レイチェルはいきなり現れた壁にぶつかりそうになるが、寸前で立ち止まる。ブラックアウトで目が見えてないから、壁に突撃するかもしれなかったのだけど、心配無用だったようだ。


「さあ、レイチェル。これで終わりだよ」


 和也が勝利を宣言する。彼女は暗闇に包まれた視界のまま、こちらを振り向いた。


 その間、彼らを囲う氷の壁はどんどん分厚くなっていき、二人のいるスペースは時間経過と共に狭まっていった。レイチェルの逃げ場は着実に奪われ続けている。


 和也は彼女を壁に追い込むようにして、逃げ場を塞ぎながら近付いていく。

 そして、残り数メートルまで来たところで、彼は高く跳び上がり、プールへ飛び込むかの如くレイチェルに飛びついた。


「後片付け、よろしくお願いしますっ!」


 叫びながら腕を伸ばす。和也の指は嫌らしくウネウネ動いていた。


 現在、終了時刻の数秒前。ゲームは彼一人の逆転勝ちに終わるかと思われた。


 しかし、ここで最後の一石が投じられる。フリル付きのメイド服に和也が触れかけた瞬間、ふと彼らの上にポツンと影が落ちたのだ。


「ん? なんだ?」


 タッチ直前で手を止めてしまう和也。

 彼の体にできた影は急速に大きくなっていく。


「片付けをするのは、貴方の方でしてよっ!」


 その時、真上から聞こえた何者かの声は、嫌に聞き覚えのあるものだった。


 和也は声の主を確かめるべく、視線をバッと移動させる。見上げた上空には、彼らのもとへと急降下してくる赤い髪の魔法使いがいた。


「ウィッチ!? 嘘でしょ……ッ!」


 急いで避けようとするが、時既に遅し。


 彼女は空中で岩石の呪文(スリングストーン)を唱える。それによって和也を石の輪で拘束すると、スタッと優雅に舞い降りて、彼の肩にそっと触れた。


 それと同時に、お昼を告げる鐘の音が、魔王城敷地内に鳴り響いたのだった。







 ひたすら、ひたすらに片付け。それで午後は潰れてしまった。

 呪文でできた石などは、自然に消滅したから良かったものの、壊した物や傷つけた場所が思っていたよりも多かったのだ。


「それにしても、ズルいよなぁ……」


 廊下を歩きながら独り愚痴をこぼす和也。考えるのは、最後に彼が捕まった要因についてだ。


 後から聞いたのだが、サタンは開始直後に即行動でウィッチと手を組んでいたのだという。和也捕獲の手伝いをする代わりに、「私に捕まって~」とウィッチに頼んだのだ。


 ウィッチは快くそれを了承。サタン達はこうして結託し、レイチェルを捕まえようとしている和也をギリギリで捕獲した。


 つまり、簡潔にまとめると、サタンもウィッチも誰かさんと同じく、最下位を避ける戦法を取ったのだ。


 結果、和也がマイナス一点、レイチェルとウィッチは〇点、サタンはプラス一点。和也の一人負けだった。


(ちなみに、ウィッチを空から落としたのもサタンだったようだ。あの羽、ちゃんとした用途で使えたんだね……)


 和也は肩を落としながら魔王城の外へ出る。

 裏庭の方に向かっていくと、鬼ごっこの決着がついた場所へと辿り着いた。


「おう、和也。若者らしく元気に暴れていたみたいだな」


 氷の壁が消えているかを確認しに来たら、いきなり何者かに話しかけられた。


 声の方を見ると、レイヴンがいる。今から出掛けるところだろうか。帽子を深く被り、深緑色のコートを着ている。


「久しぶりだね。えっと……あとで時間ある、かな?」


 ダメ元で確認を取ってみた。答えは想像していた通り。


「あー、すまんな。今からまた出かけるんだ。話なら今度にしてくれ」


 後ろ首を掻いて気まずそうに断ると、レイヴンは和也がやって来た方へと歩きだした。城の外に出るのだろう。


(荷物もほとんど持たず、馬にも乗らずで何を調査しに行ってるんだろ。また走って移動してるのかね)


 そんな適当な思考をしながら見送ろうとしたところで、和也は危うく思い出した。


「あ、ちょっと待って! レイヴン!」


「ん? どうした?」


「チェックのコピーだけさせてくれないかな?」


「あぁ、それくらいならすぐ済むだろうし、構わないぞ」


「ありがとう。じゃあ、《コピー》」


 ブラックアウトと引き換えに、チェックの呪文を手に入れた。


模倣の呪文(これ)って、相手が持ってるかどうか分からない呪文はコピーできないのかな? レイヴンはチェック以外にも何かしらの呪文が使えるはずなんだけど。僕を気絶させた時に無詠唱で使ってたやつとか)


 自分の呪文に対する理解がまだ足りていない。今度ウィッチにでも尋ねてみようかと、和也は新たな目標を一つ増やした。


「じゃあな。留守の間、サタンの世話を頼むぜ」


 そうして思考を巡らしている内に、レイヴンはまたどこかに行ってしまった。和也の考えていた通り、走ったり跳んだりして移動しているらしい。


「……あっ。レイヴンの事をチェックするの忘れてた」


 彼のうっかりな呟きは、吹き荒ぶ風にかき消された。


(……まあいいや。この件は別に急ぐほどの事じゃないし)


 そう思い直して城の中へ戻る。あまりろくな情報が得られるとは思えないが、とりあえずレベルのチェックだけでもしておこうと、ウィッチ達の部屋へと足を運んだ。







 ウィッチとレイチェルに会った後、和也は入浴を済ませて部屋に戻った。鍵を閉めるや助走をつけてベッドに飛び込む。


 昆虫のような匍匐(ほふく)前進で枕元まで辿り着くと、回転して仰向けになり、天井の照明を眺めた。


(みんなレベル高かったなぁ。以前にチェックしたサタンのレベルからして、魔力量が少ないのかと思っていたけれど、どうも彼女だけが特別らしい。箱入り娘なんだろうか)


 若い彼女らだけでもレベルが高いとなると、レイヴンもかなりの魔力量を誇っていることだろう。


 そこで心配になるのはやはり四人の友達についてだ。


(ヴィーレ達、大丈夫かな? いや、魔王達は彼らを殺す気なんてないんだろうけど)


 でも、ヴィーレ達は違う。レベルの差も気持ち次第で埋められてしまう恐れがあるのだ。

 平和的に和解させるためにも、和也は今のうちになるべく強くなっておかないといけないだろう。


(それにしても、これからどうするかなぁ。ヴィーレ達が来る前に色々と真相を暴いておきたいんだけど。この調子じゃ何も分からずじまいになりそうだ)


 和也は枕を持って自らの顔の上に乗せた。やるせない感情に唸りながら、足を激しくバタつかせる。


 サタンが魔王じゃないという事。レイヴンが怪しいという事。ヴィーレのレベル。商人の正体。問題は山積みだ。


(どれが一番深刻な問題なんだろう。重要度が分からないから、余計ややこしいな)


 これから先のことを考えて頭を抱えてしまう。

 だが、これは今までに何度も考察した件なのである。行き着く結論はいつもと同じだ。


「はぁ、やっぱり考えても分かんないよね……」


 行き止まり。思考する事の放棄。

 情報が圧倒的に足りない。遠慮やまごつきが邪魔をして、和也に効率的な行動を取らせられないでいた。


 疲れが今頃になって押し寄せてくる。彼は最終的に、そのまま目を瞑り、夕飯までの間を仮眠に費やすことにしたのだった。

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