7話「休憩」
勇者達は風呂を出て、しばらく部屋でゆっくりしていた。
騒がしくもあるが、昨日ろくに休めなかったせいもあってか、気だるげな空気が流れている。
誰かの欠伸が部屋に響いたのを聞いて、ヴィーレはそろそろ就寝するようみんなに告げた。そう、告げたのだが……。
「試練だ……」
思わず生唾を飲み込んでしまう。
現在、彼の目の前にはネメス達のベッドがある。今日のヴィーレの寝床だ。
(本当にここに入っていいのだろうか。とって食われるわけではないんだろうが、踏み込んだら何か取り返しのつかない事になりそうだぞ)
既にスタンバイしている女子二人を棒立ちで見つめるヴィーレ。迷子になったような外国人みたいな佇まいだ。
「ヴィーレお兄ちゃん、早くぅ」
いつまでもグズグズしていたため、とうとうネメスに急かされてしまった。彼女は布団から顔だけ出してウキウキした様子で足をバタつかせている。イズは寝転がって照明の眩さに目を細めていた。
いつまでもまごついていたら他の三人にも怒られそうだ。ヴィーレは意を決して正面のベッドに侵入する。
(何だこの緊張感は……)
勇者ヴィーレがこの二人を女性として見たことは全く無かった。しかし、ここまで近づくと、流石に少しだけ鼓動が早くなってしまう。
(これは俺の女耐性が無いだけなのだろうか。……いや、アルルには頻繁に腕を組まれたりしていたけど何ともなかった。じゃあ俺は一体何に緊張しているって言うんだ)
「ネメス、今日は猫のぬいぐるみ抱いて寝ないの?」
自問自答する彼を置いてけぼりにして、イズがネメスに尋ねる。
(いつもあれ抱いて寝てんのか。思えば、宿に着いた後なんかはずっと抱いているような……)
ヴィーレとイズはベッドの両端に、ネメスは中央に寝そべっていた。ぬいぐるみはネメスの枕元から彼女達を見下ろしている。
「今日はヴィーレお兄ちゃんに抱きつくから、猫さんはお留守番っ!」
言うや否や、彼女はヴィーレの胸に顔を埋めてくる。抱きついた姿勢のままグリグリと額を押しつけてきた。わずかに湿った髪からは石鹸の良い匂いがする。
(何なんだ、このじゃれつき様は……)
「おうおう、お熱いことで。じゃあ俺達は野郎同士で仲良くお先に眠らせてもらいますよ~っと」
嫌味ったらしく言うと、エルが寝床から腕だけ伸ばして消灯する。部屋を照らすのは窓から差し込む月の明かりだけとなった。すぐにカズヤの寝息とエルの鼾が聞こえてくる。
(寝るの早っ)
マッハで夢の世界に落ちていった二人に驚愕するヴィーレ。しかし、その感情も早々に厄介な問題が流してくれる。
灯りも消え、もうみんな寝付こうとしているというのに、ネメスはまだ彼から離れないのだ。むしろ限界までくっつこうとしているのか、脚まで絡めてきた。ヴィーレの首もと辺りまで上がってきて鼻をスンスン鳴らしている。
「ヴィーレお兄ちゃんの匂いがする~」
「お、おいネメス。ちょっと眠りにくいんだが……」
このままだと明日の朝にはとんでもない体勢になってそうなので、できるだけ優しく彼女の肩を引き離そうとする。細く柔らかい体は彼女が確かに女の子であることを感じさせてきた。ふと下を見ると、上気した顔がヴィーレを見上げている。
「だーめ。このままお休みするの!」
頬をぷくーっと膨らまして頑固モードを発動させていた。ヴィーレは構わずそのままイズの方へ彼女を押しやろうとする。しかし、ネメスの腕は頑として彼の服を放そうとしない。
「んー、やっ!」
「おいおい、頼むよ……」
最早ただの駄々っ子だった。だがその手はとても少女とは思えないような怪力でヴィーレの服をぎゅっと握っている。
(いかん、レベル上げによる思わぬ弊害がこんなところに……。服を破く覚悟でネメスを引き離すか、このまま諦めて寝るか。微妙に悩む二者一択を今俺は迫られているぞ)
ここまで来るとヴィーレにはどうしようもなかった。ネメスを強く叱れないという彼の弱みが効いているようだ。「参ったな」と頼りない声を漏らし、ベッタリしがみついてくる少女を見下ろしている。
「……はぁ、本当に世話が焼けるわね。ネメスは頭を撫でてあげるとすぐに眠っちゃうわよ。こんなんじゃ私まで眠れないじゃない。さっさと寝かしつけてあげなさい」
彼が思案に暮れていると、思わぬところから助け舟がきた。イズだ。いつもと違う髪型の彼女がネメスの後ろからこちらを見ている。
(なんと。そんな裏技があったのか……。まあ何にせよナイスだ、イズよ)
ヴィーレは藁にもすがる思いでネメスを抱き締め、後ろに回した手で少し癖のある髪を撫でてやった。彼女が髪を結っていないからというのもあって、スムーズに姿勢を変えられたようだ。
(昔エルに教えられた子守りの経験が活きたな)
最初の回で受けた子守りの依頼を思い出すヴィーレ。
その間にも、ネメスの表情には変化が起き始めていた。
「ヴィーレ……お兄ちゃん……」
少しずつ彼女の動きが大人しくなっていく。徐々に服を掴む力も弱まっていき、やがて少女は完全に眠りに落ちてしまった。
「私と寝る時でもあんなにくっつかなかったのに……。あんた、大分この子に好かれているのね」
イズが嫉妬混じりの視線を向けてくる。言いながら、ヴィーレの方へ身を寄せていたネメスをそっと戻した。彼のスペースが狭くなっていることを察してくれたのだろう。
「愛情に飢えてるんじゃないか? お父さんかお兄さんが欲しいんだ、きっと」
ヴィーレが応じると、彼女は少し笑って上を向いた。瞳は何もない天井の一点を見据え、語りの音はどこか儚げだ。
「果たして本当にそれだけかしらね」
意味深に呟いて彼女は目を閉じた。「それだけに決まっているだろう」と、反論するのは心の中だけにとどめ、ヴィーレもネメスの手を握って静かに眠りについた。
両側からヴィーレとイズに手を握られて眠りに就いているネメスは、見る者をすべて幸せにしそうな微笑みを湛えていた。




