7話「家族について」
モルトで泊まった館の部屋よりもさらに広い自室にて、和也はゴロゴロとベッドの上を転がっていた。
室内にあるクローゼットや本棚の中身は空で、インテリアもテーブルと椅子くらいしかないため、庶民には落ち着かない空間だ。
今朝、積もりに積もった問題を解き明かすため、レイヴンのもとを訪ねたのだが、彼は既にどこかへ出掛けてしまっていた。
サタンに彼の所在を聞いたら『しばらく何かの調査に向かうらしい』と言っていた。一応たまには帰ってくるそうだが、数日の間はほとんど魔王城にいることがないみたいだ。
仕方なく睡眠をとり、疲れを抜けさせたは良いものの、日が昇っているからもう熟睡もできず。時計の短針はまだ上半分にも来ていなかった。
というわけで、とても暇なのである。
館を歩く猫耳メイドや、蜥蜴肌をした執事の観察に勤しんでいたこともあった。
だがしかし、客観的に自分の行動を鑑みてみたら完全に不審者だったので、変な噂が流れる前に止めることにしたのだ。
(せめてゲームやアニメがあればな~。ラノベかスマホでもいいから無いかな)
やる事もなく、無駄に広くてふかふかなベッドの上をひたすらにローリングしていると、扉が軽くノックされた。
「どうぞ」
無心だった状態からビクつき、素早く体を起こした。イズみたいに突然開ける人ばかりじゃなくて良かったと安堵する。おかげで恥ずかしい姿を見られずに済んだ。
「失礼します」
開いた扉の先にいたのはレイチェルだった。
「出されていた洗い物と新しい御召し物をお持ちしました」
一礼して入室すると、綺麗に畳まれた洋服や下着をクローゼットにしまってくれる。
(せめて男の人に持ってこさせて欲しかったんだけど……)
彼女が持つ自分のパンツを見て、渋い顔になる和也。思春期のピュアな男子としては、母親以外の女性に下着を触られるのは抵抗があるらしい。
レイチェルは立ち上がり、クローゼットを閉じると、ベッドから足だけ下ろしている和也の方を向いた。
「時間になりましたら昼食もお持ちいたします」
「ありがとう。今から作るの?」
「はい」
「そういえば、人手不足なんでしょ? ウィッチから聞いたよ。よかったら僕にも手伝わせてくれない?」
「いいえ。和也様はごゆっくりしていてください」
食い気味に断られる。わざと突き放すような言い方から、和也は彼女との距離を一層遠く感じた。
客人のようなものとして扱われているのか、それともこれがレイチェルという少女の性格なのか。彼女以外の人間には知り得ない部分である。
(これから先、一つ屋根の下で共に暮らしていく者同士、仲良くしておきたいんだけどなぁ。まあ、その『屋根』はとんでもなく広いけれど)
メイド長という立場上、彼女は良い情報源になるかもしれない。親密になっておいて損は無いだろう。
それを抜きにしたって、レイチェルにはどこか危なげな、放っておけないところがある。和也は思いきって、彼女と仲良くしてみることにした。
「それは……僕が邪魔だから?」
「違います。和也様のお手を煩わせるまでもないという意味です」
「なら気遣いは不要さ! ちょうど暇で暇で死にそうだったんだよ。手伝うのはむしろ僕自身のためっていうか! これでも料理は得意だからさっ。異世界のレシピでも簡単な作業ならできると思うんだ。……駄目かな?」
挫けずに早口で食い下がると、レイチェルはこちらの目をじっと見つめてきた。相手の心を見透かそうとしているように思える。
「……分かりました」
ふと、彼女が硝子玉のような瞳を伏せて、返答を寄越した。窓の外から聞こえてくる鳥達の唄にも掻き消されてしまいそうな声量だった。下腹部の前で重ねた両手は居心地が悪そうにモゾモゾ動いている。
しかし感情はすぐに消え失せる。レイチェルは背筋を伸ばしたまま上体を倒して、やけに綺麗なお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
「任せといて。きっと役に立ってみせるよ!」
元気よく返すと、和也はベッドから立ち上がる。
(好感度を上げるチャンスだ。料理スキルもそうだが、恋愛シミュレーションゲームで鍛えた腕も存分に発揮してやろう)
両手を握りしめる彼を見て、レイチェルは不思議そうに首を傾げるのだった。
先導するメイド長の後を、和也は無言でついていく。
部屋を出てから必死に会話を繋げようと舌を働かせていたのだが、早くも話題が尽きてしまった。
趣味もない。関心のある事も見つけられなかった。好きな物どころか、嫌いな物もないんじゃあ、彼女に共感する事なんてできやしない。共感ができなければ、関係を深める事など不可能に等しいだろう。
しかも相手側が距離を縮めるのを暗に拒んでいるのだからどうしようもない。質問には基本「はい」か「いいえ」で答えるし、それ以外も「特に」か「それほど」が大半だ。
どうしたものかと頭を捻っていると、少し先にある曲がり角から、見覚えのある赤髪が薄紫のドレスと一緒に現れた。
「あら、和也。主にまったく会いに来ないで、一体何をしているのかと思えば……っ!」
和也を召喚したご主人、ウィッチだ。怒り肩でズンズン近寄ってくる。
初めは口をひん曲げてご立腹の様子だったが、和也と共にレイチェルも足を止めたと気付くと、一変して笑顔を咲かし、両手を合わせた。
「その子と遊んであげていたのですね! 私の奴隷なだけあって、気が利きますわ!」
何やらゴチャゴチャ言われているが、和也にはウィッチの召し使いだという自覚は微塵もなかった。
まだほとんどお互いのことを知らないのだ。当然といえば当然だろう。『彼女にまだ一つも命令されてないから』というのも理由としては大きいが。
「ごめんごめん。何か用でもあった?」
言葉だけでもと思い、謝罪しておく。彼の方が立場が下であることには変わりないのだ。
「ふむ……」
ウィッチは口元に手をやって考える仕草を見せる。そして、いつの間にか和也より後ろに下がっているレイチェルに少しだけ目を向け、すぐに視線を戻した。
「まあ……ありましたわ。けれど別に今でなくてもいい雑事です。それより、レイチェルと仲良くしてあげなさい。これは『命令』ですわ」
彼女がそう言うと、わずかばかりではあるが、和也は言い知れぬ強制力を感じた。精神が縛られ、肉体が乗っ取られたような感覚に陥る。
(これが召喚の呪文の第二の効果か。初めて下す命令がそんな内容とは……)
冷静に分析しながら自身の腕を睨む和也。手を何度か握っているうちに、違和感は体に馴染んでくる。
彼に起きた異変は特別強いものではなかった。
ウィッチの魔力レベルが低いのか、それとも本気の命令ではなかったのか。チェックを使えない今の和也に確かめる術はない。
(にしても、ウィッチはどうにもレイチェルに甘い気がする。二人はどういう関係なんだろ?)
百合好きとしてではなく、純粋に気になった。今度尋ねてみようと心に刻んでおく。
「言われなくてもそうするつもりだったよ」
「そうですか。では時間を奪うのも悪いので失礼しますわ。レイチェル、また後でね」
別れを告げた後、ウィッチはレイチェルに手を振りながら去っていった。母親のように優しげな声と笑顔だった。
「ウィッチと仲良いんだね」
「はい。良くしてもらっています」
魔法使いの背を見送る和也へ、抑揚のない声でそう返すと、彼女は再び廊下を先導し始めた。
(んー、読めなさすぎる。心を読む呪文、使える人いないかなぁ……)
和也は難しい顔でこめかみを掻いて、レイチェルの後ろに続くのだった。
調理室は日本にあるレストランの厨房と変わらない造りだった。銀色の調理台にまな板、包丁、ボウル。火元はガスコンロだったし、フライパンや鍋、その他諸々に至るまで、地球に存在するようなものばかりである。
「ふぅ、終わった~……!」
和也達はなんとか全員分の昼御飯を作り終えた。時刻は十二時まであと十分を切ったところだ。
(結構な人数で取りかかっていたのに、僕の分だけでも仕事量は凄まじかったぞ……。一体この城には何人の人が住んでいるんだ?)
結局、レイチェルとの距離を縮められる隙も全然無かった。彼の企みは失敗に終わったのだ。
「ありがとうございました」
途中から目を回していた和也の倍以上は事をこなしていたというのに、レイチェルは汗一つかいていない。
(これはメイド長にもなるわ……。大体さ、メイドって料理までやるもんなの? コックとかいないのかな)
魔王城のシフト管理状況にまで考えがまわり始めたところで、和也はようやく現実に戻ることにした。待たせていたレイチェルへ返事を返す。
「いいよ、こっちも時間を潰せたし。それに色んな料理の作り方も学べたから。君も今から昼食かい?」
「はい」
答えるレイチェルは、片付けられた調理台の上に、自分の分の料理を用意していた。
ここで食べるつもりなのだろう。食事の量は少ない。動くわりには少食みたいだ。
「僕も一緒に食べて良いかな? 話し相手になってほしいんだ」
和也は誘っておいて自分で驚く。これはレイチェルと仲良くなろうとしての提案ではなかった。
以前は一人で食べる方が好きだったのだが、最近はずっと勇者達とご飯を食べていたせいで、自然にボッチ飯を避けるようになってしまっていたのだ。
「どうぞ」
彼の提案はいくら断っても無駄だろうと悟ったのか、レイチェルは椅子を二つ持ってくると、対面になるようにそれらを置いた。
和也は自分の分の昼食を持って、彼女の向かいに座る。他の人々が去った調理場で、二人は食事前の挨拶も無しに昼食を開始した。
「…………」
「…………」
(気まずっ! 沈黙がえらく重いぞ! あ、あれ? 僕ってヴィーレ達といた時、どんな話をしていたっけ?)
チキンのステーキを咀嚼しながら頭を高速回転させる。口から溢れ出そうになるほどに多量な肉汁を飲み干し、和也は苦し紛れに言葉を捻出した。
「……そ、そうだ。ここってみんなの家族も住んでるの?」
瞬間、レイチェルの眉がピクリと動く。
「誰の家族もいません」
答える声はいつにも増して淡白に聞こえた。
(いない? てことは、別の町や村に住んでいるのか? それとも……)
新たに展開しかけた推理を一旦白紙に戻す。
今はあくまで目の前の少女にフォーカスを当てなくては。
「レイチェルの家族はどこにいるの?」
「記憶にありません」
レイチェルの返答に、和也は困った顔を浮かべるほかなかった。言葉が少な過ぎて、どういう意味なのか詳細が見えてこない。
(……こうなったら攻めるのみだ)
好奇心に押され、次々と問いを投げかける。
「覚えてないってこと?」
「はい。死亡したと聞いています」
「聞いている? 誰から?」
「ウィッチ様です。私はあの方に拾われました」
(つまり、記憶がないほど小さい頃に、彼女はウィッチに拾われた。だけどその時にはレイチェルの両親は死んでいたってこと? 魔物に襲われていたところを助けた……とかかな?)
でも、それにしてはレイチェルの年齢がおかしくはないだろうか。
見た感じ、彼女は和也とそう変わらない歳に見える。ウィッチとレイチェルだって五歳も離れていないはずだ。
気のせいかもしれないが、何かがズレているように感じてしまう。
「そっか……。辛い事を思い出させちゃったね」
「いえ、お気になさらず。私は覚えていませんので」
レイチェルは淡々とそう述べる。
(そうだとしても、家族がいないのは辛いんじゃないかな。初めから家族の記憶が無いから、残された子どもは寂しくない……なんて事ないよね?)
自問して、「勿論!」と自答すると、和也は柔和に微笑んだ。
「そっか、じゃあ仲間だね。召還されちゃったから、僕も家族がいないんだ。まあ、サタン達やヴィーレ達がいるから、そこまで寂しくはないけれど」
「……家族とは、どういうものなんですか?」
そこで、レイチェルが初めて会話を続ける意思を示した。
家族という存在に興味があるのだろうか。食事の手を止め、こちらに空色の瞳を向けている。
これぞ好機とばかりに、和也は言葉を選びながら、慎重に話を続けた。
「僕には両親と妹がいたんだ。母親は気が弱いけどすごく優しい人で、父親は堅物だけど子どもには甘い人だったよ」
あちらの世界がおかしくなる前の話をする。『あれが無ければ、平和に幸せに暮らせていたのに』という、呪いに似た感情は押し隠して。
「兄妹の方は?」
「あ、あぁ……妹は活発な子だったよ。歳は近かったけど、沢山可愛がってあげてたなぁ。よく本を貸したり、一緒に遊んだりしていた」
昔の光景がフラッシュバックした。目を強く瞑って、思い出は頭の外へと追いやる。
(今もあいつは元気だろうか。きっと今も僕は行方不明扱いになっているはずだ。僕の心配なんてしていないと良いけれど)
それでも気になるものは気になった。
やはり狂った世界でも、そこにいたのは唯一無二の大切な家族だったのだ。
「なるほど……」
彼の言を受けて小さく呟くと、レイチェルは黙りこんでしまった。二人の間に重い空気が流れる。
(やっぱり、余計に寂しい思いをさせてしまっただろうか。聞かれた事とはいえ、家族のいない彼女に話すのは、ちょっと配慮が足りなかったかもしれない)
そう思った時、彼女は絹のような金髪を耳にかけて、再び口を開いた。
「ありがとうございます。参考になりました」
ペコリと礼儀正しくお辞儀をされる。さっき受けた礼とは何かが違う気がした。
(よく分からないけど、感謝されてしまった。何の参考にするつもりなんだろう?)
しばらくそうして何とか話を続けていると、いつの間にか和也らは料理を食べ終わってしまっていた。
(イラスト:しばかめ様)




